閑話 冒険者の回想
今は年に一度の猛吹雪の真っ最中。
こたつ争奪戦の勝者(じゃんけん)である俺は大きなこたつの中でふとある事を考える。
ここ最近、兵団に2人の新人がやってきた。
ぶくぶくと太った元貴族の坊ちゃんに、同じく元貴族だと思われるベッピンの嬢ちゃん。この2人だ。
元貴族だと団長に言われた時、俺は嫌な思いをした。多分他の奴らも最初は同じ気持ちを持ったと思う。
だってそうだろ?
貴族なんてクズな野郎どもしかいねえ。自分を特別な人間だと思い込んで、人を平気で使い捨てる。貴族街からやってきたクソババアどもに新人の頃は何度も切れていた。
団長の紹介したその2人も、そんな奴らだと思ってた。
だがその予想は大きく裏切られた。いい意味で。
結論から言うと、めっちゃ良い奴だった。
重要な事だからもう一回言おう。めっちゃ良い奴だった。
2人は俺の知っている貴族からは大きく逸脱していた。
貴族の代名詞ともいえる邪智暴虐で傲慢かつ横暴な態度は微塵もなく、年上な自分を敬い、敬語を使ってくれている。
他の奴らに対しても同じだ。
最初にやってきたのはアイル。
パンパンに太った、いかにも貴族ですと言った姿。
その一週間くらい後にジャンヌがやってきた。
こちらは間違いなく美少女の分類に入るであろう令嬢。
アイルが冒険者として暮らしてくなんて聞いた時は仲間と一緒にバカ笑いしてやった。現実の厳しさを知らないバカ貴族なんだと。
だが今ではその評価は改めている。
あいつは自分を第三者の目線から客観的に見ている。
自分が無知で、デブで、嫌われている存在なんだと理解している。
自分のダメなところを見つけてはそこを正す。非常に真面目な奴だ。
団長のことをアニキと呼び慕い、文句も言わずに馬鹿げた訓練をここ2ヶ月毎日欠かさずやっている。
今だって外がバカ寒くてみんながこたつの奪い合いをしている中、少しでも痩せようと、強くなろうと筋トレをしている。
腕立て伏せで回数を声を張り上げながら言っているのが聞こえる。
上半身裸なのは団長からの吹き込みだ。
すっごく寒そうに体が震えている。いや、震えてるというよりはブレているけど。
あいつは筋力だけはすでに化け物並になっている。
毎日の惨惨たる鍛錬の結晶か。
ジンが『アイルの奴俺の宝剣持ち上げやがったんだよ〜まじありえねー』とか言ってきた時は嘘をついていると思ったが、次のアイル本人の言葉を聞いてなにも言えなくなった。
『小鬼って弱すぎですよね〜! 拳一発で沈んじゃうなんて!』
あの野郎すっごいキラキラした目でそう言ってたんだ。
アレは嘘じゃない。本当だ。
団長も『なかなか形になってきたな!』だって。
アンタは教え子を一体何に育て上げようとしてるんだ。
団長の影響を受けた奴は強くはなるんだけど、ろくなのにならない。
1人だけズレないでまともな道を進んだ奴がいたっけな……
彼女はずれてはいないけど、性格は歪んだよなぁ。いや、考えるのはよそう。
ああ……監視の意味も含めてアイルを見守ってたのに、いつのまにか筋肉至上主義者になっちまってるしよ!
もうさ。みんな途中から監視とか忘れてアイルの行動に笑い転げてたよね。俺もだけどさ。
アイツは元貴族だからか色々と常識が欠如してるんだよな。
なんで『服を脱いだら外で腹踊りしてこい』なんて酔っ払いの言葉を真に受けて実行しようとするかな。あの時はアイルを止めるのに大変だった。
そういった糞真面目?な所もアイルのいい所なんだろうけどさ。
ジャンヌちゃんは会話が上手い。
話しているといつの間にか向こうのペースに引き込まれている。
さすが元貴族と言うべきか……
いや、アイルがそういったスキルなさ過ぎなだけで、普通はみんなそうなのかな?
アイルの陰に隠れてるけど、ジャンヌちゃんも結構な規格外だ。
女の子なのにあの年で魔物倒せるって十分ヤバイ。まあアイル程じゃあないけどな……
本人たちは否定してるけど、俺たち冒険者はみんなあの2人は貴族時代の婚約関係にあったのではないかと考えてる。
『いやーないですよ。俺とアイツが付き合うどころか婚約なんて』
『あんな豚ちゃんが私の婚約者なんて、笑わせないでくださいよ』
そうは言うけども2人の喧嘩は熟年夫婦のそれだ。
大体いつも一緒にいるし、アレで違うって言うのは無理がある。
アイル単品でも普通に面白いが、2人が合わさって起こる喧嘩はいつも見ていて楽しいものだ。2人の夫婦漫才にはいつも笑わせてもらっている。
互いに素直じゃないけど大切に思っているところがいいんだよね。
アイルはジャンヌを妹感覚。ジャンヌはアイルに悪い事をしている自覚はあるので、その罪滅ぼしとして互いを気にしているわけなのだが……本人たちしかそれは分からない。
2人が喧嘩している様なんて、まさに小さい子供の喧嘩のようだ。
だけど、俺はアイルと話してる時に不思議な感覚になることがある。
アイツは妙なところで大人びてて、まるで年上を相手にしてるような感覚がたまにするんだ。おかしな話だよな。
だけどよ。これまた不思議なことに、全員が似たような事があるって言うんだ。
周りは気のせいだって言うけど、俺は絶対に何かあると思ってる。でもそれは分からない。だから、今日も俺はアイルの事を見守っていようと思う。
「……あれ? そういやさっきからアイルの腕立て伏せの声が聞こえねえな」
俺の言葉にこたつの奪い合いをしていた連中も、じゃんけんをやめて「確かに」と口々に声を上げる。
心配になった俺がこたつから出て訓練場を覗いで見ると……
「おい! アイルがぶっ倒れてるぞ! 雪に埋もれてるぅ!」
あまりの寒さと筋トレによる体力の消失によりアイルは気を失って地に伏していた。天井が吹き抜けの訓練場で容赦なく彼の体に雪が積もり、半身はすでに埋もれてる。
「うお〜! アイル! 大丈夫かぁ!!」
「ちょっと! 死んでないわよね!!」
「団長呼んでくるわ!!」
その後泣きながら現れた団長によりアイルの保温の為、こたつの中に転がされることになった。
「アイルは自己管理もできないのね! 情けないの!」
そう言いつつアイルの事を心配そうに見てるじゃないか、嬢ちゃんよ。
憎まれ口叩いてもやっぱり気にしてるんだな。アイルの奴が羨ましいぜ。
大人っぽいって言うのはやっぱり間違いかもしれんな。
周りに迷惑かけてるようじゃあまだ立派な子供だ。
とはいえこれから立派な大人になっていくんだろう。
2人がいい奴なのは間違いない。
元からなのか、落ちぶれ自分を知った事で変わったのか。
どちらかは分からないが、2人には今のまま変わらないでいてほしいと、俺は願っている。
通学用自転車
命名『止まるんじゃねえぞぉ』
明細 ブレーキが効かない。
今日ヒヤッとしたから良い加減修理に出そうか。