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「お前いつまでそのナイフ使うつもりなんだ?」

「ふぇ?」


兵団(レギオン)の訓練場でひたすらナイフを振っていた時、見学していたジンさんが俺に話しかけてきた。

そのナイフというのはおそらく、今持ってるものだろう。


「どういう事ですか?」

「アイル、お前って今みたいな素振り、どれくらいやってるんだ?」


「左右それぞれ100回を1日20セットですね」

「……流石は鬼畜の団長だな。教え子にやらせる事がえげつない」

「時間をおいてやってるんで意外といけますよ?」

「それはお前の肉体が改造され始めてる証だ」


ジンさん曰く、『普通はそんなにやらないし、集中力がもたない』とのこと。確かに最初はきつかったけど今ではちょっと腕が痛くなる程度だけどなぁ。

腕の筋肉がメキメキつくぜぇ?


「ずっとお前の動きを見てたが、短剣はお前に向いてない」

「と、言うと?」

「素振りをするなら消せて普通の剣にしろ。長剣は全ての武器における基本だし、短剣よりかは重いから筋肉もつくぞ」

「ほほう……筋肉もですか」


筋肉があればできることは多い。

最初は筋肉を侮っていたが、アニキの熱弁で俺は筋肉の素晴らしさに目覚めてしまった。筋肉は偉大な存在である。


「ここにも筋肉至上主義者(団長の被害者)が……」


ジンさんがボソリと何かを言ったような気がしたが、多分気のせいだろう。


「試しに俺の剣を持ってみ?」

「どーも」


手渡された大剣を片手で受け取ると思わず落としそうになった。

重すぎだろ! 大剣ってみんなこんな重いの!?


「重いですね……両手で支えてやっとです」

「……やっぱお前すげえよ。まさか持てるとは思ってなかったわ。それ、普通の冒険者だったら絶対持てないと思うぜ」

「え? でもジンさんはいつも背中につけて持ち歩いてるじゃないですか」

「それは少し秘密があってだな……」


ジンさんは重力魔法という固有魔法を使えるらしい。

触れている物の重力を変える、つまりは軽くしたり重くしたりできるそうだ。オーダーメイドで作ってもらったその剣を普段は軽くして持ち歩き、魔物に攻撃する際は重くして火力を強化してるらしい。


耐えられる重量にはその物の半分から2倍までと制約はあるらしいが、この魔法のおかげでジンさんはここまで冒険者としての地位を上げてこれたらしい。


「良いなぁ……固有魔法羨ましいです」

「いやいやいやいや、お前には固有魔法はなくても十分すぎる才能があると思うぞ。この剣を素で持ち上げられたのが証拠だ」

「確かに重かったですけど、そこまでですか?」

「さっきも言った通り、この剣は特注品(オーダーメイド)で常人には持てないほどの重量に設定されている。震えていたとはいえ、持っていられる時点でアイルは既に化け物の域に入り込んでるぞ」


化け物ねぇ……アニキの血反吐を吐くような訓練をずっとしていたとはいえ、そこまで大げさにいうほどじゃないと思うんだけどな。


腹回りは駄肉が少し収まってきたけど、腕や足の太さとかが最近全然変わらなくなってきてる。体重も一週間前から減少しなくなったのだ。

今は大体70キロ後半、いつの間にか20キロも痩せていたわけだが、高校生でこの体重は十分デブの分類に入るだろう。

もっと訓練をして体重を標準に戻さなければ。


俺が目指しているのは……アニキ。体格的にも、漢としても。


「兄貴が俺の最終目標点です」

「アイルはあそこまでムキムキにならなくても良いと思うぞ……普通が一番だ」


ドン引きされた。なんじぇ?





お昼、宿敵ジャンヌと勝負することになった。

ジャンヌから決闘の申し入れが入って俺はそれを喜んで受け入れた。


何故って? この勝負に勝てば今日のお昼ご飯一食分浮くからなぁ!!


どうやらジャンヌ、今週お金がピンチらしい。『デザートの欲に負けた』とか言ってたことから察するに、甘味に負けてお金を無駄遣いしたので、一か八かの賭けをする事にしたらしい。それがこの決闘騒ぎである。


ジャンヌが勝てば俺が奢る。俺が勝てばジャンヌが奢る。

賭けの内容がくだらないと思うかもしれないが、貧乏な冒険者の俺とジャンヌからしたら食は死活問題。男女とか関係ない。

俺は本気(ガチ)で行く。向こうも完全に()る気だ。



「ハッハッハァー! ジャンヌ! お前とはいつか決着をつけたいと思ってたぞ! 初日の焼き魚の話、忘れてないだろうなぁ!!」

「いつまで昔のこと引きずってるのよ! めんどくさい男はモテないわよ!」

「ウッセー!」

「それよりアイル、この間私の山菜盗み食いしたでしょ! 数が減ってたわよ! 他にもたくさんあんたの罪を知ってるんだからね!」

「そんなこと言ったら俺だって数え切れないほど横取りされた分があるわ!」


「デブ! 豚! エセ筋!

「悪女! アホ! ヘンテコ貴族!」



溜まったストレスをぶちまけるように互いを罵り合うアイルとジャンヌ。

2人の様子を遠巻きに眺める冒険者達(彼ら)は『夫婦喧嘩してる』とニマニマしていた。野次馬根性爆発中である。


十分の死闘の末、俺が勝利した。

周りからブーイングが聞こえたけど知るもんか。


ジャンヌの奴、女性冒険者に対人格闘戦の心得を教えてもらっていたらしい。

シュッシュっとジャブを繰り出す俺の隙を狙ってカウンターを的確に打ち込んできた。一回だけ綺麗なアッパーを食らってしまった。


準備してたってズルくないか? とも思ったけど、そこは男女差のハンデとして考える事にした。まあハンデがあっても勝っちゃったんだけどね。


やはり日々訓練している成果もあって体がよく動いてくれた。

徐々に俺が押していき、最後は首筋にあるおできにデコピンをして勝った。流石に顔面パンチは可哀想だしな。

まあ、おできデコピンでもだいぶ痛がっていたけども。



さて、ここからだ。

野次馬冒険者が訓練場から去っていった後、俺は訓練場の端で燃え尽きたマッチ棒のように座り込むジャンヌの元へ。


「ようジャンヌ。気分はどうだ?」

「……最悪よ」


だろうな。

賭けの契約上、ジャンヌは俺の昼ごはん代を持たないといけないからね。


よし、ここから俺の屁理屈理論を展開するとしよう。


「ジャンヌが今食いたいものってなんだ?」

「どうしてそんなことを聞くのよ」

「いやあ、だってあくまでも俺のご飯はジャンヌが奢るってだけで、俺がジャンヌに昼ご飯奢っちゃだめっていうわけじゃないじゃん」


ここまで言うとジャンヌの死顔に生気が戻る。

まだだ。俺のコンボはまだ終わっちゃいないぞ。


「それに生憎さ、俺は今腹が空いてないんだよね」


つまりは『ジャンヌは俺に奢らなくても良いよ!』って事だ。まあ本当は訓練と決闘が相まって、腹が物凄く減ってるんだけどな。


気を抜くと腹の音がなりそうなので常に腹筋に力を入れてる。



「だからさ、ジャンヌが食べたいものを食いに行こうよ」

「う……うえええええん!!」


感極まったのかついにジャンヌは泣き出してしまった。

体は子供でも精神は大人だ。ここはフォローしてやらなければな。


「ほら泣くなよー、飯が食えるんだぞ? 喜べって」

「ううう……だって……」

「笑った方がジャンヌは良いと思うぞ〜?」

「どじゔえ゛づらじないでよお゛ぉ!」


泣いていても抵抗するのがジャンヌらしいといえばジャンヌらしい。

俺は泣き続けるジャンヌを連れて町の飯屋に行った。



決闘で双方ストレスを出し切った事もあって、飯屋では特に喧嘩する事もなく談笑することができた。少しずつでもジャンヌと良い友達になれたらと思う。


この後俺とジャンヌの決闘(ケンカ)がきっかけとなって、ストレス発散に訓練場で罵り合いの決闘をするのが一時的に流行ることになった。


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