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王都に来てからそろそろ一ヶ月が経つ。
俺も兵団に所属する一人として馴染んできた。
最初は冒険者は粗雑なイメージがあってなかなか馴染めなかったけど、ここは王都で治安がいいこともあってみんな比較的いい人ばかりで非常に良かった。
ただお土産と称していかにも美味しそうなお菓子を差し出して、ダイエット中の俺をわざと惑わすのはいただけないが。
さて、俺よりも一足遅れて冒険者になった?ジャンヌはといえば……今もまだこの町にいる。
ブラックサラリーマンの精神が入ってる俺はともかく、捨てられる前は完全なお嬢様だったであろうジャンヌはすぐに音をあげると思っていたのだが……彼女は強かだった。
俺みたいなド貧乏生活を送っているらしいが、一人で稼いでは生計を立てているらしい。
正確な年は聞いたら打たれそうなので知らないが、高校生くらいの子が自給自足してるってすごいと思う。
ジャンヌは俺以上のスピードで兵団に馴染んでいる。特に男の冒険者に話しかけられているところをランニング中によく見かける。
王都の冒険者は良い人だらけなので危ない思考を持つ人はいないだろうが、可愛い女の子と仲良くなりたいという下心はあるのだろう。
やはり、顔なんだろうか。
もちろん男だけじゃない。女性の冒険者も彼女とは良い関係なのをスクワット中に目撃した。
元から冒険者には女性が少ない故に一人でも話し相手ができて嬉しいのだろう。
ジャンヌは誰に対してもニッコニコ、俺と話すときだけ本性を現す。
まあ……世渡りが上手いとだけ言っておこう。
皆さんも気をつけてください。そいつ表面上は良い人面してますが、中身は小生意気な思春期の娘ですよ。
こっそりとだが、アニキと一緒にジャンヌの身元について調べようとした。
だが没落したり、子供を捨てたといった動きはここ最近なかったらしい。俺と同じようになかったことにしようとしてるのだろうか。
結局彼女の正体については暴くことができず、お蔵入りになった。
さて、ジャンヌの話はもう良いだろう。
次はアイル自身のことだが、この一ヶ月でようやく訓練の効果が出始めた。
なんと! 今まで腕が地面に届かなくてできなかった腕立て伏せができるようになったのだ!!腕が長くなったのか腹の出っ張りが少し戻ったのか、おそらく後者だ。
たったこれだけの事とはいえ、俺にとっては大きな進歩だ。
俺が完全な標準体型になるにはまだまだかかりそうだが、成果が目に見えればモチベも上がるもの。これからもどんどん痩せていきたい。
俺が女性にキャーキャー言われる日はいつか来るのだろうか。
◇
今日はアニキに言われてバク宙の練習をした。
勿論まだこの体にできるわけはないので、飛んでは地面に落ちて、飛んでは地面に落ちての自虐行為を繰り返すはめになった。
結局俺は脊髄、後頭部は強打しないように横っ腹から落ちたり、肩から落ちてそのまま斜めにでんぐり返しなどして衝撃を少しでも減らす受け身の訓練と思うようにした。
ただ他のことに気を取られて腰から落下、強打して全身を走る激痛で地面にひれ伏す事が数回あり、その度に周りで観察していた冒険者に盛大に笑われる事になった。
最初はアニキの無理難題をやり遂げようとする俺を応援する目的で冒険者に見られていたが、最近ではもはやお笑い目的で見られている。
彼ら曰く『お前の勇姿(笑)を目に焼き付けるために見てる』だとか……
俺の訓練は兵団の名物になっている。
まあ笑われても嫌な感じはしない。冒険者もバカにしているわけではないし。女性の冒険者からは『アザラシみたいで可愛い』というお褒め?の言葉をいただいてるのだ。笑ってくれたって構わない。
だがジャンヌ、貴様は許さん。
あとで覚えていろよ。
アニキ直属の地獄の訓練が終わった後、俺は兵団の裏にある水場で軽く汗を流した。さっぱりした俺は依頼が貼られている掲示板の元へ向かった。
兵団は昼過ぎの今でも人が多くて騒がしい。
人がぎゅうぎゅうなので掲示板のところまで行くのを躊躇われたが、俺に気づいた冒険者たちはスー……と道を開けてくれた。
それはギャングのお通りだぁ〜って感じの日本アニメを思い出す。こうなるとまるで自分が偉いように錯覚してしまうが、これは単に俺がデブなだけなんだよね。なんだか申し訳ない。
「今日はどこの薬草を採ろうか」
「お、薬草巨匠じゃねえか。今日も薬草摘みか?」
「なんだか久しぶりに会う気がするね」
「ゲンさん! それに他の皆さんも一緒ですか! 久しぶりです」
掲示板で依頼を吟味してたら1組のパーティが近づいてきた。
彼らは『平和主義者』と呼ばれるこの兵団でも有力な冒険者達だ。
大剣士のゲンさんに重装のベラルゴさん、盗賊のモモさんに魔法使いのリノンさん、この4人で構成されている。
この4人が強いということもあるが、俺を兵団まで連れ帰った方達でもあるため、結構本気のリスペクトを彼らに抱いている。
「今日も兎退治と薬草集め、大体そんなところです」
「はっはっは! 薬草巨匠の名に恥じない薬草狂いだな!」
薬草巨匠はいつに間にか俺に付けられていたあだ名? 二つ名?らしい。
毎日欠かさず薬草採取に行く俺をそんな風に呼んでるらしい。あとは俺がくしゃみが出そうで出なくて、なんとか出そうと百面相していたのを誰かに見られたらしく、『薬草を手に持ちながら高笑いしてた』という変な噂が広まって……薬草狂いなんて不名誉なあだ名も付けられた。
現在犯人は特定中である。
ジンさん達と談笑していると、ずっと何も喋らずにだんまりを決め込んでいた魔法使いのリノンさんが突然近づいてきた。
近づいてきた彼女は俺のお腹の贅肉をツンツン触ったりムニムニとつまんだりすると、一つの質問を飛ばしてきた。
「アイル……なんか痩せた?」
俺はその言葉に深く感動した。
『痩せた?』は女性が言われて嬉しい言葉TOP10に入る言葉じゃないか〜!! まあ俺は男なんだけどね。
それでもやっぱり嬉しいもんだよ。
「よく気づきましたねリノンさん」
「ん、顔が少し小さくなった気がするし、前よりお腹のプヨみが減ってた」
リノンさんや、お腹のプヨみってなんですか!?
弾力? 柔らかさの事か?
確かにさっきはお腹を触られてたけど、『前』っていつ触ったの!? 触らせた記憶もないし、触られた覚えもないんだけど。
少し詳しく教えてください!!
アイルの中の童貞サラリーマンの精神が騒ぎ始めた頃、リノンさんの言葉に他の『平和主義者』の人たちがまじまじと俺の体を観察する。
「よく見れば確かに痩せたなぁ」
「前はもっとこう……大きかったな」
「厚みもそうだけど横幅が凄かったよね〜!」
「いや、そんな変わっていませんよ」
ふう、ゲンさん達の言葉に少し落ち着いた。
モモさんの無意識に他人を傷つける言葉が心に突き刺さったこともあって、すぐに落ち着くことができた。
彼女はもう少し自分の言葉の攻撃力を知った方がいいと思う。
「リノンさんの言う『前』って、いつ触ったんですか?」
「ん? ここに戻ってきた時はいつも触ってるぞ? もしかして気づいていなかったのか?」
ゲンさんのパーティは基本的に遠出のものが多い。
短くて1日、長ければ一週間も兵団に戻らないことがある。
今回も会うのは一週間ぶりなのだ。
それよりも、いつもだって? いつだよ。
「アイルが訓練で疲れてソファーで寝ている時にね……兵団に戻って来た時はお腹にダイブしてるんだよ」
「まさか気づいてないとは思わなかったわ!」
「ナイスクッション」
なにそれ初耳なんだけど。
いつもお腹にダイブしてるって、ええ……?
愕然としている俺にグッドサインを送ってくるリノンさん、どうやら嘘ではないっぽい。
「アイルのお腹はトランポリンみたいに柔らかいわ! 私もよく遊んでるわよ」
追い討ちをかけるようにして我が宿敵、ジャンヌが参上。
俺のSAN値がすごい勢いで削られていく音がする。
「おいジャンヌ、お前はどっか行け。さもないと俺が死ぬ」
「死ねばいいじゃない」
辛辣な言葉は相変わらず健在だ。
前はもっとマシだったんだけどなぁ……最近なんだか第2のクリストフィアさんにじわじわと進化している気がする。
「そんなことより、アイルは今日どこに行くの?」
「ん〜……北西に行ってパララン草でも採ってくるかな」
「じゃあ私も一緒に行くわね」
当たり前のように言ってくるジャンヌ、もう慣れたもんだけど。
俺とジャンヌが話しているのを見てジンさんはヒューヒュー言ってくる。
「暑いねぇお二人さん。いつも一緒にいるし、完全におしどり夫婦だねぇ」
「いやーそんなんじゃありませんよー」
勘違いしてるところ悪いが、ジャンヌは単に俺の昼ご飯を横取りしようとしてるだけだ。なんだかんだでいつも半分は取られている。
今では奪還する事すら半分諦めている。
「ほら、早く行くわよ」
「依頼を受注してからな」
俺はジャンヌに引っ張られながら今日も薬草を摘みにいった。
今日のパワーワード
『第二のクリストフィア』




