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「今更だけど……あなた名前はなんていうの?」

「本当に今更だな」


俺の必死な抵抗むなしく3本目の焼き魚が食べられて意気消沈してた時、強奪犯から質問が飛んできた。お前本当いつか覚えてろよ。


ただ(・・)のアイルだよ」


いつか焼き魚の借りは返すとして、せっかく向こうから個人のことについて踏み込んできたんだ。こちらも最低限の情報は話してもらうとしよう。


「お前も名前くらいは教えてくれたっていいだろう?」

「まあ名前は教えてもいいかしら。私はジャンヌ、家名は知らなくてよくてよ?」


ジャンヌ、と聞いたら一番最初に思い浮かぶのは聖女だけど……こいつが?

いやーありえへんわ。


「なんだか凄くばかにされてる気がするんだけど?」

「さあ? どうだろうなあ」


聖女さま(笑)は感がいいらしい。適当にごまかしておく。


「単刀直入に聞くけど、ジャンヌってさ……」

「ちょっと! 呼び捨てにしないでもらえるかしら!」


令嬢っていうのはいちいち面倒臭い生き物である。


「はいはい、それじゃあジャンヌ様はどこの貴族なんですか〜?」


なんだか会話することが面倒臭くなってきた。それでもジャンヌというこのお嬢様が一体何者なのかはハッキリさせとかないとならない。

こういうのは聞くのを後伸ばしにすると、あとあと厄介になるのだ。


俺の質問にこの少女(ジャンヌ)は過剰な反応を見せた。


「い、いいえ! 私は貴族なんてそんな大層な存在ではありませんのよ〜ホホホホ……」



……嘘つくの下手すぎだろ。

そんな泳ぎまくってる目を見たら誰でも嘘だとわかるぞ。


それにさっき自分で家名がどうたらこうたら言ってなかった? 盛大に自爆してるじゃないか。

ジャンヌはあれか、アホの子か。


「そもそもなんの証拠があって私を貴族だと言ってますの!! 証拠がなければ、言いがかりも甚だしいですわ!!」


ジャンヌはビシッと身長の低い俺を指差してふんぞりかえっている。


そういうデカイ態度が貴族だと言ってるようなものだと、いい加減気づいた方がいいと思う。それで貴族じゃないと突き通すには無理があるぞ。


「お前という存在自体がすでに貴族みたいなもんだろう。まさに貴族というのを体現したような感じだ。誇っていいんじゃない?」

「あ、あらそうかしら……うふふ」


流石はアホの子、コントロールは簡単ぽい。

やはり貴族だとするとこの子は没落した子なのかなぁ? でも没落した令嬢が親も無しにこんな所にいるはずがないから……捨てられた?


捨てられ……捨てられ……仲間かぁ。


「ちょっと、何を笑っていますの? 気持ち悪いんですけど」


没落した貴族の親が子供を金がわりに売ったとしても、売られた子供がここにいるはずはないから……うん、やっぱり仲間だ。


本人は貴族じゃないと否定してるけど、捨てられたからってことなのかもな。


「お前も色々あったんだな」

「? そうね」





俺は火の後片付けをした後、街に戻ってきた。

案の定くっついてきたジャンヌの事は顔馴染みになった門番さんに『迷子だったんで連れてきました』と言って、とりあえず街の中に入れてもらった。


「よし、アニキのところに戻る前に、保安所に行かないとな」

「へ? なんで?」


俺の言葉にとなりのアホは素っ頓狂な声を上げる。

普段は偉そうな態度をとってるけど、おそらくアホの子(こっち)が素なんだろうなぁ。


「そりゃあ勿論、ジャンヌを引き取ってもらうためだけど?」

「なんでよ! あなたが養ってくれるんじゃないの!?」


おい、今この女すごいこと言わなかったか!?


「俺がなんでお前を世話しないといけないんだよ!?」

「あなたがこの街まで連れてきたんだから私の世話をするのは当然でしょう!」

「お前が勝手についてきたんだろうがぁ!!」


ヤバイ、この女イカれてるぞ!

我儘も度が過ぎてる!


「そもそも俺は貧しいんだよ!! 自分のことで精一杯なんだ! 他人なんて養えるか!!」

「嘘よぅ! あなたみたいなおデブが一人で生きていけるわけないでしょ! どうせ後ろにでっかい金蔓(かねづる)がいるんでしょう!」

「なんだとぉ……俺は食を満足に取ることすら出来ないんだぞ! それなのにおまえはさっき俺の分の魚を横取りしやがって!」

「美味しすぎるのが悪いのよ!」


保安所うんぬんの話をしていたはずなのに、いつのまにかジャンヌの腹の中に消えた焼き魚の話に移行していた。

アイルの食事を取られた怒りの炎が再燃し、停戦中だったさっきの喧嘩が再び始まった。


騒ぎを聞きつけた兵団(レギオン)の冒険者に止められるまで、二人は喧嘩を続けていた。





「え、じゃああなたって冒険者なの?」

「そうだよ。悪いか?」


街中で喧嘩してる所を顔見知りの冒険者さんに止められ、アニキの元に連行された。アニキは『なにか事情があるのだろう』と言ってジャンヌのことを追求しようとはしなかった。

相変わらず心が広過ぎです、アニキ。


今は兵団(レギオン)の個室で絶賛『O・HA・NA・SHI★』中だ。


丁度ジャンヌには俺が冒険者だということを説明し終えたところだ。

ジャンヌは俺が冒険者だという事をずっと疑っていたが、冒険者を証明するプレートを見せたら流石に納得したようだ。


「ふーん……あなたみたいな太いのでも冒険者って務まるのね……」

「おい、それは間接的に俺がデブだと言ってるんだよなぁ? そうなんだろ?」


ジャンヌ(こいつ)はもう俺の敵だ。顔が可愛いとか関係ない。


ジャンヌは、俺の、敵だ。


「ほら、俺が最底辺の稼ぎが少ない冒険者だって分かっただろ? 俺がお前の面倒を見るメリットもないし、さっさと保安所に行って保護されて来い」

「メリットがないって、私みたいな美少女が側にいるだけで幸せじゃない」


美少女って……そいつを自分で言ったらおしまいだろ。

それに俺はもうこいつの事を美少女とは思えない。


「顔が良くても性格がなぁー……自分でも思わないか?」

「別に。なんとも思わないわね」


あーこれは重症だな。

性格の悪さに自覚がないって一番面倒くさいんだよね。これはとっとと保安所へGOさせなければ。


「話は終わりだ。保安所は温かい寝床もあってたくさん食べ物が置いてあるぞ」

「私を小動物かなんかだと思ってない?」


半分思ってるって事は言わないでおこう。


しかし、俺はこの時点でジャンヌが保安所に行くものだと思って完全に油断していた。ジャンヌが次のような爆弾発言をするなんて考えてもなかった。


「うん。私もここで冒険者になるわ」

「………はぁ!?」


一体全体いきなりなにを言い出すんだこの小動物(ジャンヌ)は!


「お前は本物の馬鹿か!? 今までの俺の話聞いてたの!?」

「聞いてたわよ。それをこみで冒険者になるって言ってるの」


冒険者になれば一人で生きていけるんでしょう? とジャンヌは言う。


正気か!? 冒険者なんて危ない仕事の塊だ。

確かに女性の冒険者は何人かいるけど、ジャンヌみたいなまだ子供が冒険者になるだなんて、危険すぎる。


「ジャンヌは女だろ? 冒険者が務まるわけ……」

「私を心配してくれてるの?」


ジャンヌの言葉に一瞬動きが止まる。


「別にそういうわけじゃ……」

「アイルって最初はただムカつくやつかと思ってたんだけど、本当は結構優しいやつなんじゃないかって今は思ってるのよ。単に素直じゃないだけでね」


「そんなわけな」

「でもあなたは否定するんでしょうね。素直じゃないから」


なん……だと!? そこまで見破られていたのか!? ポーカーフェイスには定評のある俺が……こんなアホの子に!!


「保安所に行けば身元が調べられるでしょ? それだけはどうしても避けたいの」

「それに私は自分の意思で冒険者になるって言ってるの。いくらお節介なあんたでも口を出さないで欲しいわ」

「お、お節介じゃない……」


思わず動揺してしまった俺を目の前の少女は『してやったり』と満足そうな顔をしている。



「デブなあんたでもできるなら私でもできるわよ」

「そうかい……」

「あら、てっきりデブじゃないって言って怒ると思ってたのに」

「自分がデブだって事は自分が一番知ってるからな」


なんだかジャンヌの無邪気な顔を見てると怒る気力も起こらなくなる。


「好きにすればいいだろ……」

「言われなくても」


なんだかんだで押し切られた感じはするものの……ジャンヌがそれで良いと言うならしょうがないだろう。第一、俺に止める権利はないしな。


元貴族のジャンヌは何故か冒険者(仮)となってこの街で働くこととなった。




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