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澤村愛はめんどくさい

ことだま

作者: 末摘花

  言葉は生きていると彼女は言った。その力強く、静寂そのものを纏っているような声色に、あぁそうなのかと納得していしまっている自分がいる。彼女が、澤村愛が発する言の葉には、拒絶の隙もない根拠とその力があると思うのだ。だからきっと、言葉は生きている。澤村愛のような人間の言葉では、余計に。

  過不足なく、特別記述することもない平々凡々な俺の日常。俺という、御簾納雪名と記号がつけられた人間にとって、世界とはそういうものだ。世界の真理とか宇宙とか政治とか、哲学なんかはむつかしくてよく分からない。俺の中では、なんでこんなに面倒な苗字なのかとか、隣のクラスの女子よりもこのクラスの女子の方が可愛いとか、隣の席の澤村愛だとか、それらの方が世界の真理に近い。我ながらバカだなぁなんて思うけれど、健全な男子中学生はこんなものだ。澤村愛が、少しめんどくさいだけで。

  澤村愛は、一言で言えばめんどくさい。きっと彼女の頭の中は、俺なんかには理解出来ない難解な構造をしているのだと思う。話のレベルも正直合わない。クラスの誰とも合っていない。ような気がしている。持論とか、彼女の中だけの確立されたモラル哲学エトセトラ。だから言葉が生きているとか、一見クサい言葉を真剣に、ほろりとこぼせてしまえる。人の脳に容易く浸透させてしまえる。俺は少なくとも、そのひとりなのだから御簾納(みすの)



「言葉は生きているよ」

  彼女がそう口に出したとき、机に身体をもたれて、次の授業の教科はなんだっけとでも聞くような雰囲気だった。だから俺は思わず、数学だと応えてしまって、会話を終了させてしまった。水曜3限目後の休み時間、その日初めての言葉だった。

  なにか考えているなとは感じていたけど、考えているときに口を開かないのはやめてほしい。応答もなにもせずにだんまりで、思考の逡巡が収まって初めて、彼女は口を開く。なにを考えていたのか、教えてくれるのかは気分だ。その水曜日では、きっと言葉の効能を考えていたのかと腑に落ちた。火曜日は教えてくれなかった。

「雪名、次の授業なに」

「だから数学」

「めんどくさいなぁ」

  お前の方がめんどくさいよ、なんて思って口を噤む。言葉を生きていると、まるで人間みたいに言う彼女に、昨日学んだ擬人法という表現を思い出す。比喩は隠喩と暗喩の2種類だ。名称しか覚えていないけど。

「名前の方が、余計に──」

「え?」

  最後の言葉が聞こえないまま、木造校舎に鐘が鳴る。

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