第7話 覚悟
ユイが到着をするまで、いったいどれ位の日数が掛かるのか、さだかではない。
それまでの間、ミミと一緒にこの魔境で身を潜め、待つしかない。
この魔境は、マナが薄く、回復も遅い。
私自身のマナが回復をしてしまえば、転移魔法が可能だが、それも、また時間が掛かる上、
どこに転移をするかわかったものではない。
いずれにしても、あの里に一度戻る必要が出てきてしまったわけだ。
問題がある。
それは、また、あの里に戻った場合、もう二度とあの里を脱出するチャンスはなくなる。
今まで以上に警戒をされるのだろう。
チャンスがあるとすれば、このミミに宿った私の子供の出産の時期かもしれないと、
密かに睨んでいた。
さすがに、その時期だけは私に対しての監視の目も甘くなるだろう。
なにせ、伝説の勇者の子孫だ。皆、期待し、どんなエルフが生まれるのか。
または、エルフではないのか、期待の一瞬だ。
それに、私は賭けるしかなかった。
わが子を見捨てる形で。きっと恨まれるだろう。
「勇者様!今日は豊作です!なんだか最近、この近くの木の実がすごくいい感じなのです」
もしかすると、私の日々の鍛錬の成果かもしれない。
さすがに何もせず、堕落した生活を送るわけにもいかないので、せめてものマナの制御について鍛錬は欠かさなかった。
ただでさえ少ない貴重なマナを更に制御、つまり、節約だ。
低燃費と言っていい。これを目指していた。
結果として、わかった事がある。
今までのマナは、必要な質量に対し、膨大に使いすぎていた。燃費が悪い。
それをマナの制御を意識し、最低限のマナの数量で完結する。
すると、少ないマナでも、少々質は劣るが、効果はある。
今は、このマナを濃縮させ、濃いマナを作っている。そのマナは体内に残しておくと、察知されてしまう危険があった為、近くの木々に分配していた。
さすがの魔族も木が変であれば、まさか近くに私がいるとは思うまい。
その成果として魔境にある木々達が変化をし始めた。
まず、不気味な姿ではなくなり、エルフの里にあったような、美しい姿に変わりつつあった。
これはこれで目立ってしまうのだが、私達にとっては都合がよかった。
ただでさえ、おいしくない果実が、マシになってきたのだ。
恐らくは土に問題があると思われるが、さすがにそこまでの改善には至っていない。
だが、その内、それすらも改善されてしまいそうな気配はある。
これ以上は控える必要が出てきてしまった。
「!勇者様。誰か来ます。ユイ様ではありません。隠れて下さい」
気づかれてしまったか。
「いや、私が対応しよう、少なくともエルフではないから、いきなり攻撃はされないはずだ」
「しかし・・・」
『んん?君は?おやおや、森が変な空気になってきたから、見に来たが、とんでもない物を見てしまったね』
推定20歳ほどの褐色の肌に、銀色の髪、瞳の色は紫、ダークエルフだ。
『エルフと、君は人族かな?ほう、一体何千年ぶりの人族だろうか。もしかして、エルフはやっちゃったのかな?』
小さな子供が、意地悪に、囁くように、はっきりと言った。
いや、言葉で耳にではない。
こいつ直接、頭に話しかけてくるタイプのやつだ。
『おやおや?念話は、初めてかな?ここの空気は特別悪い。息を吸うだけでマナが減るからね、迷い込んだのかな?』
「そうだ、決して悪気があったわけではないし、そちらに対し、敵意があるわけではない。見逃してはくれないか」
これは賭けだ。
『ん~?それは出来ない。』
はっきりと、敵意が伝わった。これは絶対に無理だ。
『いくつか、勘違いをしているようだから教えてあげよう。一つ、ここは君たちにとっての敵地。君たちがなんと言おうと、スパイ活動にしか見えない。見たところ、昨日今日に着いたわけではなさそうだし。二つ、ここの木々、変だよね?君のせいだよね?よくないね。この魔境では、マナが少ない、とゆうより、無い。まったくマナがない所から、この木々達が一生懸命マナを捻出してくれている。だが、あの木は違う、強烈に当たりのマナを食らいつくし、あまつさえ、他の木々を殺し始めている。このままでは私たちは死ぬ。三つ、人族は置いておいても、エルフはいけない。いったい何人の同胞を殺されたと思っているのかな?知らないはずはないよね。だから呼ばれたはずなのだから。』
もう一刻の猶予もない。
このまま戦闘になれば、負けてしまう。
このエルフに戦えるほどのマナはないだろうし、それは私も同じだ。
それだけではない、このダークエルフ、私達と話しながらも、体内の魔力を収束させている。
ここを吹き飛ばれるレベルで。
時間稼ぎはできたものの、これ以上の打開策はない。
ここまでか。
「勇者様は絶対に守ります!」
ミミは、震えながらも、虚勢を張り、なけなしの魔力を溜めだした。
『いけない子だね。』
ダークエルフは、人差し指をこちらに向け、一瞬光ったと思ったら、
「魔力が・・・」
『いいマナだね。上質だ。これでしばらくは良さそうだね。それと君、ひとつの体にふたつのマナを感じるよ。無理をしてはいけないのでは?貴重なサンプルになりそうなのに』
体が震えた。
ミミを見るに、体全体がぐったりしている。マナをすべて抜かれてしまったのだろう。
しかも、こちらの弱みがこんなにもあっさりとバレた。
わが子をおとりに、逃げ出そうとしていた薄情者だが、こんなにも心が震える。
何か手はないのか。
隠された圧倒的な勇者としての力は出ないのか!
『君はもらっていこう。きっと悪い事にはしないよ。何せ、伝説の勇者様の子供だろう?隠しても無駄さ。人族の顔を見えればわかる。久しぶりに楽しくなりそうだね』
私は、飛び出した。
ダークエルフに勝てるとは思えなかったが、一瞬隙を作ればミミだけでも逃がせるかもしれない。
しかし、それも無駄だった。
目の前が真白になって、意識を失った。
『君は、泳がしておくと面白そうだ、次はダークエルフとか、魔人との子供を期待しているよ。その子たちがどんな風に育つのか楽しみだ。』
その言葉だけが頭に残り、絶望と怒りを覚えた。
真っ暗な闇の中で、私は一人だった。
誰も私の事など、見向きもしない。
光が見えた。
その手は暖かく、私を迎えてくれた。
その人は気高く、美しい人だった。
この恩に報いるために私は死ぬまで尽くそうと思った。
だが、その人は討たれた。
施設には、大勢の大人が押し寄せてきて、ほとんどの子供は殺された。
一部の子供は連れ去られ、その人は最後まで抵抗をしたが、
私の目の前で、辱めを受け、死んだ。
その人の最後の力で、私は匿われ、命をつなぎとめたものの。
あたりは焼きはなたれ、絶望をした。
なぜ、私だけが生き残ったのか。
いっそ、一緒に…。
「勇者様!」
目を覚ました所は、今まで生活をしていた洞窟ではなく。
清潔感のある木造の部屋だった。
「勇者殿、目を覚まされたか、よかった」
「勇者様。お聞きしたい事があります。ミミはどこです」
「これアイ、勇者様はまだお目覚めになられたばかり、混乱をしている、それにミミが勇者様と一緒にいなくなったとはまだ決まっていないであろう」
「勇者様に決まっています。ミミはよく懐いていたし、よ、夜の相手もしていたのでしょう?」
「勇者様とて男子、そういった事もある。だからといってそうとは限らんじゃろうて」
「…ミミは連れて行かれた。ダークエルフだ、頭に直接話かけてくるやつだ」
「ルゥじゃな、きやつめ、勇者様のマナに気が付いたか。して、なぜミミを?」
「ミミには、私との子供を宿していた、それが目的だと言っていた」
「なんですって!」「なんと!」「なんじゃって!」
「この場にいるものは只今より、この部屋を許可なく出る事を禁止する。それとアイ、ユイにすぐに知らせるのじゃ」
「わかったわ!」
「ここはエルフの里なのか」
「その通りじゃ、勇者殿。あまり心配をかけさせんでくれ。ユイもそうじゃが、アイが今にも魔境に乗り込むと抑えるのが大変じゃった。ミミからの念を受け、ユイが出発してから勇者殿は、8日後に見つかった。向こうで何があったかはわからんかったが、外傷はないようじゃし、特別なマナの干渉もない、若干ではあるが、魔境のマナを感じるが、問題はなかろう。」
私は、虚無感に苛まれていた、これからどうすればいいのだろう。
物語ならば、ミミを救いにいくべきだ。
それはわかるが、私には、勇者として自覚のあるパワーはない。
このまま、エルフたちに任せてしまって、引き籠っていたい気分だ。
しかし、本当にいいのか。
それで、私は。
いい加減覚悟を決めなくてはいけない。
ミミだけではない、私の子供もいるのだ。
絶対に助ける。
その為に、私に何ができるのだろうか。
「…覚悟は決まったようじゃな、何より。今から勇者殿には伝えていなかったこの里の勇者に関する秘密を教えよう。正直言いたくはなかったが、もういいじゃろうて」
ここから、私の逆転劇が始まればいいのだが。