第6話 魔境
マナについて、ひとしきりのレクチャーを受けた俺は、ゆっくりと時間をかけて、この世界について考えをした。
そして、結論が出た。
それは。
「勇者様がいない!」
「まだ遠くにはいっていないはずだ!探すのじゃ!」
全ての責任の放棄。
これは、ゲームではない、ここまで、何から何までテンプレのような展開だった為、勘違いをしてしまっていたが、これは現実である。
よく考えれば、私の世界では、重大なプロジェクトの最中ではなかったのか。
ならば、私だけの責任をまず果たしてから、この世界を救えばいい。
というか、知ったことではない。
思い出せ、私はお人よしではない。自分のいた世界を救う為だけに、全てを捧げてきた。
この世界から、私の世界までの帰還方法はわかっている。
マナの講習を受けていた際に、10代半ばのエルフから教わった。
他の10名の講師からは教えてもらえなかったが、このエルフは教えてくれた。
どうやって教わったかは想像に任せよう。
「マナを意図的に消す方法を身に着けておる。人海戦術で探す他ない!」
「今の所、結界を破壊したり、結界の外に出た形跡はない。まだいるぞ!」
なるほどな、結界が張ってあって、そこを通るとわかるのか。
いやはや、困ったものだ。
「勇者様?」
10代半ばのエルフは声をかけてくる。
そう、私はこのエルフに匿ってもらっている。
「皆を驚かす目的は十分にすみましたが、このままでは、あ」
うるさい口は塞いでしまおう。
ここからは深く思考を巡らせ、元の世界に戻るしかない。
「勇・・者様・・あ」
私は耳元でささやく
「静かにしないと、やめるぞ」
「・・・」
結界を解くすべもあるが、それもダメだろう。
この結界の中で、元の世界に帰るしかないようだ。寝る間も惜しんで研究した転移魔法を使う事にしよう。
まだ、実験段位だが、ここから脱出できれば、落ち着いて時間をかければいい。
目の前のエルフを黙らせながらの魔法陣生成は面倒ではあったが、大きな声を出されても面倒だ。
数分後、へろへろになったエルフを魔法陣の外に置き、詠唱を開始した。
「我が呼びかけに答え、その力を示せ」
目の前が真っ暗になった。一瞬失敗なような気もしたが、これ以上時間をかける訳にもいかない。
涙を浮かべた顔を見えた。
そういえば、名前も聞かなかったな。
深い眠りから覚めたように、ゆっくりと目を開け、今いる場所の情報を探した。
どう見ても、私が居た世界ではない。
失敗だ。あわよくば、元の世界に戻れればと思ったが、そんな簡単にはいかないようだ。
ここは洞穴のようだ。
近くに焚火をした後がある、食べ物の形跡を見ると誰かいたようだ。
ハッと自分の周辺を見ると、縛られている形跡もなし、むしろ清潔だ。
感覚的に、2~3日寝ていたようだ。普通なら死んでいる。
感謝しなければならない相手がいるようだが、このまま利用される訳にはいかない。
外を警戒しながら、ゆっくりと体を起こし、外に出た。
当たり一面は暗い森の中だった。
日が一切入ってこない程のぶ厚い雲と、日光を浴びていない、薄気味悪い木々たちがひしめき合っていた。
これだけテンプレな世界だ、間違いなく、ここは魔族のいる領域である。
魔女がいる世界なのか。
もしかすると私は、魔女に介抱されていたのかもしれない。
よりやっかいだ。
今度は、エルフを倒せとか言われる気がする。
念のため、気配察知の魔法を使った。
高い魔術力をもったものがこちらに近づいてくる。恐らくこいつに助けられた。と思う。
慎重になる為に、物陰に隠れ、そいつの正体を確認する事にした。
「もう3日、勇者様、早く起きないかな」
あの10代半ばエルフだった。
まさか魔法陣に入ってきたのか、追ってきたのか。
「え!勇者様がいない!」
私が洞穴にいない事がわかり、相当に焦っている様子だ。
今度は泣き出した。
「ゆうじゃざまー!おいでいがないでぇ!」
うーん、演技ではない様だが、どうするか。
連れていくにしてもな。
仕方がない、だが私はお人よしではない。介抱してくれたお礼だけ言おう。
「すまない、さっき目が覚めた所だ。少し外の様子が見たくてな」
「勇者様!あああああよかったあああああ」
「抱きつくな」
「あああああ、よかったああああ」
涙と鼻水たっぷり。
「まずは助かったありがとう、君が居なければ俺はここで死んでいた」
「いえいえ!でも目が覚めて本当によかったです!」
嬉しそうだ。
「それで確認をしておきたいのだが、ここはどこだ?」
「ここは7人の魔女が統治する魔境です、私達エルフの敵の領地ですね」
やはり、魔族の領域か。
「あと君はなぜここにいる?魔法陣の中に入ってきてしまったのか?」
「肯定です!勇者様の顔がさみしそうで、思わず飛び込んでしまいました、きゃ!」
は?何その感じ。
「わかった、ここまで本当に感謝する。ありがとう。ではさらばだ」
絶望した顔を見た。
この子は、こんな顔も出来るのだな、ちょっとぞくっとした。
「勇者様にお話があります、ここではマナがすごく薄く、私達の里と同じ様に魔法を使ってしまうと、消費が多いです。それからそれから」
何?
「ここの地形もわかりませんよね?あと、食べ物もないですよね!私は結構わかりますよ」
だから?
「私には転移魔法は使えませんし、里にも帰れません!」
長い!
「連れて行って下さ「ダメだ」
また、絶望する顔が見れた、結構好きかも
「ああ、あああ」
あれ?大丈夫かな?
「あああああああああああああああああ」
壊れてしまったのかな?
いきなり目の前が真っ白になった、これは魔法?
まばゆい光の中で、方向感覚もなくなり、自分が今、どんな状況にあるかさえわからない。
しまった。やられた。
「勇者様が悪いんです。私を置いていこうとするから。もうこれしか方法がありません」
気が付くとまた洞穴にいた。
時間でも巻き戻ったのか。いや、先ほどとは、微妙に違う所がある。
まず、目の前にエルフがいる。
服は着ていない。
私も服を着ていない。
体の一部分に強烈に違和感を感じる。
理解した。
「おはようございます!勇者様!」
くったくのない笑顔だ。しかし、
「何をした」
「何をって、わかっていますよね?いつもしてくれていた事です」
「なぜした」
「もうこれで、勇者様は私を捨てられません。そういう契約をしました」
契約?しまった。
この世界では相手の意識がなくても結べる契約があったのか。
エルフの里で習ったものでは、お互いの同意がなければ結べないと教わっていたのだが。
「どんな契約だ」
「子供です」
あ?
「私だけではなく、私達の子供までも見捨てる事は出来ませんよね?」
自分の腹をさすりながら、優しく微笑む。怖い。
「俺は知らん、記憶にない」
たぶん確証はないはずだ、これで真に受けてしまっては、相手の思うつぼとなる
「エルフは、魔族と比べて、子を宿しにくいの為、子供は希少です。絶対に見逃してはいけないので、とある魔法で、子を宿しやすく、また宿したらわかるように出来るのですよ」
今度は私が絶望した。
その顔を見て、エルフは最高の笑顔を見せた。
「この表情から見ると、理解してくれましたね。あなたの子供です。どうします?」
むしろより逃げ出したくなった。
記憶にない子供など、一番怖い。こいつも怖い。
なぜ今までされなかったか不思議なくらい。
「本当は、お互いがそういった気持ちの上でしたかったのですけど、勇者様は私を利用しようとしていたのはわかりましたし、愛される時間が短くなるのは嫌だったのですが、こうなっては仕方がありませんでした。これから宜しくお願いしますね。旦那様!」
無理だ。
私にはどうする事も出来ない。
仮においていった所で、無理だ。
罪悪感しかない。
私はお人よしではないが、人でなしではない。
人生初めての妻と子供を持った。
それでも、元の世界に戻る決心に揺らぎはないが、心残りになりそうで心配だ。
「さて勇者様?これからどうしましょうか。私としては、ここの環境は決して清潔とはいえませんが、食べ物も確保できるし、一応安全なことはこの5日間で確認済みです。それでも更なる高みを目指されるのであれば、どこまでもついていきます!」
実のところ、このまま魔境にいても仕方がない、このエルフのいう通り、ここは、マナが薄く、回復も遅い、だいぶ使ってしまった魔力は、転移ができるようになるまでにかなりの時間がかかりそうだ。
時間がかかってしまっては本末転倒、もとの世界に戻っても私の居場所がなくなってしまう。それでは、この世界で生きていくしかないようになってしまう。
「この近くに、人はいるのか?」
「魔族はいます。ただ、私はエルフなので、いい顔はされませんね。もしかするとあまり言葉にしたくないことを私はされるかもしれません。おなかの子供のこともありますから、それは避けたいです」
「そうか。しばらくはここを拠点として、周りの探索が必要だな。俺は、エルフではないからそこまでの事はないだろう。俺は、魔族から見るとどういった存在になる?」
「勇者様は、けた違いの魔力をお持ちですから、すぐに只者ではないとわかります。勇者様としての力を見抜かれると、利用される可能性もありますし、たぶん、そうなります」
「うむ。しかし、実際のところ、魔力は空もどうぜんな状況だが、わかるものなのか?」
「中身が空でも、その魔力値はわかります、とんでもない素質をもった人!みたいな感じですね。ちなみに魔族には、相手の意思に関係なく、相手を従わせる魔術があるみたいです。そうなったら私も終わりですね。。。」
「気配をずっと消しながらでは、アッという間に魔力がなくなって、最悪捕縛か。だが、このままではじり貧だな」
「私に名案があります!」
いやな予感がする。
「助けを呼びましょう!里のみんなに!」
こいつダメだ。
「いいや、ダメだ。それでは、私たちが引き金になって戦争になってしまう、あくまで隠密にだ」
「大丈夫ですよ!ある特定の人物にだけ信号を送って、ひっそりと助けてもらうのです!あと、里には、魔力を一気に充填出来る果実がありますから、それをもってきてもらいましょう」
かなり、危なそうだが、それが今のところ一番のようだな。
「任せよう。ちなみに相手は誰になる?」
「ユイ様です!」
聞かなければよかったかもしれない。
だが、アイでもユイでも結果は一緒に感じる。
そもそも知らないエルフよりはいいかもしれない。
「・・・頼む」「はい!」
10代半ばのエルフは名をミミというらしい。
今はミミに頼るほかないようだ。