第13話 魔人と魔女と
―魔人の里―
私は転移の魔法が得意だ。
物心ついた時からそれは私にできると確信が持てた。
理由はわからないが、
気が付くと私は重宝をされ、何人もの魔人の者と関係を持たされ、
誰一人として、結果を出す事は出来なかった。
一時は役立たずと罵声を受けた事もあったが、それでも転移魔法が使える私を、
表立って非難できる者も少なかった。
母様は、それでも私を誇りにしてくれた、子を宿すことが出来なくても私という存在を魔人族の誇りとして、長に訴えかけ続けてくれた。
それが本当に嬉しかった。
この世で信じる事が出来るのは母様だけだとはっきりわかった。
しばらくすると私を非難していた元凶が長である事がわかった。
母様は怒り狂い、懇意にしていた魔人と一緒に、長を殺め、その日のうちに公にし、
そのまま母様は魔人族の長となった。
長を殺めた事自体が母様を長にしない決定的な事実ではあったが、
母様が懇意にしていた魔人族その人が全てを丸め込んだ。
長の弟にあたる人物で、私は何度も関係を持った事がある。
今回の件だけではなく、長は他にも自分の地位が危うい時、虚偽の噂を広め、失脚させてきた。
これだけの少ない魔人族の中で、繁栄を邪魔してきた、魔人族の真の敵であると。
いずれにしても、男手の少ない魔人族だ。
長の弟であり、実質魔人族のナンバー2である者が、声を大きくすれば、思う所はあれど皆、口を閉ざした。
それからは私に非難の事をかける者はいなくなった。
消されたといってもいい。
それからしばらくして、魔族から勇者が誕生したと報告が入った。
帝国に密偵に入っている者からの確かな情報だった。
その情報を得た母様は、賢人会を招集。
もちろん、元・長の弟もいる。
その情報を共有し、ひとつの案を提案した。
「わが娘、ユウを魔人族の勇者として、魔族と対抗しようと思う。これ以上魔族に幅を利かされると、われらの立場もなく、蹂躙され踏みつぶされる。そちらはどうお考えか」
ざわめきが止まらない。そもそも魔人族は争う事を嫌う。
縄張りを守り、侵さず、侵されずだ。
ここまで好戦的なのは母様位だろう、いつからそうなったのか。
賢人会でも、権威のある老婆は言った。
「長よ、早まるでない。われらは、戦う事を好まない。魔族には勝手させておけばよかろう。わざわざこちらから戦を求めるのも、おかしい話である。どうか思い改めて欲しい。」
母様と弟様はにやりとした。
「では、賢人会は、魔人族は滅びよとのお考えか!よくわかった。どうやらまだ、あの長の息が掛かっているものがいるようだな!」
その一言で、戦慄。賢人会全員が青い顔をした。
このままではかつての長のように殺されてしまう。
誰もが口を閉ざし、権威のある老婆に責任を押し付けた。
これは我々の意見ではない、この反逆者の意見である。と。
なんとも醜い争いか。
わが身可愛さで、あの老婆を差し出し、命だけは助けて欲しいと、そういう事だ。
もはや、この魔人族は母様の手の上である。
弟様の作戦である事もよくわかってしまうあたり、私も大概かもしれない。
「よき!ではその者を大罪人として処刑。あとの者は不問とし、解散する。この場から出ていくことを先の案に賛同したと見なす」
蜘蛛の子を散らすように、賢人会は開催し、青ざめた老婆だけがその場に残った。
弟様は、その老婆に耳打ちをし、その場でその首を落とした。
賢人会の老婆の処刑は、その日のうちに里中に広まった。
皆は思ったはずだ、逆らえばああなるのだと。
「ユウ、そなたこそ、この世の勇者にふさわしい、あの転移魔法が完璧が使えるのだから誰一人として疑う者もいないだろう。胸を張るといい」
全てが片付いた後、弟様の部屋に呼ばれ、そんな事を囁かれた。
今夜も、屈辱を受けるしかないらしい。
この男だけは私との子を諦められないのか、私そのものを好いているのか。
今の母様の隣に居続ける為なのか、定期的にこの行為がある。
ああ、早く終わってくれないかな。
「ユウ、これはそなたの母にも内密にして欲しいのだがな」
行為が終わり、ぐったりした私に弟様は囁く。
「どうやら魔王側の勇者、そなたと同じ、本当に勇者の子孫らしい。こうなれば、どちらが勇者の子孫であるか力を示すほかない。」
私は返事も出来ず、ゆっくりと首を縦に振った。
「なに簡単な事である。魔族勇者を転移魔法で我が里に飛ばせばよい、四肢をもぎ、我が一族の繁栄に少しばかり協力してもらうではないか」
この男こそ、我が一族の狂気。
母様もきっとこの狂気に当てられたのだろうか。
体力が減った私もその狂気に当てられかなり気分が悪い。
「楽しみであるな。それではなユウ。今宵も楽しみた。残りの時間は、そなたの母様とゆっくり話合う事にしよう」
気を失うように私は眠りについた。
母様も喜んでその身を捧げているのかと思うと反吐が出る。
どうやら私は弟様が心底嫌いらしい。
今はまだ我慢の時。
母様が一族で長をしているのは、少なくない理由であの男のおかげである。
だが、いつか必ず思い知ってもらおう。
手の上で踊らされているのは、お前の方であるという事を。
―死の森―
「ありゃ、勇者ちゃん。だいぶ動けるようになったのね?」
ここは死の森。
存在するだけでマナを吸われてしまい、常人ならばあっという間に廃人になってしまう。
古くからこの森には、一人の魔女が住んでいた。
その魔女は、森の魔女や、緑の魔女と呼ばれ、出会ったが最後命はないといわれていた。
「――――」
その勇者と呼ばれているナニカか、到底理解が出来ない、奇声を上げていた。
「うんうん。そうなんだね。つらいよね。わかってるよ!青に復讐したいよね。任せてね」
果たして、本当に意思が伝わっているのか、それは誰にもわからない。
わかる事は、勇者といわれるそのナニカは、もう人としての意思を感じる事はなく、
怪物の類であるという事である。
この緑の魔女、死を迎えた生物をアンデットとして蘇らせる事が出来る。
しかし、その力は万能ではなく、行使すれば、自身のマナも相当消費をする。
しかも対象の存在力が高ければそれだけ使うのだ。
今の緑の魔女にマナはほとんどない。
しかもこの森にマナをもっていかれる環境である。
「勇者ちゃん、今日もちょっとマナを分けてね」
マナは、共有する事は出来ない。
それでもこの緑の魔女は、その生命体からマナを徴収する事が出来る。
それによって、無限にマナを蓄える事すらできる。
怪物は静かに、魔女と森の奥へと消えていく。
その時を待つかのように、怪物は泣いた。
「勇者ちゃん。ありがとね」
森には淫靡な声がこだまする。