第11話 それぞれの事情
俺の名前は、タウ。
この魔王軍直属親衛隊トラ様の一の配下だ。
魔王様にはあった事はないのだけど、とても尊い方だ。
母上も大事だけど、育ててくれたトラ様は、死んだ親父なんかよりもずっと強い。
俺の体には、エルフの血と勇者の血が流れているらしい。
母上は魔法力が高いエルフだったから、俺も魔法には自信がある。
肝心な勇者とかいう親父については、よく知らない。
トクベツな力があるらしいけど、今のところ感じる事はないな。
母上は、親父が死んだとわかって、すぐに旅に出てしまったらしい。
だから俺の親は、トラ様だ。
身寄りのない、ハーフエルフの俺にやさしくしてくれたし、魔法だけではなく、剣での戦い方を教えてくれた。
感謝しかない。
この前、エルフとの戦争があった。
勇者が死んで、普段はおとなしいエルフだけど、すごい猛攻だったらしい。
なんでも、勇者がいなくなって希望を失ったとか。
特に賢者アイと大魔導士ユイがすごかったらしい。
3日3晩寝ずに、魔法の嵐だそうだ。
俺も参加をしたかったのだけど、トラ様より外出を禁止されてしまった。
すこしでもトラ様に奉公をしたかったのだけど、仕方がない。残念。
エルフとの戦争に魔王軍は勝利し、何人かのエルフを奴隷として連れてきた。
それから母上について教えてもらった。
母上はミミという名前だったらしい。
勇者の親父と駆け落ち?して里を出て、転移魔法で魔王軍にきてしまい、
トラ様に保護をされたそうだ。
その転移魔法を親父が失敗したのだから許せない。
そのせいで母上は大変気苦労が絶えなかったに違いない。
エルフ族を打破した魔王軍は、魔法の暴走で死亡した勇者に代わり、
俺をこの世界の勇者として、発表するらしい。
俺には荷が重いけど、トラ様たっての希望だ。きちんと努めよう。
噂によると、魔人族にも、勇者候補がいるらしい。
俺と同じ年で15歳らしいが、本当だろうか。
もし本当ならば、親父はとんでもないやつだ。
母上をもっと大事にするべきなのに。
明日、この世界に向けて、俺が初めてのお披露目になるそうだ。
魔王様にもお会いできるらしい。
魔人族が邪魔をしなければいいのだけど。
「タウよ、少し時間をもらえるか?」
「トラ様!もちろんです。どうされたのですか?」
「うむ、明日の式典についてだが、気負っていないか?心配でな」
ほら、やっぱりトラ様はお優しい。
「大丈夫です!きっと立派にこなしてみせます!」
「魔人族の動きも気になるが、シャアがな。最近また噂が出回っているのだ」
元魔王軍十二親衛隊隊長 蛇のシャア。
指名手配をされている、理由はわからないけど、トラ様が血眼で探しているらしい。
ずっと息をひそめていたけど、最近またその姿を見たと報告が上がっているのだ。
何度も捕らえる作戦があったけど、元魔王軍隊長は伊達じゃないみたい。
俺の式典に向けて、何か仕掛けてくる噂もある。
「問題ありません、トラ様。仮に、魔人族やシャアが襲ってきても、俺が蹴散らしてみせます!」
「強いのだな、タウ。私も誇りに思う。魔王様がお待ちだ、式典の前にお前に会っておきたいとの事、すぐに出れるか?」
「魔王様が!はい!すぐに行けます。」
―魔人族―
私の名前は、ユウ。この魔人族の長にして頂点である母リュウの娘。
魔人族なのに、半分人間?の血が混ざっている。
私はそれが嫌いだ。
母様みたいに純粋な魔人族に生まれ変わりたいと何度も思った。
母様は言った、偉大な血であると。
母様は、私を生む前までは部族でも、弱い立場にあった。
でも、ある日、勇者と交わり、私を生んでからは、その立場は魔人族の頂点に立つほどになった。
みな、母様を蔑むような言葉ばかり言っていたが、私が生まれてからは、
私の魔力を認め、母様は一族の長になった。
特に、私には伝説の勇者が伝えた転移魔法を完璧に使いこなす事が出来る。
ただし、一度行った事がある場所限定だけど。
勇者は伝説とか言っているけど、転移魔法は得意ではなかったらしい。
この力をもって、魔族の連中に一泡吹かせてやるんだ!
―???-
深い深い森の中、生と死の森と言われる。
なんとも禍々しいこの森の中には、人知れず存在している者がいる。
そのものは、緑の魔女と言われている。
不思議と恐れられている魔女とは程遠い、幼さを残す面影があるが、
その傍らには、おぞましい姿になった勇者の姿があった。
「勇者ちゃん、かわいそうに。青のせいでこんなになって…」
慈愛に満ちたその言葉の吐いた表情には、一遍の憂いはない。
むしろ喜んでいる。
「あちしが、やさしく、よしなにしてあげるからね」
誰に感知される場所でもない、この場所で密かに考えうる全てに勝る、負の渦が舞い込んでいた。
いつかくる、その時まで、ゆっくりと時間が過ぎていく。
その意識はなく、ただ、一方的な憎愛を受けながら。
―エルフの里―
「一体いつまで、こんな戦いをする必要があるんだ!」
アイは疲れている、連日の魔王軍との戦いで、むしろよく戦っている。
それでも、姉であるユイの前だけは弱音を吐く。
「勇者様の仇を取るまでよ。みんな頑張っているけど、最後まで負けないわ!」
そんな頑な妹が自分だけ本音を話してくれる、こんな地獄のような日々で嬉しい事の一つだ。
でも最近はそんな事も言っていられなくなってきた。
さすがに疲れだけでない、はじめは勇者の死が里を震わせたが、
いつまでも、その力は続かない。もういいのではないかとすら声が出ている位だ。
先の戦いで、長老が死に、また熱が入ったものの、統率者がいなくなれば、
組織とはもろい物だと、この姉妹は早い段階でそれに気づき、何人かの戦士には声をかけたが、着実に離反者が出てきている。
「でも、勇者を殺したシャアってやつ、魔王軍にもういないって話じゃない、あの女だけは必ず私の手で!」
そう、実は仇である蛇の星シャア。この女は、すでに魔王軍にいないらしい。
それでも、魔王軍と戦っている事が里に知り渡った時、一番の離反者数が出た程。
しかしやめる事など出来ない。あの女に最後に言われた言葉。
「「あなたは、そうね。あら?愛されてないのね。でもいいわ。見逃してあげる。」」
その言葉が、表情が忘れられない。
絶対に許す事は出来ないのだ。
外が騒がしくなった、声が近い。
「きたみたいね。」「おちおち休憩も出来ないわ」
ボロボロの鎧を着た姉妹が、今日も戦場に向かう。