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魔法少女☆The Twilight CC

作者: 橘麒麟

かねがねから活動報告でほのめかしていた魔法少女もの、こんな感じかなあ。という短編です。Second Life完結後、書く気力が残っていれば設定は若干変わっても発展します。

(Cc=Carbonaceous Chondrite)


ここは一つの古い洋館。

すべて石造りで一つ歩けば冷たい感じがしてくる。良きことといえば人の足音がよく反響して聞こえてくることか。すべての足音に感情があり、音色があり、その音で歩いている人がどんな人なのか憶測がつくことくらいか。

彼はずっとこの洋館で戦争を続けている。小さな拳銃携えて永遠に、ずっと昔から戦っていて、どれくらい長く戦っていたかとうに思い出せない。


思うこととすれば、


どれ程長く戦っていけばとある美しい鉱石のように、自分の体に宇宙を内包することができるか。自分はいつ石になって美しい体を持つことができるのか。

闘いながらずっと石になることを夢見ていた。


彼は小さな拳銃を持って絶えることを知らない銃弾を人の体に向けて放っている。毎日、毎日といっても時間感覚はなく洋館に立っている人間が自分一人になった時。それが夜の来る時間と認識する。毎日、自分の館内にいる人間は変わった。

初め他の人間も自分と同じような銃器を使っていたがいつしか吹き矢のような、水鉄砲式の武器を使うようになった。


その武器はすっと、付いている棒を内部に押し込めば白濁の液体を宙に飛ばす。それは空気抵抗も知らないように一瞬で対象にたどり着く。そして対象を一瞬にして溶かし尽くす。死んだ人間はこの頃水のようになって溶け、すぐに姿を失う。


館は夏祭りの様相でたくさんの炎が燃え踊っている、さらに毎日昼間はたくさんの足音が騒がしく響いている。自分の放つ音以外、久しく銃声は聞いていない。

人は誰も忙しい音や燃え踊る炎に気づいていないようだ…


放つ弾丸はまるで水の中を泳ぐ胞子、魚。銃器はもう時代遅れ。「時代」それがどう館内で変化して行っているのかすらわからない男ではあったが、どこからか毎日やってきてすり変わる人々の中では時代遅れ。男もまた時代遅れであるようだ。


吹き矢、水鉄砲を放って人を殺すと、相手はチーズのようになってとても美味しそう。そんな風で消えていく。なんだか皆食欲を満たすが如く人を殺していくようだ。


人を殺しても食欲が削がれないのは血なまぐさい匂いがしないから。戦っているというのに洋館の中は昼時の家庭料理ができる途中、みたく美味しい匂いがしている。とても暖かいから、自分のお母さんにも会えるよう。


ただそんな場所で戦っているから館内の火に決して気づくことがないのだろう。それを綺麗だと思って飛び込み身を滅ぼしたものもある、彼らには火が何に見えていたのだろう。恋人の胸の中だったりしただろうか。


飛び込まないものは薄っぺらい紙のようになって、火をうまく避けている。しかし火に気づいているというわけでもない。彼らはこの世界の見えざる力から生存本能だけで離れていくことを覚えている。しかし火に気づかないということすなわち、火の美しさも知らない哀れな人間であるということ。そんな哀れな奴らの顔は決まって真っ白く染まっており、ホラー映画ののっぺらぼうさながらに無機質なのであった。


彼らはきっと血を流して死んだほうが生きていると言える。


この現場を恐ろしいと感じ、なぜか怯えたようでいる銃器を持った彼こそ最も幸せな人間なのかもしれない。

彼はなんとか血なまぐさい戦闘をこの世界に蘇らせようと考えていた。しかし、水鉄砲を持ってしまった人間に「俺の血を見せてくれ」と頼んでも出来ない相談なので半ば諦めている。自害したとしても、自分が死んだところでこの世界がどうなるかは分からないだろう。


と、そんな場所で一人の男は時間感覚も持たずに銃器片手に戦っている。


「あんた、貸そうか。それ古いだろう。水鉄砲もう一丁あるよ。そんなんで人を殺せるかい? 人を殺せないって悲しくないかい?」


「ああ殺せる。水鉄砲よりよく殺せる、殺した時殺したってわかるんだよう」


銃器で殺すと確かに相手は血を流し、倒れこんで生き絶えていくのだったが。それは世界の人々の目に触れられることなく、すぐに炎に飲まれて消えていってしまう。でもそれがいい、それが命の光だ。

でもそれが誰の目にも触れられないって悲しいと思う。しかし血を流して死ねば「死ぬ」と分かる。液体になってチーズのように死ねば「死ぬ」と分からない。死ななければ死に切れない、それはきっと悲しい未来への道筋だ。


生命原理から離れた我々はいつまで戦い続け、苦しみ続けなければならないんだろう。それでもきっと社会とはそんなものだ。そんなものなのだ。



今日も戦いが終わった後、銃器の彼は生き残って館内に一人寂しく立っていた。

戦いが終わるとなぜか館内には子守唄のようなピアノ曲が響いてくる。どこかで聞いたことのある音楽だったがどこでかは思い出せない。男は音楽などそんなものだろうと割り切っていた。

やがて音楽が終わり、教会の鐘みたいな音が響くと虹色のトンネルが開く。


それはビスマス結晶のようで、憑かれたようにその中へ入っていく。結晶が炎の明かりを反射して虹色に輝き、入り込むとやがて別にどうということのない銀色の空間だということに気づく。やがてそれが溶けていき彼の体を包み込んでいく。


結局その空間は構造的に虹色を見せるだけで、一つ一つはなんでもないただの銀色なのだ。それがいつもこのトンネルをくぐるときは不思議だった。それがまた彼の中にあるありとあらゆる感覚を狂わせていくし、世界のことはもっと疑問になって迫ってくる。


その後ステンドグラスを覗き込むような心地で意識を覚ましていくと、自分は途方もなく広い教会の中にいる。奥に巨大な十字架がかかっていて椅子はない。

そこは完全なる夜の中。いつも男一人しかいない。いつも十字架の下へ行って怯えたように縮こまって眠る、今日もそうしようと考えていた。朝が来れば一人の赤子のようにまた強張って生まれ、戦いの喧騒の中へ虹色のトンネルをくぐって出て行くのだ。


しかしそこには今日人がいた。自分以外に、すでに、十字架の下に。その下に人がいることを憎らしいと男は感じた、それは一人でいることが落ち着きにすらなっていたからだろう。眠る時くらい一人にして欲しい。

こんなことは、そんな感情を覚えたことも長い長い時の間初めてのことだった。


「なぜ貴様の髪は白い」


名前も、聞く前に咄嗟に出た言葉がそれだった。静かに言ってみた。

奴の顔もまたのっぺらぼうのように真っ白ではあったけれど、体の構造から女性であることがわかる。そして髪の毛が途轍もなく白い。ただそれに疑問を持っただけだった。


「熱よ。でも濃すぎる熱は身を滅ぼすわ」


「そのピアス」


「テトラヘドライトね」


テトラヘドライト。と呼ばれた鉱石でできたピアスは正三角形の四面体、白銀に輝いてステンドグラス越しに輝く月の光を帯びて揺らめいている。幽玄。それを何かもっと違う光で照らして覗き込みたい衝動にかられる。何か違う光、すなわち眼光で見据えれば違う姿を見せるかもしれない。


「いくらまで耐えられる」


「さあ。私の衝動が尽きる熱まで」


男は女にどれほどの熱で鉱石が消滅し得るのかということを聞いたはずだった。


人間の衝動を持ってして宇宙のどこまでいけるだろう。そんな興味が湧いてくる。とにかく彼女の髪の毛は綺麗で、本当に夜を感じさせた。

教会の中や絶え間ない戦いの中いると忘れてしまうが、世界に夜は確かに存在する。それで彼女の髪は幽玄なる月や星の明かりのようで、美しい。月の明かりを帯びたテトラヘドライトの明かりをまた帯びて、その髪の毛は輝いている。

鉱物は熱を帯びれば変化したり何かを生み出したりする。というのは、人間の恋や性衝動と同じところだろう。ただ男の中にあった「石になりたい」という欲求が女のピアスへ憧れを伸ばしていったのである。

今の会話はその憧れが質問として結実したに過ぎない。


「それ、旧型の銃ね。私だって水鉄砲持ってるのに。それで撃つと痛いの? ううん、相手がじゃないわ。あなたが」


「ばぁん」


「ひっ」


「綺麗な声だ」


男が銃を女に向けて撃ってみる真似事をした。


「ばぁん」


今度は女が水鉄砲で男に対して同じようにする。


「お互い。痛いってわけだ。それでそのものすごい高温の水鉄砲で、メテオ… なんだか、ヘデライト。熔かせるの?」


「テトラヘドライトぉ… よ、テトラは正三角形の四面体。ヘドライトは宇宙。宇宙のその先」


「お前の名前は」


「トワよ」


その名前で男はトワイライトという言葉と、テトラヘドライトの関連性を考えずにはいられなかった。そういう名前の奥ゆかしい美しさに、風貌の美しさ。両方が目の前で十字架の前に力なく座り込んでいる彼女の中にあった。それが恋というものかもしれない。でも別に、特別な欲求が男の中に生まれたわけではない。


とにかくテトラヘドライトは水鉄砲によって溶かされてしまうものだろうと、はぐらかされたことによって察した。

それほどまでに脆い、社会の生み出した水鉄砲の前では無力なものなのだろう。往々にして芸術とはそういう形である。

それが理解できたし、それが彼女の美しさを説明する根拠ともなった。儚い。

人間の運命など永遠とも無為とも取れる戦いの中ですら、人体の構成分子や鉱物のような固い感触の中の小宇宙の一滴に如かず。彼女のピアスであるテトラヘドライトを見て美しさにつき、男はそう思った。


やがてそのピアスは宇宙の涙のように一滴の水となって自分の心に注ぎ込んでくるような気がする。言葉を弄すれば美しく思えることであるが、ただ偏光顕微鏡で玄武岩を覗くようなこと。と言えば無意味で単純なことである。そんなものが運命だろう。


煌めく金色の星々。しかし遠くから見れば真っ黒で無機な石ころにしか見えない。そこに彼女の美しさが内包されていた。


ぷすりと彼女に男は香水を吹きかける。


「きゃっ」


「思い出したか。貴様は醜い」


「昔飲んだことがある… この匂い、丘の上の風に海の風。バニラにオレンジピールに、チョコレート。マシュマロに木の実… そして」


甘い。ただひたすらに、続き続けるように甘い。


「お前は綺麗すぎるから醜いんだ」


ずっと長い時の中、ポケットの中に香水の小瓶が入っていることを男は忘れていた。女の美しさが世俗的な匂いの記憶を喚起せしめ、それで女を汚してやろうとどろりとした感情が湧きあがってきたのである。それで上品な香水を振りかけて見せた。それは単に衝動だった。

しかし皮肉にもその上品な香りこそ人間の最も醜い部分を思い出させる因子となったのである。


「人の肌の匂いよ。 あなたも思い出した?」


こんなに暗い永遠の世界では確かに忘れていた。しかし今思い出した。


「ああ。しかし教えてくれ、そんなに綺麗なお前が背負ったのはどんな罪だ。どうしてここへ来た」


「死に憧れた罪よ。一緒に出ましょう、この世界から。私のピアスをずっとあなたのそばに置いておいて、きっと百年後に会えるから」


館内の炎がここへきてやっと教会内へ入り込んできた。男はその炎に巨大な十字架が焼かれていくのをみる。そして炎が蔓延した頃、トワのピアスは電流を帯びてそれが男の体内へと入り込んできた。身体中に電流が入ってきたような心地になり、目の前の世界は一転する。

男は百年とはここまで早い炎の進み具合なのかと思った。



ゾンビゲームにどうしてあれほどの人気が出るのか知っている。例えば痛みを知らないAIの人体が首の筋肉だけを使って歩いていたとしたらどうだろう。それをきっと「ゾンビ」と言う。

その奇妙なものを殺す人がいて、その人は時に恐怖して、それを乗り越える。とにもかくにも人間は何かを乗り越える構図が好きで、どこまでも排他的だ。そして何より死が好きなので毎日のニュースは誰かが死んだということばかり。そういう退廃的なものが人間は好きだ。


「何がしたいの」


彼は友人の作ったCGに表示される一体のゾンビを見て思っていた。


「ゾンビゲーにしたら面白いよ、だって怖いじゃない」


「もういいよ。汚いよ」


真っ暗闇に一つの明るいスクリーン。憎らしい目をして退室する知り合いを見ながら彼はどうしてこんなものを面白いと言えるだろうかと思う。

ゾンビってきっとものすごく苦しんで、怨霊みたく生き返った人間だ。だのにどうしてまた殺してやろうと思うことができるだろう。それで人は痛みをどこへ捨てていくのだろう。皆がゾンビになったら別に辛いことなんてありやしないのに。人が認識できることを考えていないだけで、人と同じようにゾンビだって考えるかもしれない。ひたすら彼はゾンビゲームというジャンルが嫌いだ。


知人は始終質問を投げかけると怯えたように自分を必死に守ろうというリズムで話すので、どうせそんなものだろう。と、分かりきったように自分も話した。その後なんだか罪悪感に苛まれる。



「こんにちは。よく会いますね」


どうせ話せやしないのに。言葉も通じるかどうか分からないがこちらをしきりに見やっている女の子に話しかけてみた。本当によく会うのだ。胸に通学用のICカードをぶら下げていて、呂律の回らないまま何かを語りかけてくる。それでもその言葉は聞き取れない。結局口ごもって、時々唸っているようにしか彼には聞こえないのだった。

ただありきたりな答えを出す人間や、とにかく何か話して返してくる人間と話すよりこういう女の子と話す方が幸せだと思う。結局何も会話が成立しないまま二人離れていく、よく会うのは事実だったがいつもこんな風だ。次に会える日だっていつか分からない。



電車を降りて駅を出ると階段がある。広い丘の上に駅はあって、よくこんな場所に駅を立てたものだと思うが、とにかくある。

そこから透明な階段を降りていくと自分の家にたどり着くはず。何度も同じ道を歩いてばかりだと先に何があるのか考えることもないし、綺麗な花が咲いていたって気付かない。

丁度今日は雨、しとしと弱いものが降っていたので道中真っ赤なバラを見つけることができた。水を帯びてつやを帯び、バラは雨に濡れるから綺麗なのかと思わせる。バラは雨の日以外咲かないのかと知識のない彼には思えてすらくる。

朝顔が日の光で咲くのならバラは雨で咲くのか。とにかく晴れの日咲いていたとしても臭いが甘ったるくて嫌いだ。


それで今日は寄り道をしてみることにした。寄り道と言ってもどこへ行くことができるかは分からない。何か目的地へ行けるような気がする回り道を見つけようと、歩き回るだけだ。

まず一体の道祖神が目に入った。好きな歌人の生きていた時代のもの、と見えてなんだか拝む気持ちになった。ちょっとだけお辞儀をする。


「公達に、狐化けたる春の宵。か」


「愁いつつ、丘に登れば花茨。そんな気持ちかな。ちなみに宵の春だナ」


「ああそうか、そっちの方がいい… 音が…」


そうさ。と思った時にはと気づく。真っ赤な髪の毛の人がそこに立っている。どこにも女性か男性かを判別できるようそがないし、突然現れたのと相まってとても不思議。


「君みたいな人がこのあたりにいたか?」


「ターマリア、リルト。リルトリア。リトルアルトとかトリルとか言えて面白いでしょう。そう、私の名前面白いの」


「はて」


「夜のトリル、情熱のアルト、死のリルトリア・マリア。解からないの?」


「はてて」


「私は踊る時魔女なの。ほら見て、7つのエクスタシィで」


初め男は目の前の人が。自称魔女なので女が、自分の、話をして幸せを感じる類の気狂いかと思った。しかし彼女は話すので少し違うのだろう。普通自分の愛してやまない人間は喋ったりなんかしない。それが幸せの所以なのだからそれによる定義は妥協できない。


そう考えているとまた突如として踊り出す女。タンゴ。なのだろうか。道祖神の前だというのに南米風の、靴音をよく響かせる踊りを披露してくれる。どうも、どうしてこの会話の中に踊りが必要なのかは理解できない。

しかし彼女が踊るものは良いということ、それは確かである。果たして情熱や性欲というものが体に支配されているのか忘れられてくる。体には決して支配されないのだと情熱を思い出させてくれる。彼女は高音とも低音とも取れる音で歌っていて、時々言う「Porque(なぜ)」という言葉がどこまでも悲しみを感じさせる。悲痛だ、ひたすらに悲痛だ。

最後の方で圧倒的な高音の声を出して「私は!」と、異国の言語で言う。彼女はピタリと固まってしまったので男が拍手をして見せた。そうでもしないと彼女はそのまま死んでしまうような気がした。そこまで無心に踊っていたのが見て取れたからだ。

彼女は一つの真っ白なバラを携えて踊っていた。それに彼女が動き出した時気づくと、男の体に鋭い電流がまるで思い出のデジャヴのように走る。


白昼夢を少し見て上を見上げると丸い光の輪が薄い雲にかかっているのを見ると、気を失う。



そこでは一人の少年がまん丸く大きな目玉の服を着て踊っている。真理の目と呼ぶのが正しい、ずっとそれに見つめ続けられている。人間というものは。

聴こえる歌は先ほどまでと違ってものすごく狂気的で聞くに堪えない。すぐに悟った、こいつがいるから自分は外へ外へと出て行くことができない。こいつが誰だかは分からないが自分はこいつに縛られてずっと生きてきたような気がする。

彼の首は時計仕掛けでもあるかのようにカタカタと鳴る。

「やめろ、そんなもの」と言ってやりたかったがどうしても呂律が回らない。自分の声は呻き声のようになっていった。そして目の前の少年は踊ることをやめない。彼がどんどんと自分の方へ迫ってくる。


やっと彼の体が自分のそれと重なった。とてつもない恐怖心に襲われたとその時、前に踊っていた少女が現れる。


「現れたわね… 真理の欲望!」


「はぁ…?」


なぜか今回は呂律が回った。恐怖心や、変な踊りの圧制から解放されて行く感覚が心地良い。


「炭素質コンでライ…!」


噛んだ。


「炭素質コンドライト」


男の方が言葉を添える。


「そう、炭素質コンドライトを守護石に持つ正義の勇者参上!」


守護石ってなんだ、地味だぞ。とか、勇者って男のことじゃないのか。とか、正義って人を倒すためにやってきてそうなのか。とか、そういう問題は取り敢えず棚に置こう。そんなこと気にしていてはキリがない。取り敢えず炭素質コンドライトって何も綺麗じゃない。あんなものただの真っ黒な石じゃないか。

くだらない奴もいたもんだと男は呆れきっていた。それでまた呂律が回らなくなり「それでお前は何ができるんだ」ということを止められた。どうやら何か、奥深い世界の何かが彼の口を塞いでしまっているようだ。


脱力して為す術のない男の前で戦いはすぐに始まった。「炭素質コンドライトの勇者」とやらの少女がすぐに「真理の欲望」とやらと攻防に入る。

透明な階段の横にあった曲がった木に寄り掛かり真理の欲望はすっと飛んで少女にかかった。


ーー曲がった木はいい。風に吹かれたり何らかの力がかかって曲がるとどこか寂しくて、人の顔のような形を見せてくれる。それはあたかも長い髪の少女と男性が接吻をするかのようだ。


それをうまくかわして綺麗な蹴りを上に向かって少女が入れる。下にかわしていた。少女はとんでもない跳躍力で宙に舞った少年を追撃する。すぐに少年の姿は消えていた。あまりにもあっけない最後だった。そして男の呂律は回り始める。


「炭素質コンドライトの妖精…」


「勇者ね」


「なんか憑き物が晴れた気がするよ。悪かったな」


確かにその時自分の奥深くにあった何かが晴れて行ったことは確かだ。自分でも気づくことのなかった自分の中の悪意。そんなものが消えていく。


「そういう時はありがと、でしょ」


何だか少女の優しさに真に触れた気がしてきて、また意識が遠のいていく。



目を開けた時胸のあたりに固い感触があった。それは一つの石だった。


「トルマリン」


「マリン…? なんだそれは」


「電気の塊。あなたが酔った時に引き戻してくれる」


「石?」


「うん」


先ほどまでの情熱とは別に女は穏やかだ。


「お前中二病なの?」


「べ、別に…」


どこかでこの少女を知っているかもしれないという感覚の中男は話している。けれどやっぱりこんなバカは知らない。自分のことを「炭素質コンドライトの勇者」などと呼ぶような人間とは知り合いたいとすら思わない。しかし先ほどの風景は。

何だったのだろう、嘘とは言えそうにない。鮮明すぎて現実に引けを取らない光景だった。そして今の自分の体が若干軽いということがそこに確信の念を添えつつある。


「なあ、あんたって」


「炭素質コンドライトの勇者。悪を切り裂き正義を示す、怪物…ぅ」


「おい矛盾が」


「矛盾してた方がリアルでしょ」


彼女の言う通りだ。彼女はちょっと口の隅から舌を出して微笑んでいた。もう夕暮れ時だった。


「帰らなくていいのか?」


「うん?」


何かがあったような気のする場所に一つのパン屋が建っている。名前は「ターマリア・ベーカリー」と看板を読んで分かる。もしかするとそこが少女の家なのかもしれない。パンのいい匂いがする。


パン屋の少女が勇者… しかもなぜか性格がコロコロ変わっている気がする、また世界の形も。何だかとっても馬鹿げている。それでも、「炭素質コンドライトの勇者」なんてとんでもないことを言われると自分のほうが馬鹿げているかもしれないぞと思えてくる。


それに妙な既視感…


「私、パンより石の方が好きなんだけどさ。パン食べるぅ? あなた痩せてる。もっと食べなきゃ」


「ああ。うん。食べとく」


男は言われるがままにパン屋の中へ少女と共に入っていった。


ーー愁ひつつ、丘に登れば花茨

お付き合いありがとうございました。

作者の息抜きでもあったのですが… 本当に炭素質コンドライトの輝きってなんですかね。

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