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タガタメ  作者: ゆきうさぎ
かくして少女は勇者を夢見る
8/43

国立図書館『ビブリオテーカ』

ほぼ3か月ぶりの更新。モチベーションの維持が難しい…

翌日。朝食も済ませ、私はカガリと一緒に酒場の外を散歩していた。アマネさんが来るまでまだ時間はある。明日はオズさんと戦うから今のうちに体を慣らしておかないといけない。昨日まで寝たきりでなまっていた体はいつものようには動かない。というわけで時間まで適当に二人で運動でもしようかと思ったのだ。


「ここなんかどうかな? そこそこ広そうだし」

「そうだね。人も寄ってきそうになさそうだね。……でも大丈夫? 病み上がりなのに」

「まあ本気でやろうってわけじゃないし、大丈夫だよ」


 私はオズさんから借りた模造刀をカガリに見せる。本物に比べれば軽いが、そこは本気じゃないから問題ない。


「ティアナはそれでいいけど、私は加減が難しいの。覚えてるでしょ? 家の近くの原っぱを三日三晩燃やし続けたの」

「……あれは……ひどかったね。カガリの魔力が強すぎて普通の水じゃ消せなかったんだっけ?」

「うん。結局私の魔力切れを待つことになったけど、あの時は大変だったよ。さすがに今は魔力操作は慣れたとはいえ……来て早々問題ごとは……」

「それなら問題ないよ」


 カガリの言葉をさえぎって私は広場の真ん中に立った。実を言うと今から使う魔法はさっきのカガリの事件を見て思いついたもの。実際に使うのはこれが初めてだけど。

 というわけで私は自分の体内の魔力を高める。結構燃費も悪く、集中しないとそれこそ面倒なことになってしまう。


「ふぅーーー」


 息を大きく吐く。体の中の古いものを吐き出し、空っぽにする。難しい魔法を使うときのコツだ。


「……――『虚構世界(ソラゴト)』」


 呪文を紡ぐ。しかし、周囲にそれを気づかれるようなことはない。


「……相変わらずというか、ティアナの魔法は少し常軌を逸してるよね」

「ん? そうかなあ……。私からしたらカガリの方がいっぱい魔法使えるから便利だと思うけど……」

「汎用性の高さなら私の方が上だろうけど。でも空間を断絶させる(・・・・・・・・)なんてこと、あなた以外にできないわよ」


 カガリには私の魔法によってこの広場が異質な状態になっているのがわかるらしい。でも、この話は前にも聞いた。


「カガリはまたそうやって難しい話をする! ほら、時間もないしさっさとやろ? これでお互い周りのことは気にしなくてよくなったしさ」


 『虚構世界』、これは私の空属性の魔法の一つ。特殊な結界で囲まれた世界を作り、その中で起きたことは決して外部に影響しないというものだ。簡単に言えば、いくら中で暴れようと、この魔法を解除すればそれはすべてなかったことにされるのだ。


「いくら無茶やっても痛みは残るからね。そのあたりの手加減はよろしく」

「わかってるよ。半殺しまではいいってことだね」

「……お手柔らかにね」




「うーん、疲れた!」


 私は大きく伸びをしながら酒場に戻ってきた。あれから何度かカガリとやったけど、動きはさほど問題なかった。ちょっと細かいところでキレがなかったりしてたけど、そこら辺は大丈夫だろう。


「カガリの方も大丈夫みたいだね」

「うん? あ、私はそもそも魔力切れで倒れただけだしね。怪我はそんなにしてなかったから。ティアナもいいの?」

「本調子じゃないけど、シーラをボコボコにできる程度には回復したかなー。思ったより体も鈍ってなかったみたいだし」

「誰が誰をボコボコにするだって?」


 中に入るとアレンとシーラがカウンター席でくつろいでいた。おまけに私たちの会話が聞こえていたようでシーラが何やら言ってきている。


「私が、シーラを、ボコボコにするの。ちゃんと聞こえた?」

「わざわざ言い直さんでいい! ったく、実際勝てねえから何にも言い返せないんだよな」

「シーラは一対一には不向きだからな」


 私は店内を見るが、まだランドルフさんたちは来ていないようだった。オズさんもいない。


「兄さんは裏工作系だもんね。真向勝負のティアナには勝てないよ」

「少しは情けくらいかけてもいいんじゃねえの!?」

「ははっ! 事実だから仕方ないのだよ。というか、シーラが誰かと一対一になる状況ってだいぶやばいよね」

「確かにそうだな。俺やティアナならよくあることだが、シーラがそういう状況に追い込まれるのは……」


 でも、明日はそうやって一対一で戦わないといけないけど、シーラ大丈夫かな? ま、シーラのことだしなんとかするだろう。


「それはそうとして二人は何してたんだ?」

「ティアナのリハビリに付き合ってたの。結局、私の方がコテンパンにやられちゃったけどねー」


 嘘を言うな。下手したら私黒こげになってたぞ。


「その様子じゃ、ティアナは八割本調子ってところかな? 大方カガリに黒こげにされかけたのか?」

「!?」


 おお、アレンはよくわかってる。なんでわかったかはわからないけどすごい。


「さすがアレン君だねー。二人は体、大丈夫なの?」

「俺は一番早く目が覚めたからな。特に問題はなかったよ。アレンもだろ?」

「そうだね。打ち所がよかったからかな。幸いにもすぐに目を覚ました、ティアナが起きるまでに軽くリハビリも済ませたよ」


 みんな思ったより軽傷だったんだね。私の場合、打ち所が悪くて、あと魔力の消費のせいなのかな。なんとも弱い体だ。もっと頑丈になりたいよ。

 といった感じで私たちはのんびりとどうでもいい話をしていた。これからのことを話そうにもまだいろいろとありそうだし、簡単には決められなかったのだ。

 そうして小一時間程話していると、酒場のドアが開いた。


「あっいたいた。待たせたね」


 アマネさんだった。走ってきたのか、少し息を荒くしている。


「アマネさん、こんにちは」


 相変わらずアマネさんは疲れた顔をしていた。


「大丈夫ですか?」


 厨房の奥から水を持ってきて渡す。


「ありがとう」


 ぐびぐびっと一息で飲み干し、ふぅーと息を整えていた。それからアマネさんは店内を見回した。


「オズは?」


 私たちが戻った時にはもういなかったけど、オズさんどこに行ったのだろう?


「オズさんなら依頼を片付けると言って、2時間ほど前に出かけましたよ。『明日のために軽く動いておかないといけないからね』なんて言ってましたね」


 明日にどれだけ入れ込んでるのやら……。オズさんのことはすぐには理解できそうにないな。というよりも、ここにある依頼って危険な物ばかりなのに『軽い運動』扱いするなんて、一体オズさんの実力はどんなものなんだろう。早く戦いたいなぁ。


「店もほったらかしにしてから……。どうせ誰も来ないだろうけど。まったく、伝言の一つも残せやしないんだから」


 呆れながらもアマネさんは腰に下げていたカバンから紙とペンを取り出し、何か書き始めた。見た感じ、書置きかな? というかアマネさん書くの速い!? 速すぎて残像が見えるよ!


「…………」


 しかしまた長いこと書いてるな。そんなに伝えることあったのかな。


「よし、こんなものでいいでしょう」


 ようやく終わった。ペンを片付けると紙をカウンター奥のテーブルの上に載せた。そうしてほっと一息をついた。


「さて、行こうか。あんまり遅いと、見て回る時間も無くなるからね」


 アマネさんは荷物を持って、酒場の外へ出る。私たちもそのあとに続いた。



 スラム街を抜けて、街の中心部へ出る。昨日と同様、喧噪に満ち溢れた市街地を歩いていく。アマネさんは顔が広いみたいで、道行く人から何度も声をかけられていた。


「アマネさんって意外と社交的なんですね」

「なんだい藪から棒に。……そりゃ、ランドとよく街に出てるからね。嫌でも衆目を集めるさ」


 口ぶりからして満更でもなさそう。寄ってくる人たちは皆笑ってるし、アマネさんって雰囲気的に引きこもってるイメージあったけど、そうでもないんだ。


「ティアナちゃん」

「はい、どうしました?」

「今何か失礼なこと考えなかった?」

「えっ? い、いや、そんなことないですよ?」


 顔に出てた!? それとも心でも読まれたのかな……。


「ティアナ、顔に出てたよ」


 カガリが横からそっと声をかけてきた。やっぱり私って考えてることが顔に出やすいのかな……?


「ところで、今日はどちらに?」


 話を逸らそうとしてくれたのかアレンがそう尋ねると、アマネさんはすぐにそちらに反応してくれた。


「もうすぐ着くから。着いてからのお楽しみだよ」



 それからしばらくして。私たちはある建物の前に来た。それは昨日訪れた駐屯所よりもさらに大きい。外観の装飾もかなり豪勢になされており、見るだけでここが、一市民が訪れていいような場所じゃないということがわかった。

 入り口には門番の兵が2人。おまけに私の魔法を使わなくても建物全体に強固な防御魔法が施されているのが感じられた。


「ここは……?」


 みんな今まで見たことのない大きな建物に圧倒されている。こんなの私たちの街になかったもんね。


「ここはファフレーン大学が金と権力を駆使して集めたありとあらゆる本が収められている、王立図書館。通称『ビブリオテーカ』よ」


 ここが図書館……? まるでお城、いいや豪華な要塞みたいな感じだけど、本当に図書館なんだ?


「ありとあらゆる本があるのですか?」


 カガリが嬉しそうに尋ねていた。それに対して、アマネさんは


「ええ、数はわからないけど、探していた本が見つからなかったことはなかったわ。優秀な司書もいるし、とても便利よ」


 カガリの目がどんどん輝いてる。好きだもんなぁ……本。シーラなんかはうへぇって顔してる。私とシーラは本読まないからね。


「で、今日はここを案内しようと思ってるの。広くて見て回るのに時間がかかるからさっさと行くわよ」


 

 中に入ると外で見た時よりも何倍も広い内部に絶句した。下から上まで吹き抜けがあり、その周囲に本棚が並んであり、そしてその全てに本が収まっていた。


「上は40層、下は50層。各分野をさらに細分化して収めてあるの」


 私たちの反応を見て、アマネさんは嬉しそうに解説をしてくれた。それから書庫ではなく別の場所に案内した。

 どうやらそこは受付のようで、女性が椅子に座って本を読んでいた。


「ウィーネ」


 そう名を呼ばれた女性は少しの間をおいてこちらの方を向いた。かけていた眼鏡を外し、「ああ」と笑った。


「アマネ所長、こんにちは。そちらの子たちが昨日おっしゃていた?」

「ええ、そうよ。入館証の準備はできてるのかしら?」

「はい。すでに。それではみなさんこちらに来てもらえますか」


 何の事だかわからないけど、言われるがままウィーネさんとやらの所まで来た。


「はじめまして。私はここ、『ビブリオテーカ』の司書兼館長のウィーネです。皆さんの話はアマネ所長から聞いています。さあ、これを」


 ウィーネさんは私たちに一枚ずつ紙を渡した。本を基調にデザインされた、それには大きく『入館証』と書かれてあり、下に私の名前が書かれてあった。


「これは?」

「それはこの図書館を利用するために必要な証明書です。ここから先に入るためにはそれが必要となります。もしなかったら、違反者とみなされて防衛魔法で迎撃されるので気をつけてくださいね。ですが、それではまだただの紙切れですので……」


 そう言って、ウィーネさんは私たちに手を出すように言ってきた。大人しくそれに従う。


「少し痛いですが、我慢お願いします。……《風鳴(オーラ)》」

「「っ!」」


 風が起こる。突風にも似たそれは、私たちの指を小さく切り裂いた。そして風は切り口から流れようとする血をも飛ばし、受け取った入館証へと運んでいった。


「ちょっと待ってね。《安癒(キュア)》……よし」


 ウィーネさんはすぐに治癒の魔法を使った。傷は跡形もなく治り、痛みもなくなった。

 一方で、手に持っていた入館証が血を受け止めていた。その瞬間、入館証に魔力が宿ったのを私は感じた。


「これでそれはあなたたち自身を証明するものとなりました。いきなりですみませんね。これが一番手っ取り早くて」

「は、はぁ……」


 あっという間のことで私には何のことやらといった感じだった。


「それでは、ごゆっくり。お探しの本があれば言ってください」



 そう言われて私たちは早速館内を巡ることにした。とはいえさすがに初めてなのでアマネさんに簡単に案内してもらおうと思ったのだが、あいにくアマネさんは自分の用事があると言ってどこに行ってしまった。仕方ないので、思い思い好きなところに行くよう決まった。


「あんま本を読むのは好きじゃないんだけどな……」

「いい機会じゃないか。俺は、歴史関係の方でも読むつもりだが、皆はどうするんだ?」

「しゃあねえなぁ……。んじゃ、俺はこの辺りの地理でも勉強すっかな。何かの役に立ちそうだし」

「私は魔法関係の所に行こうかな。もしかしたら新しい魔導書があるかもしれないし」

「私も! 地元じゃ、『空魔法』に関する本が全然なかったからね、いろいろあるといいなー」


 こうして私たちはそれぞれ個人行動をとることに。私は途中まではカガリと一緒だったけど、魔法に関する書物はそれはそれはとんでもなく多く、気づけば完全に別行動になっていた。


「空魔法……空魔法……っと」


 本棚を確認しながら目的のものを探す。が、あまりにも広すぎて全然見つからなかった。属性ごとに分類されているエリアまで辿り着いたはいいものの、一つの属性に関する本だけで、百近い本棚を使っている。属性の数はかなり多く、空魔法はその中でも相当なマイナー属性。簡単に見つかるはずがないのだ。


「炎、水。氷……やっと3属性。見つけるだけで一日終わるんじゃないの?」


 一日以上かかりそう。でもここまで探して諦めるのも自分で許せない。何としてでも探してやる!


「お探しの本でも?」


 そう思って次の棚に向かったところで横から声をかけられた。声がした方を向くと、ふわふわとウィーネさんが浮かんでいた。


「どうしてここに?」

「みなさん、お困りじゃないかなと。慣れた人でもここは迷いますからね」


 なんでも私たちがもらった入館証を持っていると、ウィーネさんはその入館証を頼りにどこにいるか探知できるらしい。この図書館内だけらしいが。


「特に魔法書エリアは一番広いですから。ところでティアナさんは何をお探しで? よろしかったら探すの手伝いますよ」

「ありがとうございます。ええと、『空魔法』に関する本を探してまして……」

「『空魔法』ですか! そうですね……すみません、実はそれに関する本はここじゃないんですよ」

「えっ?」

「はい、『空魔法』に関する本は、あまりにも珍しいので最下層に厳重に保管してあるのです。このまま案内しますね」


 そう言って、ウィーネさんは小さく何かつぶやいた。すると、周りの景色が急に真っ暗になった。そしてすぐに別の景色が現れた。今までの場所と違って本棚が少なく、えらく埃っぽい場所だった。


「こちらです」


 ウィーネさんは驚く私をさらに奥に案内した。最下層というだけあって暗い。おまけに人が全然いなかった。


「ここ、地下50階層は滅多なことがない限り人が来ることはありません。私ですら月に一度、本の点検で来るくらいですから」


 戸惑っている私に説明をしてくれる。


「『空魔法』は非常に珍しい魔法です。それはその希少さゆえではありますが……。同時にかつての使い手の方々があまりこの魔法を表にださなかったからというのもあります」

「表に出さなかった?」

「はい。私もかつて使い手に二人ほど会ったことがあります。しかし、一人はこの魔法を忌み嫌っていました。『破滅の力』と言って」


 そしてウィーネさんはある本棚の前で止まった。そこには1冊だけ本が収められていた。


「しかしもう一人は、元々物語を書いていた使い手の方だったのですが、彼女は後世のためにとこの本を書き遺しました」


 本は特段厚いわけでもないよくあるサイズのものだった。


「タイトルはありません。また、彼女はいいました。『この魔法は救いの力だ』と」


 私は本を受け取り、表紙を眺めた。特別な装飾がされているわけでもない。変哲もない本。だけど、この本からは今まで感じたことのない強い魔力を感じていた。


「……この本がただの本ではないとわかるのですね」


 ウィーネさんは少しだけ声を弾ませていた。


「ティアナさん。よろしければその本は差し上げます」

「あげる? 貸すじゃなくてですか!?」

「はい。彼女もそれを望んでいました。持つべき者に持っていてほしいと。そして今あなたがそれを持つにふさわしい」

「これを書いた人と知り合いなのですか?」

「……私にとって母のような人です。彼女の願いを叶えられる、私はあなたとの出会いを奇跡のように感じています」


 今日初めて会ったウィーネさんだけど、すごく不思議な人だ。すごく遠くを見てる感じがする。


「ティアナさん、この本を受け取っていただけますか?」

「は、はい。えっと、ありがとうございます」


 私は本を開き、ぱらぱらとページをめくっていく。本の表面は古臭いのだが、中身は全く劣化していない。しかし、文字のいくつかに見覚えのないものがあり、文法にも現在使われているものと違っていた。


「ウィーネさん、これいつ書かれたんですか?」

「500年ほど前ですね。詳しいことは私も覚えていないのですが……」

「ご、500!? えっ、ウィーネさんはその人と知り合いで……あれ?」


 この人今何歳だ? 見た目は私より一回りくらい年上っぽくは見えるけど……。


「私はそういう種族なのですよ。あまり知られてはいませんが」

「………」


 私は驚いてウィーネさんを見る。彼女はやや困ったように笑っていて、それから口元に人差し指を立てた。


「できればこのことはご内密にお願いします」


 私は無言でうなずいた。


 

目的の物を入手し、私はウィーネさんに案内されながら来た道を戻っていた。その途中、彼女は私のことについていろいろと聞いてきた。そしてそのほとんどを私は答えた。


「若いのにいろいろなことをなさっているのですね」

「自分でもやりすぎだと思ったことはあります。それにいいことばかりじゃありませんでしたし……」

「しかし何事も経験が大事ですよ。私は知ることはできますが、経験はなかなかできませんので、何かと不自由に感じます」

「外に出たりしないのですか?」

「滅多にありませんね。ここの業務で手いっぱいですので」


 そういえば、ウィーネさん以外に司書の人を見かけない。まさか一人でやってるのだろうか。


「基本的に一人で済ませられますが、どうしても大変な時や案内をするときはこうして分身体を作ってます。多い日には数十人作ったりもしますね」


 平然と言ってるけど、とんでもないことを言ってるんだよな、この人。分身は作っても単純なことしかできない。複雑なことをしようとすると、術者は同時処理しないといけなくなるからだ。それを数十人。しかも今私の目の前でこうして会話しているのも分身も一つだという。常人なら頭が沸騰してもおかしくない。ほんとにこの人はただ者じゃないんだな。

 とんでもない人がいる。世界の広さを痛感しつつ、私は昇降機に乗った。


「あとは一階までいけば、入り口に戻れます。私はそろそろ消えますね」

「ありがとうございました。案内していただいただけではなく、本をもらってしまって」


 頭を下げる。必要以上によくしてもらった気がする。


「いいのですよ。これが私の仕事なんですから。それと、最後にお願いしてもいいですか?」

「? なんでしょうか」

「もし、その本に載っていない魔法をあなたが使えたら、新たに書き加えてはいただけないでしょうか?」

「書き込んでって、そんなことして大丈夫なんですか? 大事な本じゃ……」


 大切な人が書いた本なのに……。


「後世の人のために、それがその本の存在意義です。ですから何の問題もありません。ぜひ、お願いします」


 そこまで言うのなら……。


「わ、わかりました。ご期待に添えるかはわかりませんが……」

「ありがとうございます」


 その言葉を最後にウィーネさんの姿は靄となって消えた。そして、昇降機が作動し、私は上へと昇っていった。

 最下層だけあって、戻るまでには相当時間がかかる。その間に私は本を読んでいく。知識の限りを駆使して少しずつ読み進めていく。


「こんなことになるならもっと勉強してたらよかった」


 かろうじては読めるが、まだまだ時間がかかりそうだ。


「『これを……読んで……に伝えたい……』かな。あーもう難しい。帰ってカガリにでも聞いた方がいいかな?」


 魔法書をいっぱい読むカガリならこのくらいは余裕だろう。真面目に読むのはやめて、またパラパラと読んでいく。読めるところだけを適当に見ていった


「いろいろあるんだなぁ。……あ、これは知ってる。……これは……なんだろう? うーん、面白いな」


 古代魔法と言われるだけあって、今の魔法とは全然違う。少し読んだだけでもそれがわかった。


「さすがに明日には間に合わないかな……?」


 明日のオズさんとの戦い。向こうは相当な実力者だから賭けに出るのはあまりよくない。


「一つくらいあればいいな」


 おっと、そろそろ着きそうだ。私は本をしまう。そして一階に昇降機は止まり、私は入り口の方へと向かった。


「あ、来た来た」


 私以外のみんなはもう戻ってきていたようだ。


「ごめんごめん。待たせちゃったみたいだね」

「気にしなくてもいいよ。俺たちもさっき揃ったばかりだ」

「いいものでもあったか?」

「まあね。有意義な時間だったよ」

「てっきり暇だからどっかで居眠りでもしてたかと思ったが、違うみたいだな。お前にしては珍しい」


 失礼な。それにシーラにだけは言われたくないな……。


「勉強熱心なのはいいことじゃないか。さて、そろそろ行こうか」


 私たちはウィーネさんに挨拶をし、図書館を後にした。



 依然として慣れない街の構造だが、シーラは迷うことなく私たちを宿まで案内してくれた。ランドルフさんやアマネさんに案内してもらううちに覚えたらしい。


「こういうのは俺の得意分野だからな。脳筋だけのお前とは違うんだよ」


 と、シーラが自慢げに言ってきたので私はシーラに飛び蹴りをした。


「おいこら! いきなり蹴るなよ!」


 シーラが反撃してくるけど、そんな甘ちょろい攻撃が私にあたるはずがない。ひょいひょいと周りに気を配りながら避けていく。


「あーもうめんどくせえ! 後で覚えてろよ」

「わー小物臭がひどい! だっさいぞー」

「ちっ! 前言撤回だ。一発ぶちのめす」


 私は逃げる。それをシーラが追いかける。


「まったく……何してるんだよ」

「あの二人のことだからほとぼり冷めたら戻ってくると思うよ。それよりもアレン君、道わかる?」

「少し不安だが、この辺りまで来たらだいたいはわかるよ。先に帰っておこうか」

「そうだね」


 カガリとアレンは追いかけっこしてる二人に呆れて、置いていくことにした。いつものことだ。


「はっ、やっ、とぉ!」

「おい、壁伝って逃げるな! ずるいぞ」

「悔しかったら追いついてみろー。宿に着くまでにね!」

「バカめ! 俺の方が地理に詳しいんだ。先回りしてやるよ」


 そんなこと承知の上だ! 私は壁を伝って宿を目指す。狭い道ならわからないけど、上から行けば、位置把握は簡単だ。あとはスピードに乗ってっと。

 下を見れば、シーラがいる。最短ルートで宿に向かってるのがよくわかる。一切の迷いのない動きはさすがだ。自分で言っていたようにたぶんこの街のことを完璧に把握してるんだろう。

 だけど、足の速さなら負けない。途中、カガリとアレンが歩いているのが見えたが、気にしない。向こうも私たちを放っておいてくれてるのだ。一々言わなくてもわかる。

 壁から屋根に上り、その上をどんどん駆けてく。途中地上を覗いながら、シーラの動きに気をつける。シーラの方が道に詳しいとはいえ、曲がり角があったりと移動に手間がかかる。一方、屋根伝いだと障害物が少ない分、私の方が速い。二人の距離はどんどん開いていった。


「よし、もうすぐだ」


 視界にゴールが見えた。シーラはまだいない。これはもらった!

 ここで地面に降りる。そして後は直進するだ……


「いてっ!」


 何かを踏んずけてこけた。慌てて立ち上がろうとするも、足が動かない。


「えっ、なに……?」


 足元を見てみると、私の右足に何かが引っ付いていて、それが地面と私をくっつけていた。


「これは、粘着弾! まさかシーラ!」

「引っかかったな!」


 高笑いしながらシーラが追いついた。手には銃を握っている。


「絶対ここを通ると思って、適当に撃ったが正解だったようだな。どうだ、勝つと思った瞬間に敗北を味わう気分は」

「あーくっそー!」


 シーラお得意の粘着弾。当たると強力なネバネバで壁や地面に張り付けられてしまう。しかもシーラじゃないとこれを取ることができない。シーラの狙撃術とこの弾のことを完全に失念してしまっていた。

 さすがにこうなっては私に勝ち目はない。悔しいけど、私の負けだ。勝ったと思ったのに……。


「あれだけ煽っといてざまあねえな! 悔しいだろ?」


 悔しいに決まってる。絶対復讐してやるからな。私は心の中でそう誓った。


「お、今回はシーラの勝ちか。やっぱりこういうのはシーラの方が強いんだな」


 途中で追い抜いていたカガリとアレンも無事に宿に戻ってきた。私たちの様子から勝敗に気づいたみたいだった。


「兄さんの方が頭が回る分、ティアナの裏をかこうとするからね。それが当たると大抵ティアナが負けるし」

「単純な実力勝負なら負けないのに……」

「それを言うのは卑怯だぞ、ティアナ。都合よく自分の得意分野で戦えるなんてそうそうないんだから」

「わかってるよー。言っただけだもん」


 負けは大人しく認めますよーだ! というか足のこれ外さないと。


「あーちょっと待っとけ」


 シーラは腰に提げているカバンから液体の入った瓶を取り出し、それを私の足に絡みついている粘着物にかけた。すると、それはみるみる液状化していった。


「ほら、取ったぞ」

「ん」


 私は立ち上がった。まだ足に絡みつく気色悪さがあるけど、お風呂に入ればなんとかなるだろう。よくこの粘着弾で捕まえられるけど未だに慣れない。慣れたくもない。

 そんなこんなで面倒ごとも終わって、宿に戻ろうとしたとき、うしろから声をかけられた。


「お、ちょうど戻ってきたんだね」


 オズさんだった。両手に袋を引っ提げている。買い物帰りみたいだ。


「これから夕飯を作るから待っててくれ」


 そう言って先に宿の中に入っていった。そして私たちもそのあとに続いた。

 帰ったオズさんはアマネさんの伝言を見て大笑いしていたけど、その内容は教えてくれなかった。「親友にしか通じないことだからね」とオズさんは言っていた。



「ねえ、カガリ」


 その夜、私は今日ウィーネさんからもらった本をカガリに見せた。わからないところを教えてもらうのだ。


「どうしたの? 本なんか持って、勉強なんて珍しいね」

「私だってそんな時があるの。……で、ここの部分なんだけど、読めない?」

「どこ?」


 私はカガリに本を見せた。見た感じ私の知らない魔法のページだ。


「これ、古代文字……みたいだね。ある程度は今の言葉と同じだけど、ちょっと面倒な文法ばっかりだね」


 それでもわかってるみたいだからカガリはすごい。


「えっと……『干渉拒否(リジェクト)》。あらゆる現象を受け付けない空間を作る。空間内外は相互関与できない』………なにこれ」


 読み上げたカガリは口に手をあて、一言そう呟いた。


「どういうこと?」

「言葉通りの意味だよ。『あらゆることを受け付けない空間を作る』、『互いに相互関与不可』。絶対防御の魔法って言ったらいいのかな。自分からも手を出すことはできないけど」

「それってさ、目の前で致死レベルの魔法を打たれてもこれがあれば防げるってこと?」

「その逆もよ。この魔法、作る範囲内に術者本人がいなくてもいいらしい。だからそう言った魔法を使う人を閉じ込めることもできるの。誰も巻き込ませなくていいってこと」

「すごい」

「すごいってレベルじゃないよ。これ使えばどんな攻撃でも無効化できるもん。何か制限はないの……?」

 カガリはどんどん読み進めていった。

「『空間の大きさに応じて使用魔力は増える。また一定以上の攻撃を受け続けると空間は崩壊する』。よかったある程度の制限や限界はあるみたい。それでも十分脅威だけど」

「これ、私も使えるのかな……?」

「たぶん。ティアナは『空魔法』の素養があるからできるはず……。それにしても、この本どうしたの? まさか図書館から……!」

「ち、違うよ! 盗んでないから!」


 慌ててウィーネさんとのやり取りのことを話した。


「そうなんだ。……『破滅の力』に『救いの力』か……。あながち間違いじゃないかもね」


 カガリは真剣な表情で本を読んでいた。


「ねえ、カガリ」

「何?」

「その本、読まない方がいいのかな?」

「……なんで?」

「さっきみたいにすごい魔法ばっかりなんだよね? そんなの使わない方がいいと思うんだ」

「………」


 カガリは本を閉じ、本の角で私の頭を小突いた。


「痛いっ!」

「ティアナに魔法の基礎中の基礎のこと教えてあげる」

「基礎……何?」

「『いかなる魔法も使い手次第で善にも悪にもなる。努々忘れるなかれ』。いかにこれに書いてある魔法が危険でもあなたが正しく使えばいいのよ。ただそれだけ。それにティアナが今既に使ってるのだって下手したら多くの人を傷つけることができる。私が覚えてる魔法だってそう。一歩間違えたらみんなそうなるの。それに正しい使い方がわからないなら私が教えるから。この本、注意事項とかすごく丁寧に書き込まれてるの」

 「ほら見て」とカガリはさっきのページをまた開き、見せてくれた。そして隅から隅まで読んでくれた。

「でしょう? ティアナはすぐに思い悩むんだからそういうのは気にしなくていいの。わからないことがあったらまた聞いて」

「うう、カガリ~! ありがとー!」


 私はカガリに思いっきり抱き着いた。こんな優しい親友がいて私は幸せだよ!

 それからもう少し教えてもらおうかなと思ったけど、明日のことを言われ今日はもう休むことにした。

 『干渉拒否』か……。うまく使えばきっと有利に戦える。発動のコツも明日少し試してみよう。できたら実践で使う! 図書館では無理だと思っていたけど、意外と何とかなりそうだ。オズさんとは相当な実力差があるけど……持てる力は出し尽くさないと! 勝つためにも。


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