エピローグーー遥か凍土の彼方より
ノーザンス国。国土のほぼすべてを雪と氷に覆われた過酷な環境。今日を生きることにすら必死になるこの国は弱肉強食の理念によってその力を増していった。セントアースを中心に乱立する小国たち。そのうち北方を制したのは、この凶暴な肉食獣のような国だった。
そんなこの国の王都、シルバーンの大通りをクロードは歩いていた。仕事を終え、報酬を受け取ると早々に村を発った彼女は楽しそうに帰路についていた。
「久しぶりにワクワクしたな。今でも思い出すよ」
それは、あの雪山で起きた出来事だった。
自らは瀕死になり、その最中を必死に戦い抜いた少年たち。そしてあの夜に交わした少女との会話。どれもが彼女にとって心躍るものだった。
ここしばらくは何も変わらない日々で退屈だったものだからしばらくは興奮冷めやらぬことだろう。
なんて思っているうちに目的地へと着いた。目の前には反対側が見えない程に広い湖とそこに渡る橋。そしてその橋が続く先にある巨大な建物があった。その壮大さに特に興味を示すことなくクロードは橋を渡る。途中すれ違う人たちに会釈をされながら進むうちに大きな扉の前まで来た。
「遅かったですね」
扉を開けようとした時、彼女の隣から声が聞こえた。少し視線を下げると、分厚い灰色のコートに身を包んだ少年が立っていた。視線は扉の方を向いていたが、自分に突き刺さるような圧を感じた。
「そんなにかしら? 一週間くらいじゃないの?」
普通であればその威圧感に気圧されるであろうが、クロードは意にも介さず会話を続けた。
「事前に申請をしておけば気にしませんよ。また勝手に抜け出しましたよね?」
「勝手とは人聞きの悪い。組合には声をかけていたよ」
「組合の前に、僕たちに声をかけるべきですよね! 団長もある程度想定はしていたようですけど、それでも一言残してください。まったく……もうちょっと自分の地位というものを意識してください」
「まあまあ、そんなに怒らないのウィンザー。あなたはこの国みたいにクールな子でしょ? そんなに熱くなるのはロクのおじさんで十分なのよ」
「………その原因を作った人が何を言ってるのです?」
ウィンザーと呼ばれた少年は、目を細めてクロードを睨む。
「ははは、冗談よ。冗談。相変わらずお堅いんだから」
ウィンザーは大きなため息をつくと、扉を開けた。大きな見た目のわりに彼一人の力で簡単に開かれていく。
「とりあえず中に入りましょう。団長も待っています」
「お叱りかしら?」
「それもあるでしょうが……。何か面白いことがあったのですよね? ぜひ聞かせてください」
「……聞こえてたのか。抜け目ない子だな」
肩をすくめ、クロードは苦笑した。あの独り言をばっちり聞かれていたようだった。
「あなたほどの人が面白いというのです。それはそれは相当なことなんでしょうね、クロード副団長殿」
ウィンザーは少し笑う。それに気づいたクロードはやれやれと言わんばかりに諸手をあげた。
「怖いなぁ、天下の丞相様なんだからもう少し手心を加えておくれよ」
大げさな彼女の反応をウィンザーは無視した。
二人の進む廊下の奥に外から見ても明らかに広そうな部屋が見える。そしてその入り口に銀色の髪をなびかせる美しい女性がこちらに手を振っていた。笑顔で二人を出迎える女性。そして部屋の奥には荘厳な雰囲気を漂わせている老人が座っている。
彼女たちこそこの争いの絶えないノーザンス国を力で以て治める者たちである。クロードの報告に何を思うのか、そして何をもたらすのか。凍土の地で火種がくすぶり始めるであった。
これで第3章が終了となります。次回からは第4章。少しでも早く投稿できるように頑張ります……




