決意と覚悟
「ただいまーって、あら?」
ティアナが部屋に入ると、カガリは布団に突っ伏していた。わずかに上下する体を見るに眠っているみたいだ。服もそのままで荷物は近くに捨てられたように置いてある。この様子だと部屋に戻るなり力尽きてしまったのかな。
もしかして、と思い、ついでに隣の部屋の様子を確かめるべく《解析眼》を使う。アレンはわからないけど、シーラも動きがない。二人とも寝てるな。
「大変だったもんな」
荷物を置き、窓の縁に腰掛ける。外は月明りに雪が照らされて夜だというのに随分と明るい。何をするでもなく外を眺めながらここ数日の出来事を思いだす。
「『氷獄』に『雷獄』か……どうしてあんなところにいたんだろ」
かつて戦った『炎獄』。彼は魔界に居を構えていて、そこへ自分たちが迷い込んでしまった。しかし今回は違う。何らかの目的があってあの場所にわざわざいたのだ。
あの青い珠かと考えたが、まず彼女は私にいらないと言ってあれを渡してきた。だからその線はかなり薄い。他に探し物でもあったのだろうか。そんな時に私たちと会ったから……。とはいえ、途中で意識を失った私は彼女たちがなぜ退いたのか知らない。
「こういうのはみんなに任せた方がいいのかな……」
難しいことはいつもみんなに任せている。だから今回も、と思いたいところではあるが、
「私だけをみんなと離した。でも……私、あの人から殺気を感じられなかった」
もう一人、『雷獄』と名乗る女性は私を殺す気で襲いかかってきた。彼女の操る雷は数が多く、速かった。私はほとんど防戦一方で、結局最後は避けきれずに直撃し、そのまま意識を失ってしまった。だけど、『氷獄』、彼女が私を分断させた時のあの表情……。殺意とか怒りとか恨みみたいなものじゃなかった。
「なんで哀れみを、同情されるんだよ……」
私たちとあの人は初対面だ。それなのにいったいどうして。
「強くならないと、ダメだ」
みんなを守れるように。もう誰にも負けないように。
クロードさんは「逃げてもいい」って言ってくれたけど、たぶんそれが許されない時がくるはず。今回だってそうだった。
そうだ。私は勇者になりたいんだ。だったら立ちはだかる困難は乗り越えられないといけない。うん、そうだよね。
「私、頑張るから」
眠っているカガリの方を見て、私は一人約束をした。スヤスヤと寝息を立てている彼女に辛い思いをさせたくない。それが私にできるせめてものことだから。
「よし、私も寝るとしますか」
思ったより私も体に限界がきていた。まだ動けそうな気はするが、体が眠りたがっている。装備を外し、軽装に着替えると私は布団に潜り込んだ。
翌日、私たちは町の広間に向かった。昨日、タントさんに指定された場所にはたくさんの人だかりができていた。
「あ、みんな。おはよう」
私たちに気づいたクロードさんが元気よく手を振っている。背が高いのも相まってかなり目立つ。
「おはようございます。昨日はありがとうございました」
「いいってそのくらい。それよりもゆっくり休めたかい?」
「はい、おかげさまで」
「うんうん、確かにみんな元気そうだ。やっぱり昨日は疲れていたみたいだね」
アレンたちがそんな他愛のない話をしていると、人混みの中心でタントさんが大声をあげた。
「さーみんな! こいつを見てくれ!」
修道女?をモチーフにした彼より一回りほど大きい像の横で、彼は青い珠、私たちが持ち帰ってきたそれをみんなに見えるように掲げた。
「これがなんなのか、みんなはもうわかるよな? よしそれなら早速いくぞ!」
タントさんは青い珠を自分の横に立っている像の前に持っていく。そしてそれを像の胸の部分、ぽっかりと穴が開いている箇所に押しこんだ。それに合わせて町の人たちの歓声が大きくなる。
そしてタントさんが手を離すと、像が淡い青の光を放ち始めた。
私はとっさに《解析眼《アナライズ》》を使って像を見た。
「うわっ……何あれ」
像から放たれる魔力に私は唖然とした。カガリも何となく察しているみたいで目を丸くしていた。
「何か光ったけど、ありゃ何だ?」
一方でシーラとアレンは像が光っただけにしか見えていないようだ。まあ、こういう反応の方が普通でむしろ私たちの方が珍しいからしょうがないけど。
「この町はね、昔から魔物によく襲撃を受けていたんだ」
クロードさんが話し始める。過去にもこの依頼をしたことがあるみたいだし、詳しいのだろう。
「そんな時、この町にある魔導士がやってきた。その人はこの町の温泉を目的に来たのだけど、魔物に襲われ続けていた町民に湯屋を整備するだけの余裕はなかった。それを知って意気消沈した魔導士は、町を救うためにあの像を作ったのさ」
「それだけの理由であんなものを……?」
「……おや、ティアナちゃんにはあれがどう見えてるのかな? その反応だと光ったことに驚いているようではないね」
「あの珠には何もなかったはず。それなのにどうしてあんな気持ち悪い程の魔力が……」
今までに出会った数々の魔物、そして獄王。それらに匹敵する、もしかしたら上回るかもしれない魔力があの石像から放たれている。
「なるほど、魔力を感知できるのか。だとしたらあれは少々きついだろうね」
「……石像自体が一つの魔法陣で、珠がその媒介……? おそらく魔力増幅の魔法が仕込まれているのかな」
カガリは石像じっと見つめてひたすらぶつぶつと呟いている。
「ーーーつまり、強大な魔力を常時放つことで魔物を遠ざける。人間は高魔力下でも生活はできるので問題ない。材料さえあればある意味画期的な魔物除けになるんだ」
二,三分喋り続け、ようやく一区切りついたところでふと我に帰った。
「あ、私、喋りすぎました……」
申し訳なさそうに俯く。
「まさか私が言おうと思ったことを全部言われるとはね……。若いのになかなか賢いね」
クロードさんは出番を取られて残念そうにしながらもカガリの知識に感心していた。
「まだよくはわからないが、これでこの町はしばらく安全ということでいいだよな?」
「そういうこと。材料を取りに行くのは大変だけど一度装置を動かしてしまえば一年は問題ない。魔物に怯える日々とはおさらばというわけだ」
これ以上はカガリがまたいじけそうというところでシーラが話をまとめてくれた。その後はタントさんが功労者ということで私たちやクロードさんを呼んで、町民総出で感謝と労いの言葉をかけてくれた。そもそもこの依頼を受けた経緯を考えると少々複雑な気持ちではあるけど、誰かのためになれたのならそれはそれで悪くない。
依頼という体に慣れすぎていたせいもあるけど、そもそも何にでも対価を求めることは私の目指すところにはない。だからこんなことがあってもいいのだ。町民のガタイのいいおじさんたちに担ぎ上げられながら私はそう思った。
ーーうん、ちょっと助けてほしいかな。
「じゃあ俺たちはこれで。お世話になりました」
翌日、私たちは帰るべく町を出発した。昨日は祭りのような大騒ぎのあと、この町の名物である温泉を堪能した。王都でも湯浴みはするけど、全然違った。体の芯まで温まる感じが心地よく、何より疲れの抜け方がすごい。詳しいことは施設の人が説明してくれたけど、全然頭に入らない程気持ちよかった。
「短い間だけど、君たちと過ごすのはなかなか楽しかったよ。またいつでもおいで」
タントさんが見送ってくれる。クロードさんは朝早くに町を発っていたらしい。一声かけてくれてもよかったが、日が昇る前に行ったらしくまだ寝ていた私たちに気を遣ってくれたのだろうか。
「そうだな、また来年受けるのも悪くないな」
意外にもシーラが反応を見せた。温泉、気に入ったのかな。
「気に入ってくれて嬉しいよ。うちの最大の売りだからね。ぜひ王都でも広めてくれ」
「王都の人が来るにはちょっと険しいですけどね……」
行きはほとんど徒歩だったから寒さでとんでもない目に遭ったが、馬車なら寒さもある程度抑えられて快適だった。それでも到着までには数日はかかるからな……。いいところではあるんだけど。
「元気でな。必ずまた来てくれよ!」
姿が見えなくなってもタントさんの声が聞こえる。私たちは苦笑し合った。
「ひょんなことで受けた依頼だったが、まあ結果的には悪くなかったな」
「それはどうも」
皮肉なのかフォローなのかはっきりしないシーラの言葉に私はわざとらしく嫌な顔をした。
「まあまあいいじゃないか。いろんな経験ができることは悪くない。そうだろ?」
「わかってるよ。うん、ちゃんと反省してます」
今回の件は私が全面的に悪いので言い返したりはしない。でも、一つだけ確かめておかないと。
「ねえ、みんな」
「どうした?」
私の声色の変化に気づき、みんなが私の方を見る。
「いや、別に大したことではないんだ。ただ、今回のことランドルフさんたちには伝えるべきなのかなって」
「事の重大さ的には大したことではないんだが……。そうだね……俺は言わない方がいいと思う」
「俺もアレンに同意だ」
黙っておくことにシーラは賛成した。
「正直、前回の『炎獄』の時も大慌てだった。それに加えて今回は一度に二人。そもそも過去数十年もの間、誰も遭遇しなかった存在とたった一年で三回もだぞ。『炎獄』の件は、ランドルフさんたちが口止めしていてくれてはいるが、どこかに漏れたりでもすれば何が起こるかわかったもんじゃない。これ以上負担をかけないためにも、それに俺たち自身のためにも今回のことはこの四人の秘密にしておくべきだ」
「でもシーラ、黙っててもし何かあった時、どうするの? 事前に対策を立ててもらってた方が……」
カガリは二人には反対のようだ。
「対策って言ったって何をすんだ? こんなしょっちょう遭遇してしまう俺たちを軟禁でもするか?」
「そ、そこまでは言ってないけど……。私たちだけで何ができるの? 頼ることは悪いことじゃないよ」
「頼った結果、起こりうることと黙っておくことで起きるリスクを比べたら、まだ黙っておくほうがマシなんじゃないか?」
「シーラの言う通り、ここで混乱を起こすよりも時間を取った方がいい。別に俺はずっと言わないつもりじゃないよ。見通しが立てば正直に話すさ」
「見通し? それって何? 何をすれば話せるの?」
三人があれやこれやと話し合う。我ながら話を振ったもののここまで白熱するとは思わなかった。
「ティアナはどうなの? 話題にしたのティアナだよね?」
カガリが議論の矛先を私に向けてきた。お互いに譲らないせいでだいぶ興奮している。まあ、私の答えはもう決まってたけど、みんなの意見をきちんと合わせよう。
「私? 私は、アレンに賛成かな」
「俺に、か?」
「うん。今はまだ黙っておいた方がいいかなーって。で、時が来たらちゃんと言うの」
「だからそれはいつなの?」
「私たちがもっともっと強くなって負けなくなった時」
「え………?」
私の言葉にみんなが唖然としている。まあ、そんな気はしていた。
「だって、私たちがどんな敵が来ても、それこそ『獄王』が来ても負けないくらい強くなれば、何があっても大丈夫じゃない? そうすればさ、食事しながら話のネタにでもして話しちゃえばいいんだよ」
ね、簡単でしょう? と私は笑う。こんな大言壮語、きっとみんなも呆れてくれるだろうと思っていたけど……あれ?
なんか呆れるというか納得をしている、そんな表情をしていた。
「ティアナ……はあ、そうだよな。お前はそういう奴だったな」
うん? なんか思った反応と違うぞ。
「普段なら笑い飛ばしてやりたいが、今回に限ってはバカにできないんだよな」
「そうだね。結局は私たちがどうにかしないといけないんだから、行きつく先はそういうことだよね」
アレンが私の肩に手を置いた。
「ティアナ、初めからこれを言うつもりだったのか?」
「えっと……そう、だけど? だってそれしかないじゃん。いつまでも誰かに頼るなんてできないし、それに私たちはまだまだ強くなれるんだよ。だったらもっともっと強くなってどんな困難も跳ね返せるようになろうよ」
シーラが大きなため息をついた。カガリは何が可笑しいのか小さく笑っている。
「ティアナの言う通りだな。もうこんなこと起きないように、こんな思いをしないように。俺たちにできることは今よりも強くなること。ランドルフさんたちに頼らなくても済むように、そうなろうじゃないか」
揺れ動く馬車の中で私たちは互いに誓い合った。
それは端から見れば子供のままごとにも思えるかもしれない。ちゃちで幼稚な理想なのかもしれない。もしかしたらこの選択に後悔することがあるかもしれない。あの時言っておけばと自分を責め立てるかもしれない。
だけど、だからといって逃げるのはだめだ。それに理想を抱くのは自由だ。一笑にふされるくらいなら現実にしてしまえばいいのだ。私たちにはその可能性があるのだから。




