『氷呪』
1年ぶりの更新……。精進します……
アイザの紡いだ言葉は白い冷気となり、洞窟中に広がる。
黒く乾いた壁は冷気が触れた途端に凍り付き、白へと染まっていく。天井から滴り落ちていた水滴は一瞬で氷柱になっていた。
冷気は洞窟全体を包んでいく。ものの10秒足らずで、洞窟の中は極寒の地獄へと変貌したのだった。
その寒さは洞窟の外の、あの吹雪の中とは比べ物にならないほどのものであり、体中を突き刺し、芯まで凍りつくすようなそれに、アレンたちは気圧されアイザから咄嗟に距離をとった。
「何だこれは……!? 天候操作? いや、そんなものじゃない……」
天候を変える魔法自体は存在する。しかし、それだけの事を起こすにはそれに見合った詠唱と魔力を要する。それでも影響を及ぼせるのはわずかばかりである。
だが、アイザが起こした変化は些細なものなどではない。範囲こそ狭いが、これほどの極寒を起こすには、あの詠唱だけでは不可能だ。
それは、魔法の使えないアレンでさえ理解できた。
「これが『呪い』……」
彼女は『氷呪』といった。それが意味することは彼女が魔族の中でも抜きんでた存在である『獄王』であるということ。そしてこれほどの寒さを引き起こせたのは、魔法よりもさらに強力な『呪い』を使ったからであった。
「なんで獄王がここにいるんだ……ーーくっ!」
状況把握に注意を割いていたシーラ。そのわずかに自分から逸れた警戒をアイザは見逃さなかった。すでに発動を終え、刀を持ちなおしていた彼女が一直線にシーラに向かった。
接近に気づくも、寒さのせいかすぐに動き出すことができなかった。回避が間に合わないとシーラは銃で防御態勢をとる。しかし、アレンが間に割って入り、盾で攻撃を受け止めた。
「アレン!?」
「大丈夫か?」
「ああ、すまん。周りに気を取られすぎた」
シーラはすぐにアイザに対して牽制を行った。だが、すでに彼女は二人から距離を取っていた。この環境を生み出した当人は当然この寒さを意にも介していないようだった。
「《氷茨》」
アイザを中心に氷の茨が放たれる。不規則に伸びていく氷は進むにつれて次々と枝分かれをしていく。先程カガリが放った炎の茨を遥かに上回るサイズのものだった。
「周りの冷気を吸って強化されてる!?」
アレン達を囲うように氷は成長を止めない。このままではまずいと判断したカガリはすぐに行動に移った。
「《炎王の巨手!」
勢いを増す氷の茨を抑え込むように炎の膜が広がった。触れるだけで燃やす炎の膜は茨に触れた箇所から白い煙を上げ、なんとか溶かそうとした。
しかし、溶かせた氷はほんの一部に過ぎず、逆に炎の勢いが少しずつ抑えられていた。
「やっぱり力比べじゃ負けちゃう……」
獄王を相手に単純な相性だけで挑んだところで無駄なことはグレンとの戦いで経験済みだった。だが、少しでも攻撃を抑えなければやがてこの氷の茨は洞窟中をめぐり、自分たちすらも潰してしまう。カガリは魔力を込め、少しでも食い止めようとする。
「このままだとジリ貧だ。アレン、行くぞ!」
シーラの言葉にアレンは頷き、剣を構えてアイザに向かう。彼は正面から真っ向勝負を仕掛ける。そしてシーラは大きく迂回するように洞窟内を走り、背後に回った。
左手で盾を構えながら、右手に持った剣の切っ先をアイザに向けて突進する。そして敵に到達する2,3歩前で急停止をする。迎撃をしようとしたアイザはアレンの動きに一瞬戸惑いを見せるが、すぐに彼の動きに合わせ、自分は1歩後ろに下がった。その直後、アイザのいた場所にアレンは剣を突いた。本来であれば彼女を貫くはずだが、アイザの咄嗟の動きによりただ空を切るだけとなってしまう。
その直後、アレンは一度剣の柄から手を放すと、左手の盾を振りかざしてアイザに殴り掛かる。その流れで剣を逆手に持ち替え、下から斬りあげる。
「《氷盾》」
その呟きと同時にアイザの右腕あたりにアレンの盾と同程度の大きさの氷が現れ、盾による一撃を受け止める。そして刀を胸の前あたりに構えて剣による一撃を防ぐ。細身の刀身ではアレンの剣を防いだところで押し負けそうに思えるが、アイザは少しも退く様子はなく、むしろ押さえつけるように刀に力が込められていく。細身の体では考えられないほどの膂力にアレンは負けじと柄を強く握る。互いに一歩も動かない膠着状態。その隙を狙ってシーラが背後から音を殺して近づく。いや、いるのはすでに気取られているはず。だから彼は攻撃のタイミングだけを悟られないようにギリギリまで攻撃動作を起こさないでいた。
銃はもうその機能を果たせない。それでもこの鉄の塊そのものはひとつの武器となりえる。最小の動作で銃を振りかぶると、敵の後頭部をめがけて一気に振り下ろした。相手はアレンの剣と盾を抑えるのに両手を使っている。万が一魔法を使うにも詠唱までのわずかなタイムラグがある。少なくとも完全に防御することはできないはずだ。
「――なっ!?」
銃がアイザに当たる寸前、シーラの視界を水色の膜が覆った。正確にはアイザの背後を守るように氷の壁が現れたのだった。
「くそっ……」
シーラの一撃は阻まれ、ただ氷を殴ることとなった。さらに勢いよく殴りつけたせいでその反動により彼の手からは赤い鮮血が散る。
目論見が外れ、むしろ手痛い反撃を受けてしまう。しかし、シーラは退かなかった。先程とは逆の手に握った短刀をアイザを守る氷に突き刺した。一見薄い氷の膜だが、硬度はかなりのもののようで少し刺さるだけとなりヒビすら入らない。
「アレン!」
ただ名前を呼ぶ。それだけでアレンはシーラの狙いに気付いた。攻めの手を緩め、すぐにアイザから離れる。追撃を警戒し、盾を構えながらアレンはその刻を待つ。アイザはアレンが身を退いたこと、シーラの不可解な行動に一瞬だけ身を止める。どちらを追うべきか、どちらをより警戒すべきか。戦い慣れた彼女だからこそ悩んでしまった。そしてそのわずかな躊躇が敵の狙いだと気付くのに遅れてしまった。
シーラは突き刺したナイフ。その柄には武器として使うにはあまりにも相応しくない紙が括りつけられていた。
「《爆壊》!」
少し離れた位置から聞こえるカガリの声。彼女の言葉と同時に紙に書かれていた文字が光り、そしてそれは閃光と共に爆発へと変わった。
氷によって閉鎖された洞窟内に広がる爆炎。咄嗟に離れていた二人も煙の中にまみれる。だが、アレンはそんな中を構わず駆ける。恐らくこの爆発を受けても敵はまだ動けるはず。これはただの目眩ましにか過ぎない。自分たちの手で確実に仕留めないといけない。再びを剣を構え、爆発の中心地に向かって切り込む。
結果としてアレンの予想は的中した。アレンの振り下ろした一撃は煙の中から伸びた刀によって防がれる。しかし、それからはアレンにとって予想外のものだった。
「……その程度か。本当に小細工しかできないのね」
どこまでも冷たく重い声。わずかに晴れた煙の隙間から見えるアイザの瞳は突き刺すようにアレンを見ていた。
「こんなもので本当にグレンに勝ったの? 笑わせるな」
刀を自らの方に引き、そのまま体を回転させながら蹴りをアレンに向けて放つ。押し込むことに力を入れていたアレンは力の行き場を失い、前に体がよろめく。そして隙だらけの体にアイザの回し蹴りが直撃した。
「ぐぁっ――」
彼女の細い体からはとても想像できない重さの一撃にアレンは驚き、なんとか追撃を避けようとするもその動きはアイザに見抜かれていた。後ろに下がろうとするアレンに密着し、身を少ししゃがませながら彼の腹に肘鉄を入れる。苦悶の表情を見せる彼の襟と腕を掴む。そして懐に潜るとそのまま彼を思いっきり投げ飛ばした。
痛みで対応が遅れ、受け身を取り損ねたアレンは氷の壁に体をぶつけた。投げられた勢いが強かったのか、壁が堅かったのか、アレンは口から血をこぼし、地面に倒れた。
「アレン!?」
この頃には煙もかなり晴れ、アイザの反撃はシーラ達に見えていた。
「させない! 《炎弾》」
追撃をするアイザを牽制すべくカガリは炎の弾を放った。直接狙っても当たらないはず。だからアレンと敵の間に向け、少しでも動きを遅らせるようにする。
「兄さん! お願い!」
敵は罠を警戒してなのか進行方向で爆ぜる炎を目にして動きを止める。カガリの行動は所詮付け焼刃にしかならない。それでも、その僅かな行動によってシーラはアレンの傍まで来ることができた。
「まずは息を落ち着けろ。それからすぐに構えるんだ。俺じゃ長くは持たせられない」
シーラは短刀を構え、アイザを迎え撃つ。再び迫りくるアイザ。迷いない一太刀でシーラに向かって振り下ろした。
一合、二合。シーラが受け止められたのはそれまでだった。3撃目からは受けることをやめ、ナイフで軌道を逸らすだけがやっとになっていた。それほどまでに彼女の刀は重く鋭かった。
「正面から戦う気概もなく、策を弄し搦め手で勝った気になっている。誰かを隠れ蓑にしなければ立ち向かうこともできない。お前を取り巻く全てが軽い。だから私の刀すらも受け止められないのよ」
刀を振り下ろすかに見せかけて体をかがめる。シーラはフェイントに反応しようとするが、それ以上にアイザの方が速かった。刀の柄でシーラの脇腹を殴りつける。無防備な体に入った一撃にシーラは苦悶の声をもらしながらそのまま体勢を崩してしまう。さらにアイザは左手でシーラの頭を掴むと地面に押し付けた。そして右手で刀を構え、シーラ目がけて振り下ろした。
「――っ、《起動》!」
シーラが叫ぶと、彼の体が光りだす。正確には彼が腰に下げている鞄から光が漏れていた。
「また、か!」
アイザは振り下ろす手を止め、代わりにシーラを片手で引き上げる。そして、即座に彼を蹴り飛ばした。
容赦のない一撃にシーラは後方へ飛ばされる。頭を打ち付けられ、血を流している彼は笑っていた。
アイザは気づく。彼の腰に下げていた鞄がないことに。光っているはずだからどこにあるかすぐにわかるはず。しかし、彼女の視界のどこにも見当たらない。その時、背後から声が聞こえた。
「《雷撃》!」
カガリはアイザの背後に立ち、魔法を放った。しかし、狙いはアイザではない。
彼女の背後で光るシーラの鞄だった。シーラは蹴飛ばされる寸前に自分の鞄をアイザに気づかれないように投げていた。兄の狙いに気づいたカガリがそれを魔法で貫いた。
鞄は雷に貫かれたことでさらに光度を増していく。そしてアイザが振り返ったと同時に大きな爆発を起こした。
アレンはこちらに飛ばされたシーラを受け止めた。外傷こそ大きくないが、かなりのダメージを負っている。
このままでは決め手に欠ける。シーラの決死の攻撃もおそらく致命打にはならないだろう。カガリの魔法も炎属性があまり効かない以上、通用するのは強力な魔法に限られてしまう。だとすると連発はできない。そして自分もまた守りだけで手いっぱいで、攻めに回ることすらできない。
「くそっ! まだ駄目なのか」
攻め手にあぐねている彼は爆発の煙が晴れると依然として傷一つ負っていないアイザの姿を見て、悪態をついてしまう。
シーラを地面に寝かせ、再び武器を構える。たとえ自分に大してできることがなくともやらねばならない。
「カガリ、シーラを頼む」
それからアレンはアイザに向かって駆けた。体が悲鳴をあげる。どこか骨が折れているかもしれない。それでも今戦えるのは自分だけしかいない。アレンは自分にそう言い聞かせ、体に鞭を打って動かす。
たとえ勝てずともこのまま耐え続けていれば、ティアナが加勢に来てくれるはず。彼女ならきっとやってくる。
アイザと向き合う間も彼は仲間の可能性を信じていた。
「そんな殺気で勝てるとでも思ってるの?」
耐え抜く、というアレンの考えはアイザの一撃によって甘いものだと思い知らされた。初めの一振りは盾で防いだ。重い一撃。体勢を崩しはしないが、何度も受けるには危険すぎる。ずっと耐えることは不可能だ。それでも次に備え、構え直すアレンに敵は追撃を行う。
「《氷華》」
刀や体術ではなく魔法だった。周囲を取り巻く氷の茨からたくさんの氷の華が咲く。一つ一つはさほど大きくはないが、すでに茨が洞窟中に広がっていたため、さながら氷の花畑のようになっていた。
そしてその花々からは小さな氷の粒が放出されていた。
魔法の攻撃にアレンは盾を構えたまま、アイザから離れる。どんな魔法かわからない以上近づくのは得策ではないはず。
だが、数歩下がった時にアレンは己の失策を悟った。
「足止め……!?」
氷の華から散る氷の粒は地面や壁などに当たると、小さな氷柱となった。それはアレンにも同じだった。
咄嗟に受け止めた盾はたくさんの氷柱に覆われた。そして氷は盾を持つ左手に伸びていき、そしてそのまま水が流れるようにアレンの体へと範囲を広げていく。盾を放すことも間に合わない。咄嗟に剣で氷を砕こうとしたが、その前にアレンは氷によって身動きが取れなくなってしまった。
「守りばかりで勝つ気がない。きっと自分以外がやってくれると期待をただ抱く。あまりに幼稚で甘い。だからお前は弱いのよ」
氷漬けとなったアレンを意にも介さずアイザは彼の横を通り過ぎる。その視線の先には、まだ起き上がることのできないシーラと彼に治癒魔法をかけようとしているカガリがいた。
しかし、目の前で二人が容易くあしらわれていく様を見ていたカガリは焦りと恐怖で魔法を唱えることができないでいた。まるで過呼吸のように息を荒らし、ただ歩み寄るアイザを怯えるように見ているだけだった。
二人に代わって戦うこともできたはずだった。しかしカガリにはもはやどうしてよいかも全く判断できなかった。アイザが自分の前に立ったその時でさえも何もできないでいる。
「力を持ちながらそれを使う勇気すらも持たない臆病者。そうやっていつまでも何も守れず震えるだけ」
どこまでも冷たい彼女の言葉。カガリは言い返すことも反撃をすることもできず、かろうじてシーラをかばうように彼とアイザの間に入ることだけはできた。涙を溜め、震えた瞳でアイザを見ていた。
「弱い。……所詮あの子のお荷物でしかないのよ、あなたたちは」
刀を持つ右手を振り上げ、柄でカガリの頭を殴り飛ばす。壊れた人形のようにカガリは地面を跳ね、倒れ伏せた。
「初めからこうすればよかった……。こうすれば苦しむことはなかった……」
誰にも聞こえない声でアイザは呟いた。
彼女の視界の先には地に伏したままの少女。なんとか立ち上がろうとする少年。そして氷漬けから抜け出そうともがく少年が映っていた。さらにその奥ではこの戦いのはじめに不意打ちによって戦闘不能にさせた女性がまだ横たわっていた。
アイザは刀を持ちなおし、虚ろな目で辺りを見据えた。
「――《鎮め給え。鎮め給え。荒ぶ氷嵐は全てを終へと導く。あらゆる熱を、心を、命を、私は認めない》」
彼女を取り巻く冷気が言葉と共に激しさを増していく。周囲の空気をも凍らせ、小さな竜巻をいくつも形成している。そしてそれらがぶつかり合うたびに混ざり合い大きな竜巻へと成長していく。
「《無遠の永遠よ。世界を否定しろ》」
やがて一つの竜巻となった冷気の塊をアイザは刀で両断した。
透き通っているかのように見える真っ白な冷気の塊が彼女の持つ刀に収束されていく。あれだけ荒ぶっていた冷気の竜巻がしん、と静まり彼女のように静かでそして周囲を威圧するかの如くその異様さを醸し出していた。
「なんだあれは……?」
先ほど『氷呪』を使った時もさらに重く濃い魔力。一見静かなように思えるが、近くにいるアレン達はその重圧に肌がひりつく気さえしていた。
アイザは刀を振り上げる。光なき双眸がアレン達を無機質に捉えていた。
そして氷が溶けるようにその口を開いた。
「《無限氷ーー」
「そこまでだよ、アイザ」
彼女の言葉と重なるように轟音が鳴り響いた。そしてアイザとアレン達の間を通すように一筋の光が横切り、それは氷の壁を突き抜けていった。
「『それ』はダメだ。約束だっただろう?」
その人物が現れたのはアイザが作りだした氷の壁の向こうからだった。全く砕くことのできなかった堅牢な氷を彼女はいとも容易く破ってみせたのだった。
「……イシュラ」
イシュラと呼ばれた金髪の女性を見るや、彼女の瞳に光が灯る。上げていた刀をゆっくりと下げる。重苦しい魔力は消え去った。
「まったく……。ついてきて正解だったよ。『それ』は使ってはいけない。彼との約束を破るつもりだったのかい?」
「それは……そんなつもりは、ない」
「だったらもう武器をしまいたまえ。この場はこれで終いだ。君が何を考えているかは知らないが、これ以上やるのであれば、私が止めるよ」
飄々とした雰囲気の女性ではあるが、言葉の一つ一つに底知れぬ威圧感が含まれていた。冗談を言っているつもりはない。突然の闖入者は味方なのか敵なのか、アレン達はただただ状況を見ているだけだった。
アイザは小さく息を吐くと刀を鞘に納めた。
「わかったわ」
それから指を鳴らすと彼女を中心に突風が吹いた。しかしそれは数秒のことで次第に風は収まり、そして最後には洞窟内に広がっていた冷気もなくなっていた。アレンを覆っていた氷も風が吹き抜けるとともに砕け散った。
「うん。これでOKだね。……さて、と」
イシュラと呼ばれた女性は氷が消えたことに満足すると、まだ地面に這いつくばっていたアレン達の方を見た。
「君たちには申し訳ないことをしたね。とはいえこれ以上謝るつもりはないけどね。うん、せめてもの詫びとしてそこで寝ている彼女の治療だけはしていこう」
イシュラはいまだ意識を取り戻さないクロードに近づくと、人差し指を彼女の胸の中心に押し当てた。
「《電生》」
小さな光と共にクロードの体から火花が起きる。
「よし、元の応急処置がよかったおかげで大したことなさそうだね。うん、しばらくしたら目が覚めると思うよ」
イシュラはクロードから離れるとアイザの方へ歩いていく。
「さて、私たちはこころでお暇させてもらいますか。アイザもいいよね?」
「……ええ」
「それじゃあ、グレンを倒した人間諸君。生きていたらまた会おう。――あ、そうそう言い忘れてた。君たちのお仲間は外で眠っているから安心したまえ。大丈夫、生きてるから」
イシュラは何もない空間に手をかざす。すると、そこへ漆黒の穴があらわれた。アレン達にも見覚えのある魔界へと繋がる道、『異幻の穴』だった。
人型の大きさまで大きくなると、イシュラはその中へと進んでいった。最後にもう一度アレン達に向かって手を振り、そしてそのまま穴の中に消えていった。
アイザもイシュラに続いて穴の中に入ろうとするが、その前で一度立ち止まり、アレン達の方に振り返った。
「……私が言ったこと、決して忘れるな。お前たちは必ず己の未熟さに後悔する。生きている限りそれは変えられないこと。ここで死んでおけばよかったと後悔してももう遅い。お前たちは破滅の道からもう戻ることはできない」
そしてアイザも穴の中へと入っていく。姿が見えなくなると、やがて穴は小さくなっていき、10秒もしないうちに完全に消え去ってしまった。
あとには満身創痍のアレン達がただ残されただけだった。
戦っている最中、そして去り際のアイザの言葉。なぜ初対面のそれも『獄王』である彼女が自分たちに怒りの感情を見せるのかわからない。だが、彼女の言葉は彼らの胸中に何とも言い難い棘として残ったままだった。




