藪をつついて蛇を出す
ことわざの使い方あってるはず……
街を出て数時間、私たちは舗装された道を歩いていた。ここまで何事もなく順調に行けている。そう何のトラブルもなく……。
「なんでこんなに平和なの!?」
「何を唐突に!?」
私の渾身の叫びに全員が足を止めて驚く。
「だっておかしくない? 冒険といったら道中に出てくる悪党やモンスターを倒していくのが普通じゃないの? なのにここまで行商の人たちとすれ違うくらいしか他の人と会ってないよ」
「そりゃあ、ここは国の管理する公道なんだから仕方ないだろ。一定距離ごとに宿場まであって、それに兵士がすぐに駆けつけられるんだぞ。誰がこんなところで悪事を働くかよ……」
「なら別の道に行こうよ。ほら、人助けもできるかもしれないしね!」
「そんなことしてたらいつまで経っても目的地に着かないぞ?」
そんな……。なんでみんなそんなに安全に考慮するんだよ……。もっとスリルある冒険をしようよー。
「ティアナ、まだ街を出てからそんなに経ってないんだからそうそう何か起きたりはしないよ。それにしょっちゅう起きてたら私たちの身がもたないって。こういうのは時々でいいんだよ」
「むー。それだとあっという間に着いちゃうじゃん! それって面白くないよ」
「お前は何を求めてんだよ……。あと、首都まで1月弱かかるんだぜ。その内なんかあるって」
そう言ってみんなはまた歩き出す。
起きてくれればいいんだけど……。一人だけ別行動するのはさすがにまずいので私はしぶしぶみんなについていく。
それからまたしばらく歩いていくが、やはり何も起きない。ただただ淡々と行程を進めていく。
「ティアナを擁護するわけでもないが、確かに暇だな」
シーラがふわぁと大きなあくびをした。これには他のみんなも同調した。
「別に疲れているわけでもないけど……シーラの言う通りだ。なんというか拍子抜けというかなんというか……」
「ほら言ったじゃん!」
私はここぞとばかりに自分の正しさを主張する。やっぱりみんなつまんないじゃん。
「みんなも私と同じなんでしょ? ならちょっとくらい寄り道したっていいと思うんだけど……」
どうせ無理なんだろうと思って、だんだんと勢いを失ってしまう。
「はー………。シーラ、ちょっと地図見せてくれないか?」
「あ、ああ」
アレンが大きなため息をついて立ち止まると、シーラから地図を受け取り、じっと眺めた。
「おいアレン。まさかとは思うが………」
シーラは恐る恐るアレンを覗う。彼が何をしたいのかなんとなく察したようだった。カガリもやれやれとため息をついた。
「? どうしたの、みんな」
かくいう私はいまいち状況が掴めていない。
「まだ無理なようだが、もう少ししたら分かれ道がある……ここなら大丈夫か。シーラ、ちょっといいか?」
「……はいはい」
諦めたようなシーラの返事。彼は地図を覗き込み、アレンと何やら話し合い始めた。
「おい……そこはちょっとやばくないか?」
「一応公道じゃなかったか?」
「十年くらい前に大きな山賊がそこを占領しちまったんだよ。だから急遽新しい道が作られたんだ」
「なるほど……。だが、このメンバーなら逃げるのも簡単だろう。それに他にあいつを満足させられるようなところだとかなり遠くになるぞ?」
「お前、ほんとにティアナに甘いよな。ったく……どうなっても知らねえからな」
アレンの頭を軽く小突き、シーラはこちらに向かって手招きした。
「二人とも、何を話してたの?」
「お前の我儘を聞いてやったんだ」
「ここからもう少ししたら分かれ道がある。そのもう片方が昔、山賊が出るようになって封鎖された道なんだけど、距離もショートカットできるし、ティアナの我儘にもちょうどいいからここを通ろうと思う。それでいいか?」
「ほんと!? やった! ありがとうアレン」
ダメ元だったが、みんなのおかげで面白いことになりそうだ。シーラもなんだかんだで許可してくれたし、感謝してもしきれない。
「もしヤバい目に遭ったら、次からは控えてくれよな。首都につく前に旅が終わっちまったら、元も子もないからな」
「はーい」
「ほんとに調子の良い奴だよ………」
こうして私たちは件の分かれ道の手前まで来た。
「ほんとに封鎖されてるし。なんか雰囲気もヤバそうだな」
「なーにシーラったら、ビビってんの?」
「ビビってはないけど、気乗りはしねえな。なんでこんな危ない橋渡らないといけないんだか」
そうはいってもちゃんとついてきてくれるシーラなんだよな。
アレンとカガリはこの先が危ないということで武器の用意や、荷物の整理をしていた。
「どこから襲われてもいいように武器の準備は怠るなよ。近道とはいえ、1時間以上は歩くからな。周辺への気配りも忘れないように」
「一応索敵魔法は使うけど、油断はできないからね。兄さんも警戒、怠らないでね」
「全く、我儘なリーダーには困ったもんだよ。………《空の目》、《大地の耳》」
シーラは2つの魔法を唱えた。視力と聴力を強化する魔法、どちらも索敵に適した『木属性』の魔法だ。
「とりあえず、すぐ近くには誰もいないみたいだな」
「ありがとう、シーラ。よし、それじゃあ行こうか。ティアナは勝手な行動はするなよ」
「わかってるって」
アレンを先頭に私たちは封鎖された道を進んでいった。
最初の内は元々使われた道なだけあってか、整備された道が続くだけで、危なげな雰囲気は全くなかった。確かに何か張り詰めた緊張感はするが、それだけで人どころか獣の気配もなかった。
そもそもアレンいわく、この道が使われなくなったのは10年以上も前、その当時に活動していた山賊が今もここを根城にしているかも怪しいらしい。じゃあ、なんで閉鎖を解かないのか、と聞いたら
「一度塞いで、新しいところを作ったのに、また戻しますとかなると面倒だからじゃないかな」
といっていた。
よく考えたら、山賊いなかったらこの道通る意味ないよね……? 私もしかして騙された?
「ねえ、アレーー」
「静かにっ!」
アレンに声をかけようとしたら、突然前を歩いていたシーラが私達の動きを制する。そのままジェスチャーでしゃがむよう指示し、私たちはそれに従う。
(どうしたんだ?)
アレンがシーラの傍まで近寄る。今までののんびりとした空気から一転、張り詰めた緊張感が漂いだす。
(いたぞ)
シーラは左前方を指さした。そっちを見ると、かすかにだが、人影が見える。
(数は10。全員武装して、おまけに周囲をかなり警戒してる。幸い、俺の方が早く気付けたからばれてはいないが……)
(相手はやっぱり山賊か?)
(そこまではわからん。……ちょっと待ってろ、なんか会話してるみたいだ)
全員が黙り込み、シーラを見る。彼は目を閉じ、集中していた。
その間にも、アレンは木の陰から謎の集団の様子を覗い、カガリは今までかけていた魔法を解き、何やら別の魔法を使う準備を始めた。
「っ! 来るぞ!」
シーラが大声をあげた。その意を理解する間もなく、私たちはいっせいにその場を離れ、走り出した。
「気づかれたのか?」
「ああ。どうやってかはわからないが、人数まで把握されてる」
「で、どうするの? このまま振り切る? それとも迎え撃つの?」
アレンは走りながら考えている。しかしさすがアレン、すぐに考えを出してくれた。
「このまま逃げてもジリ貧だ。次にひらけたところで迎え討とう」
「「了解」」
私たちは走り続けた。後ろを確認すると、確かに何人かが迫ってきている。叫び声みたいなのが聞こえるけど、シーラみたいに聴力強化をしてないからなんて言ってるかはわからない。
さすがの私もこの危機的状況に緊張してきた。顔に冷や汗が流れる。こうして敵意を持った相手と相対するのは単位認定試験で先生と本気で戦い合った時以来だな。……うん、あれは死ぬかと思った。
……って今はそんな思い出にふけってる場合じゃない! 追ってきてる人たちをどうにかしないと。
そんなことを考えていると少し先にひらけたところが見えてきた。私は腰に下げた刀の柄を握り、いつでも抜けるよう準備する。
そうして目的の場所についた。すぐに止まり、カガリとシーラは後ろに私とアレンが振り返って迎え討つ体勢をとる。
「………もし戦闘になったらどうしたらいい?」
ふと思った質問を投げる。
「それはどういう意味だ?」
当然のようにアレンが聞き返してきた。
「そのままの意味だよ。もし戦うことになったら、相手は捕まえるの? それともここで殺すの?」
「ティアナ……?」
「だってこれ、学校での模擬戦とかじゃなくて本物の戦いなんだよ。下手したら私たち、死んじゃうかもしれないし……。だからなんというか覚悟?うん、覚悟みたいなものしとかないと……」
実を言うと今、私はすごく怖い。これまで私は人を殺したことなんてなかった。どこかでいつかそうなるとは思ってたけど、いざ目の前にすると恐怖で手が震えそうになる。
だけど覚悟しないといけない。私はそういう道を選んだだのだから。たとえ、悪い人でも人を殺すことに善はない。
“生きるために他者の命を奪う”
この罪を背負わなければならない。
そしてそれは私だけじゃない……。
「ティアナの言いたいことはわかった。だけど安心しな。俺はもとよりその覚悟をしてるつもりだ。そうじゃなければこうして旅になんか出ないぞ」
「つーか、勇者だろうが騎士だろうがそういう仕事に就いたら、そうでもしないと生きていけないだろ。何を今更そんなことを………。ってあれか、ビビってんのか?」
「バ、バカ! そんなわけないし! ただみんなと考えの齟齬があったら困ると思っただけで……。別に怖いとかそんなことないよ!」
図星だよチクショウ!
「大丈夫だよ、もし悩むことがあったら私たちみんなでサポートするから。そのための仲間なんでしょ?」
――みんなと一緒でよかった。うん、もう大丈夫。震えも治まったみたいだ。
「……なーんだ、聞いて損した。で、作戦は?」
「とはいえ、何人かは捕まえた方がいいと思うから……リーダーっぽい人は捕まえよう。あとは適宜って感じだ。とにかく自分の身を守ることを優先に」
そして私たちは敵がくるわずかな時間で作戦を立てる。敵が正面以外から来る可能性も考えて、極力動かないように、さらに対応できるように背中合わせにして待ち構える。
「なるほど……《隠密》を使ってたのか、どうりで気づかねえわけだ」
突如、私たちを囲むように現れた大量の影にシーラは悪態を吐く。その数は私が確認できるだけでも10人弱。それ以外を含めるとするとおそらくこの一団は30人はいそうだ。おまけに私達を追っていたであろう人たちも加わった。さらに周囲からわらわらと集まってくる。どう見ても絶体絶命だ。
「おいおい封鎖された道を通るなんてお前たちは命知らずなのか?」
重厚な装備をした大男、おそらくリーダーであろう男が見ているだけで嫌悪感が増す気持ち悪い笑顔を浮かべて話しかけてきた。
「見たところ駆け出しのようだが、ここがどこだかわかって入ってきたんだろうなぁ?」
男は私達の返答を待たずに話を続けた。
「俺たちは昔から続く山賊団だ。そんじゃそこらのごろつきとは訳が違うんだよ。お前達みたいなひよっ子共でどうにかなる相手じゃねえんだぞ?」
明らかに私たちのことを見下し、舐めている。まあ確かにそうだろうけど。見た目はどう見ても子供だし、ひ弱そうなのは認めるけど……ちょっと悔しい。
「だが、そこの女は……なかなかの上玉じゃねえか。おい、お前ら! 女は殺すなよ。男は好きにしていいがな」
男は一人で好き勝手喋り、笑う。周りの仲間たちもそれに呼応してわいわいと騒ぎ出した。
「………」
私たちは何も言わないけど、すごいむかつく奴らだということだけは言わずとも感じた。
「そういえば、昔ここを通ったグループを襲った時は楽しかったなあ!」
急に思い出語りを始めた。
「慌てふためいて逃げる奴らを捕まえてよ、奴ら、必死に命乞いするんだよ。『助けてくれ助けてくれ』ってよぉ」
聞いているだけで胸糞悪くなるような話だ。だが、迂闊に動けない今、ただただ男が話すのを聞くほかない。
「お頭、あん時は最高の見世物でしたな。命だけは助けてやるといいながら、最後に殺しちまうなんて、さすがっすよ」
部下らしき男が同調する。見るからに小物臭がする……。
「結局残した奴は奴隷商に売りさばいたが、あれはいい儲けだった」
人を売った? 奴隷? こいつら何を言ってるんだ?
「下種が……」
後ろでアレンがぼそりと呟いた。
「あぁ? なんか言ったか!?」
しかしそれはどうやら聞こえていたようで荒い怒声が飛んできた。
「いいか! お前達みたいな弱者は俺たち強者にとっちゃ、ただの道具なんだよ。壊そうが捨てようが俺たちの自由だろ? ったく、これだから世間知らずのガキどもは……」
「――はぁ?」
男の言葉、それを聞いた瞬間私は頭の中が真っ白になった。そうして私は鞘から刀を抜いた。そして迷うことなく大男に接近し、無心でその無防備な首をかっさいた。
「なっ―!?」
みっともなく笑っていた男はわずかに驚き、そして首から大量の血を吹き出しながら地面に倒れた。
「………良心とかそんなのもうどうでもいいや。お前ら、むかつく」
山賊がそう言う奴らだというのは知っていた。だが、同じ人間をモノみたいに扱うのは許せない。
そう許せない。許せないのだ。誰が認めようとも、人々の導き手である王がそれを良しとしても、人々がそれを見逃しても、人は人でなければならない。だから、だから私は……私は、こいつらを……
―絶対ニ許サナイー
ここで私の思考は止まった、後ろでアレンたちの声が聞こえてきたが、私はそれを無視した。視界に入るすべての敵に私は刀を振るった。
リーダーの死に真っ先に反応し、反撃をしてきた男の剣を躱し、すれ違いざまに袈裟斬りする。これで一人。そしてその死体を持って、その奥でまだ驚いている男たちに接近する。ようやく反応しても遅い、私は死体を投げて視界を塞ぐ。それに気を取られた男たちの背後に回り、首を一刀で両断する。加えて4人。
ここでようやく全体にこの状況が伝わった。山賊たちは一斉に私たちに襲い掛かってきた。
「あのバカ! 何を勝手に突っ走ってんだ!」
ティアナの突然の行動にはアレン達三人も動揺を隠せないでいた。
「ティアナ? どうしたの?」
しかし驚く彼らの元にも仲間を殺され、怒り狂う山賊たちが襲い掛かる。
「しっかりしろ!」
一番に襲い掛かってきた斬撃をアレンは盾で防いだ。そして盾を前に押しやり、体勢を崩した相手を盾で殴る。敵は大きく吹っ飛び、地面に打ち付けられた。
「ティアナのことは後だ! とにかくこの状況をどうにかするぞ」
戸惑う仲間を叱咤する。彼自身も動揺したままだが、それよりも優先すべきことが目の前にある。
「ちっ! だからやめとけって言ったのによ!」
シーラは向かってくる男の腕を左手で払い、右手で腹を思いっきり殴った。そして腰のホルスターから拳銃を抜き取ると、右から来ていた敵の眉間を撃ち抜いた。
「カガリ、とにかく引き剥がせ!」
わらわらと寄られては戦いづらい。そう判断したシーラはカガリに指示をだした。
「わ、わかった……。――《風翼》!」
カガリの言葉と共に彼女を中心として突風が起きた。そうして彼らに迫ってきていた山賊たちは周囲に吹き飛ばされていった。
「サンキュー!」
宙を舞い、無防備になった山賊たちをシーラはもう一つのホルスターから引き抜いた拳銃と二つで撃ち落とした。
「カガリ、とにかくお前はサポートに徹しろ。俺とアレンで何とかする」
「兄さん、ティアナはどうしたら……」
「ほっとけ! あいつは一人でなんとかするはずだ。それよりも自分の心配をしろ! この数じゃ、なだれ込まれると終わりだ。それだけは何としてでも止めるんだ」
「シーラ!」
「っ!」
カガリに声をかけることで疎かになった彼に短剣を持った男が接近する。当然シーラは反応が遅れた。だが、アレンの声を聞いて、すぐにその場にしゃがんだ。彼の頭上を剣が通り過ぎ、シーラに迫っていた男は胸の辺りを大きく斬られてのけぞった。
「助かった!」
シーラはそのまま男の胸に銃弾を撃つ。
「くそっ! まじで面倒だ」
倒れてくる死体を蹴飛ばし、シーラはまた悪態をついた。
喉を一突き。5人。背後に回り、二斬。6人。そのまま跳んで体を回転させて周囲を斬る。これで8人……。無心で敵を斬っていく。正直弱すぎる。これがずっと続いていた山賊なのか。ちらりとアレン達の方を見たが、苦戦することなくできているようだ。これなら心配しなくてもよさそうだ。だから私はクズどもを斬る。
「これ以上好き勝手させるか!」
そう叫ぶ男が私に斬りかかってきた。今までの敵と比べると剣筋、勢い共にとびぬけている。たぶん強敵だ。私は剣を受け止める。剣と刀がぶつかり合い、互いに衝撃が伝わる。だが、男はすぐに次の一撃へと移行した。狙いは私の腕、なるほど攻撃の手を封じるつもりか。だけど甘い。
「な、篭手でだと?」
私の右手には篭手がある。剣士なら普通だが、それで剣を防ぐのは危険なため推奨されない。でも私の篭手は私特製の物だからこのくらいの剣は簡単に受け止められる。篭手で防いだ剣をそのまま横に殴り飛ばす。そして無防備になった体を斬った。結局期待外れの雑魚だった。
しかし敵の数は半分くらいになっただろうか。
私たちの力に戦意を失った人たちは背を向け武器を放り投げて逃げていく。さすがに追いかけはしないが、その弱さに反吐が出そうになった。傍を逃げる敵は逃さず斬り捨てた。
あらかた片付けたあと、私は刀の血を払い、鞘に納めた。
「終わり、か」
ふぅ、と息を吐く。そして私は頭に衝撃を受けた。
「この馬鹿野郎! いきなり何してんだ!」
シーラだった。拳銃で私を殴ってきたみたいだ。めっちゃ痛い……。
「お前のせいで死ぬかと思ったんだぞ!? こいつらが弱かったから怪我もなく終わったけど、マジどうしてくれるんだよ!」
マジギレしてる。
「ご、ごめん……。私も気が付いたら体が動いちゃって……そこからもう抑えられなく……うっ!」
私は思い出す。一切の同情もなく、まるでごみのように彼らを斬り続けたことを。叫び、涙、命乞い、その全てを無視して殺したことを。
その光景を思い出して私はその場で吐いた。人を殺したことよりも、それを意に介さずに続けた自分への恐怖のために……。
「お、おいティアナ!? 大丈夫か」
私の異変にさすがのシーラも怒るのをやめて心配してきた。
「ティアナ大丈夫!? ――《穏風》」
カガリは回復魔法を唱えてくれた。おかげで口の中の不快感は取り除かれたが、胸の苦しみは治まらなかった。
「大丈夫だよ……。それとごめん。勝手な行動しちゃって……」
荒い息で何とか答える、
「一体どうしたんだ? お前らしくなかったぞ?」
「ごめん……あんまりにもむかついちゃって……自分を抑えられなかった」
心配してくれる彼らにそう答える。実際自分でもどうしてこんなことをしたのかよくわかっていない。まるでそうしなければならないとだれかに命令されみたいだった。
「まったく……とりあえず生きてる奴を縛って次の宿場の駐屯騎士に引き渡そうぜ。逃げた奴らはほっといて大丈夫だろう。頭はもう潰したし」
シーナは先に気を失っている山賊の生き残りの所へ行った。
「そうだな。ティアナももう大丈夫か?」
「うん……」
まだ全身をめぐる不快感は消えないが、これ以上迷惑をかけていられない。
「ごめんね、私の我儘に付き合ってくれたばっかりに……」
「ティアナの我儘のせいで大変な目に遭うなんてもう慣れっこだよ。だからいつもみたいに笑ってくれるだけで十分って」
「カガリの言う通りだ。シーラだってなんだかんだ一緒にいてくれるだろ? だから気にするな」
「……ありがと」
これじゃまるで自分は手のかかる妹とか娘とかそんなのだ。恥ずかしい……。
「でもまあ、首都に着くまではこれ以上は勘弁してくれよ。こんなことが続いてたら身が持たない」
「はい……ごめんんさい」
私ももう十分懲りました。
「おい! 皆も手伝ってくれ。死体が邪魔で運びづれえ」
「あーごめんごめん。すぐ行くから。カガリ、ティアナの汚れ取ってあげてて」
「わかった」
アレンはシーラの手伝いに行った。そしてカガリはカバンから布を取りだして、私の顔を拭いてくれた。気にならなかったから放っておいたけど、どうやら私は返り血でかなり汚れていたようで、布はあっという間に真っ赤になっていた。
「もしかして、『あの時』のこと思い出しちゃったの?」
「カガリ……?」
私だけに聞こえるよう小さな声でカガリは聞いてきた。その眼は真剣だった。
「私さ、兄さんやアレン君がいなかったら立ち直れなかった。でもティアナがいなかったらもうこの世界にいなかった。だから、もう思い悩んでほしくないの」
「………」
「私だって『あの時』のことを思い出すのは辛いよ。さっきの人たちの言葉、すごく悔しかった。ティアナの気持ちもよくわかる」
「カガ―」
「だけどね! お願いだから自分を傷つけることはしないで」
私の言葉を制し、カガリは必死に私に訴えかけてきた。
「困ったら辛かったら私に言って。たぶんこれは兄さんたちじゃ、解決できないことだから……。私にしかできないことだから……! 私、これ以上ティアナが傷つくの、見たくない」
私は何も言えなかった。私とカガリが隠し持っている秘密。いやトラウマとでもいうべきだろうか。それは私たちの心に深く深く刻み残されていたままだった。
「……いきなりこんなこと言ってごめん。でも覚えててね。私はずっとティアナの味方なんだから」
そしてカガリは真っ赤になった布を別の袋に放り込むと、彼女もアレン達の方へ向かった。
「………カガリ」
彼女の言葉をもう一度自分の中で反芻させる。確かに『あの時』のことを私は思い出した。『あの時』に感じた痛み、苦しさ。その全てが怒りと変わり、さっきみたいになってしまった。
「……っ! ダメ、だもんね」
これ以上思い出すのはよくない。『勇者』になる私がこんなことで足を止めちゃいけない。
それにカガリが言ってくれたように私には仲間がいる。もしもの時は甘えちゃえばいいんだ。
「うん、もう大丈夫!」
そうと決まれば私もみんなの手伝いをしよう。
立ち上がり、みんなの元へ向かおうとした、その時だった。
「た、助けてくれー!!」
そんな叫び声と共に森の奥から男が出てきた。それは私たちが先ほど追い払った山賊の残党だった。しかし、彼は私たちが最後に見た時以上にボロボロでまるで何かから逃げてきたようだった。
さらに男に続いてさっきまで逃げていた残党がどんどんこちらにやってくる。
「おい、どうしたんだ」
突然の事態にシーラは逃げていた男を一人捕まえ、問いただした。
「く、来る……! あれが、怪物が……!」
それだけ言って男はシーラの手を振り払って逃げていった。
「ちっ! なんなんだ!?」
何かの危険を察知し、私たちはすぐに集まった。
「魔法を使わなくてもわかる。なーんか嫌な気配がする。っていうかなんか来たぞ……」
シーラの最後の言葉は驚きで震えていた。
私だって目の前に現れた”それ”に目を疑った。
「なに……あれ……?」
最初は獣かと思った。いやそう思いたかった。しかしそれができないほどに”それ”は巨大だった。数メートルはあろうかと思われる巨大な体躯。その体はまるで岩のようにごつごつとした見た目だ。人なんて簡単に切り裂けそうな大きな爪、そして口からはみ出た巨大な牙。さらに背中には大きな翼が生えていた。
そんな怪物としか形容できないそれはその口からは人間の物と思しき腕や足が見える。おそらくあれに食べられてしまったのだろう。
自分でも驚くほど冷静になっていた。
「ははは……。ほんとツイてねえな」
シーラがぽつりとこぼす。
「それともあれか、これがティアナの望んだ展開ってやつになんのか」
「いやーシーラ。さすがにこれはちょっと予想外だよ。私、さっきのでもう終わったと思ってたし」
「二人とも、暢気に話してる場合じゃないぞ」
アレンの言う通り、怪物は私たちを獲物として認識したのであろう、その巨大な目で私たちを睨んできた。そして
「ぎゃおおおおおおおおおおお!!」
耳をつんざくような咆哮をあげた。
戦闘シーンは語彙が少ないけど書くのは楽しい