氷壁の戦い
「ティアナ!」
クロードが倒れ、そこへティアナが駆け寄ろうとしたとき、彼女の前に大きな壁が現れた。それはアレン達三人とティアナを遮断してしまった。
「ティアナ! 大丈夫!?」
カガリが壁に駆け寄り声を上げるも壁の向こうからは何も聞こえない。これはただの壁じゃない。近くで見るとそして魔法に精通したカガリならよくわかる。これは魔力のこもった氷の壁、しかも並大抵の魔法ではない。
「でも、こんなの……!」
炎属性の魔法で溶かそう試みる。どんなに強い魔力だろうと自分ならば。と、彼女は魔力を込めようとする。
「カガリ! 今はそっちよりもクロードさんだ!」
シーラが彼女の行動を遮った。彼はクロードのそばで傷の具合を見ていた。簡単な応急措置なら彼にでもできるが、カガリを呼ぶ以上、それほど彼女は重傷を負っているのであった。
「それにあいつだけじゃ、あれを抑えられない。まずはあっちだ」
シーラの視線の先、そこではアレンとアイザが対峙していた。
「とにかくお前はクロードさんを。早くしないと手遅れになっちまう」
カガリは一瞬だけ、壁の向こうを見た。しかし、すぐに振り切り、クロードのもとへ急ぐ。
ところが、移動を始めるやすぐに、カガリは自分にかかる殺気を感じた。すぐに視線を移す。
一瞬、景色の一部が揺れた。それから瞬きをする間もなく、自分のわずか数メートル先にアイザがいた。あの一瞬でアレンを振りきり、一直線にカガリへと襲いかかろうとしていた。
「させるかよ!」
間にシーラが割り込んだ。アイザの剣を銃で受け止め、逆側の足で彼女の顔面を狙って回し蹴りを放った。
アイザは舌打ちをして距離を取る。
「ありがとう、兄さん」
カガリはシーラの後ろを通ってクロードのもとへとたどり着く。彼女は気を失っているだけでまだ息はある。しかし、傷からふれ出る血は止まらず、このままでは危険だ。
「………《神ノ息吹》」
自分が持てる限り最高峰の回復魔法を使う。明らかな致命傷であるため、これで治るかも賭けであった。
「お願い……!」
魔力をつぎ込み、魔法の精度を上げる。その間にも彼女の背後ではアレンとシーラが必死にアイザと戦っている。二人がかりでようやく対等いや二人でも劣勢だった。
アレンは防戦一方でシーラも攻めあぐねている。一方のアイザはひたすらに猛攻を続けていた。
魔法を使い始めてから2分ほど経った。クロードの傷は完治とまではいかないが、血は止まり、呼吸も穏やかになっていた。依然として目を覚まさないが、これで命の危機は脱したであろう。
「安静にしていてください」
カガリは眠るクロードに背を向け、戦っているアレンたちの方を向く。それから右手で銃の形をとり、人差し指はアイザの方を向ける。
「《炎弾》」
指の先から火の玉が放たれる。それは一直線にアイザのもとへ飛んでいった。
「ちっ!」
二人を攻めていたアイザは自分の元へ迫る火の玉に気づくと、持っていた武器で斬り払った。そしてもう一度、距離を取った。
「二人とも大丈夫?」
その間にカガリはアレン達のもとへと行く。
「ああ。クロードさんは?」
「まだ眠ってる。でも傷の方は大丈夫」
「そっか。ならあとはあっちだけだな」
対峙するアイザは不機嫌そうな顔でアレンたちを見ていた。もう一度攻めてくる様子は今のところ見られない。しかし、油断はできない。
「お前、一体何者なんだよ。いきなり襲い掛かってきて」
「……お前たちに私のことを知ってもらう気はない」
アイザは変わらず、アレンたちに敵意を剝き出していた。しかしここまでの敵意をなぜ向けられるのか3人には全く見当がつかない。そもそも彼女とは初対面である。
(俺たちが彼女の関係者に何かをした……? それならばティアナも関わるはず……。だが、ティアナのこと
は邪魔者だと言っていた……。なぜだ?)
アレンが考える間にも再びアイザはアレンに攻撃を仕掛けてきた。速く鋭い剣筋は容赦なくアレンの体を斬り裂こうとする。対するアレンは剣と盾で必死に防いでいく。使う武器が同じせいか、ティアナと戦っているようだった。だから反応はしやすい。しかし、彼女のものとは違い、明らかに自分を殺そうとしている動きだ。一つ一つが急所を狙ってきており、油断することは一切できない。
そしてそれはシーラもカガリも同様に思っていた。確かに速さなどはこっちの方が上だが、動きは読みやすい。シーラはアレンの動きに合わせて援護射撃を。カガリは支援魔法をかけた上でアイザに魔法を放つ。
「………」
3人の連携に対し、アイザは攻めることでそのすべてに対応していた。とにかく自分のペースに持ち込もうとしている。そんな様子がうかがえる。
「《大氷槌》」
3人の頭上に巨大な氷の槌が現れる。かつてカガリが炎竜に対して使ったことがある魔法。しかし、彼女のものに比べると、アイザが生み出した方が何倍も大きい。
「《炎ノ聖楯》!」
カガリは対抗して炎の楯で防ぐ。氷はどんどん解けていき、さらに水蒸気となって辺りがどんどん霧に覆われたようになっていった。
「《氷槍雨》」
さらにアイザは魔法を唱える。今度は霧のようになった水蒸気が集まり、何本もの氷の槍となった。3人を囲うように向きを変え、一斉に降り注ぐ。
「《炎王ノ巨手》」
カガリも負けじと炎の膜を起こす。氷の槍は膜に触れるたびに再び溶けていく。今度は水蒸気すら残らないほどの熱で蒸発させていく。その熱気はアイザにも伝わるほどで、彼女は汗を流しながら、不機嫌そうな顔をしている。
「魔法なら私がなんとかするから。二人はそのまま!」
「ああ!」
アレンは剣を構えてアイザに向かって振り下ろす。さらにその背後でシーラが銃を撃つ。アレンにかぶさらないように、さらにアイザの行動を阻害するような牽制射撃であった。
「ふんっ!」
アイザはシーラの攻撃を無視してアレンの攻撃だけを防御した。無防備のアイザに弾丸が向かう。
「《氷華》」
彼女に触れる直前、弾丸は動きを止めそして砕け散った。その様子を一瞥することなくアイザはアレンの剣をいなし、さらに刀を持っていない左手から氷柱をアレンに向けて放った。
「なっ!?」
アレンにとって想定外の攻撃だった。ぎりぎり体を無理矢理捻ることで氷柱の直撃を避けたが、顔を掠めてしまう。さらに氷柱を避けることに気をとられ、アイザの追撃を許してしまった。
「ぐっ……!」
体が軋む音がする。しかし、それを無視してさらに体を倒す。背中が地面につくか、ギリギリのところまでで体勢を保ち、そのままアイザの攻撃をやり過ごす。
「しぶとい………っ!」
追撃の構えを取ろうとしたが、アイザはそれ以上の攻撃はやめ、一度下がる。彼女の視線の先には炎の槍を構えるカガリがいた。
その隙にアレンは起き上がり、数歩下がる。傷は大したことなかったが、血が少し目にかかったようで視界がわずかに赤い。手で拭うもどうやら血が止まっていないようだった。
「大丈夫?」
「ああ……。剣と魔法の組み合わせ。ほんとティアナと戦ってるみたいで厄介だな」
「多分あの人、魔法の適性が高いよ。高位の魔法も詠唱破棄してくるから不意打ちには気をつけてね」
ティアナほど正確ではないが、カガリにもある程度相手の魔力を測ることができる。そんな彼女から見てアイザの魔力はあまり多くはない。しかし、量よりも質が異常であるとカガリは感じた。どこまでも洗練されている、澄んだ水色の魔力。大技の連発こそないが、彼女が言ったように詠唱破棄はゆうに行うだろう。
「魔法もそうだが、剣術がとにかく厄介だ」
「対策はあるのか?」
シーラが2人のそばまでやってくる。
「動きがティアナに似ている。それだけだな。魔剣士特有の動き方でもあるんだろうな。あいつをさらに速くしたと思って戦えばなんとか対応できる」
「だろうとは思ったけど気休め程度にしかならない対策だな。だが、逃げることもできない以上やるしかねえか」
シーラが銃に弾を詰め直す。アレンも武器を構え、敵を見据える。
洞窟の唯一の出入り口は氷によって塞がれているため、逃げようにも逃げられない。破壊しようにも敵はその間も攻撃の手をやめないだろう。さらにまだ気を失っているクロードがいる。
「とにかく俺が抑えるから二人は援護を。唯一勝っている数で攻めるんだ」
「おう」
「わかった」
アレンは剣と盾をかまえ、アイザに突撃する。一方のアイザは冷ややかにアレンたちを見ていた。そして二人の間の距離が残りわずかになった時、アイザの姿が消えた。
「……っ! そこだ!」
アレンは背後に剣を振る。一度も見ることなく振りかぶった剣は何か当たった。すぐに後ろに振り返り、半歩下がる。剣にぶつかったのはアイザの刀だった。一瞬で背後に回られていたのだ。しかし、アレンは何となくだが彼女の動きが読めていた。
「やっぱりあんたの動きには既視感があるんだよな。今の手法、何度もやられたからわかるんだよ」
下がった位置から剣を振り下ろす。アイザはそれを受け止めることはせずに躱した。そこへ畳み掛けるようにアレンは盾で殴りかかった。それから逃れようとアイザはさらに下がる。
それでもアレンは攻撃の手を止めない。剣と盾を器用に動かし、果敢に攻める。さらには蹴りなども織り交ぜ、アイザに攻撃の隙を与えないようにしていた。
対するアイザはそれらのほとんどを刀で受け止めることはせずに避けることだけをしていた。時折反撃しようとしていたが、アレンの攻撃は一つ一つ隙が短く、その芽はどんどん摘まれていた。
さらには
「足元がお留守だぜ」
躱し続けていたアイザの足元にシーラがローキックを放つ。そして続けざまに銃を撃つ。
「ーーー」
2人による息の合った挟撃をアイザはその全てを器用に躱していく。反撃こそできていないが、一方で2人の攻撃が当たる気配もなかった。
それでもアレンとシーラは焦らない。初めから相手が自分たちより格上なのはわかっているのだ。今更当たらないことで気持ちがはやりはしない。むしろ淡々とその時を待っていた。
そしてその隙を狙うのがカガリだった。彼女はいつでも魔法を打てるように静かに狙いを定めていた。
3人の中で一番の火力を出せるのは彼女のほかいない。ティアナがいない以上、ストックした魔力を使うことはできないが、それでも彼女の魔力量なら充分なはずだ。
「………」
ただアイザは攻撃を躱していく。
しかし、上段はアレンの剣、下段はシーラの銃と体術。2人の息の合った攻撃はアイザの動きを縛っていく。
そうして繰り返していくうちについにアイザは刀を使ってアレンの剣を受け止めた。
そのまま力を込め、アイザを押しつぶすように剣を振り下ろす。身を引こうとする彼女をシーラが妨害する。
彼女の動きが止まった。その隙をカガリは見逃さない。
「《炎茨》」
アイザの地面から炎を纏った茨が現れる。そしてそれはアイザの体へとまとわりついていく。
「………」
「《炎塵》」
すぐに茨から逃れようとするアイザを包むように火柱がおこる。近くにいた二人は最初の魔法の段階で離れたので巻き込まないでいる。
轟轟と燃える炎の中でいまだ崩れぬ影が見える。たいていの魔族のなら簡単に燃やし尽くすほどのカガリの魔法。それでも耐える敵に向かって、カガリはさらなる追撃のために炎の槍を作り出そうとした。
「《大火……」
「《凍てつけ》」
その時だった。炎の中から凛とした声が響いてくる。そしてその言葉と共にアイザを包んでいた炎が一瞬で青白い氷と化した。
「《凍てつけ》」
再び響く言葉。今度は氷となった炎が砕け散った。
砕けた氷の跡、そこには全くの無傷であるアイザが立っていた。あれだけの炎に包まれたにもかかわらず、服にすら焼けた跡が残っていない。
「『吹雪く強嵐の果て。あらゆる命よ凍り、そして砕け散れ』」
彼女の言葉と共に、氷の壁で閉ざされた洞窟内に風が吹く。風の流れが目に見えるほどの冷気と共にそれはだんだんと勢いを増していった。さらに、屋内にもかかわらずどこからか雪が舞っている。そうこれはただの言葉ではなかった。
『詠唱』だ。詠唱破棄をするほどの魔力を持つアイザがわざわざ詠唱をする。その意味をカガリは理解した。
「この魔力の感じ……そんな……!」
さらにカガリは何かを感じ取ったようで唖然とした表情でアイザを見ていた。
アレンたちも明らかに異常だということは認識できている。だからこそカガリの言葉に呆然とするほかなかった。
「あの時と同じ……。この人は獄王……!?」
カガリの叫び。それと同時にアイザもまた言葉を紡いだ。
「氷呪《氷嵐の呪い》」
  




