二人の秘密
約半年ぶりの更新。モチベの維持が難しいです。
駆けつけた他の衛兵にあの場を預け、アレン達は「思い出の家」に戻ってきた。ティアナはまだ気を失ったままで、自室に寝かせている。
一階でアレン、シーラそしてカガリがテーブルを囲って座っている。オズワルドにはティアナを看てもらっている。これからする会話を聞いてほしくなかった。3人の意図を悟ったのかオズワルドは何も言わずにティアナの元に向かってくれた。
「……さて、だ」
アレンはカガリを見た。彼女はうつむき、両手を膝の上でぎゅっと握っていた。
「普段慌てる君がさっきはあんなに落ち着いていた。疑いたくはないが、何か知ってるのか?」
回りくどいことはいらない。単刀直入にカガリに問うた。
「…………」
カガリは口を噤んでいた。それは黙秘しようとしているためではなく、決心がつかないといった様子であった。しきりに口を開こうとするが、すんでのところでまた口を閉じるだけで終わっている。
「カガリ…別に責めてるわけじゃない。ただ知りたいだけだ。長年一緒にいたあいつのあんな変わりよう、普通じゃないのは明らかだ。お前と二人で何かを抱えてるんなら話してくれ。助けになるからよ」
「兄さん……」
「俺も同じだよ。これからも4人でやっていくんだ。今話しておかないと、いつかこのことを有耶無耶にしたツケが回ってくる。話せる時にお互いの悩みを分かち合おう」
二人の言葉を受け、カガリは一度二人を見る。そして再び俯き、体を震わせながら意を決したように口を開いた。
「……ティアナは、ううん違う。私とティアナは病気なの」
「ーー!?」
アレンとシーラは聞き返そうとしたが思いとどまった。今彼女の言葉を遮ってはいけない。ただただ彼女の話を聞く。それだけに徹底しなければならない。
「私たちは症状は違うけど同じ理由で心の病を負った」
ねぇ、とカガリは二人の方を見る。
「10年前の事件、覚えてるよね?」
10年前の事件、そう言われ二人はすぐに同じことに思いあたった。忘れるはずがない。
「10年前、このアルサーンに向かうために私たちの故郷を出た一行が山賊に襲われた。辛うじて逃げ延びた人のおかげですぐに騎士団の人たちが来てくれたけど、一行は全滅。だけど、奇跡的に2人の子供だけが生き残っていた」
その2人の子供こそが……
「唯一生き残ったのは私とティアナの2人。山賊に殺された一行には私の両親とティアナのお父さんもいた」
当時のアレンとシーラが後から聞いた話では2人が街に連れ戻された時はほとんど放心状態だったらしい。2週間はまともに口がきけず、糸の切れた操り人形のように動かなかった。周りの献身な治療のおかげでなんとか元気を取り戻したが、その間は悲惨な状態だった。
「襲われたあの時、お父さんたちがすぐに私たちを茂みに隠したの。魔法で私たちが気づかれないようにして……。その間にも山賊に対抗すれば被害が抑えられたかもしれないのにみんな私たちの安全を何よりも考えて動いた。そのせいで間に合わなかった……」
カガリの体は先ほどとは違う震えを起こしていた。俯き、髪で隠れ、わずかにのぞかせる顔には汗が浮き上がっていた。
「カガー」
シーラが妹に声をかけようとするが、アレンが彼の前に手を出し、制止する。小さく首を横に振り、「今は我慢しろ」と目で訴える。
「………」
彼もその意を察し、また黙って彼女の話を聞いた。
「おかげで私たちは気づかれなかった。だけど、私たちの目の前で、お父さんは、お母さんは……みんなは………」
だんだんと息が荒くなっていく。カガリは胸を押さえ、服を握り、必死に込み上げるものを抑える。荒い呼吸を抑えるために深呼吸をしようと過呼吸になりそうになりながらも自分の体を落ち着かせる。
「私たちは……ただ見ることしか……できなかった。目の前で、蹂躙されるみんなを……今でも忘れない。悲鳴、怒号、嘲笑……。その全てを、私たちはただ傍観することしかできなかった……」
それがどんなものだったか2人にはとても想像がつかない。成長した今なら多少は耐えられたかもしれない。 しかし、当時の2人はまだ6歳。まだ幼い時にそのような惨状を見せつけられたのであれば、心に傷を負うのは当然のことだ。
「……それからのことはあまり覚えてなかった。気づいたらみんなの埋葬も終わってて……。ティアナの方が先に回復してたみたいで、すごく心配してくれたのが、最初に思い出せたこと」
あの時、街の者総出で2人の治療にかかった。直接は見ていないが、あの悲劇を目の当たりにした2人がまともでいられるはずがない。幼いながらもアレンとシーラはそのことを察しており、外に連れ出そうと毎日見舞いに訪れた。
「みんなのおかげで私たちはなんとかなった……。それは私自身もそう思ってた。……でも、違った。私たちの心の傷は全然治ってなんかいなかった」
カガリは一度言葉を止める。大きく深呼吸を数回行い、心を落ち着かせている。そうして再び話し始めた。
「私は耐えられなくなったの。どんな些細なことでも、我慢ができなくなっちゃう」
それが何を意味するのか2人にはわからない。だが、何となくだが思い当たるものがあった。
「私は、目の前で大切な人が危険な目に遭うことが耐えられないの。ティアナが、兄さんが、アレンくんが……私の大切な人たちが傷つくことに耐えられない。心が苦しくなるの」
そう言って、彼女はおもむろに服の袖を捲った。普段からずっと服で隠していた肩から肘にかけての部分を見せた。
そこには大量の傷跡があった。刃物で切りつけたものから火傷のようなものまで多種多様な傷跡が彼女の腕に刻まれていた。服でみえないようにうまく隠されていたが、その数は数え切れないほどだった。
「な……これ、は一体?」
あまりの光景にシーラは思わず言葉を漏らした。それほどまでに想像絶するものであったのだ。双子の妹の体に残る大量の傷、16年共に生きてきて全く気づかなかった。
「今ここだけ見せてるけど、ほんとは見えないところいっぱいに傷があるの」
「どうして、こんなに傷が……?」
「全部自分でつけたの」
カガリは強がるような表情でそして笑った。
「昔の私は弱くて、頼りなくて……いつも守られていてそのせいでみんなが傷つく。それが耐えられなくて私も自分の体を傷つけていったの。少しでもみんなの痛みを背負わないとと思って。それが意味のないことだとわかっていてもやめるわけにはいかなかった。そうでもしないと苦しさで死にそうになるの……」
「自己満足でしかない。全くの無駄。でも私はやめることができなかったの。最初はナイフで傷をつけた。途中からは炎や雷で身を焦がし、風で体を裂いた。みんなに気づかれないように隠れてね。知られたら止められちゃうから……」
2人はただ無言で彼女を見つめた。ずっと共にいて気づくことのできなかった彼女の秘密。彼女の心の傷。泣き虫でこんなにもか弱いカガリは実はもっと深い深い傷を負い続けていたのだった。
だが、彼女は気丈に振る舞いそれを隠し続けていた。10年もの間、必死に隠し続けていたのだった。
「あ、でもね兄さん、大丈夫だよ。今はもうやってないよ。去年くらいからかな、私も魔法で戦えるようになって、みんなと同じような傷を負えるようになったから、だから自分で傷をつけなくなったの。みんなが怪我をするのはやっぱり辛いけど、でも耐えられるようになったの」
それがいいことなのか悪いことなのかはわからないが、シーラは彼女なりの克服を見せていたことに少しだけ安堵した。それでも、彼女の秘密を知った今、兄として支えることのできなかった後悔は膨れあげる一方ではあった。
「すまないな、カガリ。俺は何もしてやれなくて……。双子の兄なんだからそのくらい気づいてやるべきだったのに」
「ううん、兄さんは悪くないよ。むしろ兄さんがいてくれたから私はまだ正気でいられたんだ。だから謝らないで。アレンくんも気に病まないで」
「カガリ……」
アレンは彼女の頭を撫で、「ごめんな」と言った。それ以上は何も言わなかった。
「……これが私の抱えている秘密。病気といった方がいいかな?でも私はまだマシだよ」
再度彼女は2人を見つめる。その表情は自分のことを話す時よりも深刻で真剣なものだった。
「ティアナは……私よりももっと深い傷を負った。当時から同年代の中でも強かったから……私たちを引っ張るようなことをしていたから……それがよくなかった……」
「ティアナもお前と同じように何かを抱えてるってことでいいのか?」
「うん。それはねーー」
「大丈夫だよ、カガリ。私が話すから」
店の奥から聞こえる声。そこにはティアナが立っていた。




