異変
あの後、無事に合流した私たちは地下水路を出て、「さすらいのバルコニー」へと戻ってきた。外はすっかり暗くなってしまっていた。ここも夜の酒場状態となっており、多くの人が酒をのみ、飯を食らいと大騒ぎだった。
そんな中を私たちはかき分けて進んでいく。入り口からすでに大混雑で、受付に行くのもやっとだった。
「いらっしゃいませ。お食事ですか? 申し訳ありません、ただいま満席ですので……」
「あ、食事じゃないです。依頼の報告に来ました」
「報告……ああ、みなさんは今朝の。今マスターを呼びますね」
そう言って受付の人は裏に入り、マスターであるカサブランカさんの名を呼んだ。「はーい」と返事が聞こえた後、それから1分もしないうちにドタバタと足音を鳴らしながらこっちにやってきた。
「どうしたの……って君達か。経過報告かな?」
どうやら調理中だったっみたいだ。エプロンに帽子、それに手にはおたまを持ったままだった。
「あ、いえ、経過報告ではなく、達成報告で……」
「え、終わったの? もう!?」
「はい……それでいくつか報告しておきたいことが……」
「そうかわかったわかった。ここはもう席がいっぱいだから奥まで来てくれないかな。エリー、案内をしてやってくれ」
そう言って、カサブランカさんはまた急いで戻っていた。それから受付の人、エリーさんが苦笑しながら「こっちにどうぞ」と案内してくれた。
「で、報告だっけかな。結局どういうことだったの?」
ギルドの奥、曰く偉い人たちの会議用に使う部屋で私たちは、というかアレンが事の顛末を語った。私も最後立ち会ってないから実はあまりよくわかっていなかった。つまるところ、地下水路にいたのは結局で魔族で、そいつは魔力を消す研究をしており、かつ自分も魔法が一切効かない体を持っていたと……
「みんなどうやって倒したの?」
「えっ、あーっと……私はお荷物だったから、アレンくんと兄さんが」
なぜかカガリが若干慌てながら答えた。うーん? 変なの。
「いやはやこれは……」
一方のカサブランカさんは頭を抱えていた。思ったよりも深刻だったのだろうか。
「これは上に報告だね。想像以上に面倒くさいやつだ……」
「そんなに大変な事なんですか?」
「そりゃあ、この街に魔族がいたんだ。魔族に対して鉄壁の防護魔術が施されているこの街にさ。アマネ所長にも伝えないと……。はぁ」
大きなため息をついた。そして自分の頬をパンっと叩くと、憂いた顔はもうなくなっていた。
「ひとまず君達はお疲れ様。後のことは私たちがしておくわ」
カサブランカさんはカガリから受け取った資料を脇に抱えると、席を立つ。それから「それにしても」と言葉を続けた。
「1日で片付けるなんてさすがオズのところの子達だ。それから報酬については後日、送るから。今日はうちでご飯食べていきなさい。ここ、使っていいから」
「ありがとうございます!」
まさかごちそうになるとは……。ここはどんな料理が出るんだろうな。
「ははは、若いうちはそのくらい元気でないとね。じゃ、待っててね」
地下水路での依頼から3日が経った。ここ数日も依頼は特になく、鍛錬を終えた後、フラフラと街を散歩していた。
初めは武器や防具なんかを新調しようかなと見ていたが、ピンと来るものはなく、冒険道具も必要かなと思ったけど、昨日カガリがまとめ買いしていたからその必要はなかった。軽く何か食べるにもつい1時間前にお昼を終えたばかりだから特段お腹がすいているわけではない。
「困ったなー」
あてもなくふらつく。この街は広いので、全部回るだけでも1日は優に潰せる。別にそんなのでもいいけど、それはそれで面白くない。
「あーあ、なんかつまんないの」
時折、街頭で行なっている大道芸を見ながら時間をなんとか消費していく。アクロバティックな動きを真似して成功してしまい、つい周りから拍手をもらってしまった。なんか申し訳なくなったので芸人さんにお金を置いてその場をあとにした。
やっぱり暇だ。故郷の街にいた頃はあんなにも毎日があっという間に過ぎていったのに、ふと立ち止まってしまうとこんなにも時間の進みってゆっくりなんだなと思ってしまう。半年しか経っていないのに……。
「あれ、ティアナ。何してんだ?」
ふとそんな風に考えていると、シーラが声をかけてきた。隣にはアレンもいる。
「二人ともどうしたの?」
「俺らは買い物だ。で、なんか妙に騒がしくて様子を見に来たんだが、なんかやらかしたのか?」
騒ぎって、私が芸人さんと一緒に踊ってたからか。うん、黙っておこう。
「やらかしてたらこんなに悠長に歩いてないよ」
「それもそうか。いや、逃げてきた可能性も……」
そこまで疑うのか……。ジッとシーラを睨みつける。さすがに疑い過ぎた思ったみたいで少し目をそらした。全く困ったものだ……。
「実際のところなにしてたんだ?」
「んー。何も。やることを探そうとしてあてもなく歩いてたところなんだ。二人はまだどっか行ったりする?」
「いや、もう帰るところだ。お前はどうするんだ?」
「2人が帰るなら私もそうしようかな。アレン、よかったら鍛錬付き合ってよ」
午前にもしたけど、まあいっか。特に何もないなら鍛えないと。
「いいけど、無茶するなよ」
「わかってるって」
呆れたようにため息をつきつつ、アレンは承知してくれた。なんだかんだいって付き合いのいいやつだ。ほんとに。
結局2人と合流し、ギルドに戻ることにした。荷物を持つのを手伝おうとしたが、断られてしまった。1人だけ手ぶらなのもなんだか申し訳ないな。
その時、ドンっと大きな音がした。なにかが倒れる音のようだ。
「ん……?」
それから何やら大通りが騒がしい。さっきみたいな大道芸とは違う。悲鳴が混じっている。
「悲鳴!?」
「あ、おい! ティアナ」
考えるよりも先に体が動いていた。2人を置いて、すぐに騒ぎの方へと向かった。そこにはすでに野次馬が集まっていて、通りを囲むかのように人混みができていた。
「ちょっとごめんなさい」
その人混みをかき分けて、私は人混みの先頭にでた。
そこで私が目にしたのは倒れた馬車と倒れたまま動かない御者。そしてその側で女性を盾にするかのように抱きかかえている男だった。その手にはナイフを持っている。
「近づくな! それ以上近づくとこの女を殺すぞ!」
よく見るとすぐ近くに衛兵がいた。まだ騒ぎになってそんなに経っていないのにさすが王都。仕事が早い。でも、人質を取られているせいで迂闊に動けないようだ。
女性は助けてと悲鳴をあげているが、男に押さえつけられてそれも阻まれていた。
状況が読めない。女性を助けたほうがいいと思うけど、まだ判断するわけにはいかない。
「貴様、なにが目的だ!」
衛兵が男に聞いた。あっちも状況はまだ把握できていないみたいだ。
「うるさい! 俺は悪くねえんだ。こいつが……こいつが俺を裏切ったんだ!」
おっと、状況がややこしくなってきたぞ。
「違うわ! 私はなにもしていない。この人が勝手に勘違いがして逆恨みしているだけよ!」
「黙れ!」
男は抑える力を強めた。女性はさらに苦しそうにする。
「こいつのせいで俺の娘は死んだ。だからこれは復讐なんだ。だから誰にも邪魔させねえ!」
なるほど。男の人は最初は被害者だったのか。だけど今は加害者。まだ未遂だから余地はあるけど。で、女性の方は……っと。
男はナイフを女の首に刺そうとする。衛兵は止めようと動き出したけど間に合わない。なら……。
「《位相転移》」
私は魔法を唱え、二人の目の前へ移動した。
「なっ……!?」
突然目の前に現れた私に驚き、手が止まる。その隙をつき、刀を鞘から抜かないまま腕を殴りつける。
「ぐぁ!」
男は小さなうめき声をあげてナイフを離した。そのまま宙に浮かんだナイフを取り、後ろに投げる。そして殴った腕を掴み、そのまま地面へと投げつけた。
体全体で男を抑え、抵抗させないようにする。
「くそ! 離せ! 邪魔をするんじゃねえ!」
もがき暴れる男だけど、オズさん直伝の抑え技を抜け出すことはできないみたいだ。
そうこうしているうちに衛兵がやってきて、私の代わりに男を抑え、縄で腕を縛り上げた。
「お前の言い分は詰所で聞く。今は大人しくついてこい」
「そこの少女に感謝するんだな。殺してたら一生檻の中だったぞ」
二人の衛兵に男は連れていかれた。そして残った一人が人質にされていた女性の元へ行く。
「大丈夫でしたか?」
「え、ええ。ありがとうございます。怪我はありません」
見る限りなんともなさそうだ。御者の人も気絶しているだけで、すぐ病院に運ばれていった。
「ティアナ!」
ようやく人混みを抜けてアレンたちが追いついたみたいだ。
「すばしっこいんだよお前は……。で、これはもう片付いたのか? まさか……」
そのまさかはなんだ。私はむしろ頑張った方なんだぞ。
「シーラそうはやるな。この感じだとティアナが何とか納めたんだろう」
おお、さすが私の良き理解者アレン。すぐに現状を把握してくれた。私は早速二人に詳しい事情を話した。状況が状況なだけにシーラもすぐに信じてくれた。
事態も一応収まったということで
無茶をするなと怒られていたところ衛兵の人がこちらにやってきた。
「助かったよ。君のおかげで被害が最小限にすんだ。今すぐに謝礼はできないが、また日を改めて詰所に来てくれ。この件を話せば通るはずだ」
そう言って衛兵は私に頭を下げると、女性を立たせた。
「すまないが、あなたにも来てもらおう。先程の彼の話も気になるからな」
すると、女性は衛兵の手を振りほどき、叫び出した。
「なにを言っているの? 私は被害者よ! さっさと帰してちょうだい!」
女はわめき散らし暴れている。うーん、あからさまに怪しい。
私がそんなことを思っていると、シーラが徐に女性に近づいた。そしてその顔を覗き込むと、思い出したかのように呟いた。
「おい、こいつ有名な詐欺師じゃないか?」
「え、シーラ知ってるの?」
「ああ、情報屋ギルドに何度か行った時にこの人相見たから覚えてる。詐欺師とかで注意しろってな。まさかこんなところで見るとはなー」
シーラがそう言っていると女の顔がみるみるうちに青ざめていった。そして彼の話を聞いた衛兵が女の方を見た。
「ち、違う! 私はそんなことをしていない! そこのガキのでまかせだ! 私はいきなりこの男に襲われただけで……金なんか盗んでいない!」
「え、あの人お金盗まれたの?」
「あっ……」
私の言葉に女はしまったという顔をした。
「詐欺師の割にはボロを出すの早すぎじゃねえか……これに騙されるやつも大概ってことか……」
シーラは完全に呆れ返っていた。流石の私もこれには引いてしまう。
「うるさい! 騙される方が悪いのよ。私はただ条件を提示しただけ。乗っかったのは向こうよ。それに私は騙すつもりなんてなかったわ。そういう風になってしまっただけ。ええ、仕方のないことなのよ」
全く意味のわからない言い訳だ。反省でもなくただただよくわからないことを言って言い逃れしようとしている。まださっきの人の方がマシだ。それでも……手を出しちゃいけないけど……けど?
「そういえばさっきの男の人、娘がどうとか言ってたけど、それも関係してるの?」
「し、知らないわよ。『お父さんに悪いことしないで』なんて言ってきたガキなんて。眼中にもなかったわ」
怪しい。最初にごまかした時と何だか雰囲気が一緒だ。
「詳しいことは詰所で聞かせてもらおう。ほら、ついてこい!」
衛兵に無理やり引っ張られ、女は項垂れながらついて行く。
これで一件落着。そう思った時、私の耳にある言葉が入った。
ーー私の邪魔をするんだから当然の報いよーー
アレンは帰ろうと思った矢先、ティアナが視界から消えたことに気づいた。そしてその瞬間、すぐ後ろで悲鳴が上がった。
「ティアナ!」
すぐに振り返る。
「ティア……ナ……?」
彼が見たのは、まず赤い液体。血だった。そして抜かれた刀。それはティアナのものだった。
血は彼女のものではなく、衛兵に連れていかれようとしていた女のものだった。というのも、今目の前で、その女の右腕が宙を舞っているのだ。
「い、いやぁぁぁぁぁぁ!」
女が悲鳴をあげ、うずくまる。衛兵が掴んでいた腕を切られたので自由にはなったが、それどころではなかった、
「おい、ティアナ!」
シーラがティアナに近づこうとする。しかし、彼は足を止めた。そしてその足のわずかに先の地面に一筋の亀裂が入った。
すぐにわかった。ティアナによるものだ。まるで邪魔をするなと言わんばかりに無言のプレッシャーを感じだ。
ティアナは女の首根っこを掴み、地面に押し倒す。相手の方は痛みと恐怖にもはや声も出なくなってしまっていた。すぐそばの衛兵も突然の出来事に唖然としていた。
「お前のようなやつがいるから!」
ティアナが叫ぶ。そして刀を女の肩に突き刺した。一度だけではない。何度も抜いて刺していく。その度に血飛沫が舞い、お互いの体に浴びせられていく。
「お前らのような悪党がいるから!」
その光景を二人はただ見ることしかできなかった。少しでも邪魔をしようとすればこちらが斬らねかねない。そして彼女は容赦をしない。今までに感じたことのない恐怖を二人は彼女から感じた。
「おい……ティアナ!」
それでもアレンは叫んだ。何としてでもこれを止めなければならない。
「やめるんだ!」
彼の声はティアナには届いていなかった。何度も何度もその動きをやめない。
「人の命を何とも思わないその言葉! 何の罪もない人の命を奪う! そんな奴が生きていいはずがないんだ!」
怨嗟の言葉を吐く彼女。その目には涙のようなものが見えた。
「泣いてる……!?」
アレンは彼女の異変に気づく。しかし、彼女は涙を流しながらなおも女を繰り返し刺し続ける。
すでに女に反応はなかった。しかし、まだ生きている。無意識なのかティアナは急所は外しているようだ。だが、失血が危ない。
「お前たちみたいな人でなしに生きてる価値はないんだ。他人から大切な人を!物を奪う奴らなんていらないんだ! だから、だから! くたばってしまえ……!」
大きく振り上げる。
「!? やめるんだ!」
アレンは意を決してティアナを止めようとする。しかし、彼にあった僅かな恐怖がその初子機を鈍らせていた。
間に合わないーー!
そう思ったその時、聞き覚えのある声がした。
「《瀑水》!」
ティアナの横から水の塊が飛び出る。それはティアナにぶつかると彼女を横に吹き飛ばした。そしてその水は飛沫を上げて爆発した。
「ティアナ!」
地面を2回ほど跳ね、地面を転がっていく。そしてうつ伏せになってそのまま動かなくなった。
「兄さん!」
声の主はカガリだった。彼女は息を切らしながら二人の元へ来る。それから彼女の呼びかけに兄はすぐに動いていた。倒れこむ女の元へ行き、傷の具合を見る。
「カガリ、治療を頼む。アレンはティアナを」
「ああ、わかった」
アレンは言われた通りにティアナに駆け寄った。体を仰向けにして、無事を確認する。
外傷は見当たらず、どうやら衝撃のせいで気絶しているようだった。
彼女を抱きかかえ、アレンは二人のところへ戻る。
「こっちは大丈夫だ。そっちはどうだ?」
「今応急処置をしてるけど、ちゃんと治療しないと危ないかも」
治癒魔法をかけながらカガリがいう。そこへずっと放心状態だった衛兵がようやく正気を取り戻し、駆け寄ってきた。
「病院まで案内するから誰でもいいからついてきてくれ」
事態の深刻さは十分把握しているようですぐに対応してくれた。
「俺が行く。二人はギルドに戻ってオズさんにこのことを報告してくれ」
シーラは女を抱きかかえ、衛兵と一緒にこの場を後にした。
残された二人はシーラたちを見送っていく。
「アレンくん……」
「どうしてここにきたんだ?」
「騒ぎがしたからもしかしたらティアナかもって思って……。でも来るまでに騒ぎが落ち着いたみたいだったから安心してたらまた悲鳴が聴こえて……それで慌ててきたの」
アレンはカガリを見る。あまりに突然のことに動揺しているかと思ったが、彼女はむしろ落ち着いている。今は心配そうな表情でティアナを見ていた。
「詳しいことは戻ってから聞く。……それでいいな」
カガリはアレンの言葉の意味を察した。そしてしばらく無言でティアナを見たのち、小さな声で、
「うん……」
とそう返事した。




