獄王会議
第3章開幕です。
とある城の一室。決して広くはないこの部屋に何人かの人物が集まっていた。彼らは部屋の中央に置いてある円卓を囲むように座っていて、各々好きなようにしていた。
ある者は卓上の食べ物を無心に食べ、ある者は突っ伏して眠っている。またある者は近くの
者と談笑していた。
「ジーク、あの菓子を取ってくれ」
「……自分で取って」
金髪の少女が白髪の女性にしつこく構っている。女性の方はうっとうしそうにあしらっていた。
「ジークの方が近いではないか。私では届かんのだ」
「……めんどう」
「おぬしのわがままではないか!」
「うるさい。眠いから寝させて」
そのまま女性は眠った。無視された少女は頬を膨らませ、仕方なく自分でお菓子を回収していた。
そんな二人のやり取りを男女がほほえましく見ていた。
「相変わらず仲がいいわね、あの二人は」
「ここに来たのが同じ時期だったからね、仲良くなるのも道理だろう。他のみんなもそうではないかな」
瞳を閉じた金髪の青年は同じ髪色の女性に向かってほほ笑む。
「そうね。そもそも私たちは仲がいいもの。家族だからね、兄さん」
「それもそうだね。……ところで今日はケテナはいるんだね。珍しいこともあるものだ」
「おっと、それはどういう意味かな?」
二人の隣に座って本を読んでいた黒髪の少年が本を閉じ、二人の言葉に反応した。少年の耳には機械質な耳当てが付いている。耳を澄ますとそこから何か聞こえてくる。
「君は事ある毎に理由をつけてサボっているじゃないか。それが一体どういう風の吹き回しかい?」
「厳しいなぁ……。でも、わかってるでしょ? 今回彼が僕らを集めた理由。それが確かなら僕がここにいるのは当然なんじゃないかなー」
「………そうだね」
青年の顔が曇る。だが、笑みを崩さずそのまま会話も終わってしまった。
「カナリアとカステルはともかく他のみんなはわかっているんでしょうね」
女性は物憂げな表情を浮かべながらぽつりと呟く。
「こんなこと初めてだからね。イシュラ、君もだけど私もまだ驚いたままだよ」
「ははは、ライナーはこういうのに敏感だからね。でも誰よりも堪えているのはオルガじゃないかなー」
そう言うケテナの視線は一人静かに座っている茶髪の少年に向けられていた。
「昔から一緒にいたイシュラのことはともかくとして私には他人の心がわからない。だから断定はできないよ。それに心の内を憶測で言うのもよくない。傷つけかねない」
「はいはい。真面目ですねー、ライナーは。でも、僕らはそういうことを主としてるんだけどさ。……ん、どうやら来たみたいだね」
ケテナの言葉通り、ドアが開いた。それから一人の人物が入ってくる。その後ろからもう一人付いてきていた。
「ごめん、待たせちゃったね」
謝りながら彼は円卓の空いた席に座った。黒髪になよっとした体つき、いかにも頼りなさそうに見えてしまう。
「いやぁ、急に集めちゃってすまないね」
威厳の欠片もない優しい声で彼は謝った。
「まったくだよ。真夜中に集まってくれとか言うんだ。時間ってものを考えてくれよ」
青年の言葉に先ほどオルガと呼ばれた少年が機嫌悪そうに答えた。
「あんまり急なことだったからね。それになるべく早く報告したかったし」
「それならさっさと始めようよ。どうせ、今いない彼のことだよね?」
イシュラは一つだけ空席になっているところを見ながら催促した。
「ああ、その通り。今ここにいない『グレン』のことだ」
空気が変わる。寝ていた者もゆっくりと起き上り、青年に注目した。この状況から彼が何と言うかはわかっている。だが、それを実際に口にするのを皆待っていた。
「率直に言おう。グレンは……死んだ」
「「――っ!」」
覚悟をしていたとはいえ、驚きや動揺を隠すことはできなかった。誰もが知っているあのグレン。そんな彼が死んだという報せ。少なからず彼らには拭いきれない衝撃があった。
「それは……本当なんだよな」
オルガが恐る恐る尋ねた。
「ああ、彼女が直接知らせに来てくれたよ」
そう言って指し示した先には異形の角を生やした鬼、ヤコノエがいた。
「あんたはグレンのところの……」
「初めまして、獄王の皆さま。私はグレン様の部下、ヤコノエと申します」
深々と頭を下げ、それから凛とした態度で正面を見据えた。
「そういうのはいい。あいつのこと、詳しく話してくれ」
「わかりました。では、話させていただきます」
そう言って、ヤコノエは話をはじめた。あの日の出来事。突如現れた人間。そして戦いを挑んだグレン。そして彼女らの前に敗れ去った彼の最期を。事細かに漏れがないように彼女は淡々と語った。その間、オルガたちは何も言わずにただ聞いていた。
「――以上がグレン様の身に遭った出来事です」
ヤコノエはそう話を締めた。
「………あいつは本当に死んだんだな」
最初に言葉を出したのはやはりオルガだった。椅子に深く腰掛け、大きなため息を吐いた。他の者は黙ったままだった。その中でイシュラが改めてヤコノエに聞いた。
「ねえ、ヤコノエ。そのグレンに……勝った人間はどうしたの?」
「グレン様との約束通り、人間界に帰しています」
「はぁ!? 帰しただと!」
机をバンっと叩き、オルガが立ち上がった。声を荒げ、怒っているようだった。
「仲間を殺した奴をみすみす見逃しただと……。おかしいだろ」
オルガはそのままヤコノエのところまで歩み寄り、彼女の胸倉を掴んだ。
「グレンが負けたことには文句はない。あいつが弱かっただけだ。だけどな、お前はそれをただ見てただけなんだろ! なんで何もしなかったんだ」
「……一切手を出すな。仇討ちをするな。約束は必ず守れ。これらが私がグレン様に言いつけられたことです。私はそれを守っただけです」
オルガに怒鳴られてもヤコノエは一切表情も態度も変えなかった。ただ淡々と語るだけだった。
「じゃあ、お前は何とも思わなかったのか! あいつが死んで! 人間が憎くなかったのか!?」
「………あの方からの命と私の感情の優先順位を考えた結果です。悔いはありません」
やはりヤコノエは声色を変えずに答えた。その表情にも未だ変化はない。だが、彼女は自分の胸倉を掴むオルガの腕を握っていた。苦しいことへの抵抗だろうか、かなり強く握っていた。
「っ! てめ――」
「オルガ、やめな」
青年が制止の声をかける。
「君も分かっているだろう。グレンはそういう奴なんだ。そんな彼に彼女は従った。文句を言われる筋合いはないよ」
オルガは青年を睨んでいた。掴む腕はまだ緩まらない。
「いつもあいつ言ってたじゃないか。『自分が誰かに負けて死んでも仇討ちはするな。そんなことされたら自分が弱いみたいじゃないか』ってさ。それ以上はあいつを侮辱することになるぞ。……それは君が一番分かってるんじゃないかな」
「………わかってるよ。あいつはどこまでも脳筋な馬鹿野郎だったよ。わかってるからどうしようもなかったんだ」
オルガはヤコノエに「すまなかった」と謝り、ようやく手を放した。そして席に戻った。言葉では落ち着いているように見えるが、まだ平静とはいえなかった。
「それでヤコノエ。グレンから言伝預かったりしてない?」
「はい、預かっております」
彼女はここに来て初めて驚いた表情を見せた。
「どうして知ってるかって思ったのかい? そりゃあ、彼との付き合いは長いんだ。そのくらいは予想がつくさ」
青年は笑って、それから「ほら、聞かせてよ」とヤコノエに促した。
「わかりました。では、グレン様が皆様に残した言伝を。……」
『みんなすまないな。我は先に逝く。だが、後悔はしていない。戦いの中で死ねたのだから。だから仇討ちなんぞ考えるなよ。それからお主らも好きにいるがいいぞ。好きに生きて好きに死ぬ。我はそれができて幸せだった。それからみんなには感謝しておるぞ。我は良き友に恵まれた。先逝く不義はまあ許せ。まあ、待っておるからゆるりと来るがよい。では、さらばだ』
ヤコノエは言い終えたのち、言葉を止めず「それから」と続けた。
「オルガノン様、グレン様より別に言伝を預かっております」
「……僕にか? 言ってくれ」
「わかりました。
『オルガよ、どうせお主のことだから我のしたことに怒るであろうな。だが、先に言ったように我に悔いはない。ゆえにヤコノエにあまり当たるでないぞ。……さて、我がここで逝けば残るはお主だけになるな。だが、責任を感じることはないぞ。親友である我が断言する。お主は強い。その強さを忘れずに生きろ。そうすれば我もエドラもそしてディーアも報われる』
……グレン様からの言伝は以上です」
「……なんだよ。全部お見通しじゃないか……あの野郎」
オルガが毒づく。だが、その表情はどこかスッキリとしたものでもあった。
「はー。わかったわかった。僕はこれまでと変わらず不干渉を貫く。あいつの死を悼みはするがそれだけだ。これで満足か?」
「別に僕は止めはしないよ」
「博愛主義者のくせに……言ってろ!」
話が落ち着いたタイミングを見計らってイシュラが「ちょっといいかな」と話を切り出した。
「で、私たちはどうするの? まだ不干渉? それとも何かしら動いた方がいいの?」
「わざわざ出向いてどうこうってのはないかな。今回のも偶然に偶然が重なって起きてしまったことだ。下手に何かする必要はない。これまで通り自由にしてくれていいよ」
「本当にそれでいいのでしょうか?」
言葉を遮ったのは緑髪の女性だった。
「グレン殿の死をきっかけに人間共が攻勢に出る可能性は0ではないと思われます。それを野放しにしても大丈夫なのでしょうか?」
「尤もな質問だ。だけどエイリーン、その時はその時だ。僕はこちらから何もするなとは言ってるけど、向こう来たら無抵抗でいろとは言っていない。その時は全力で相手してあげればいいだけさ」
青年の言葉にイシュラが続ける。
「第一、あいつらにそんなことをする度胸はないわよ。誰かを祀り上げ、責務を負わせ、そうして盾を作ってようやく動ける。そんな連中に今何かができるはずはない。……グレンを倒したその人間たち次第だけど」
「義姉上がそうおっしゃるなら……。わかりました」
エイリーンは二人の言葉に納得していた。
「他になにかある? ないね? なら今日はこれで解散だ。急な呼び出しに応じてくれてありがとう。また何かあったら共有する。それじゃ、お疲れ」
青年の言葉に会はお開きとなった。
「先に失礼するよ」
すぐに何人かが姿を消した。魔法による瞬間移動の類だ。
「…………」
オルガもまた席を立つ。ちらっと青年の方を見た気もするが、すぐに姿を消した。気が付いたらヤコノエも扉の方に向かっていた。彼女は転移魔法が使えないようだ。
そうして一人一人が退出し、青年ともう一人、薄い水色の髪を持つ女性だけが残った。
「君は帰らないのかい」
しかし彼女は青年の問いには答えなかった。
「…………やはり、時は繰り返す。それは歪められない事象なのだろうか……」
「哲学的な言葉は似合わないよ、アイザ。もっと気楽でないと」
アイザと呼ばれた女性は青年を睨む。しかし、すぐにはぁ、とため息をついた。
「哀しい?」
アイザは一言そう投げかけた。
「友の死が悲しくないわけがないだろう? 君だって……いや、この質問は失礼だったね」
「別に気にしないわ。もう捨てたもの」
「おや、薄情だね」
「薄情で結構。それが報いってやつよ」
また不機嫌になったアイザは円卓に腰かけ、自分が座っていた椅子に足を置いた。
「私が薄情になったのは私のせいでもあり、彼のせいでもあり、私たちを取り巻く全てに原因があった。その報いを私が一番に受けてるだけよ」
「辛いかい?」
今度は青年が問うた。
「昔はね。でも今は苦い思い出となったわ。いつまでも引き摺っては何にもならないもの」
やや自嘲気味に彼女は話す。ある程度の事情は把握しているが、彼女の心意は青年に推し量ることはできなかった。できない故にお節介を焼いてしまう。
「ある日突然僕の前に現れた時には驚いたよ。だけど、君の話の方にもっと驚いたけどね」
「法螺話としなかったあなたの度量には驚いたわ。……ええ、本当に」
思い出すような視線を空に送る。
「しかし今はもう君の言葉を信じるしかほかない。なんてったって、君の言う通り本当にグレンは人間に負けて死んだんだ」
それから無言が続き、不意にアイザが呟いた。
「グレンの死は全ての始まり。破滅への始まり……」
「でもその終わりは誰にもわからない、って感じかな?」
「……そうね、あの子の物語がどのような終わりを告げるかは誰にも、それこそ神様だってわからないでしょうね」
でも、ただ。とアイザは続けた。その様子を青年は優しげに見つめていた。彼の視線を感じ、彼の優しさに感謝しながらアイザは呟いた。
「次は私の番ということに間違いはないわ」




