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タガタメ  作者: ゆきうさぎ
そして物語は始まる
25/43

炎呪

カガリは目を閉じた。避けることは敵わない。魔法を紡ぐことも間に合わない。


「―――!?」


 しかし、自らに刃が落ちてはこなかった。自分の体は何かによって押され、そしてガキィィン、と何かがぶつかり合う音がした。


「………?」


 目を開ける。目の前には敵の剣とぶつかり合う刀が。そしてティアナがいた。


「カガリ、下がって!」


 ハッとし、すぐに後ろに下がる。それを確認したティアナは持っている刀を敵に押し付け、顔に向けて蹴りを放つ。向こうは体を引いて躱し、そのまま一気に数メートル下がった。


「大丈夫!?」


 ティアナが手を取って立たせてくれる。


「うん。何ともないよ。私なんかよりも、ティアナは……」


 ついさっき自分をかばってくれた。自分が受けるはずだった一撃を確かにティアナは直撃したはず……。


「それなら大丈夫だよ。うん!」


 ティアナは私に笑みを向ける。そしてすぐに振り返り、敵に向かって走っていった。


「………」



 カガリの無事を確認し、私の無事を告げて、私は敵に向かって駆けた。すぐに追撃するためと、カガリに悟られないようにするためだ。

 正直言って、無事じゃなかった。左腕はおそらく折れている。さっきから力が入らない。直撃を受ける直前に《固定(フィクス)》を使って壁を作った。少しでも威力と速さを落とすために。結果は半分成功。直撃を避けるだけの時間は生まれた。だけど、完全には躱せなかった。左腕が巻き込まれ、そのまま壁に叩きつけられた。一瞬だけ意識が飛びかけたけど、何とか切り抜けることができた。で、起き上がるとカガリがピンチだったので慌てて駆けつけた。

 左腕が痛い。けど右手はまだ動かせる。刀も握れる。なら止まらない。やるだけだ。

 敵の懐に潜り込み、斬り上げる。対して相手は剣を振り下ろして受け止める。


「急に小っちゃくなってどうしたの? こういうのっておっきくなる方が普通って聞いたことあるけど」

「何のことを言っているかわからないが、こっちの姿が我の本気だぞ?」


 何となしに聞いてみたけど、まさか返されるとは……。もう少し続けてみようかな。


「ってことはさっきまで手を抜いてたの?」

「まさか! さっきも十分本気だったぞ? 我の体質故仕方なかったのだ」


 上から振り下ろされた剣に圧される。力でも負けている相手に無理があったみたい。刀を剣に滑らせるように動かして、一旦抜ける。剣はそのまま地面に振り下ろされた。それと同時に私は相手の剣の上に踏みつけるようにして乗った。


「じゃあ今が本気ってこと!?」


 次の一歩で相手の手首を踏みつける。そしてそのままの勢いで回し蹴りをする。


「ああそうだ! ここからが本気の仕合だ!」


 敵は頭を下げて避けた。しかし私はそれを狙っていた。回す足をそのまま相手の頭に落とす。踵落としだ。


「我の一撃を受けてまだ立つ人間よ。貴様の名は何だ!」


 剣を持っていない方の手で私の足を受け止める。その手を狙って私は刀を振るう。しかしその前に私の体は持ち上げられた。掴まれた足だけで軽々と敵の真上まで上がった。


「このグレンと対等と戦おうとする武士(もののふ)よ! その名を告げるがいい!」


 そのまま地面に叩きつけようとする。体が一気に揺れる。視界も落ちてゆく。だけど地面に着く前に私は両手を伸ばした。地面に接する瞬間に両手を使って逃がす。折れた腕を無理やり使ったので激痛が全身を走る。あまりの痛みに顔が引き攣ってしまう。が、耐えきった。体を捩って敵の腕を刀で刺す。掴む腕が緩まり、私は抜け出した。

 少し離れ、折れている左腕を見る。服の隙間から覗く私の腕は真っ青になっていた。

 これは完全に使い物にならないな。

 もしかしたら相手もそれに気づいているかもしれない。だけど、できるだけ平静を保つ。空元気ってやつだ。

……さて、名前を聞かれたなー。

 律儀に答えてやるべきか悩む。見たところそういうところに拘りそうな人だし……。


「私の名前? 私の名前はティアナ! 二度は言わないからちゃんと覚えてよね!」


 自信満々に告げる。その反応に相手はとても嬉しそうだった。


「ティアナと申すか! 他の3人にも後で聞くとして……ティアナよ! 次は我から行くぞ!」


 敵は剣を握り直し、こちらに向かってきた。剣を上段に構え、私の前で振り下ろす。その動き全てが恐ろしく速い。

 それでも《解析眼(アナライズ)》が距離を伝え、私は簡単に躱せた。わずかに横にずれ、その動きに合わせて刀を滑らせる。


「むっ?」


 先程とは打って変わり、敵の体は簡単に斬れ、血が零れた。


「軟くなった?」


 疑問に対する答えはなく、代わりに剣が眼前に飛んできた。もちろんそれは《解析眼》でわかった。だから私は顔を逸らすだけで躱せる程度に下がり、そして避けた。そこへ更なる敵の追撃が来た。

 私の刀よりも長く刀身の太い大きな剣を敵は片手で振り回す。一撃一撃が重く、そして速い。しかもどんどんその速度は上がり、ついでに精度も上がってきている。反撃をすることはおろか躱すのも少し危うくなってきた。


「どうした? 動きが遅くなってきているぞ」


 そっちが速くなってきてるだけだって……。

 心の中でそう呟く。とはいえ、このままでは不味い。想像以上に厄介だ。


「ほう?」


 そう思った時だった。敵が驚きの声を漏らした。そして私と距離を取った。何事かと思ったが、すぐに理解できた。

 目の前を何か通り抜けていった。普通の動体視力じゃ追えないが、補助魔法をかけてもらっているのではっきり見えた。


「遅いって……」

「これでも無茶してんだから大目に見ろよ」


 シーラが敵に銃口を向けたまま私の横に来た。見たところ、大きなけがはしてないみたいだけど……。


「大丈夫なの?」

「受け身取ってたからな。ただ、お前が奴と近すぎて援護しづらかったんだよ」

「そうだったんだ。ごめん」


 そういうのお構いなしに撃ってきそうだったけど……。


「で、どうだ? 一人で行けるか?」

「どうだろうね。もう一人いたら楽にはなるだろうけど」


 そう言って、シーラがいる方とは反対をちらりと見る。


「ごめんな。もう大丈夫だ。俺も行けるぞ」


 アレンも無事に復活してきた。口元がちょっと赤いのはそれほどダメージが大きかったからだろうか……。


「よし、なら二人はとにかく攻める。俺はその援護。で、カガリも隙あらば魔法を撃ってくれ」


 私たちの後方で待機していたカガリにシーラが指示を送る。カガリも頷いた。

 そうして敵と対峙する。相も変わらず敵は楽しそうに笑っていた。しかもほとんど傷を負っていない。対してこちらは私も骨折しているし二人も万全ではない。おまけにたぶん敵の攻撃をまともに喰らえば、致命傷も免れない。


「4人がかりか! 一向に構わぬ。このグレン、全力を持って迎え討とうではないか!」


 敵、いやグレンは剣を構える。


「ティアナは聞いた。残りの3人も名前を言ってみろ」


 一瞬だけ3人は動きを止めたが、なんとなく空気を察したようでみんなそれぞれ名前を告げた。


「アレンだ」

「俺はシーラ」

「……カガリです」

「うむ、しかと覚えたぞ! 数百年ぶりの好敵手。我をもっと満足させてくれよな!」


 グレンが剣を勢いよく地面に叩きつけた。地面が割れ、そこから炎が吹き出す。そしてその中を彼は全力で駆けていくのだった。

 最初の攻撃は横振りによる薙ぎ払い。それを受け止めたのはアレンの盾だった。私の前に立って、腰を低くし、体勢を整えて受け止める。少し体が下がったけど、止めきった。

 そしてその横を私が抜ける。空いた半身を狙って刀を振り上げる。左胸の辺りを袈裟斬りにする一閃はグレンが身を退くことによって躱された。だけど、そこにアレンが追撃を仕掛ける。今度は剣を突き出す。しかし、相手は剣を戻し、跳ね上げることで弾いた。

 だけどアレンは止まらない。空いた盾を構えてグレンに体当たりをした。


「軽いぞ!」


 ぶつかるアレンに対抗して相手も体をぶつける。同時にぶつかり合うもアレンの方が押し負けた。体勢こそ崩れなかったけど後ろに下がらされた。

 グレンは追撃をしようとする。ところが動き出す直前に動きを止め、首を軽く横に曲げた。そしてその横を弾丸が掠めていった。


「ちっ……。どういう反射神経してんだよ」


 敵の背後からシーラが現れ、攻撃をしたものの失敗に終わった。その後、再び彼の姿は消えた。《隠密(ステルス)》でも使っているのだろう。


「ふむ、気配さえわかれば目が見えなくとも動きが見える。武を極めればそのくらい容易い物だ」


 グレンは再び剣を向ける。受けるのはアレン。私も隙を見て攻撃をしようとするが、今度のは相手も手を変えてきた。攻撃の手数を増やし、振り回すように剣をアレンに叩きつける。乱雑に振り回しているようでその一撃一撃は正確にアレンの痛い所を突いていた。

 加えて私の付け入る隙がない。近づこうものなら巻き込まれかねないし、なによりアレンの防御の邪魔になる。シーラも同じことを思っているようで姿を現さずに手を出さない。

 その間もアレンは防御に徹していた。元々攻撃よりも防御が得意なのでなんとか凌ぎきっているようだ。だけど、敵の一撃が重い。盾やアレン自身が持たないだろう。


「ハハハ! お主はなかなかすごいな! 我の攻撃を何度も受け、立ち続けるのは同朋にも滅多にいないぞ」


 何でもいいから敵の体勢を崩して!

 攻めあぐねる私たち。その間にもアレンはどんどん消耗していっている。刀を握る力が強くなる。


「待てティアナ。まだだ」


 シーラに制止された。


「でもっ!」

「アレンは俺たちの状況をわかってるはずだ。そしてそれを俺がサポートする。お前は最後だ。さっきカガリにも伝えた。隙を見て《水神槍(スサノオ)》を撃てってな。だからお前はとにかくマ待て。それに……」


 シーラは私の左腕を見る。


「そんな腕じゃ、長くは無理だろ。一撃だ。とにかく一撃で決めろ」


 咄嗟に左腕をさっと隠したけど意味がなかった。まあばれるよね……。

 でもそれはいつのなのか。見ていてとても隙なんかできそうにない。


「いいからアレンを信じろ。あいつはやる。そういう奴なんだ」



 敵の攻撃の手が止まらない。一撃一撃を躱し、盾で流していくが、その度に腕に衝撃が伝わり痺れそうになる。しかしアレンもまた止まることなく敵に立ち向かい続ける。

 攻めるな……。攻めてはいけない。攻めたら殺られる。

 幾度かの打ち合いでそれがわかった。ティアナはよくこんな相手に喰らいついたな。

 敵がまだ巨大な時もそうだが、今のようになってからもそうだった。ティアナは臆することなく果敢に攻め続けていた。

 ところが自分は防戦一方。少しでも攻めに転じようものならそこから崩されるに違いない。だが、みんなは敵の隙を狙っている。その隙を自分が作らなければ。

 それはどうやって? 大振りの隙を狙う? それはダメだ。おそらくそれは敵の誘い。腕の立つような者がする手だ。それならもっと小さい攻撃の間を狙うか。そんな技術、自分にはない。


「………」


 振り下ろしの一撃を盾で受け止める。膝が地につきそうなほどの力を耐え、体ごと盾を反らし、地面に落とす。生まれたわずかな瞬間、しかしそこを狙わず自分は次の攻撃に備える。


「どうした、なぜ攻めないのだ? 守ってばかりでは勝てないぞ」


 敵の言葉はごもっともだ。だけど自分が狙っているのはただの「勝ち」ではないのだ。


「それとも……我の消耗を狙うつもりなのか?」


 そんなことする余裕なんてない。先ほどの不意打ちのせいでこっちは相当な傷を負ったのだ。敵の体力切れの前に自分が倒れる。

 だけど、今の敵の言葉のおかげで一つ手を思いついた。一発勝負の大博打。


「生憎、俺は『みんなで勝つ』つもりだよ」


 再び大振りの攻撃。ティアナからしたら絶好のカウンターチャンスなのだろう。自分と同じ戦闘スタイルながら遥かに格上のランドルフさんも合わせてくるだろう。でも、それは自分には無理なこと。

 だとしたら、自分のすることは一つ。

 そう考えるやすぐに動いた。


「むっ……!」


 アレンは敵の一撃を受け止めることも流すこともしなかった。代わりに敵の攻撃が当たらないギリギリの距離まで身を退いたのだった。

 アレンとの打ち合いにおいて初めて起きた空を切るという出来事。それは確かにグレンの意表を突いた。受け止めるだろうという心づもりで振るった剣。その行き場を失い、勢いそのまま地面に刺さった。時間にしてわずかな間。しかし今までとは違う隙。

 そしてそれを見逃すはずがなかった。

 カガリの魔法の恩恵に合わせ、自分に強化魔法をかけたシーラは一瞬で敵との距離を詰めた。拳銃を撃ちながら牽制し、敵に近づくと、そのままの勢いで下段から上段へと昇るような回し蹴りを放った。しかしそれはグレンの武器を持っていない左手によって防がれる。そして彼の足を掴もうとする。先ほどのティアナと同じだ。


「おっと、遅えぞ」


 すぐに足を引く。敵の鎧を掴み、体を回した。その途中で銃を至近距離から撃ちこむ。どうせ大したダメージにはならない。そう思っていたシーラは弾の行く先など気にせず、自らの足を掴めず空だけを掴んだ左手首をつかみ、体ごとグレンの後方へ引っ張った。


「体術に関してはティアナよりも上なんだよ!」

「おおっ!?」


 グレンの巨体が浮いた。シーラはすでに手を放し、離れるように跳んでいた。しかしその程度でグレンは崩れない。すぐに受け身の体勢を取っていた。


「《水神槍》!」


 そこへカガリが水の槍を投げてきた。あれはさすがに危険だ。自らに大きな傷を負わせた一撃をグレンは剣で払いのけようとする。そしてそれが剣に触れた瞬間、剣が砕けた。


「なんと!?」


 だが、剣による払いのけは成功していた。槍はグレンを逸れ、壁に突き刺さりそして辺りを抉った。

 危機は取り去った。だがグレンは警戒を緩めない。まだもう一人いる。しかし防ぐ剣を失った。頼りになるのはこの体。そして最後の手段。

 ああ、我がこれを使うことになるとは……! 

 先の戦争では使うことがなかった技。この好敵手たちにならば使ってもいい。グレンは歓喜に打ち震えながらその時を、待った。



 アレン、シーラそしてカガリが繋いだ絶好のチャンス。敵は己を守る剣を失った。しかもまだ万全の体勢とはいえない。これを逃すわけにはいかない。

 (はし)った。刀を構え、わき目を振らず走る。


「覚悟!」


 いざ敵を斬らんとするその時、私の眼がそれを映し、耳がそれを聞き取った。


「『炎呪《灰塵ノ鎧》』」


 突然の魔力の膨れ上がり、そして眼前に広がる白い光。私の眼も脳も告げてくる。

 

これはやばいやつだ


と………。


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