異幻の穴
「はぁはぁ……終わった、よね」
「ああ。さすがにもう動かねえだろうよ」
私たちはみな地面に座り込んでいた。外傷はないが、疲労困憊といった感じだ。
そしてその奥には地面に静かに横たわる炎竜の姿があった。体中が斬られ、首からは血が流れ出ている。翼も片翼が捥がれ、離れた所に落ちている。
「前ほど苦戦は、しなかったな」
「それでもへとへとだけどな」
改めて索敵をしたが、すぐ周辺にはこれ以上魔物はいないようだ。ということでもう今日はここで一晩明かすことにした。シーラが魔物除けの罠を張り、カガリとシーラが交代で索敵魔法を使う。アレンと私はそれぞれと二人組で休憩をする。
先にアレンとシーラが見張りを引き受けてくれたので私とカガリは先に仮眠をとった。
そして数時間後、二人に起こされ、今度は私とカガリで見張り番をすることに。
「どうカガリ?」
「異常なしってところかな? 周りの魔族たちも遠くにはいるけど近づいてはこないみたい。私たちが炎竜を倒したのを見て危ないって警戒してるんじゃないかな」
「そっか。油断はできないみたいだね。……にしてもほんと暑い! 寝苦しいったらありゃしなかったよ」
火山の中では比較的暑さの抑えられた場所とはいえども、十分暑いことには変わりない。汗は自然と出てくるし、喉だってすぐに渇く。正直あまり長居するのも危険だ。だからといって消耗したまま外に出るのも十分に危ないのはわかってる。できる中での最善がこれなのだ。
「魔力は回復した?」
「んー、だいたいは。まだストックもあるから大丈夫とは思うけど」
以前の『不死王』を倒してからまたコツコツと魔力を溜めてきたためカガリの魔力は今や底知らずだ。そんな大量の魔力もカガリの《異袋》によって荷物とならずに携帯できている。
「外は夜なのかな。山の中にいると時間の感覚が狂いそうになるよ」
「洞窟だと外の光が入らないからね。星見の魔法も使えないから正確な時間は私もわからないわ。外に出てみないとこればかりはね。兄さんなら計ってそうだけど……」
そう言ってカガリはシーラを見る。すやすやと寝ている兄を起こす気はないようだ。
「魔族は夜行性だなんていうけど、ここはそうでもなさそうだね。自由に動いてるよ」
「その分、いつ襲われるかわからないからこっちとしては常に警戒しないといけないよ。ティアナもずっと《解析眼》使うの嫌でしょ?」
「それは疲れるなぁ。……それならいったん交代する? そろそろこの魔石にも慣れてきたし」
「ティアナはストックあるの?」
「カガリほどじゃないけど。それに頼りっぱなしは嫌だからね」
カガリは私の顔をじーっと睨んだ後、ため息をつき「それじゃお願い」と言って、魔法を解いた。そして代わりに私が《解析眼》を使う。
カガリの言う通り、遠巻きに魔族らしき魔力を感知する。特に移動する気配はなく、その場に留まり続けているだけのようだ。
「あー、肩が凝った。魔法使うと疲れるから嫌なんだよね」
カガリが大きく伸びをする。それと同時に彼女の大人びたスタイルが強調される。思わず自分の体と見比べてしまう。
「ずるい」
思わず本音が零れる。
「えっ?」
「カガリはずるい。同い年なのに身長高いし、スタイルいいし……。私なんてどうせお子様体型ですよーだ!」
「えっちょっティアナ!?」
無性に腹が立った私はカガリを押し倒した。彼女に覆いかぶさるような体勢になり、そのまま脇をくすぐる。
「きゃっ! あっティ、ははは、ティア、ナ。やめ、やめ……あははは」
抵抗試みるが腕力に歴然とした差があるためにカガリには私の手を振りほどくことができない。
1分ほどくすぐりたおした後、私はカガリから離れて満足感でいっぱいになった。一方のカガリはピクピクと体を震わせながら息も絶え絶えに倒れたままだった。
「ティーアーナー?」
ようやく起き上った彼女は私の頬をこれでもかと引っ張った。大して痛くもないので抵抗はしない。
「私もカガリみたいになりたい!」
「私みたいになってもいいことないよ? 年上に見られるし、着られる服だって少ないし……」
そういう悩みが羨ましいって言ってるんだよー!
「それにティアナだってもう成長しないと決まったわけじゃないんだし、諦めるにはまだ早いよ」
「未来が怖い……。ねえ、大人っぽく成長できる魔法とかないの?」
「そんなのないよ……。一時的な変身魔法くらい、かな?」
「カガリの役立た……ず?」
その時、私の眼が何かを感知した。咄嗟にその方を見る。
「……ティアナ?」
魔族? いやそれにしては出現があまりにも唐突過ぎる。気配を遮断していてもここまでいきなり現れるだろうか? そして近くにあった魔力の反応がどんどん離れている。つまり魔族たちがそれから逃げている。
「ティアナ、どうし――」
「アレン、シーラ起きて!」
私はすぐに二人を起こした。寝ぼけ眼な二人だったけど、私の真剣な表情を見てすぐに状況を察知してくれた。
「どうしたんだ?」
「わからない。わからないけど、何か現れた」
「敵か?」
「どうだろう。そもそも生き物なのかもさっぱり。動かないもん」
そう。出現してから数分経つが、それは微動だにしていなかった。魔力の揺らぎもない。生き物にあり得るのだろうか……?
「様子を見に行くか」
「正体がわからないのにか? それは危険すぎだろ」
「だが放っておいていいわけじゃないだろ? 何か変化があればティアナがわかるわけだし、まずは遠くから確認するだけでもいいから見に行ってみよう」
アレンの提案に一度は渋るシーラだったが、彼もそれをわかっていたようで了承した。私とカガリも頷く。
そうしてみんなで謎の物体のところまで行くことになった。私を先頭に慎重に進む。魔族たちはいないみたいですぐに目的の物が見えた。
「……何あれ?」
それは歪みだった。宙に浮く渦のような歪み。そしてそれは私が感知した魔力を放っていた。間違いなかった。
「カガリ、わかるか?」
「ううん。あんなの初めて見た。魔法? 全然わかんない」
「ティアナはどうだ? 空間系みたいだから『空魔法』とかでわかるんじゃないのか?」
「わかってたらもう言ってるよ。というかこんなことしてないし」
遠くから四人で観察する。カガリも知らないなんて本当にあれは何なのだろう……。
「でもよ、魔族が逃げたってことはさ、やつらはあれが何なのか知ってるってことだよな。逃げるほどのヤバい物だって」
シーラの言葉に私たちは顔を見合わせ、頷いた。言葉に出さなくても意思の疎通ができた。
あれは危険だ。
そう思って離れようとしたその時だった。私は何かに引っ張られるような気がした。
「ほえっ?」
後ろを振り返る。するとそこにはさっきの渦がさっきと同じ位置にあった。だけどそれだけじゃなかった。渦は重低音の音を漏らしながら、ぐるぐると回っていた。
そしてその周囲の石ころが渦に吸い込まれていた。
「逃げるぞ!」
そんなアレンの声を聞く前に全員が走り出していた。でも、一人だけ、カガリは出遅れた。
ずるっとその場に転び、そのまま渦の方へと引き摺られていく。
「カガリ!」
私はすぐにカガリの元へ急ぎ、腕を掴んで立たせる。その間にも私たちはどんどん渦の方へ引き摺られていく。
「なんか魔法! ここから離れられるやつ!」
「ちょっと待って! ええっと、あっと……」
「早く!」
「あー無理! 間に合わない!」
走って逃げようにも吸い込む力の方が強すぎる。カガリもテンパってもうどうしようもない。
「……?」
今のは? いやもう考える余裕なんてない。
こうなったら……!
「カガリ、捕まって!」
「えっ?」
もうどうにでもなれ!
カガリを抱きかかえ、私はそのまま渦の中へ飛び込んだ。
「おい、ティアナ……何考えてんだよ!」
「わからない。けどティアナの直感を信じよう。それに俺たちもやばそうだしな」
一度足を止めたせいで二人も渦の吸い込みから逃れられなくなっていた。
「入ったら死ぬとかないことを信じるしかない!」
「んな直感で自分の最期決めたくねーよ! ああちくしょう!」
そんなこと言い合ってもどうしようもない。二人も覚悟を決めて勢いのまま渦へと入っていった。
渦の中に入ってすぐに感じたのは重苦しい魔力だった。私の眼がそれを色濃く感じさせる。でも、周囲を見渡しても真っ暗で何も見えない。声を出そうにもなぜか出ない。何も聞こえない。
何も感じない。途端に恐怖のあまり叫ぼうとする。だけど声が出ない。抱きかかえていたはずのカガリの感触もない。急に一人になったことへの恐怖。時間の感覚も分からない闇の中。
もしかして私死んだ?
ふとそう思ってしまう。実はここは死後の世界? そんなものあるの?
いや、そんなはずはない。
確かに私はこの眼で見た。渦の中にある別の魔力を。微かだけど、間違いない。
だから大丈夫!
そう自分に言い聞かせた時、遠くの方から光が見えた。それは徐々に大きくなり、やがて私を包んだ。
「眩しい……ってあれ?」
明るさに慣れ、辺りを見回す。さっきまで私たちがいた場所と雰囲気が似てる。
「でも違う……。というか暑い」
もしかして火山の別の場所に移動した?
「ティアナ!」
そんなことを思っていたら、すぐ後ろからカガリの声が聞こえた。つい今まではいなかったはずなのに。
「カガリ! 大丈夫?」
「うん……真っ暗で訳がわからなかったけど、気づいたらここに……どこなの?」
「わからない……。火山のどこかかなぁ? やけに魔力が濃いけど」
そういえば二人はどうなったのだろう。渦から逃げきったのかな?
「先に入っちゃったからなー」
どう探すかな。なんて考えているとすぐそばの空間が歪んだ。
さっきのか! と身構える。
だけど、渦などは出てこず、代わりに見覚えのある二人がパッと現れた。
「あ、アレンにシーラ!」
二人は私の時と同じように辺りを見回す。それから私たちの方へ向くと、そのまま近づき、
「「このバカ!!」」
私の頭を殴った。しかもグーで。
「痛い!」
「わけわかんないものに勝手に突っ込むなよ! マジで死んだかと思った」
「さすがに私も確信があって飛び込んだよ!?」
「確信って……。説明してくれなきゃわからねえだろよ。勝手に行動されるとな……」
だってそんな余裕なかったし……。
「無事だったからよかったけど、ほんとやめてくれよ。昔からほんと無鉄砲すぎるからさ、慎重にそれと先に言うようにしてくれ。頼むから」
「はーい……」
せっかくみんな助かったのに怒られた……。言いたいことわかるけどさぁ。
「で、だ。ティアナの確信ってなんだ?」
「ああ、えっとね、あれの魔力の他に別の魔力が見えたんだよ。あ、今もえっと……近づいてる?」
《解析眼》が見せる魔力の方向を指さす。眼がその距離が近づいてきていることを示し、そして静かに私たちの前に姿を現した。
それはおそらく人だった。最初に見た時は人かと思った。だけど、ある一点を見た時、それは疑問へと変わったのだ。
薄く鮮やかな朱色の髪をたなびかせた、私やカガリよりも大人びた女性。見慣れない服装をしていて、どこか異邦な雰囲気を出していた。
だけど、何よりも私の目についたのはその女性の右目だった。いや、右目があろう位置だった。そこには瞳はなく、代わりに何か、突起物のような物が生えていた。
謎の人物の登場にどうしようもない雰囲気が漂いだす。敵なのか、はたまた私たちと同じようにここに迷い込んだのか。
「あ、あの―――」
覚悟を決めて声をかけようとしたが、
「……人間、ですか」
遮られた。
「穴の気配がしたので様子見に来ましたが、まさか人間が迷い込むとは……。面倒な」
女性は心底嫌そうにぶつぶつと呟き、それから再び私たちの方を見直した。
「あなたたち、現状を理解していますか?」
「えっ?」
質問の意味がわからない。どういうことなの?
「理解してないようですね。下手に暴れられても困りますので……。しかしここでは些か面倒……。だが……。いや、仕方のないことですね。ついてきてください」
一方的に告げられる。ひとまずこの人は私たちに敵意を持っていない、でいいのかな?
アレン達の方を見る。みんなも無言で頷いた。ここは彼女に従った方がいいと。ただし経過は怠らない。いつでも戦えるように、武器を構えられるようにしておく。
「……安心してください。私はあなたたちに危害を加える気はありません。あの人はどうかわかりませんが」
彼女はそう言うが、はいそうですかと警戒を解くわけにはいかないのでそのまま彼女についていった。
入り組んだ洞窟の中を何の迷いもなく歩いていく。道中、いろんな魔力の痕跡が見えたが、近づいてくる様子はなかった。
「あなたたちはここへ来る前に渦のような物を見ましたか?」
「ええ。それが何か知っているのですか?」
「私たちはあれを『異幻の穴』と呼んでいます。世界と世界を繋ぐ綻びと言ったようなものでしょうか」
『異幻の穴』。聞いたことないな。それに世界と世界を繋ぐ……? 単に別の場所に移動させるんじゃないの?
「それってここは私たちのいる世界じゃないってことですか?」
「その通りです。ここはあなたたち人間の生きる『人間界』ではありません。魔族が生きる世界、『魔界』です」
「…………えっ?」
この人今なんて言った? ここが『魔界』?
「……普通人間なら取り乱すのですがね。先ほどからえらく冷静ですね」
「驚いてますよ。ただ状況をあまりはっきりと飲み込めていないだけです。ただここが『魔界』ってことならあなたも魔族、なんですよね?」
「『魔族』という表現はここではあまり使わない方がいいですよ」
足を止め、こちらを振り返る。
「人間に個体名があるように、私たちにも種族と個体名があります。ただし種族によっては殺し合う関係もあるので、極力種族名で呼ぶことをおすすめします」
彼女は再び歩き始めた。
「話を戻しましょう。『異幻の穴』は人間界か魔界にたまに発生します。それそのものに危険はありませんが、こうして迷い込むことがあるので、私たちは発生すると確認します。その様子から察するに人間たちの方は特に対策は取ってないのでしょうね」
「たぶん、私たちが知らなかっただけだと思います……」
カガリでも知らなかったからな。学校じゃ教わらなかったし。
「そうですか。まあいいでしょう。あなたたちは運が悪かった。そういうことなのでしょう。いや、悪運は強かったのかもしれませんが」
「? どういうことですか」
「すぐにわかりますよ」
それから彼女は無言で歩き続けた。やがて、大きな扉の前に辿り着くと、また私たちの方を振り返った。
「私は『異幻の穴』によって迷い込んだ人間を保護し、案内をします。もちろん私自身は危害を加えることはしません。禁止されていますから。ですが、この先にいる方はそうではありません」
「え、何それ!? 助けてくれるんじゃ……」
「私は助けませんし、助けるとは一言も言っていません。自分が助かるかどうかはあなたたち自身の手にかかっています。もちろん、ここから逃げ出してもらっても構いませんよ。その時は『異幻の穴』のいつかも知れない再出現を他の魔族とやらに追われながら待つほかないでしょうが」
「それって、この先にいる奴なら帰せるってことなのか?」
「はい。それで、どうします?」
「行くしか……ないんだよな」
ここが魔界と言われた以上、私たちの知る世界ではなない。勝手のわからないところでいつ帰られるかもわからない。しかも周りには魔族がたくさんいる。
「うん。行こう。大丈夫、前もなんとかなったんだから今回も大丈夫!」
「……その自信がどこから湧いてくるのわからないし、大抵ティアナが原因なんだけどな。だけど、これがおそらく最善だ」
呆れ半分、諦め半分のみんな。そりゃあ、大抵私のせいだけど……。今回ばかりは仕方ないよ。
「決まったようですね。では、こちらへ。せいぜい足掻いてください」
彼女はそう言って扉を開いた。
中はとてつもなく大きく広々とした部屋だ。部屋というが、物は少なく、真ん中にポツンと不似合いな机と椅子が置いてあるだけだった。
そしてその椅子には誰かが座っていた。
「おお、来たか。さあさあ、こっちに来るがいい!」
そこそこ離れているにもかかわらず、はっきりと聞こえる声。そして遠くからでもその体の大きさがよくわかる。
女性は無言で歩き、ついに見上げるほどの大きさの大男の前まで辿り着いた。
真っ赤な真紅の髪から二本の角のような物が見える。この人も彼女と同じ種族なんだろうか。
「では、私は」
女性は大男に一礼すると、私たちの横を歩いて、先ほど入った扉から出ていった。
「うむ、足労であったぞ、ヤコノエよ」
あ、あの人ヤコノエって言うんだ。
「さて、人間どもよ」
大男は私たちの方に向き直った。なぜかご機嫌な様子でいる。彼は騎士の人が着ているような鎧とは違う、不思議なもので身を包んでいた。体全体ではなく要所要所に装備を固めていて、守りに不向きそうな格好だ。
「穴に迷い込んで魔界に来るとはな、随分運のないことだ。だが、しかし。うむ……」
私たちをじろじろと見てくる。まるで品定めをしているようだ。だけど、私たちは動けないでいた。
ただ座っているだけなのに。この男から放たれる威圧感が私たちを縛るようだった。体が震えそうになる。多くの人に出会い、魔族と戦ったけど、こんなの初めてだ。
「まあ、そう怖がるな。取って喰ったりはしない。我は人は喰わんからな」
ガハハと男は笑う。ビリビリと空気が震えるほどの声量。耳が痛い。
「しかし、な。まだ10年か? 人間と我らの感覚は違うが、それでも子供でよいのだろうか。それでよいか。10年そこらの子供が、我に期待を抱かせるとは……。面白いではないか」
「あのー……」
話の流れが読めない。遮ってしまうのは申し訳ないけど、正直この人の前にこれ以上いたくないのだ。
「私たちを帰してくれるんですよね?」
ヤコノエさんが言っていた。この人なら私たちを帰してくれるって。
「帰す? ああ、そうだな。これから言う我の願いを聞いてくれたらお主らを人間界に戻そう」
「お願い? 誰か一人残れとか生贄になれとかならお断りだぞ。無事に帰りたいからな」
「ハハハ! 人間が我に向かってそこまで強く出るとは、随分久しぶりだ。あの戦争以来か? いずれにせよ我の目に狂いはなかったようだ」
男はまた笑った。威圧感が増したような気がする。空気が重くなってきた。何かするつもり……?
「安心せい。そんなつまらんことはせん。我は嘘や騙しは嫌いなのだ。主らだけに不公平なこともない」
少し不機嫌そうに口をとんがらせた。意外と表情豊かだ。
「じゃあ、何をしたらいいんですか?」
「簡単なことよ。お主ら、今から我と戦え。それで我に勝ったら人間界へ帰してやろう」
「「えっ…・・・?」」
戦う? 待って意味が分からない。
「あいつから人間界に行くことを禁じられている今、暇つぶしといったら迷い込んだ人間と戦うくらいしかないのだ。それにな、我はな強者と戦うことが好きなのだ」
「無事に帰すって……」
「お主らが我に勝てばいいだけだ。簡単だろう?」
「………」
やばいこの人、話が通じない。意外とまともかなと思ったけど全然そんなことなかった。だって、冗談で言ってない。目が本気だもん。
「約束は破らん。我が負けてやっぱり帰さないとかそんなことは決してせん。もし我が死んでもヤコノエに後を託している。だから安心して我と戦え」
私の眼がこの男の魔力が膨れ上がっていくのを感知している。もう逃げられない。背中を見せればたぶん一瞬で殺される。
私は覚悟を決めて刀を抜いた。その様子にアレン達は私の名前を呼んだ。だから私は皆を見て、静かに首を振った。
やるしかない
そう伝えるために。
それが伝わったようで、みんなも戦闘態勢に入った。
「ふむ、やる気になってくれたようだ。それでは始めようか」
男は立ち上がり、軽く腕を払って机と椅子を吹き飛ばした。壁に当たり、机と椅子は無残に砕け散った。
それから男は右手を伸ばす。すると、彼の手に私くらいはあろう大きな剣が現れた。私の刀と同じように鞘に入っているけど、明らかにサイズが違う。
「おおっと、忘れておった。我の名を言わねば」
男はすうっと息を吸うと、高らかに叫んだ。
「我の名はグレン! 魔王の盟友、『獄王』が一人、『炎獄』のグレンなり!」
グレンは満面の笑みを私たちに見せた。
「簡単に死んでくれるなよ」
一カ月に一回……。もう少しペースをあげたい




