炎竜再来
2か月ぶり……空けすぎた……
さすが火山。ふもとに近づいただけでも暑さが尋常じゃない。そして見上げると火口からは煙が上がっている。
「ここが依頼にあった場所か」
「そうだね。なんでも魔族がここを住処にしているとか」
「しかもそのせいで火山が活性化してしまった、だって。だとすると結構強力な魔族だったりするのかな?」
「なあに、俺たち4人でいけばなんとかなるだろ」
「そうやって余裕ぶってると痛い目に遭うぞ。ただでさえこんな危険なところなんだ。気をしっかり引き締めないと」
そう言って私たちは火山のふもとにある洞穴まで来た。大きな看板に「立ち入り禁止」と書かれているが、それを無視して中に入る。この洞穴は自然にできたもので、また滅多に人が来ないため内部構造も定かではない。一応、過去の探索を元にした地図を受け取ってはいるけど、年月と共に道がふさがったり、新たな道ができているかもしれないらしい。
だから進むにあたって細心の注意を払わないといけない。といっても基本的にはシーラとカガリが探知系の魔法を使ってサポートするだけなんだけど。それと私も『解析眼』で目的の魔族を探す。そしてアレンが最前列で私たちの安全を確保。うん、完璧な布陣だ。
とはいえ、実際に中に入ると想像以上の状況が広がっていた。
その異常にまず気づいたのは私。『解析眼』が寄越した情報はあちこちに散在する魔力だった。地面も壁もいたるところに魔力を感じた。
「なんか気持ち悪い……。何なのこの魔力の数」
探索開始早々、私は『解析眼』による情報過多によって気分が悪くなった。
そんな私を見て、カガリが壁に近づき、軽く削った。そしてその破片を持って戻ってきた。
「これ、魔石だ。たぶん、そこら中に埋まってるのは全部そう」
魔石ってあの魔石? 魔力でできた石で、よく研究材料に使われるあの魔石のこと?
「この火山、昔は採掘場って聞いてたけどまさか魔石の採掘場だったとは……。ティアナが気持ち悪くなるのも仕方ないわ」
「マジか……。つか、それならなんで閉鎖してるんだ? こんな入り口から取り放題なのによ」
「魔石は魔族も好むからな。それにここはセントアース国でも辺境の方だ。警護の手が回らなくて危険だから閉鎖したんだろう。とりあえず、ティアナは無理しないでくれ。いざというときに動けなくなっても困るからな」
「お言葉に甘えます……うぇ」
言われた通り『解析眼』は解除した。まだ気持ち悪さが後を引くけど。
「しっかし、これ持って帰ったら売れるんじゃないか? たくさんとはいわねえが、一人2個かそれくらいならいいんじゃないか?」
「一応ここは国有地だ。下手すると捕まるぞ」
「兄さんったら、手癖が悪いんだから」
「あーあーわかった。ただまあ、火山の中で使う分にはいいだろ?」
シーラがにやりと笑う。たぶんロクでもないことを考えてるな。たぶんじゃない、絶対。
と、出鼻をくじかれたけどとりあえず探索を再開した。
放置された火山の中だけあって、火属性系の魔族が多く住み着いていた。中には『火の精』といった非物質系の魔族まで出てきた。この手のやつは魔力を伴った攻撃じゃないと倒せない。大抵のやつはアレンがなんとかしたけど、これだけはカガリや私が対処した。とはいっても大した強さじゃないからさほど苦戦することもなかった。
「うーん、魔法剣買わないとな……。でも高いからなー」
『炎の精』を倒す私たちを見て、アレンが呟いていた。魔法武器、高いね。私もあれを変えるのはまだまだ先になりそう。
「いいんじゃないのか? こうやってチームでいけば苦手分野はかばい合えるんだしよ。それにこの手のやつはあんまり見ないから無理に対策立てる必要もないだろ」
「まあ、そうだが……。いざという時に必要になると考えるとあって損はないし……」
特にすることのないアレンとシーラは今後のことについて話している。その間に私とカガリはサクッと魔族たちを倒した。あらかた倒すと残りは逃げていく。目的の魔族じゃないし、無駄に体力は消費したくないので見逃す。
2時間くらい探索した私たちはようやく道のようなところから大きな広間に出た。ここは今までみたいに暑苦しくない。
「ようやく一休みといったところか? カガリ、何もいねえよな?」
「うん。逃げていった魔族たちもここは通ってないのかな。周囲一帯には何もないよ」
安全を確認し、腰を下ろす。火山内で一晩過ごすことはさすがにしたくないけど、ここでならいけるかもしれない。
「みんなまだ大丈夫か?」
「私は大丈夫。『解析眼』使わなかったから魔力もほとんど使ってないし。水さえあれば全然動けるよ」
「私も大丈夫。まだストックもあるし、大した魔法も使わなかったから」
「これならまだ行けそうだな。内部構造もひどく変わったわけじゃなかったし……」
「とはいえ問題は、目標がどこにいるかだ。この近くにはいないみたいだが……」
みんなの索敵魔法をした限りではまだ近くにはいない。そもそも目標の魔族が一体何なのか。情報がゼロなのでひたすら探すしかない。
「そもそも依頼になった理由が火山が活発化したからだっけか? それなら火属性系の魔族だとは思うが……」
「火山に影響与えるほどだからね、相当なものだと思うけど」
「魔力を隠せるような器用な魔族なんていたかなぁ?」
あれこれ意見を出し合ったけど、結局検討が全然つかなかった。
「しっかし、これだけ暑いと水が足りるか心配だな。多めに持って来はしたが、この調子だと長居はほんとにできそうにないな」
火山の中じゃ、水を確保できる場所なんでなさそうだな。水じゃなくて熱湯? それもなんか色々飲めなさそうなものが混じってたり。
火山の中にあったりしないのかな? 火山の影響を受けないような場所が。これだけ魔石があるとありそうな気もするけど……。
「『炎の聖人』って線もあるね。だとしたらとんでもなく厄介だけど」
「なんだ、その『炎の聖人』ってやつは」
「火、風、水、土の四聖人の一柱だよ。あらゆる火属性の魔法が使えて、反魔法にも強い。加えて、物理攻撃は一切効かない。『火の精』よりも何十倍も強い敵」
「そんなのがいるのか……。そいつは困るな。アレンがお荷物になっちまう」
「悪かったな。だが、その可能性も捨てきれなさそうだ。引き続き警戒を怠らないようにしよう」
周囲を警戒……。そう思って私はもう一度『解析眼』を使う。でもやっぱり、魔石が邪魔して索敵しづらい。なんでもかんでも魔力を察知できるというのも考え物みたいだな。調整できたりすればいいんだけど……。
「さて、と。休憩もここまでにして先に進もう。あんまり時間をかけてもいいものではないしな。戻る時間もあるか――」
「待ってみんな!」
カガリが声を荒げた。それと同時に私たち全員に緊張が走る。
「何か大きいのが引っかかった。兄さん、わかる?」
カガリに言われてシーラも索敵魔法を使った。
「……ああ、何かいるな。こいつはでかいな」
「でかいというのは、図体がか?」
「うん。魔力まではわかんないからね。ティアナきついけど、確認できる?」
「言われなくてももうやってるよ」
『解析眼』をまた使う。魔石の魔力に交じり、若干大きめの魔力が奥の方で見えた。
「カガリと同じ……? あんまり人外地味てはないみたい」
「大きいだけってことか? で、こっちに来てるのか?」
「うん。まっすぐ来てる」
「それならここで迎え撃つか。みんないいか?」
アレンの言葉に皆が頷く。さて一体何が出るやら。
そして奥の洞窟から『それ』は現れた。真っ赤な鱗に覆われた巨大な体躯。背には一対の巨大な翼、そして鋭利なかぎ爪。鈍重な尻尾。かつて私たちが眼にしたものと同じだった。
「え、『炎竜』!?」
「いや、でも前のよりでかい……。別固体か?」
あの日。街を出た日に初めて出会った魔族。4人で協力して何とか倒したあの『炎竜』。それが今私たちの目の前にいた。
「あれがまさか今回の目標か?」
「どうだろうか。まあ友好的でなく敵であることには違いないけど」
ゆっくりと進んでいた炎竜は私たちの姿を見ると、歩みを止めた。しかし、鋭い眼光は私たちを見据えたまま動かさない。慣れていない者なら恐怖で身が竦んでしまうに違いない。それだけの力強さがあった。
「竜って魔力の量が少ないんだね」
『解析眼』が伝える情報を見て思わず、呟いてしまった。『炎竜』に対する恐怖はない。不思議と自身の方が湧いてきている。
「……竜は魔力が多いよりも魔法に強いみたい……。あと質がいいのかな。だから炎の攻撃は私でもなんとかなるかもしれない。たぶん」
「とりあえず様子見だ。前のやつと同じと思うと痛い目に遭うかもしれないからな」
「そうだな。とにかく安全最優先だ」
私たちはそれぞれ武器を構える。竜はその体を魔力で覆い、守っている。まずは私が『解析眼』で魔力の穴を見つけないと。
「それじゃ、私が攪乱させてくるね。みんなはいつでもいけるように準備よろしく」
私は武器を構えて駆ける。その動きに合わせて炎竜も大きな腕を振りかざす。腕が私の体を薙ぐ寸前、私はその場で跳び、攻撃を躱す。そしてそのまま腕に乗り移ると、腕の上を駆け上がった。もう片方の腕で再度攻撃をしてきたが、それも余裕で躱した。肩口まで辿り着くと、頭を飛び越え、反対側に移った。そこへ、尻尾がくる。
「よっと!」
図体がでかい割に動きが速いが、生憎、私の『解析眼』の前と私の反応速度の前じゃ、大したものじゃない。
そして炎竜の注意は私に向いている。うんうん、予定通りだ。
ちらりとみんなの方を見る。アレンとシーラはいつでも行けるようにしていた。カガリもサポートの用意は万全だ。
炎竜は虫をつぶすように次々と腕を振り下ろしてくる。でも、そんな雑な攻撃じゃ当たらない。もっと確実に当てるような攻撃をしないと……。
「………憎イ。憎イゾォォォォ!」
突如、炎竜が声を上げた。唸り声ではない。私たちと同じ言葉だ。どうやらこいつもあの時のと同じで喋られるみたいだ。
「人間メ……。虫ケラの存在ガ我ヲ愚弄シオッテ……」
しかもなぜか怒ってる。単に縄張りに入ったせい……なのか? それにしては異常なほどに感じるけど……。
「許サヌ。我ハ貴様ラヲ許サヌ……!」
炎竜の攻撃に苛烈さが増していく。当たれば大けが間違いなしだけど、避けられないほどの速さではない。冷静に一挙一挙を見定めて躱す。しかし絶対に反撃だけはしない。意味がないのはあの時に学習済みだ。
『解析眼』は炎竜の魔力を捉えている。量だけ見るとカガリよりちょっと多いくらいだ。でも、敵の体を覆うように囲んでいる魔力の膜が全ての攻撃を防いでしまう。だから魔力の穴を見つけないといけない。そのためには炎竜に魔法を使わせないといけない。
「お前の攻撃なんか、当たらないんだよ!」
大声で挑発する。なんだか知らないけど怒ってるからもしかすると乗ってくれるかもしれない。
ところが、炎竜の動きは変わらなかった。
「あれ? そんな鈍間な動き、大したことないんだよー!」
もう一度挑発する。しかしそれでも炎竜はただただ暴れるだけだった。
「………」
おかしい。私の煽りは腹立つと昔から言われていた。親友のフレデリカなんか簡単に乗っかってくれるのに。
いや、まさかね?
何度も挑発するが、反応しない。まるで怒りに任せて暴れ狂ってるかのようだった。次第に動きに精彩さが欠けていき、壁などにも攻撃の余波が届いていた。幸い崩れることはなさそうだ。
それはともかくとして。もしかしてこの炎竜……。
「私の声、聞こえてない?」
正気を失ったかのように、気が狂ったかのように炎竜はただただ暴れていた。
私はちらっと、アレンたちの方を見た。どうやらその異変に他のみんなも気づいているみたいだ。
(どうする?)
アイコンタクトを送る。でもみんなもどうしたものかと悩んでるようだった。
うーむ……。まともではない相手にどうしたらこっちを向かせられるのか……。
「あの時の炎竜は、トドメを刺すために使ってきたんだよなぁ。でも、この感じじゃ」
私がそう呟いたその時だった。今まであれだけ暴れていた炎竜がぴたりと動きを止めた。そして鋭い瞳で私を見た。
「今、何ト言ッタ?」
「えっ?」
怨嗟のこもった叫びではなく、私に向かって話しかけてきた。そして私の返答を待たずに続けた。
「『アノ時ノ炎竜』。ソウ言ッタナ? 貴様、我ラニ会ッタコトガアルノカ!?」
「う、うん……。結構前に……。襲われた」
「ナゼ生キテイル? 人間如キガ我ラニ勝テルハズガアロウカ」
何この上から目線。魔族って人を上から見過ぎじゃないかな!
「倒したよ。私たちで」
私は炎竜の正面に立ち、言い放った。急に偉そうにしてきたけど、私たちはすでに炎竜を倒したことがある。その事実は変わらないんだから!
「ナ、ナント………」
あからさまに落ち込んだ様子を見せる。小声で「アノ馬鹿者ガ……ヨリニモヨッテ……」とか言ってるけど。
「貴様タチガ……ソウナノカ……」
体を起こし、炎竜が私たちを見下ろした。そして大きなのその腕を振りかざし、
「っ!」
降り下ろしてきた。私は即座に躱す。私のいたところには炎竜の腕があり、地面が大きく抉れていた。さらに炎竜はそのまま腕を薙ぎ払って私に追撃をしてくる。だけど、私には当たらない。
炎竜と一旦距離を取る。炎竜の後ろにはアレン達がいる。みんな状況が変わったとわかったみたい。
「もしかしてお前、私たちが倒した炎竜のこと知ってるの?」
まさかと思って聞いてみた。その返事はまさかのものだった。
「アアソウトモ! 我ガ息子ヲヨクモ……! 貴様タチハ必ズ殺ス! 跡形モナクナ!」
炎竜の体に魔力が溜まるのが見える。それと同時にその穴も。その場所は炎竜の下顎。逆鱗と呼ばれる位置だ。あとはそこを狙うだけ。
だけどそれよりも先に炎竜の攻撃が来る。まずはそれをなんとかしないと。向こうは……。たぶんカガリが何とかしてくれる。なら私は……。
おそらく炎竜はブレスをするだろう。このままでは当たってしまう。ということで私は炎竜に向かって駆けた。
魔力の高まりによって、炎竜の体は熱くなっていた。だから極力接触する時間を短くするよう、とにかく速く駆け上がる。
「死ネェェェェ」
炎竜のその大きな口から炎が吐き出される。私は間一髪で炎竜の体を登りきり、頭上へと飛び上がった。地上ではカガリの魔法のおかげで被害はないようだ。
この隙をついて攻撃、と思ったけど焦ってはダメ。ということで、《固定》を使って空中に待機しながら攻撃が止むのを待った。そうしてようやくブレスを終えたのを見計らって、アレン達の元へと戻る。
「どうやら子供の仇討ちで我をなくしてたみたいだね。それが私たちとわかって……。ご覧のありさまだよ」
「奇妙な縁だな。でも、さっきので見えただろ?」
「もっちろん! で、どうする? 作戦よろしくね」
「作戦と言われてもな……。シーラ?」
「いや、俺に振るなよ。現状弱点への攻撃はティアナだけができる。まずはそこからだ。で、それからは全員で総攻撃。これで十分だろ?」
シーラが銃に弾を込めながら言う。
「簡単でわかりやすいな。二人も大丈夫か?」
「もちろん」
改めて炎竜と向かい合う。かつての大敵。さあ、どうなることやら。胸が高まってしょうがない。
「よし、いくぞ!」
アレンの言葉に全員が炎竜に向かって動いた。




