勉強会
初仕事から1か月ほど経った。あれから私たちは簡単な依頼をこなしながら、空いた時間は好きなことをして過ごしていた。依頼も4人同時ではなく、時には個人で依頼に出向いたりもした。私も魔族討伐を一人でやってのけ、自分の成長を感じ始めていた。
皆もそうだ。人見知りのカガリすら一人で頑張って依頼を達成した。
依頼以外でもシーラなんかはいろんなギルドに顔を出して、情報を集めてた。だいぶ顔が広くなって、いろいろと裏の情報も仕入れるようになってきた。
アレンは積極的に人と関わることは少なかったけど、よく騎士団というかランドルフさんに呼ばれて駐屯所に行っていた。
といった感じでもうすっかり私たちはこの街に馴染んでいた。そのことを手紙でお母さんに送ったら、みんなに迷惑かけるなとなぜか怒られた。私、何もしてないのに……。
そして今日は私とカガリの2人で図書館に行っている。依頼も特にないので、各々魔法の勉強をしようと思ったのだ。
「でも、ティアナが勉強だなんて不思議なこともあるんだね」
「うーん。『空』魔法ってやっぱり扱うのが難しくてさ。たまに不発したりして危ないこともあったし……。ちゃんと勉強しないと今後に支障をきたしそうで」
「―――え?」
「えっ、なんで驚いたの?」
「い、いや……ティアナがそんなこと言うと思わなくて……」
信じられないものを見るかのようにカガリが私を見てくる。
「ちょっと! 私だってそんないつまでもチャランポランでいるわけじゃないんだから! 皆と一緒の時はもちろん、一人の時だってやっぱり『空』魔法に頼ることが多いんだよ。だからちゃんと勉強しないといけないの!」
なんて心外な! カガリは私を甘く見過ぎだ。私だって成長するんだから……。
『不死王』との戦いは悔しいけど自分の経験と知識不足を思い知らされた。勝てはしたが、あんな危険を冒さなければできないだなんてそんなの論外だ。だから私はもっと強くならないといけない。そのためには苦手で嫌いな勉強だってやってやるんだから。
「ティアナがそこまで考えるようになって嬉しいな。この前まで魔導書読むの苦戦して飽きそうになってたのにね」
「う……。カガリに文字教えてもらったから今は少しは読めるもん……。ほら、いくよ!」
これ以上はカガリにいじられる未来しか見えない。さっさと図書館に行かないと。
「あ、待ってよー。……ったくもう」
「うーん……。うーん……」
「ティアナうるさい。唸らないでよ」
「でも……なんて読めばいいかわかんないだもん!」
「さっきまであんなに意気込んでたのに……。いくら今は私たちしかいないからって図書館では静かにするものよ」
カガリに怒られた。今まで読み進めたところは以前教わったのでさほど苦も無く読めたけど、今読んでいるところはまたよくわからない文法やら単語やらが出てきてわからなくなった。
「カガリ教えてよー」
「私だって自分の分で忙しいの。ウィーネさんに頼んだらどう?」
「上まで呼びに戻るの? 面倒だ――」
「お呼びしましたか?」
「ひゃあ!?」
どこからともなくウィーネさんが現れた。全く気配に気づかなかった……。
「図書館ではご静粛に」
ウィーネさんは口に人差し指を当て、優しく注意した。私は小声ですみません。と謝った。
「それで……お困りのようですが?」
「ああ、すみません。ウィーネさん、よかったらティアナに文字を教えてもらえませんか?」
「文字……ですか。ティアナさんは文字が読めなかったのですか?」
「あ、違います! 現代語ではなく、古文語です。すみません説明不足でした……」
いやほんとにそうだよ。まるで私が日常生活を送ることすら難しい子みたいになりかけたじゃん。
「なるほど、『空魔法』に関する書物を読むのに必要なのですね。その程度なら構いませんよ。そういった読書のサポートをするのも私の仕事ですから」
『その程度』という言葉が胸に突き刺さる。私の苦労はウィーネさんにとって大したことないことのようだ。……。
「最近は利用者の方々は自分の読める本しか読みませんし、私にあまり聞いてくださらないので嬉しいです。ふふふ、腕がなりますね」
ぶんぶんと右腕を振るウィーネさん。見た目の割に子供らしい動きだ。
「さて、話しながらになるとカガリさんの邪魔になりますし、場所を移しましょう。突いてきてください」
「はい、お願いします」
ということで私はウィーネさんに案内されて別室に入る。席に案内されて、ふぅと一息ついた。私は魔導書を机の上に置き、該当のページを開く。一方でウィーネさんはどこからか数冊の本を取り出し、机の上に積み上げた。
「えっと、それは……?」
「古文語の専門書です。全部を活用はしませんが、わかりやすく説明するには必要だろうと思って持ってきました」
「うげっ……」
いやいや! これ本気の勉強なの? 嘘でしょ? カガリはあんなにやさしかったのに。
「勉学に近道はありません。一つ一つの積み重ねが物を言います。大丈夫です。優しく教えますから」
満面の笑みだ。悪意のない、善意いっぱいの笑み。これを無下にするのはよほどの畜生じゃなきゃ無理だ。無論私は畜生ではないので断れない。
「あはは……お手柔らかにお願いします」
苦笑。私にはこれが精いっぱいだった。
「あ、お疲れティアナ。読めた?」
2時間近く経ってようやく解放された。まだ頭の中で古文語がぐるぐる回っている。そしてそれらがウィーネさんの声で再生される。やばい、カガリのしゃべってることも古文語に聞こえてきた。
「な、なんとか……」
かろうじて、絞り出すように返事をした。
「ウィーネさんありがとうございました。ティアナ、大変だったですよね?」
「いえいえ、そんなことありませんでしたよ。私も久しぶりで楽しかったですし、何よりティアナさんは呑み込みが非常に速かったです。勉学が苦手だと聞いていたのですが、びっくりしました」
「ティアナはもともとスペックは高いんですよ。ただ当の本人が勉強に対して苦手意識を持っているせいで全然やる気を出さないだけでした。それがちゃんと覚えてるってことはそれほど真面目だったんでしょうね」
「だから言ったじゃん、ちゃんとやらなきゃいけないって。でももう無理」
カガリの隣に座り、そのまま机に突っ伏した。
「ふふふ、苦手なものに取り組むその姿勢は素晴らしいですね。今後も少しずつ頑張ってください。また声をかけていただければいつでもお手伝いしますよ」
「ありがとうございます」
話が一段落ついた。私はカガリの方を見る。どうやらカガリの方は自分の勉強が終ったようで、別の本を読んでいた。
「……魔族の図鑑?」
「ん? あ、そうそう。魔族と戦うことも多くなったしね、初見で対策取れないってことが起きないようにするために読んでおこうかなーって」
「勉強熱心なカガリが羨ましいよ」
はぁーっとため息をついた。そうしてもう一度ウィーネさんの方を見た。すると彼女はうーんと難しい顔をしていた。
「ウィーネさん?」
「あ、すみません。カガリさんが読んでいる本について少々気になったことがありまして」
「これですか? 図鑑のところで見つけたものですが」
「あ、いえ。その本は内容自体こそ問題ないのですが、おそらく皆さんには物足りないと……」
物足りない? どういうことだろう……。
「以前、『不死王』を相手したと聞きました。そのくらいまでならその本に載っているでしょうが、それ以上となると……」
『不死王』以上……。どんなのがいるだろうか? うーん、
「『獄王』とかですか?」
「……まず私たちがそれらと出会うことはないでしょうが。そうですね、『獄王』やそれに近似する高位の魔族はそういった書物にはありません」
適当に言ったけど当たったみたいだ。でも、『不死王』より上の存在、まだまだいるんだ。
「後者の方はまだ数が多く、具体的には私にもわかりませんが、『獄王』については私もいくつか知っています」
「えっと、それって私たちが聞いてもいいのでしょうか?」
興味あるけど、国家機密とかだったらさすがに聞けないもんね。
「問題ないですよ。そもそも『獄王』の名は学校に行けば学びますしね。とはいえ私も口伝でしか聞いたことがありませんし、ここ数百年は話を聞いていません。ですから確かな情報とは言えませんが……」
そう言ってウィーネさんは話し始める。
「『獄王』とは種族名ではありません。魔族の中でも強大な力を持ち、魔王から認められたものに与えられる称号のようなものです。『風獄』や『水獄』のようにそれぞれが属性の名を冠しています。そしてその名の通り、その属性に関しては桁違いの力を持っています。この辺りは皆さんも学んだでしょう。
では、『獄王』はどれくらいいるのか。それは私たちもわかりません。先の大戦では4人が確認されました。『炎獄』『水獄』『風獄』『地獄』の4人です。そしてその内『風獄』と『水獄』は討ち取ったと報告がされています。しかしそれは数百年前の話。今はどのくらいいるのか。そもそも初めはどれくらいいたのかはわかりません。また彼らは種族とは別に個人名を持っているそうですが、それも不明です。しかし一つだけ、『獄王』の持つ力だけは伝わっています。
それは『呪い』です。その道の属性を極めた故に手に入れた魔法を超えた呪いと言いましょうか。そういったものを『獄王』は所持しています。先にあげた『風獄』と『水獄』も使いました。その力は強大でどういったものかは残されてはいませんが、人間側も相当の被害を受けたそうです」
私にわかるのはここまでです。とウィーネさんは話を終えた。なんでも知っていると思ってたウィーネさんですらほとんどわからないようだ。それでも私たちが学校で習ったことよりかははるかに詳しい。
ただ、どうしてこんなことを急に言いだしたのだろうか。聞いてる限り、オズさん達すらあったことのないような敵のようだ。生きていればまず会うことはない。それなのにどうして私たちに……? カガリも同じような顔をしていた。でも私にしても彼女にしても真面目に聞いていた。それがなぜかはわからないが、聞いておかないといけないような気がしたのだ。
「ご教授ありがとうございます。ですが、どうして私たちにそのようなことを?」
私が思っていたことをカガリが尋ねた。
「私の予感にしか過ぎませんが、あなた方には数奇な運命や縁があるように思えます。良縁、悪縁。不穏なことを言ってしまいますが、きっとあなた方はこの先波乱に満ちた人生を歩むでしょう。故にもしもの時のためにと、そう思いまして。……杞憂で済めばいいのですがね」
最後に苦笑した。なんて不穏なことを言うんだ、ウィーネさん。それ実現したらかなり洒落にならないんだけど……。
それからしばらく談笑していると外から鐘の音が聞こえた。
「おや、もうそんな時間でしたか。そろそろここも閉館ですね。お二人方、勉強の途中でしたのにお邪魔してしまい申し訳ありませんでした」
「気にしなくて大丈夫ですよ。私はあれ以上はもう頭がどうにかなりそうでしたし。それに、ウィーネさんの話もとても興味深くて有意義な時間を過ごせました。こちらこそありがとうございました」
カガリも続いてお礼を言った。それからウィーネさんと一緒に入り口まで行き、そこで別れた。
「いろいろ勉強になったね」
「うん。でもしばらくは遠慮したいよ……。今日だけで1年分は勉強したよ」
「ティアナは別に頭が悪いわけじゃないのにね。本気をだせばたぶん兄さんと同じくらいなんだろうけど……ほんともったいない」
「いいんだよ。私にはこっちがあるんだから!」
腕をポンポンっと叩く。難しいことはみんなが考えてくれるから、私は力で頑張ればいい。お互いで補えばいいのさ。
それでもカガリは不満そうで宿に戻るまでずっと私にもっと勉強するよう諭してきた。無論、私はそれを突っぱねる。カガリは「自分が教えるから」というが、そういう問題ではないのだ。
「カガリも毎朝1時間ランニングしようって言われたら嫌でしょ?」
「ぐぬぬ……そう言われると何も言い返せない……。ほんとにもったいないのにな……」
未練がましそうにしているが、ついに折れてくれた。
「ふーん、『獄王』ね。僕も名前だけなら聞いたことあるよ」
みんなで夕食を食べている。その中でオズさんに今日のウィーネさんの話をした。
「そういえばオズさんって『魔王殺し』なんて呼ばれてたんですよね? だったらその辺り詳しそうですけど……」
「あーその呼ばれ方はねー……。別に僕は魔王を倒したわけじゃないんだ。10年前にここを襲った魔族を撃退した時につけられたんだよ。その魔族が今まで見つかった中で一番強かったから誇張してそうなったんだ。僕自身は結構気に入ったから使ってるけど、実際はそんなにすごいもんじゃないよ。それこそウィーネの言ってる『獄王』にも及ばないだろうね」
「ということはその『獄王』ってのにはオズさんでも勝てないってことっすか?」
「それは戦ってみないとわからないだろうね。相手の力量も分からないうちに強い弱いなんて言えないし、相性ってのもある。迂闊には言えない言えない」
「そうなんですか……」
うーん、オズさんも『獄王』のことは知らないのか……。長いこと冒険者やってたし、今もギルドの仕事をしてるから何かしら知ってそうだったけど。
「一応、一人だけ」
「えっ?」
「一人だけ『獄王』に遭ったことがある人を知ってるよ。本人は語りたがらないと思うけど」
「じゃあ、なんで言ったんですか……」
「ははは、そもそも『獄王』は魔界にいるらしいからね。こっちから近づかない限り会うことはないだろうよ。うん」
あ、そうなんだ。そもそも魔界ってどうやったら行けるんだろう? 魔族が人間界にいるからどっかで繋がってるとかかなぁ。でもよかった。それなら会うことはないだろうね。安心。安心。
「そうそう。今度君たち4人に依頼を頼みたいんだけど、大丈夫かな?」
「ちょうど僕の依頼は今日で終わりましたし、みんな大丈夫ですよ」
「それは丁度いい。詳しいことは改めて依頼書が来たら話すからみんなはしばらく依頼を受けないでね」
「わかりました」
4人で依頼だなんて久しぶりだ。どんなのだろうなー。
後日、私たちは改めて依頼書を受け取り、そこへ向かっていった。
『ランク :SS
依頼 :魔族の討伐
依頼人 :セントアース国
依頼内容:火山に住まう魔族が目覚めた。魔族への偵察及び可能ならば撃退するよう願う
報酬 :2万Z
※結果に応じて追加報酬あり』