新たな日常
朝告げ鳥が元気よく歌っている。気持ちのいい日差しが窓から差し込んできている。そんな心地よい朝は寝るのが一番だ。ということで私は襲い来る睡魔に身を委ねて眠ることにした。
すやすやと寝息を立て、ゆっくりと夢の中に落ちていく。
夢の中の私は復活した魔王を倒すべく立ち上がった勇者だった。人間を苦しめる魔王をかつて滅ぼした勇者の末裔で、でも最初は頼りなかった。それから仲間を引き連れ、数々の冒険、苦難を乗り越えていくうちに徐々に強くなっていった。途中で挫折しそうになった時もあったが、仲間に支えられ、魔王の部下を倒し、別れも乗り越え、ついに魔王の所にたどり着いた。
私は伝説の剣を構え、魔王に対して力強く叫ぶ。
「覚悟しろ!」
対する魔王も不敵に笑う。
「笑止! 滅ぶのは貴様たち人間の方だ」
分かり合うことは不可能。どちらかが滅ぶまでこの戦いは終わらない。
伝説の剣は輝きを放ち、私に力と勇気を与えてくれる。
私は地を駆け、魔王に向かって剣を振るう。魔王もまたその大きな体で私を押しつぶそうとする。
「てやあぁぁぁぁぁぁああ!」
「うおぉぉぉぉぉぉおおお!」
二人がぶつかり合うまであとわずか。最後の戦いが今始ま―――
「ティアナ!」
「はい!?」
自分の名前を呼ぶ怒声に思わずがばっと布団をまくり起き上がる。
きょろきょろと辺りを見回すと、部屋の入口に母が立っていた。明らかに怒っているのがわかる。
「いつまで寝てるの! 今日から学校でしょ。早く起きなさい」
ぼけーっと母の声を聴く。
「あれ? さっきまで私剣を持って……魔王と……」
「何を寝ぼけたこと言ってるの! ほらさっさと起きなさい。もうすぐカガリちゃんたちが来るわよ」
母はそう言って、部屋を出ていく。私はまだ夢の中での出来事の余韻から覚めず、正面をじっと見ていた。
なぜ今日はこんなにも早く起こされたのか……。寝ぼけ眼で思い出す。
今、自分は勇者となって魔王を倒していた。でも現実は早く起こされて……。確か母は今日から学校と………
「ああ!」
私は慌ててベッドから飛び出る。昨日から用意していた服に着替え、荷物を持って慌てて部屋を出る。
「やっと起きた。全くしっかりしなさいよ」
呆れた顔で母が見る。私は申し訳なさそうに体を縮こまらせて食卓についた。
「うう、ごめんなさい………」
とはいえ落ち込んでいる暇はない。猛スピードでご飯を食べ、喉に少し詰まらせながらものの数分で完食させる。
「こら、はしたないでしょ!」
母の注意も適当に流して私は荷物を抱えて、家を飛び出す。
「いってきまーす!」
元気よくそう告げて、勢いよく家を飛び出た。
というわけで私は全力で走っていた。友人たちとの待ち合わせまでもう時間がない。わき目も振らずに途中もつれそうになりつつもなんとか待ち合わせ場所に間に合いそうだ。
最後の角を曲がり、ようやく見えてくる。視線の先にはすでに3人の男女が立っていた。
「あ、やっときた」
私に気づいたようで、緑髪の少年がこっちを見て、呆れ顔をしていた。
「ご、ごめん――げほっ! げほっ!」
私は止まると同時に手を合わせて頭を下げる。ぜぇぜぇと息を荒げながら、遅刻したことを謝る。しかし、荒い息のせいでうまく言葉にできなかった。
「慌てなくても大丈夫だよ、ティアナ。ほら深呼吸深呼吸。吸って―吐いて―。ほら!」
「けほっ……すーーはーーすーーはーー。はあ、ようやく落ち着けた」
もう一人、緑髪の少女は私の背中を擦ってくれながら、優しい言葉をかけてくれる。私は彼女に従って深呼吸をする。そうしてようやく落ち着くことができた。
「ありがとうカガリ」
「気にしないでいいよ。それに遅刻したわけじゃないんだから大丈夫」
「えっ?」
そう言われ、時計を見てみると確かに待ち合わせ時刻までまだ数分あった。
「なんだ、私急いで損したの」
あんなに全力で走ったのに……。そりゃ、寝坊したのは悪いけど、こんなに全力で走らなくてもよかったんじゃないかな。
「早く来るに越したことはないからな。損はしてないんじゃないかな」
最後の一人、金髪の少年は笑いながら私の頭をわしゃわしゃとしてきた。私は恥ずかしくなって彼の手を払いのけ、ふくれっ面のまま、最後に大きく息を吐いた。
「もう! アレンは私を子ども扱いしないでよ! 同い年なのに……」
「いや、ティアナとアレンだとどう見ても同い年に見るのは無理だろ。兄妹っていってもたぶん通じると思うぞ?」
「シーラは黙ってて! 違うの。これはアレンが大人っぽ過ぎるだけで私は別に子供っぽいわけじゃないの。ね、カガリならわかるでしょ?」
私の理解者、カガリならきっとわかってくれるはず。期待を込めて私は彼女に救援の目を向けたが、無情にもわが心の友は、あはは、と苦笑いをして、顔をそむけるだけだった。
「カガリの薄情者!」
「ち、違うんだよティアナ。別にあなたが子供っぽいということを認めてるわけじゃなくて、ただちょっとアレン君がみんなより大人っぽいだけだから仕方なくそう見えちゃうだけで………」
「なんだカガリ。俺が老けて見えるのか?」
「ち、違うよ! ちょっと大人びて見えるだけで………あーもうみんないじめないでよ!」
「はははは、ごめんごめん。ついつい、ね」
「カガリもいつものことなんだからもっとうまく受け流せるようにならないとな」
私とアレンはカガリの頭を撫でながら笑う。先程までの流れはいつものやりとりだった。
私ことティアナ=ウェルレインは今年で12歳になる。しかし見た目は悲しくも身長が全然伸びず、年下に見られる毎日だった。そうやってからかってきた連中は毎度返り討ちにしていたが、やはり小さいのはコンプレックスになる。加えて私の幼馴染たちは他の同年代たちよりも少々大人びている。それだけに余計気にしてしまうのだ。
そんな私の幼馴染の一人、金髪の少年の名はアレン=クラウド。この街の市長さんの息子だ。本人は否定するけど、街の子供たちの中でも一番のイケメンだ。悔しいけど私もそう思う。それに優しいし、頼りがいもあるし……。といった友人ながらパーフェクトなのだ。それに背が高い。神はアレンにいろいろと与え過ぎだ。
そして緑髪の少年はシーラ=モンステン。私の家とお隣同士で赤ちゃんの時からの付き合いである。悪ガキに分類される方でよく大人の人に怒られている。本人は懲りてないみたいだけど。でも私はシーラがすごくいいやつだってことを知ってる。なんてたって、すごい妹想いなんだから。
それでその妹、といっても双子のなんだけど、彼女がカガリ=モンステン。恐ろしいことに私よりもずっと背が高い。おまけになんだか大人っぽい雰囲気だから羨ましい。でもさっきみたいにすぐ慌てちゃって、そのせいでみんなからよくからかわれてる。その反応のもかわいいからついついエスカレートすることもあるけど。
そんなこんなで私たち4人は昔からずっと一緒だった。そして今日から私たちは揃って学校に行くことになっているのだ。
「そろそろ行こうか。いつまでもここにいたら遅刻してしまう」
「そだな。ほらカガリもそんな泣きそうにならなくていいから。ティアナ、カガリを慰めてやってくれ」
「はいはい。ほら、カガリ行こっ。いつものことなんだから気にしなくていいよ」
私はぐずるカガリの手を引いて、先に行った二人を追う。
無事に学校に着き、早速クラスを確認する。幸いにも4人とも同じクラスだったようだ。
「やったね、また一緒だよ」
「はいはい騒がない。しかしまあほんと腐れ縁だな。このままずっと一緒だとそれはそれですごいよな……」
「でもありえないこともなさそうなのがまた、な。そういえばアレンたちは専攻はどうするんだ?」
「うん? 俺は『騎士』かな……。まだ適性試験受けてないから確実に決定ってわけじゃないけど……」
「やっぱ『騎士』か。いかにもお前らしいな。で、俺は『援護者』だが、二人はどうするつもりなんだ?」
「兄さん知ってるでしょ? 私は『魔導士』になるって言ったじゃん」
「ああそうだったな。で、ティアナは?」
「私はー『勇者』! それ以外にないよ!」
皆がそれぞれ自分の専攻をいい、ついに自分の番が来たので、待ってましたと言わんばかりに胸を張って答えた。
ところが私の言葉に全員が唖然とした表情をするだけだった。
「……あれ? みんなどうしたの。そんな驚いた顔してさ」
「い、いやな……」
「ティアナ………。『勇者』っていう専攻はないよ? ってこれ前にも言わなかったっけ?」
「えー! じゃ、じゃあ私どうしたらいいの? 『勇者』になるためにここに来たって言うのに……」
「だから言っただろ、お前は適性試験を受けてから決めろって……。全く何回同じ説明させるんだよ」
確かにそんなこと言われた気も………。と、そんなことを考えているうちに皆は先に行ってしまっていた。
「あ、待ってよ!」
何とも薄情な友人だ。あとでアレンに跳び蹴りでもしてやろうと私は彼らの後を追った。
この世界には二つの世界がある。一つは私たち人間が生きる人間界。そしてもう一つが人間ではない魔族と呼ばれる者が暮らす魔界だ。人間と魔族はお互いの存在を認知してからもう何千年もの間、戦いを続けていた。互いの世界を侵攻しあい、時には両者に甚大な被害をもたらし、世界の崩壊を起こしかけたこともあった。
しかしどちらもあと一歩のところで及ばず、完全な侵略を達成したことはなかった。そしてそのたびに再び力を蓄えて戦いを始めるのであった。
そんな終わりの見えない戦いが続いていたが、およそ数百年前、状況は変わった。魔族側に魔王と名乗る者が現れたのだった。彼はそれまで全くバラバラだった魔族たちを統率し、かつてないほどの勢いで人間界を攻め始めたのだった。
人間側もかつては敵対関係にあったいくつもある国々が協力し合って抵抗した。これが数ある戦いのうちで最も大きな戦争となった。人間側はどれほどの兵力を注いでも魔王を倒すことができなかった。各国の最強の戦士たち、いわゆる『英雄』が幾度も魔王に挑んだ。しかし、魔王の強大な力の前にその全員が敗れ、死んでいった。
一方の魔族も魔王の配下である強力な魔族たち、『獄王』のほとんどが人間たちによって討ち倒された。
こうして続いた戦争はもはや泥沼と化していた。量に勝る魔族軍はやがて統率を失い、弱体化していってしまった。質に勝る人間軍もまた兵の数が少なくなり、まともに戦うことができなくなっていった。
そうして百年近く続いた戦争は魔族軍の突然撤退という形で終わった。それまで人間界に侵攻していた魔族たちが一斉にいなくなったのだ。ようやく戦争が終わったのだった。
それから人間たちはその間にボロボロになった自分たちの暮らしをなんとか立て直してきた。人間たちの復興は速いものでものの十数年で以前のような生活にまで戻った。そして次の侵攻に備えて、兵士の育成に取り組むことにした。
それが『学校』だった、それまでは単なる研究・修学施設であった学校は同時に兵の育成のための教育をも担うようになった。それはひとえに『学校』で特に扱っていた魔法が戦いに用いられるようになったからである。さらに素質のある者なら誰でも使えるようになる方法も編み出され、これを機に『学校』も一つの軍事施設となってしまった。
この方策は見事に成功した。それまでの武術に加え魔法も加わることで戦略の幅が広がり、戦力の増強となった。『学校』を出た者が皆国の騎士になったわけではなかったが、フリーの冒険者として各地の魔族の残党を狩ることで人間界の防衛を行うようになった。
私たちの住む街にもそれなりに大きな『学校』があり、今日から私たちはそこに通うことになるのであった。
「さて、みなさんそれぞれ指定された場所へ行って、適性試験を受けてきてください。終わったら結果を書いた書類をまたここに持ってきてください」
見た目いかにも優しそうな教師が私たちに紙を配る。自分たちの教室に着くや、アレンに跳び蹴りを食わらせたところ、首が痛くなるくらいに首根っこを掴まれ引きずりまわされた私は、まだ痛む首を抑えながら指定された場所へ向かう。
「ティアナも一緒みたいだね」
「カガリも? じゃ、いこっか」
書類に書かれていた場所は魔法学の研究室だった。ということで最初の適正試験は自分の魔力の大きさと属性を測るのだ。
部屋の中に入ると、最初に聞こえたのは爆発音だった。何事かと奥の方を覗いてみると、顔を真っ黒にして、口から煙を吐いてる生徒がいた。
「どうやら君は炎属性に適性があるようだね。魔力の方もそこそこあるようだ。しかしこの様じゃ、制御が全くできていない。魔導士としての適性はあまりないかな。ま、才能ゼロというわけじゃないから諦めるな」
生徒の様子を見て、教師であろう人が的確にアドバイスをしていく。なるほどこういう形式で行っていくのか。先ほどの生徒は手にガラスでできたような球を持っていた。あれがその人その人の適性を測ってくれるのだろう。
なんとも便利なものだ。とそんなことを思っていると、どこからかひそひそ声が聞こえてき
た。
「おい知ってるか? 今あそこで立ち会ってる人、首都の方から来たお偉いさんらしいぞ?」
「なんでまたこんな田舎に?」
「そんなの知るかよ……。でもここでいいところ見せたら、もしかしたら騎士団への推薦がもらえるかもしれないぞ!? あの人、騎士団長と知り合いらしいからな」
首都から来た人、か。それはなんとも好都合た。彼らの言う通りここでいいところを見せれば、勇者への道がまた一つ近くなるはず。
「カガリ! 頑張ろうね!」
「え、あっ、あ、うん……?」
どうやらカガリはさっきの会話が聞こえてなかったみたいだ。顔をかしげてとりあえず私に合わせて意気込んでくれた。
とはいえ私たちの順番はまだなので他の人たちの様子を眺めてでもいた。
今やってる人は小さい水の塊がふよふよと浮かんでいた。これは水属性らしい。また別の人はこちらにまで届くほどの強い風を吹かせた。さすがにそろそろわかってきた風属性だ。しかもかなり魔力は高そうに思える。
中には全く反応しない魔力ゼロの人もいたが、それはそれで別の特徴があるらしいけど、よく聞こえなかったからまたあとで誰かにでも聞くか。
そうこうしているうちにそろそろ自分たちの番が回ってきそうになってきた。
「次の人―」
「ええっと、次は……カガリさん」
というか自分たちだった。カガリは緊張した様子でちょっと上ずった返事をしてガラス玉の前に行く。
「ははは、緊張しなくていいのよ。むしろリラックスしないとあなたの魔力をしっかりと測れないからね。さ、深呼吸して」
あのお偉いさん、対応がすごく丁寧だ。カチコチに緊張してるカガリを優しくリラックスさせてる。お偉いさんって意地悪なイメージあったけど、意外とそうでもないかもしれないな。
「さて、落ち着いたらその球を触ってごらん。ゆっくりと息を吐きながら、自分の心の内をその球に映す感じにね。そうそういいね。筋がいいよ」
指示に従ってカガリは球を両手で包むように持ち、目を閉じた。
すると、彼女の周りに何やら淡い光が漂い出した。それは様々な色に移り変わり、次第に輝きを増していく。
「これは……」
お偉いさんのお姉さんは何やら驚いた様子でカガリを見ていた。私はその眩しさにカガリを直視できないでいた。
未だに光は輝きを放ち続けている。その色は赤から緑、黄、青へとまるで虹のようなものだった。さらにあんなにも激しい光なのにだんだんと見ていても眩さを感じなくなってきていた。目が慣れているというよりも光がそんなに強くないといったほうかもしれない。
「……カガリさん、もう大丈夫よ」
お姉さんは球をカガリの手の上からそっと触る。それに彼女はハッとして手を離した。
「はい、お疲れ様」
笑みを浮かべて、お姉さんは球を受け取った。
「君は非常に珍しい子だ。全属性を使えるなんてそうそういないよ。それに魔力の大きさも安定度もダントツだ。魔導士の才能はもちろん、研究者としてもちゃんと勉強さえすれば、簡単になれるよ。うん、非常に将来有望だ」
お姉さんは満面の笑みを浮かべて、カガリに賛辞を送る。当のカガリはなんで自分がこんなにも褒められているのかわかっていないみたいだ。
そんな困ってる彼女を見ていて微笑ましく思うが、あまり放っておくのは可哀想だ。
「すごいじゃん、カガリ! 全属性が使えるって見たことも聞いたこともないよ!」
「え、あ、ありがとう……。でも、ほんとに私なんかが?」
「そうだよ! だっていろんな色の光がきれいに光ってたんだから間違いないって! 珍しい才能だなんてまるで『勇者』みたいだね!」
「『勇者』……? でもそれは、ティアナが……」
「別に『勇者』が一人だけなんて言ってないよ? よしこうなったらカガリも私と一緒に『勇者』を目指そう!」
幼馴染がまさかこんなすごい才能を秘めていたなんて驚きだ。ちょっと羨ましいけど、カガリにも私と一緒に『勇者』になってほしいな。
「えーっと、ちょっといいかな?」
なんて二人で盛り上がっていたらお姉さんが引き気味に声をかけてきた。
「はい、どうしました?」
「ごめんね、今一応試験中だからなるべく静かにするようにお願いね。あと、君の友達、カガリちゃんも君の元気についていけてないみたいだよ?」
「あれ?」
言われてカガリの方を見ると、確かにまだ何か変な顔をしていた。
「さ、二人とも試験を続けるから戻りたまえ……というか君、ティアナさんだね。ならいいや、次は君だからこのままやろう」
資料に目を落としたお姉さんはふーん、と面白そうに笑っていた。
「さ、やり方は友達のを見ていたからわかるだろう?」
「はい!」
落ち着いたカガリはいったん下がり、私はカガリがやったように体の力を抜いてガラス球を抱える。瞬間、体の中から何かが抜けるような感覚に襲われる。突然のことにビクッと体が震えるが、不思議と不快な気分ではなかったので、球を落とさずに済んだ。
なかなか重そうに見えるガラス球は意外と軽かった。持っていないと思ってしまうほど、手に触れる感触だけが唯一持っているということを証明していた。
しかし一体、ガラス球はどういう変化を起こしているのだろうか。気になる。目を開けてもいいのかな……?
ええい、我慢できん! ということでゆっくり片目を開ける。
「ん……?」
あれ? 私今、球、持ってるよね?
思わずそう思ってしまった。しかし感触はある。でも私の手には何もなかった。
「………」
チラッとお姉さんの方を見る。
「っ………」
お姉さんも驚いた顔をしていた。いや、驚きながらもどこか嬉しそうな顔でもあった。
「あっ」
目が合った。改めて見るとお姉さんはすごく美人だ。いかにも大人な女性って感じがする。目の下の隈がちょっと不健康さを露わにしているが、それでもついつい見惚れてしまう。
そんなお姉さんは私に向かってニコリと笑った。
「ティアナさん、もういいですよ。手を離してください」
彼女の手が私に添えられる。私は指示に従って手を離した。その瞬間、見えなかったガラス球は姿を現し、お姉さんの手の上に乗った。
「カガリちゃんも、素晴らしい素質を持ってたけど、君も君で随分珍しいよ。魔力量は平均より上って感じだけど、私も文献でしか見たことのない属性を持ってるよ」
「えっ?」
お姉さんの説明に頭が真っ白になる。『私も珍しい才能』がある!? それだけで胸の高鳴りが止まらなかった。
「ティアナさ、いいやティアナちゃん。君の属性は『空属性』だ。古代からその存在を疑われいた『古代魔法』となるね。研究者として非常に興味が湧いたよ」
「『空属性』……? どんな魔法なんですか?」
「私も実際に見たことないからわからないが、過去の人は瞬間移動や特殊な空間の作成など耳を疑うような物を使っていたそうだよ。かなり想像力に頼るものだそうだ」
興奮した様子でお姉さんは話す。とりあえず「珍しいけど扱いが難しい魔法」そういう認識をしておけばいいのかな?
「君もここでしっかり学べば、うちの大学に余裕で来れるだろうね」
と、語るも何かを思い出したように苦笑いをした。
「君は『勇者』になりたがっていたね。それだと首都のギルドへの紹介状の方がいいのかな? まあ、いずれにせよ2年間、まじめに学びなさい」
「は、はい! 頑張ります!」
いろいろとまだ混乱しているけど励ましを受けたことはわかった。私はお礼を言って、書類を受け取り、カガリと共に研究室をあとにした。
「すごいね、私たち褒められちゃった」
「そうだね。それにあの人、この国一番の魔導士だから余計にうれしいな」
「えっ、そうなの?」
あのお姉さんそんなにすごい人だったんだ。
「ティアナ、知らないの? あの人はアマネ=リュネイオンさん。首都にあるファフレーン大学の国立研究所所長でこの国一番の魔導士で天才なんだよ。昔は今の騎士団長さんと一緒に戦争に行ってたらしいし、ものすごい有名な人なんだ。ティアナ、知らない?」
「うーん……なんか聞き覚えはあるなぁ……。けど思い出せない」
でも確かに見た感じ、只者じゃない雰囲気はあったからきっとほんとなんだろうな。それならもっといろいろお話聞きたかったなー。
「この国の有名人なんだからちゃんと覚えてないと駄目だよ?」
「はーい……」
覚えるのは苦手なんだよなーと内心そんなことを思いながら、やっぱり私は言い渡された自分の魔法について考える。
「カガリはさ、『空属性』って知ってた?」
「ううん。私も初めて聞いたよ。文献に載ってるだけなんてほんとに珍しいんだね。よかったじゃん、ティアナも『勇者』らしくなれるんじゃないの?」
「ほんとだ! カガリもだし、おそろいだね。やっぱり二人で『勇者』を目――」
「それはまだわからないよ」
「まだ全部言い終えてない!?」
「ティアナが言いたいことなんてすぐにわかるわよ……。ほら、次の試験に向かお?」
カガリも『勇者』になってずっと一緒にいてほしいのにな……。
別に強制するわけじゃないけど、やっぱりみんな『勇者』になればずっと一緒にいられると思う。他の道だといつか別れちゃうかもしれないから………。
「ティアナ? 大丈夫?」
「う、うん。すぐ行く!」
先に歩いていたカガリが心配そうにこっちを呼ぶ。私は心配ないよと返して彼女のもとへ行く。
ダメだよ私。そんな弱気を考えちゃダメだ。前向きに前向きに。まだまだ時間はいっぱいあるんだからね。
「あー終わった終わった」
全ての試験を終え、最初の場所へと戻ってきた。あれから体力や知識、武術などいろんな試験を受け、すべて終わった時にはもう夕暮れ時になっていた。
「私ももうへとへとだよ。最後に体力試験なんてほんとにひどかった」
「カガリ、最下位だったもんね」
「うぅ~運動は苦手なのよ――」
ついさっきまでやっていたのはグラウンド5周を周るタイムを測るものだった。私は一位にはなれなかったけど、上位の成績を修めた。対して未だにヘロヘロなカガリは最下位。しかも他のグループを含めての最下位だった。
「この様子だとカガリはほんとに魔法一辺倒なんだね……」
「だから最初に言ったもん……」
ちなみに他の試験だと、知識試験では私は平均ちょい上で、カガリは3位だった。サバイバル試験では二人一組だったのでカガリと組んだところ、どこかのチームと同率一位だった。そして武術試験では……
「まさか武術試験で騎士団長さんがいるとはね……」
「アマネさんもいたし、今年はどうしたんだろうね……」
なんと国王様を守る騎士団の長、騎士団長の人が直接試験してくれたのだった。しかもその内容は、
「本人と手合わせするだなんてそれだけでもう、一生に二度もない機会だよ」
「カガリは何もできないまま瞬殺だったけどねー」
騎士団長との手合わせ、カガリを含めたほとんどの生徒は手も足も出ずに文字通り一撃でのされていった。
「それはまあ、私はそっち関係はさっぱりだから……。でもティアナはすごかったね」
「えへへ、ありがとう」
私はというと、向こうは全く本気を出してないとはいえ、騎士団長さんと10分近く戦っていた。その間に何回かチャンスもあったけど、そこを攻めきれず結局押し負けてしまった。でも、終わった後、騎士団長さんは私をすごく褒めてくれた。
「アマネさんからも、騎士団長さん、ええとランドルフ様だっけ? その方にも褒められてティアナは将来有望ね」
「ふふん! だって私は『勇者』になるのよ。今のうちから才能は十分発揮してないと駄目なの。でも、魔法に関してはカガリには勝てないかな……。さすがに断トツトップには勝てないよ……」
「私はむしろそれしかないからね………。あっ、兄さんたち戻ってきたよ」
カガリが遠くに向かって手を振る。そっちを見るとアレンとシーラがこっちへ来ていた。
「二人の方が先に終わってたのか。お疲れさま」
「そっちこそお疲れ! で、どうだった?」
私たち四人はそれぞれ結果を見せ合う。
アレンはすべてが平均以上、しかも多くが5位以内に入るという素晴らしい成績だった。一方のシーラもアレンほどではないが平均以上で特に体力といった身体面で私たちを圧倒していた。
「二人ともバランスいいね……。私たちなんてデコボコだよ」
「まあ何かに尖っているっていうのもその才能を伸ばしやすくていいかもしれないから別に悪いことではない。が……二人は魔法の才能がすごいな」
「カガリほどじゃないよー」
「珍しさなら、ティアナも負けてないと思うよ?」
「いや、俺たち二人に比べれば十分すげえよ。俺はまだ『木属性』ってわかったからいいけど、アレンなんてひどいぜ?」
シーラが何か思い出したようでゲラゲラ笑いだした。私とカガリが首を傾げていると、アレンが少し恥ずかしそうに話した。
「どうやら俺は魔力ゼロらしいんだ……。一切魔法が使えない、魔法が通用しないという特異な体質らしい」
「魔力ゼロ? そういえばそんな人もいるって聞いたけど、アレンがそうなんだ……。なんか何でもこなせるイメージあるから意外だなぁ」
「でも、魔法が通用しないってすごいよね。それってあらゆる魔法?」
「いや、呪いとかそういう類の魔法だけらしい。攻撃魔法や回復魔法は通用するらしいって」
四人ともバラバラな結果でそれはそれで面白かった。似たり寄ったりだと戦いの際に戦術の幅が狭まっちゃうしね。
とまあ、そんなこんなで試験は無事に終わった。
それで次にすべきなのは………。
「で、何を専攻にする?」
「やっぱりその話になるか」
「元々これの結果次第って言ったじゃん」
「でも決まってなかったのティアナだけじゃなかった?」
「え? みんな変えないの?」
みんなは頷く。あれ? もしかしてまだなの私だけ?
「えっどうしよう………」
私は慌てて学校から配布された資料を見る。この学校にある専攻一覧のページに行き、自分の試験結果と照らし合わせていく。
しかし私の結果だと、候補がたくさんありどれにしようか悩んでしまう。というか多すぎる!
おそらく一番無難なのはアレンと同じ『騎士』。でもそれじゃ面白くないんだよなー……。あとはちょっと意匠をこらして『影殺士』というのもありかもしれない……。他にも面白そうでしかもなれるものがいっぱいあるからほんとに質悪い……。
「ぐぬぬぬ……」
「別に今日までに決めないといけないわけじゃないから、焦らなくてもいいんじゃないか? それに俺たちも手伝うから今日はもう帰ろう」
「アレン……! ありがとー!」
何と優しい友か……。思わず涙が出そうになる。
「まあ、いつか俺たち4人でパーティーを組むってんなら、バランスがよくなるようにしないと駄目だしな。といっても前衛なのは確実だろうけど」
「それも含めて、だ。じゃ、行くぞ」
こうして私たちの一日は終わった。明日からは本格的に授業が始まる。私の『勇者』への道。本当のスタートでもある。
昔から夢見ていたお伽噺の『勇者』や『英雄』。彼らの始まりも些細な日常からだった。だから今はまだこんなものでいい。
これから親友たちと共にいろんなものに出会うだろう。でも、きっと、いや間違いなく、私たちにとって忘れられない思い出になるだろう……。
私は、そう信じている…………。
この辺りはサクサク進める予定です
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