一閃は新たな時代の幕開けに
ポトス村のすぐ周辺。アレンは押し寄せてくる魔族を一人で相手取っていた。幸いにも攻めてくるのは一方向だけだったので、守りやすかったが、その数に押され気味でもあった。
「くっ……! さすがに数が多い、な!」
獣人の攻撃を盾で受け止め、押し返す。そして体勢を崩したところに剣で斬りかかった。複数で襲い掛かれた時でも冷静に剣と盾で受け止め、時には躱すことで猛攻を凌いでいた。
それでも大群で来られると捌ききれない。大事には至らないが傷を負っている。
「はぁ、はぁ……。この先には行かせるものか!」
今いるこの場所は、シーラが防衛対策のために作った簡易拠点のようなものだ。彼の魔法で土嚢を積み立て、敵の動きを限定させる。そして唯一の出口であり、一番狭い場所でアレンが待ち構えている。そのため、非常に守りやすい場所でもあるのだ。
カガリ曰く、この場所以外からは敵は来ていない。そのため他の所は気にせず、ただここだけを守ることにアレンは専念していた。
「せやぁぁ!」
また一体斬り伏せる。さすがに一人ではこの数は厳しい。後どれだけいるのだろうか。まだ終わりは見えない。
「みんなは大丈夫だろうか……」
だが、アレンは自分のことよりも前線で戦う友のことを心配する。一人で『不死王』を抑えるといったティアナ。シーラがサポートするとはいえ、心配だ。そして前線に向かったカガリも……。
「無茶はしてほしくないんだよな……」
なんて独り言を言ったが、おそらく「お前に言われたくない」と突っ込まれるだろうな、と思わず苦笑した。
そんな中でもアレンはとにかく敵を後ろに行かせないよう守りに徹する。
しかし、いくら守りやすい状況といえども未熟なアレンではその全てを守り切ることはできなかった。
「しまった――!」
味方を犠牲にし、一体の魔族がアレンの脇を抜けていく。
慌てて追おうとするが、まだまだ攻め込んでくる敵に押されて、できなかった。
焦る。このままただ追いかけても魔族たちを村に近づけてしまうだけ。地の利を生かして守っていたのにそれを自ら放棄してしまう。それだけはやってはいけない。考えを巡らす。しかし、間に合わない。
その時、後方で銃声が響いた。それからすぐに自分の元に誰かが近づいてくる。そこへ銃声が数回。その音と同じ数だけアレンが抑えていた魔族が倒れる。
「大丈夫か!?」
シーラだった。彼の元に駆け寄りながらも二丁拳銃で次々と魔族を倒す。
「ああ! すまない。それよりもなんでシーラがいるんだ?」
ティアナのサポートを頼んでいたはずなのだが……。
「予定が変わった。あいつの所にはカガリがいる。俺はお前のサポートだ。」
「どういうことだ? 予定ではまだのはずじゃ……」
「俺に聞くな! カガリが任せろって言って聞かねえんだ。口論しても時間の無駄だから折れたんだよ」
カガリが任せろ? 何か策があるのか? いやそれよりも大丈夫なのか……?
想定外の事態だ。だが今の状況ではそれに対してどうすることもできない。
「あいつらのことをどうこうするにはここをなんとかしないと始まらねえ。見て回ったが、ここ以外に敵はいなかった。とにかく俺とお前でここを何とか凌ぐぞ」
シーラの言う通りだった。今ここを放棄するわけにはいかない。悔しいが、彼女たちの無事をただただ心配することしかできなかった。
「《聖光》」
カガリがそう一言放った。その瞬間、『不死王』を中心に光が起こる。
「――《呪怨一―》……」
『不死王』もまた魔法を唱えようとしていた。しかし、カガリの方が速かった。
空へと突き刺さる光の柱が『不死王』を包んだ。以前にもこの魔法を見たことがあるが、その時とは何もかもが違う。柱の高さ、太さ、光の密度。そして何よりも魔力の量が明らかに常軌を逸していた。『不死王』のおかげでいくらか慣れていたと思っていたが、これはそれを超えていた。
『恐怖』というべきであろうか。今私はこの光を見て、そう感じていた。
「この程度の魔法で我が滅ぶとでも……」
光の中で『不死王』が必死にもがいていた。あれだけの魔力を受けてもまだ耐えるというのだろうか。
「おお……おおおお……!?」
いや、《解析眼》を伝って見ればわかる。『不死王』の魔力はカガリの魔法に完全に押し負けていた。
「《呪怨――》……おお……《呪―――》……。おおおお」
対抗する呪文を唱えようとしているが、抵抗するのが手一杯のようでもうままならない。
私は刀を納め、カガリの元へと戻る。カガリは魔法の発動に集中していて、私に気づいていない。《魔力圧縮》で溜めこんだ自分の魔力、そして《魔力爆発》によってさらに増幅された魔力。自分の何倍もの魔力を制御しているのだ。一歩間違えればこの辺りを焦土としかねないほどの魔力を彼女は操っている。
だから私もその手伝いをする。
「《流魔制水》」
目の前の強大な魔力を私の魔力が包み込む。壁を作って漏れないようにしてあげるのだ。
しかし、
「重っ……!? 想像以上だこれ……」
斜面を転がり落ちてくる巨大な岩を一人で押している感覚だ。少しでも気を抜くと私まで飲み込まれてしまいそうになる。
「はああぁぁぁぁぁぁぁ!」
カガリは叫んだ。魔力がまた厚くなる。肉眼では光の中の敵を見ることはできない。さらに《解析眼》で見える魔力も減っていた。
「いけー! カガリ!」
昼と勘違いしてしまいそうになるほどの明るさ。眩いほどの光が辺りを包んだ。
そうして光は収束していった。また月明かりだけの夜の暗さが戻ってきた。
「……どうなった?」
魔法を解き、フラフラとカガリが地面に倒れこむ。
「カガリ!」
私はすぐに駆け寄り、肩を掴んで支えてやった。その一方で敵の様子を見る。《解析眼》はわずかな魔力を観測した。
「おお……お、おのれぇ!!! こ、ここ、この程度……この程度ぉぉぉ!!」
あれだけの魔法を受けたにもかかわらず、『不死王』はまだその姿を保っていた。それでも体というか骨は欠け、腕も落ちている。そして魔力はもはや欠片も残っていなかった。
「許さんぞぉ!! 我に、我にこのような無様な目に遭わせるとはぁぁぁ!」
もはや断末魔にしか聞こえなかった。おそらくもう大した魔法も使えない。抵抗もできないだろう。それに……
私はカガリをゆっくりと地面に座らせ、刀を抜き、『不死王』の前に立った。
「さすがにこれ以上は再生できないよね?」
『不死王』の表情が明らかに変わった。今までの不遜で余裕のあったものとは違い、怯え恐怖に塗れていた。
ああ、やっぱりか。
「これで終わりだ!」
一閃。『不死王』の体は真っ二つとなった。
「な、なぜ……なぜ我が……」
最初の夜のように地面に崩れ落ちる。しかしそれだけだった。再生する兆しは見えない。なにより《解析眼》はもう目の前の骨になんの魔力を示してはいなかった。
「た、倒した………」
体から力が抜ける。2.3歩後ずさりし、膝をついた。《俯瞰閉鎖》で使った魔力、そして今のカガリの魔力を抑えるために使った分で私の魔力ももうスッカラカンだ。これ以上は戦えない。《解析眼》も解けていた。
「さすがカガリ。人には散々無茶するなと言うくせに自分はこんな博打みたいなことをするんだから……」
よろよろと立ち上がってカガリのもとまで歩く。カガリも魔力を使い切り疲労困憊といった様子だが、私の言葉に苦い笑いしていた。
「でもほら、うまくいったでしょ? ティアナも《俯瞰閉鎖》使ってたから朝までもたないだろうし……。ね?」
「ね、じゃないよ。まったく……。そういえばアレンたちはーー」
そう言った時、後ろの方で誰かが来る音がした。
振り返ると
「何くつろいでるんだ……ってまさか!?」
アレンとシーラがやってきた。二人とも大きな傷はないがボロボロだった。それに息も切れている。心配して急いできてくれたのかな?
「うん、カガリがやっつけてくれたよ」
「トドメはティアナが差したんだけどね」
二人は驚いた顔で私たちを見ていた。それもそうだろう。本当はもっと日数をかけるつもりだったのだ。それがご覧の有様だ。まあ、その分私たちの消費も半端なかったけど。
「カガリが珍しく任せろなんて言ったと思ったら……まさか二人で片を付けるつもりだったのか」
驚きからやがて呆れの表情に変わり、二人もまた腰をおろした。
「そっちは大丈夫なの? 手下、攻めてきたりは?」
「それなら心配ない。全部片付けたよ。おかげでここに来るのが遅くなったし、こんなにボロボロだ。まったく……ちゃんと話してくれよ」
「ごめんね……。きっと反対されると思ったんだ。兄さん、心配性だから」
「心配するのは当たり前だろ! 一歩間違えればお前もティアナもただじゃ済まなかったんだ。うまくいったからいいものの……」
「はいはいそこまで。みんなへとへとなんだ。小言はまた今度にしよう。それよりもまずは村に戻らないと。無事に討伐を終えたことを報告しよう」
アレンが立ち上がる。私たちもそれに続いた。
村に戻り、クーガさんをはじめ、村の人たちに『不死王』を倒したことを報告した。その報せにみんなが驚いた。なにせあの『不死王』が倒されたのだ。オズさんやアマネさんもなしえなかったこと、それが私たちによって成し遂げられたのだ。
「こんな短期間で追い返すどころか倒したのか……信じられない」
「敵の取り巻きもあらかた倒しています。残党がいるかもしれないのでもうしばらくは滞在しますが、もう『不死王』のことで心配することはなくなるでしょう」
アレンがそう説明すると村中で歓声があがった。まだ真夜中というのに村の広場にはたくさんの人が集まっており、皆が互いに喜び合っていた。
村長のニーデルさんも大きく騒ぎはしないいがほっとした様子で笑顔だった。
「嬢ちゃん、ありがとよ! あんたのおかげでもう魔族に怯えなくて済む。ほんとにありがとな!」
私が手伝いをしていた時に親切にしてくれたおじさんが私の肩をバシバシ叩いてきた。
「あはは、ありがとうございます」
「もうしばらくいるんだろ? 魔族が来ないなら明日から祭りだ! しっかり楽しんでくれよ」
「そうだそうだ! あんたたちには感謝してもしきれねえ! ぜひともお礼をさせてくれ!」
村の人たちは私たちを囲うようにし、次々に感謝の言葉を述べてくる。初めての依頼を達成し、それでここまでのお礼を言われるとなんだかむずがゆい……。でもそれがちょっと誇らしくもあったりもするな。
「ほらほら皆もそれくらいで勘弁してやってくれ。疲れてるだろうし今日はもう休んでもらおう。いつまでもボロボロでいてもらってもこっちが申し訳ないからな」
あわやもみくちゃにされそうなところでクーガさんが割って入った。それでようやくみんな落ち着いた。
「改めてありがとな。まさかここまでの成果とは思わなかったが、ひとまずこの村は安泰だ。今日はゆっくり休んでくれ。みんなが言ったように明日の夜から祭りだ。ぜひとも参加してくれよな」
それから興奮冷めぬままみんな自分の家に戻っていった。私たちもようやく宿に戻り、腰を下ろした。
言われた通り、私たちはすっかり疲れ切ってしまっていた・だから、もどってすぐに私たちは力尽き、そのまま眠ってしまった。
かくして私たちの初仕事は成功という結果で幕を閉じたのであった。
次回は後日談+次のお話です