最初の襲撃
目の前には魔族の大群。見た所、獣人や屍兵で構成されている。私が知らないような魔族や強力な魔族はいないみたいだ。
私に気づいた一部が声を上げて襲い掛かってきた。鋭く尖った爪を剣を私に浴びせてくる。
だけど、そんな止まって見えるような速さじゃ、私に当てることなんてできない。かいくぐる様に攻撃を躱していき、逆に私がすれ違いざまに一太刀斬っていく。それだけで私が通った跡にいた魔族たちは倒れていった。
そして彼らは私を標的として定めた。後から来ていた一群も私の存在を認知し、向かってきている。
「この感じなら私一人で十分かな?」
狼と犬を合わせたような何とも言い難い獣人を2体斬り伏せ、私は思わず余裕の笑みがこぼれた。
「おっと。忘れてた。《解析眼》っと」
アレン達に頼まれていたことを思い出す。《解析眼》を使い、周囲を見渡す。
「うーん。まだいないのかな」
見える魔力の流れに変なところはない。大体獣人か屍兵のそれしか見えない。『不死王』は魔力の量がすごいって聞くから見ればわかるとは思うけど……。
迫りくる魔族たちを斬り伏せながら周囲への警戒を怠らない。普通の状態でも余裕で躱せるから《解析眼》を使えばもっと楽に躱せる。数も多いので体力温存のために最低限の動きで躱し、斬っていく。
数分もすれば私の周りには魔族の死体でいっぱいになっていた。シーラの援護を必要としないくらいあっさりと事が進んでいる。
しかしまだまだ敵はいる。しかも全く怯む様子がない。味方の死を気にせず、むしろ死体を乗り越えて私に襲い掛かってくる。
「少しは動き、鈍ってくれたらいいのに……」
私の願い虚しく、魔族たちは動きを緩めてくれない。幸い別動隊とかはいないようで村に向かっているということはないようだ。
「あー鬱陶しい!」
数が減っているのは確実だ。だけどまだまだいる。いくら楽勝とはいえ、この数は骨が折れる。
「よっとっと」
一旦距離を取って息を整える。そして改めて周りを見回した。
「ん? まじかぁ」
奥の方から今までとは違う魔力の塊が見えてきた。強大というわけではないので目当ての敵じゃなさそうだ。
そうして待っていると新手の敵がやってきた。今までの獣人は茶色の毛だったが、次のは青白い毛だった。大きさも一回り大きく、体から毛と同色の煙が出ている。
「なんだっけ、あれ?」
どこかで見たことがある。獣人の上位個体なのは確実なんだろうけど。
なけなしの知識で思い出そうとするがわからなかった。そしてさらに増援が現れた。
「屍兵の上位個体もか!」
さっきまでの屍兵はみすぼらしい見た目だったが、今度のやつは違った。鎧を着け、兵士のようなふるまいをしていた。
「面白くなってきたじゃん……!」
今までのは尖兵に過ぎないというわけだ。思った通り、最初のやつらは後から来た魔族たちに対して明らかに怯えていた。青白い獣人によって何体かが吹っ飛ばされている。
相手は私を見た。そして
ウオオォォォォォォォォォォン!
と耳を塞ぎたくなるような雄叫びをあげた。
「~~っ! うっさ……」
そんな声あげなくても私は怯えも逃げもしないのに……。
「それじゃ、第二ラウンド開始といきますか」
刀を抜いて、再び駆ける。
遠くから獣の雄叫びが聞こえる。村人たちの中で小さく悲鳴があがった。
「ティアナ大丈夫かな?」
「シーラもついてることだし、大丈夫だよ。ティアナもそれくらいの分別はついてるだろうしね」
今、アレンとカガリは村の中で村人の保護をしていた。襲撃の方角はわかったが、別の場所からの奇襲は大いにありえる。そこで二人はそれに備えてここで待機ということになっていた。
「にしてもシーラからの連絡が来ないな……。まだ本命は来てないということなのか?」
目的である『不死王』が現れたら、シーラから合図がある。そう決めていたが、襲撃が始まってもなお、なんの音沙汰もない。
「今日は出てこないのかもしれないな」
「今まではオズさんが相手してたから、その対策なのかな?」
「一度は相対しておきたいんだけどな……」
アレンの考えた策では一度『不死王』と相対する必要があった。しかし出てこないとなると彼の策は失敗はおろか自分たちの身にも危険が迫ってしまう。
まだ初日だからということもあるかもしれない。とはいえ不安になることには違いない。
「一応私も索敵魔法使ったけど、他のところからは来てないみたいだよ。気配を消せる魔法も使ってる様子もないしね」
「そんなのもわかるのか?」
「うん。ティアナの『空魔法』を参考にしてね。特に大それた魔法なんかじゃなくて、ただ私の魔力を流すの。それで魔力のあるものにぶつかれば異常として察知できるっていう感じかな? だからアレンくんのみたいに魔力のない人には意味がないんだけどね。でも魔族はみんな魔力があるから効果的なんだ」
「なるほどな……。魔法に関しては俺はさっぱりだからな。助かるよ。だけど、あんまり魔力を使うなよ?」
不安になっていたことだが、カガリのおかげで意外にもあっさりと後顧の憂いは断てた。あとは待つだけとなった。
ティアナの活躍のおかげで討ち漏らしもない。だからといって気を抜いていいわけではない。アレンがそう思っていた時、カガリが声をあげた。
「来たよ! 合図!」
すぐにティアナたちがいる方角を見た。すると白い煙が昇っていた。
「現れたか……カガリ! 行くぞ!」
「これで最後!」
屍兵を倒し、辺りにいた魔族はこれで倒しきった。いくらかは逃げていったが追う必要はないので無視した。新手の魔族はなかなか強く、一撃で倒せないし、避けてくるからなかなか厄介だった。
それでもほぼ無傷で全部倒した。
「さすがにこれ以上は打ち止めかな?」
かれこれ数十分は戦っていた。大量の魔族の死体がそこら中に転がっていた。
新手が来る気配もない。今日はこれ以上来ないのだろうか……?
「結局来なかったな……」
もう一度敵が来た方角を見て、もう来ないかを確かめる。
「……えっ?」
《解析眼》が何かの飛来を示した。それは真っ直ぐ私のところへ向かって来ている。
「ーーっ!」
私はとっさにその場を離れた。それと同時に私がさっきまでいたところが突然爆ぜた。
「な、なに!?」
慌ててもう一度何かが飛来して来た方を見た。すると先ほどと同じものが2つ3つと迫って来ていた。
「わわっ! 何なの?」
《解析眼》を頼りに謎の攻撃を躱していく。その間も攻撃の出所を探るべく、辺りへの注意を怠らない。
そして見つけた。今までに見たことのないくらいの魔力の数値。思わず吐きそうになるくらい濃い魔力の塊。私は口に手を当て、吐き気を堪える。
しばらくすると攻撃は止んだ。そしてそれはゆっくりと私の前にその姿を現した。
「……斯様な幼き女子が我が配下を下したのか……。何とも嘆かわしいことよ」
黒に近い紫色のマントを羽織り、手には白く鈍い光を放つ錫杖を持っていた。さらには金色であろう王冠には腐食したような跡が見られる。そしてその体は骨だけでできていた。にも関わらず、ぽっかりと空いた双眸からは妖しい光が漏れていた。
実際に見たことはないが、直感でわかった。あれが『不死王』だ。
「ふむふむ。面妖な魔力を持っておる。我が知り得ぬ魔を持つものか……。然れば我が配下が敗れるのも道理か。女子よ、何者だ?」
敵意がないのだろうか? 『不死王』は私に興味を持っているみたいだ。それなら
……
「私はティアナ。お前を倒しに来たの」
「我を? 何故我を倒そうと言うのだ?」
「この先にある村を襲って食べ物を奪いにきたんでしょ? 抵抗するのは当然じゃん!」
「我ら魔族が人族を襲うのは摂理、本能である。貴様はそれに刃向かうというのか?」
会話成立してるのかな……? シーラ気づいてるんだよね? 早く合図を送ってよ。
「それはそっちの勝手な言い分でしょ? 別に襲わなくたって分けてもらうとか、買うとかすればいいじゃん」
「カッカッカッ。面白いことを言う。今までの人間は斯様なことを言うことはなかった。我を何度も打ち倒したあの人族も人族に仇なすならば倒すと言っておったな。ああ、あの者は強かった。はて、此度はおらぬのか?」
オズさんのことかな? というかなんか笑ってるんだけど……。どうしたらいいんだよ。ほんとに。
「その人はいないよ。お前なんか私だけで十分なんだって」
「戯言を。あれは我を滅ぼすことはできなかった。此度もおるのだろう?」
うーん。どうしよう。たぶんコミュニケーション取れてないな。あー私じゃ会話つづけられないよ!
「……ふむ?」
今まで私を見ていた『不死王』が私の後方に視線を移した。私もつられて見ると、後ろの方で煙が昇っていた。あれは事前に打ち合わせていたシーラの合図だった。
「やはり、か。貴様は一人でないようだ。然れば囮か……」
そう言うと、『不死王』の持つ錫杖が淡く光る。あ、やばい。
錫杖から光弾が放たれる。私は即座に動き、それらを斬り落とした。
「ほう、今のを打ち消すか。やはり貴様はただならぬ者のようだ」
よかった。『不死王』は私に狙いをシフトしてくれた。あとはみんなを待つだけだ。
「悪いけど、お前にこれ以上進ませないよ。私がいる限りね!」
「面白い。『不死王』たる我を倒そうと言うのか。面白いぞ!」
錫杖を掲げ、光弾を放つ。今度はそれらを躱していく。あれだけ啖呵をきったけど、倒すつもりは全くない。私の役目はとにかく時間を稼ぎ、敵の狙いを私に集中させること。
相手はその場から動くことなくひたすら光弾を飛ばしてくる。相変わらず気持ちの悪い魔力はその量を全く減らすことなく『不死王』の中で渦巻いていた。
そんな中で私は《解析眼》で『不死王』を注視していく。数値化して見ることのできる敵の魔力量は確かに今までに見たことがなかった。あのアマネさんをも凌駕していた。
「我を倒すのではないのか? 逃げてばかりでは何も意味がないぞ」
挑発してきた。ま、そろそろ攻めないと怪しまれそうだしね。
私は、光弾を掻い潜って『不死王』に近づく。そして敵の懐に潜り込むとその体を一気に斬り裂いた。
「うお、おおおおお?」
『不死王』の体は真っ二つに崩れる。え、脆くない?
だけど、私の目の前で『不死王』の体はみるみるうちに元に戻った。
「…………なんとも綺麗な太刀筋。貴様、実に興味深い」
普通なら今のでアウトだと思うんだけどな……。これが『不死王』か。確かオズさんが言うには『不死王』は死なないけど太陽の下では弱体化するから夜しか活動しないらしい。……夜明けまであと何時間だ? 体力持つかな?
「さて、次は我の番だ。……《闇の音階》」
錫杖が黒く光ったと思うと様々な大きさの黒弾が飛んできた。しかもただ飛んでくるだけじゃない。私を追尾してきていた。
追尾は面倒だ。私は黒弾を消そうと刀で斬る。しかし、
「はっ?」
黒弾は刀を避けるように動き、消えることなく私に向かってそのまま飛んできた。一瞬呆気に取られたが、魔力の動きを見てなんとか躱した。
「今のは当てたと思ったが……然れば……《暗黒流星》」
今度は私の頭上が光る。しかも動きに合わせてついてくる。《解析眼》でその動きを追う。その間も黒弾は私を狙ってきていた。
「……今!」
魔力の増大を感知する。それと同時に私はその場を大きく離れ、『不死王』に向かって攻撃を仕掛ける。一方、私がいたところには黒い光の柱が大地を削った。私は振り返りもせず、真っ直ぐ敵へ向かった。
「はああぁぁぁ!」
『不死王』の腕を斬る。錫杖を持っている方の腕だ。錫杖は腕と共に地面に落ちた。すると、私を追っていた黒弾は消え、光の柱も消えた。
私の攻撃は終わらない。そのまま刀を振るい続け、『不死王』の体を斬っていく。骨しかない体は私によってボロボロに崩れ落ちた。
距離を取り、息を整える。敵の使う魔法は思ったより厄介だ。《解析眼》があるからまだギリギリ反応できるけど、これ以上のものがこられるとただじゃすまなさそうだ。たぶん、倒して復活するまでは何もできなさそうだからひたすらこうしていくのがよさそうだな。
「愉快なり。愉快なり。我が魔法をいとも容易く避けるとは見事なり。さすがは我を倒すと豪語するだけある。だが、これしきでは我は滅せぬぞ?」
崩れた骨がまた元の形に戻っていく。『不死王』はその顔を気味悪く歪ませ、笑っていた。
「幾ら斬り刻もうが、魔法をぶつけようが、我を滅ぶすことなど到底できぬ。人族如きが
我を滅ぼすことなど不可能なのだ!」
そう叫び、錫杖を掲げた。私はそれを防ぐべくすぐに動いた。
「甘い! 《波光》」
『不死王』を中心に光が放たれる。その光に圧されて私は後ろに弾かれた。
「くっ……!」
面倒な……。相手との距離が離れ、攻撃を許してしまった。
「《光闇二条》」
白と黒、二つの光線が放たれる。それらは歪曲して私に向かって飛んできた。私は容易に躱した。そして再び『不死王』に接近する。が、
「また戻ってくる!?」
躱した光線は方向を反転して私の背後に迫ってきていた。
「しつこいな!」
敵に向かうのを止め、光線を躱すことに専念する。光線はさすがに私じゃ消せない。躱すしかできなかった。
「それだけではないぞ。《束縛の光輪》」
今度は光の輪が飛んできた。魔力の質からしてもなんか厄介そうだ。なるべく触れないように躱していく。どうにか近づきたいけど、相手の魔法のせいで近づくこともままならない。
そろそろみんなが来てもいい頃だけど……。
シーラの合図はあった。ここまでは予定通り。あとはーー
「しまっーー」
光輪を躱し損ねた。私の足に当たるとその部分にがっしりとはまった。同時に私は足に重みを感じた。さらに締め付けられるような痛みも襲ってくる。
「なに……これ……!?」
「呆けてる暇はないぞ?」
言葉通り、私に光線が迫る。避けようにも足が何かに押しつぶされた感触に襲われている今、動くことすらできない。
「ぐうぅぅぅぅ……!?」
光線が私の足を貫く。思ったより重傷ではないが、痛みが全身を駆け回った。おまけに狙われたのは足。さらに機動力を削がれてしまった。
「カッカッカッ。他愛もない。所詮は人族。我の敵ではないようだな」
致命傷ではないが、この足じゃ満足に動けない。《虚構世界》も使っていないのでなかったことにはできない。魔力温存のためとケチっていたのが裏目に出てしまった。次の攻撃は別の『空魔法』で防ぐしかない。それもいつまで続くかわからないけど。
詰んだかも。そう思っていた時、《解析眼》が何かの接近を感知した。それはよく知る魔力。ようやく、か。
「《光矢》!」
遠くから光の矢が放たれる。それは猛スピードで飛んでいき『不死王』の体を射抜いた。
「ティアナ! 大丈夫か?」
隣にシーラがいた。
「あーごめん。ちょっと動けないや」
相手の魔法は今の攻撃で解除されたが、怪我のせいであまり動けなかった。
「ったく……。担ぐぞ」
シーラは私を持ち上げると、その場から離れた。そして敵から離れるとそこにはアレンとカガリもいた。
「待たせたな。ちょっと手間取ってしまった」
「全く遅いよ……」
「ティアナ! 待ってて、すぐに魔法かけるから」
カガリは私の傷口に手をかざすと、魔法を唱えた。
「《治癒》」
淡い光が傷口を包む。数秒後には傷がすっかり消えた。
「大丈夫?」
「うん、完治したとはいえないけど十分動くよ」
わずかに違和感があるが、先程までの痛みはない。さすがカガリ。魔法の効果が高い。
「で、あれが目的のやつでいいのか?」
「うん。自分でも名乗ってた。間違いないよ」
私たちは敵を見る。カガリの魔法によって撃ち抜かれた体はすでに治っていた。そして私たちを見て喋り出した。
「新手か……。しかし今の魔法はよく効いた。……そこの女子か。貴様もまた面妖な魔を持っておる。我と対なす純なる魔を……」
相手の口ぶりからして向こうも魔力が見えるのだろうか。
「このままでは我が不利のようだ。ここは一度退くのがよいようだ」
突然、『不死王』は身を翻した。そしてそのまま元来た方角へと進んでいき、そしてその姿を消した。
「え、あれ? どっか行ったの?」
「わからない……。ティアナわかるか?」
言われて周囲を見渡す。しかしどこにもあの魔力は感じられなかった。
「うん、いないみたい。ほんとに退いた……のかな?」
「そうみたいだ……」
なんだか腑に落ちない。ほんとに数に不利を感じたのかな? とはいえ、ようやく一安心といったところだ。どっと疲れがでたよ。
「とりあえずティアナが倒した魔族たちをどうにかしないとな。屍兵になられても困るし」
「そうだな。ティアナとカガリは先に戻っておいてくれ。後始末は俺とシーラでするから。特にティアナはしっかり休んでくれ。これだけ倒したんだ。疲れているだろ?」
うん、めっちゃ疲れた。ということでお言葉に甘えよう。
私はカガリに連れられて村へ戻った。村の人たちには今日はひとまず敵は去ったと伝えた。安心させないといけないからね。それからそのまま私たちの仮宿に戻り、着替えると横になった。
「《治癒》である程度治したけど、完治したわけじゃないからね」
「わかってるよ。あ、カガリ、紙とペンない?」
「あるけどどうしたの?」
カガリは自分の荷物からペンと紙を渡してくれる。
「アレンたちに頼まれたこと、忘れる前に書き留めたくてね」
そう言いながら、《解析眼》で見たことを書いていく。
「…………これでよし」
あとは明日二人が戻ってから話し合えばいいだろう。今日はもう休もう。そう思って、目を瞑ると、あっという間に眠りに落ちたのだった。




