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タガタメ  作者: ゆきうさぎ
そして物語は始まる
15/43

月下のひととき

 クーガさんの話を整理するとこうだ。

 そもそもポトス村には広大な農地があり、そこで農耕を行っていて、その収穫物をアルサーンなどの都市に持っていき交易をすることで生計を立てていた。その農作物の出来は相当なものらしく、直接村に赴いて買い付けする人もいるらしい。

 そのためか村は比較的裕福で生活に困窮することはあまりないらしい。


「村に来ればわかるが、賑わいではそこら辺の都市よりもすごいからな。この時期は収穫祭の準備もしているからな。毎日がお祭り騒ぎだよ」

 

 とのことだ。

 ここまで聞く限りでは何も困ることがなさそうだが、問題はここからだった。


 ポトス村の農作物の出来がいい。これが逆に彼らを困らせていたのだ。収穫前の農作物を奪おうと山賊や魔族が襲いに来るというのだ。初めの頃は甚大な被害を出していたが、アルサーンからの救援もあってなんとか壊滅を凌いだ。だけど、その後も収穫の時期になると山賊や魔族が奪いにやってきた。それを村の自警団だけで追い払うには無理があった。そこで村は毎年この時期になると依頼を出すようにしているそうだ。


「あれ? それならそもそもの山賊たちの根城を叩けばいいんじゃ……?」

「ああ、もちろん村もその考えに至ったさ。だが、そこが一番の問題だったんだ」


 一番の問題。それは魔族の根城を治めるリーダーの存在だった。


「ただ強い魔族なら冒険者でも倒せる。だが、『そいつ』は違った」

「何の魔族です? 大抵の魔族ならオズさん一人で何とかなると思うけど……」

「……『吸血鬼』。しかもその中でも高位に位置する『不死王(カースキング)』だ」

「「えっ!?」」


 『不死王』は私でも知ってる。血を呑むことで力を得る『吸血鬼』。それを束ねるのが『不死王』だ。その特徴は名前の通り……


「どれだけ冒険者が強かろうがあれは死なない。だから何度退治してもまた新しい部下を引き連れてやってくる。防ぎようもないんだよ」


 『不死王』はいかなる攻撃を受けても死ぬことはない。肉体が消滅してもしばらくすれば復活する。だから退治してもまた村を襲うんだ……。


「でも! 『不死王』は『光魔法』で滅ぼせるはずです。試したのですか?」


 カガリが声を上げる。そういえばそうだった。『不死王』限らず魔族の多くは『光魔法』を苦手としている。


「首都にはあのアマネさんもいます。あの人なら『光魔法』で倒せるはずです」


 しかし、クーガさんは静かな声で答えた。


「ダメだった」

「えっ?」

「それは俺たちも思って頼んだよ。この国最高位の魔導士をな。大金も払った。だが、ダメだった。あの『不死王』は魔法に対する耐性を持っていたんだよ。数年動きを止めることはできたが、それだけだった。また復活したさ」

「アマネさんの魔力でも倒せないの………!」

「君たちも依頼書にいろいろと違和感を感じただろう? ただの魔族討伐なのに報酬金が高いのはそのせいだ。そもそもの敵が強い上に厄介なんだ」

「「……」」


 もしかして私たち、とんでもない依頼を受けたんじゃ……。

 クーガさんの話を聞いていると、事態は思っていたより大きなものだった。ただの魔族退治かと思いきや、相手は魔族の中でも高位の存在。しかもあのアマネさんですら完全に倒しきれない程の敵。


「それでは、その『不死王』を相手に俺たちはどうしたらいいのですか? どこまでが依頼達成の範囲なんでしょうか?」


 確かにそうだ。追い払っても来るのなら私たちはいつまで戦えばいいんだろう? 収穫の時期に来るのなら収穫が終わるまでなのかな。


「そうだな、『不死王』が行動できなくなるくらいにできたら襲撃も止むはずだからその段階で依頼達成だ。そうでなければ収穫が終わるまで滞在してもらうことになるな」

「まじか……そこまでの用意はしてないな」

「お金足りるかな?」


 長期間かかると見込んだ二人は物資やお金の心配を始めた。買い出しした時も数日程度の用意しかしてなかったもんなぁ。収穫が終わるまでとなると一月くらいはかかりそう。


「そこは心配しなくていいぞ。その時は君たちには収穫の手伝いをしてもらう。その対価にいろいろと工面するさ」

「そうなんですか。よかった……」

「大丈夫だよ。私たちがさっさとコテンパンに懲らしめればいいんだからさ!」

「簡単に言うな……。あの時の『炎竜』はなんとか倒せるようなやつだからよかったが、今回は『不死』だぞ? 脳筋馬鹿のお前でも無理だろ」

「脳筋馬鹿とは失礼な!」


 私だって戦うときは考えて戦ってるのに! まるで考えなしに戦ってるみたいな言い種……。シーラは一言多いんだよ。


「アマネさんの光魔法でも無理ならカガリには無理だろう。だとすると……」


 シーラはぶつぶつと呟き始める。早速『不死王』との戦いに向けて対策を練ってるみたいだ。こういう頭の回転の速さはシーラが一番だから邪魔しないようにしておこう。終わったら、さっきの暴言の報いを受けてもらうけどね。




「さて、と。今日はここで野営を取るぞ。君たちも休んでくれ。ああ、もちろん見張りには協力してもらうぞ」

「わかりました。俺たちは4人もいるのでクーガさんは休んでもらって大丈夫です。ここまでずっと馬車を引いてもらってますし、こういうことは俺たちの方が適任でしょうから」

「初めての割には本当にしっかりしてるんだな。ま、ここで意固地になる必要もないしお言葉に甘えて休ませてもらおうかな」


 そう言ってクーガさんは馬車を止め、馬に一通りの世話をしてあげると荷台の隅に横になった。


「さて、とどういう分け方をする?」

「俺まだ少し考え事したいから先にやるわ」

「私も、ちょっと調べたいことあるから……アレン君とティアナで先に休んでてよ」


 シーラとカガリが先に見張りをすると言ってくれたので分担はすぐに決まった。反対する理由もないので私とアレンで先に寝ることにした。適当に毛布をかぶさり目を閉じる。特に何かしたわけでもないけど、すぐに眠気がやってきた。そして私はそのまま眠りについたのだった。





「ティアナ―交代だよ」

「んん?」


 揺さぶられる。目を開け、起き上がると大きく伸びをした。


「よく寝れた?」

「うん。寝づらいかと思ったけどそうでもなかったよ。……よし、頑張るぞ」


 毛布をカガリに渡し、私は立ち上がった。すでにアレン達も交代していたようで、今はシーラが寝ていた。


「あ、カガリ。いつもの」

「そういえば、忘れてたね」


 私は再び荷台に戻り、カガリの前に座り込む。そして彼女の胸の辺りに手を当てると、魔力を高める。


「……《圧縮》!」


 目を閉じ、カガリの体内の魔力を感じ取る。そして私の魔力も彼女の中に送り込んだ。二人の魔力が混ざらないように微調整しながら、カガリの魔力を一箇所に集める。


「よーし……《固定》」


 今度はカガリの魔力を固定化させる。この時に私の魔力が混ざると大変危険なので、包み込むように丁寧に扱う。そして無事に作業を終えると、仕上げに取り掛かった。


「《断裁》」


 包み込んだ彼女の魔力をそのまま引っ張り出す。体内から出ていく瞬間、カガリは苦しそうな声を上げたが、仕方ないことなので気にしない。そうしてまるで羽衣のような物にくるまれた物質が私の手の中に落ちた。


「できた……。カガリ大丈夫?」

「うん。何度かやってるけどまだ慣れないな……」


 私はカガリの中から取り出した物質、彼女の魔力の塊を渡した。


「これで、5個かな? ほぼカガリ5人分の魔力が集まったね」

「なんか変な言い方だなぁ……。うーん、やっぱり魔力がごっそりなくなったから疲れが……」


 ふらふらとカガリは倒れこんだ。そしてそのまますやすやと寝息を立てた。私は彼女に毛布を掛けてあげると、見張りをすべく荷台を降りた。



 月明かりは思ったよりも明るく、灯りを使わずとも視界に困ることはなかった。空を見上げながらアレンの隣に立つ。


「綺麗な月だねぇ」

「なんだ急に。らしくないな」

「私だって風流を愛でるよ! みんな私を変に誤解しすぎだって!」


 「まったくもう……」と文句を言いながら私は改めて月を眺める。


「だってさ、イニースやアルサーンで見る月ってここまで明るくないじゃん。だけどここで見る月はこんなにも明るくて大きくて……なんだか心を奪われそうになっちゃうんだよ」

「『太陽は秩序を、月は混沌を司る』。こういう言葉もあるんだ。ティアナが感じたことは別におかしいことじゃないぞ。それに俺だって今夜の月は今まで見た中で一番綺麗だと思うな」


 それから私たちは無言で月を眺めていた。もちろん見張りとして辺りの警戒を怠らない。でも静かなこの夜のひと時は今までにないゆったりとした時間だった。


「それにしてもほんとに静かだね。獣なんか来てもおかしくないと思うんだけど……」

「もしかしたらこういう道に魔除けの結界でも張ってるのかもしれないな。それでも人間は襲って来れるんだけどな……」

「なんでだろうねー。私としてはちょっとつまらない気もするけど――」

「おい」


 アレンがすかさずツッコんできた。何とも綺麗なタイミングだ。


「気がしただけだよ。私たち4人だけなら起きてもいいけど今はほら、クーガさんもいることだしさすがに危険な目に遭うのはごめんだね」

「ずいぶん気が回るようになったんだな。俺たちにももうちょっと同じようにしてくれると嬉しいんだが」

「悪いけどそれは無理かな! 私、たぶんアレン達には遠慮できないから」

「ひどいな」

「あははは。でも、そっちの方が私らしいでしょ?」

「……誇らしげに言うなよ……」


 そう言ってアレンも笑った。静かな夜に私とアレンの笑い声だけが響く。

 結局この後も特に問題は起きなかった。別に悪いことじゃないけどそれはそれでやっぱり暇だった。途中何度も何度もうとうとしてしまった。アレンからは寝てもいいぞ、なんて言われたけど、ここで寝るのはなんか負けた気がする。だから意地でも起き続けた。

 そうして朝を迎え、簡単に朝食をすませた私たちはまたポトス村に向かって進みだした。


 

 そう、進みだしたのだが………。



「おい、ティアナ! 起きろー」

「――ほえ?」


 え、シーラの声? 何を言ってるんだろう。


「ダメだ、寝ぼけてやがる……。ティアナ! 着いたぞ!」

「着いたぁ……? 着いたってどこに?」

「ポトス村だよ!」

 

 その名前聞いたことある。確か依頼先で……私たちは今向かっていて……――


「あっ!」

 

 私は跳ね起きた。


「ようやく起きたか、この寝坊助」

「え、私寝てたの? 嘘っ!? いつから!?」

「出発してすぐだよ。なんか舟漕ぎ始めたから怪しいなとは思っていたけど……。まさか到着まで熟睡とはな」


 そんな……私ずっと寝てたの? 確かに見張りで夜中起きてたけど、それはみんなだってそうだったはず。それなのに私一人だけずっと寝てた……。

 むむむ、と唸ってしまう。自分はなんてもったないことをしてしまったのだと。


「ねえ、ティアナ。唸ってるところ悪いんだけど、早くそこをどいてあげて」

「えっ?」


 カガリが私の頭の辺りを指さす。何かもたれかかっている感触は

あるのだが。そう思ってそちらへ視線を動かすと……。


「いい夢見れたか?」


 文字通り目の前にアレンの顔があった。あともう少し顔を前に動かせばぶつかりそうなくらいに。


「え、あっ、ちょ、ご、ごめん!」


 慌てて私はアレンから離れた。


「もしかして私ずっとアレンに――」

「ああ、俺の肩を枕にすやすやと寝息を立てていたよ」

「~~~!」


 申し訳なさと恥ずかしさで顔が真っ赤になっているのがわかる。


「何もそんなに恥ずかしがらなくてもいいだろうに。なあアレン」

「まあな。別に俺も怒ってなんかないからあんまり気にするなよ」


 アレンはゆっくり立ち上がり、自分の荷物を持つと、荷台を降りた。シーラもそれに続く。


「ほら、ティアナ行くよ。クーガさんも先に言ってるし、まずは村長さんに挨拶に行かないと」


 カガリに手を引かれてようやく立ち上がる。それでもまだ顔の熱は引かない。頬に手を当てて確かめる。不思議な感覚だ。


「あ、待ってよ」


 切り替えようにも寝起きも相まって頭が働かない。私はカガリに引かれるまま荷台から降りた。


「よし、それじゃまずは村長さんに挨拶に行こうか。依頼の詳しい内容なんかも聴かないといけないからね」


 村の入り口を抜けて中へと入っていく。


「………」


 入り口と言っても城門みたいな大層なものでもないんだけど、村の中も別段驚くことが何もなかった。いたって普通の村だった。だけど昨日クーガさんが言ってた通り、そこら中に人がいて大いににぎわっていた。アルサーンの市場ほどではないけど、お祭り騒ぎみたいだった。


「家が皆同じ形だ。どれが村長さんの家だろ?」

「そこら辺の人に聞けばいいだろ。というかあれがそうなんじゃないのか?」


 シーラが指差した先、そこには家の前でクーガさんと彼と話している老人がいた。


「かもな。とりあえず行ってみようか」


 というわけで早速向かう。クーガさんたちも私たちに気づいたようだった。


「お、いいところに来てくれたな」


 私たちを手招きして呼ぶ。


「この人がこの村の村長、ニーデルさんだ。村長、この子たちが今回来てくれた冒険者です」


 クーガさんが私たちを紹介すると、村長さん―ニーデルさんは私たちの顔を覗き込み、値踏みをするかのようにじっと見てきた。


「えっと……?」

「ふむ、ふむふむ」


 困惑する私たちをよそにニーデルさんは一人納得し、離れた。


「今回は依頼を引き受けてくださりありがとうございます。私は村長のニーデルです。何もない村ですが、魔族どもから村を守るためにもぜひ力をお貸しください」


 深々と頭を下げた。こういう時どうしたらいいんだろう……?


「ご安心ください。この依頼、ギルド『思い出の家』に所属する冒険者として必ず達成させてみせます。それから数日間こちらでお世話になると思いますが、よろしくお願いします。ああ、僕はアレンと言います」


 それから最後にアレンは自分の名を告げた。それに倣って私たちもまた自己紹介する。


「若いのに立派な人たちだ……。何かありましたらこちらにいるクーガに申し付けてください。休める場所ももちろん用意しております。ただ……」

「村長、後は俺が説明しておきますので。彼らも長旅で疲れてるでしょうから、先に寝所まで案内しますよ」

「おおそうか。ではクーガよ頼む。……皆さま、どうかよろしくお願いします」


 ニーデルさんはもう一度深々と頭を下げると、家の中に入っていった。


「すまないな。村長もだいぶ年で、あんまり外にいると体壊してしまうんだよ。それに君たちもいつまでも荷物を持ってるわけにいかないだろう? さ、案内するからついてきてくれ」


 クーガさんに案内され、私たちはとある家についた。見た目は他の家と全然変わらない。


「アルサーンに比べると見劣りしてしまうかもしれないが、我慢してくれよ」

「いえいえ、泊まるところを用意してくださっただけでも助かりました。最初は野宿するつもりでしたので……」

「それならよかった。で、大体の生活品は家の中に揃ってる。何か必要なものがあったら申し訳ないがあそこにある店で買ってくれ。見た目は他の家とも同じだが、看板がでているからわかると思う。あと、もしお金が心配なら馬車に乗ってる時にも言ったが、収穫の手伝いをしてくれたらそれに見合うものを用意するから声をかけてくれ」

「ありがとうございます」

「俺は今からアルサーンでの交易結果を報告に行くから、しばらくはあそこの寄合所にいると思う。あの大きい建物だ」


 同じ形の家が建ち並ぶ中で、異彩を放つ二つの大きな建物。そのうちの一つをクーガさんは指さした。


「もう一つのは収穫物をしまう倉庫だからなんとなくわかると思う。ま、魔族の襲撃も夜しか来ないから今のうちにこの村を散策しても構わないぞ」

「わかりました」

「それじゃあ、よろしく頼むよ」


 そうしてクーガさんも寄合所とやらに行ってしまった。


「親切な人ばかりでよかったね」

「そりゃあな、俺たちはこの村の危機を救うために来たんだ。そういう対応を取るだろうよ」

「兄さん……そんなにひねくれたこと言わなくてもいいのに……。人の厚意は素直に受け取ろうよ」

「ほらシーラにカガリも。とりあえず荷物を中に入れよう。それでこれからの方針決めだ」


 アレンの一声で私たちはひとまず寝所に入った。中は綺麗に整理されていて、決して物が多いわけではないが、生活するに困ることはないといった感じだった。

 各々荷物を置き、部屋の中央に座った。


「よし、それじゃあ今後について話そうか」


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