初仕事
第2章の始まりです
ギルドの一員となって数日。私たちは思い思いにアルサーンでの生活を送っていた。
アレンやシーラは街を巡り、いろんなギルドに顔を出して情報収集をしていた。私たちのことはあっという間に広まっていたみたいで行く先々で歓迎されたらしい。絡まれるのは大変だったけど、皆親身になってくれたと二人は話していた。
かくいう私も街を歩いていると周りの人からよく見られていた。それが何の視線なのかはわからないけど、私たちはこの広い街の中ですでに有名人になっていたみたいだ。こっ恥ずかしいけど、嬉しくもあった。
他にもギルドに所属する人が使える訓練場もあり、私も含めて何度か訪れた。私がオズさんと戦ったことも噂になっていていろんな人に手合わせを申し込まれたけど、カガリから止められていたので断った。余計な傷を作るなって悪魔のような顔して言うんだから、ね。さすがに逆らえなかったよ。
でも、私の方でも冒険に役立つ知識やアルサーンのことについていろいろ教えてもらえた。最初は他のギルドの人なのに、と思っていたけど、どうやら各ギルドは管理をバラけさせるために分かれているだけであって、基本的には情報共有などを積極的に行っているらしい。だから、こうやって私達みたいな新人には皆世話を焼いてくれるとのこと。放っておいて勝手に死なれても寝覚めが悪いし……とも言ってた。
その他にもカガリなんかは図書館に1日こもって魔法の勉強をしていた。貸出しはできないから向こうで読むしかない。全然動かないからカビが生えそうで心配だったけど、帰ってくるたびに嬉しそうにしてたから成果は上々なんだろうな。あと、夜は私もカガリから文字を教えてもらいながらウィーネさんからもらった本を読み進めていた。前は読んだだけで結局使えなかった《干渉拒否》もその構造とか理論とか、そういうのは難しくて説明できないけど、使えるまでにはできた。相変わらず魔力の消費は激しいけど……。
でも、カガリと一緒に読み進めていくと面白いものを見つけた。
「『魔力圧縮』……? 圧縮した魔力を物質化する……? どういうこと?」
「カガリがわからないのに私がわかるわけないじゃん」
「自信満々に言わないでよ……。えーっと、『『魔力圧縮』を行うにはまず、《圧縮》の魔法によって全身を巡る自分の魔力を一箇所に集める。この時点で集まった魔力は一点放出することで魔法の効果を高めることができる。次に集めた魔力を今度は《固定》を使って固定化させる。これにより魔力を物質として扱うことができる。そして最後に《断裁》で自身と分離させる。それで『魔力圧縮』は完了する。この魔力を再度体内に取り込むことで魔力回復に使うことができる。ただし他者の魔力を取り込むことはできない。相性の合わない魔力は毒となる』。……」
カガリが黙り込んだ。それからわなわなと震え、最後に私を見た。
「ティアナ!」
「えっ? は、はい!?」
鬼気迫る表情で私の肩を掴み、勢いよく揺さぶってきた。
「カ、カガリ! 揺れる! 気持ち悪い……うっ!」
脳が揺さぶられるー! 吐く! 吐く!
「ずるいよ! これじゃ、『魔導士』がずっとぶつかってきた魔力不足の問題が一気に解決するじゃん! ティアナずるすぎるよ!」
そんなこと言われても……。私がどうこうできるわけないのに……。
「だいたい『空魔法』はみんなおかしいんだよ! 魔法の常識を無視しすぎ。一体どうなってるのよ……」
「気持ち悪い……」
ようやく放してくれた。やばい夜ご飯が逆流してきた。ちょっと無理。私は布団の上に倒れた。
「まったく……。でもこれを使えばティアナの魔力不足は解消できる。それに他人にも使えるなら私も………?」
ダメだ全然こっちを見てくれない。
「どっかに書いてないかな……? これ書いた人すごい丁寧だからありそうなんだけどなぁ……」
完全に私のこと眼中にないな、これは。こうなってしまってはもうどうしようもないので私は大人しく寝ることにした。
なんて日々を過ごしていて一週間が経った。気づけば私たちはすっかりこの街に馴染んでいてゆったりとした生活を送っていた。
そんなある日のこと。いつものように朝食を食べるために私たちは集まっていた。そこへ料理と一緒にオズさんが一枚の紙を持ってきた。
「さて、今日から君たちには依頼をこなしてもらうから。とりあえず試しにこの依頼を受けてきてくれないかな?」
料理を配膳し、渡された紙を眺める。
『ランク :S
依頼 :魔物の討伐
依頼人 :ポトス村
依頼内容:今年も村の畑に魔物が出始めました。討伐をお願いします。
報酬 :1万Z』
仕事の依頼だった。魔物の討伐をするらしい。
「よく見る魔物の討伐の依頼ですよね? なんでランクが高くて……それに報酬も高くないですか?」
依頼書を見ていたアレンがオズさんに尋ねる。そういえば他所のギルドの人も最初の内は魔物討伐で慣れるといいぞと言っていたから簡単な部類だと思ってた。
「ああ、そこから依頼は少し厄介でね。そのせいでランクがちょっと高いんだよ。でもまあ『炎竜』を倒した君たちなら問題ないだろうね。だからそんなに気にしなくていいよ」
「見掛け倒しってことなんすか?」
「いやいや油断してたら死ぬよ? 仮にもSランクだ。それだけの危険はもちろん伴ってるさ」
ついに私たちも冒険者として働ける! それだけでわくわくが止まらない。
「詳しいことは依頼先の村で聞いておくれ。村はアルサーンから馬車で丸一日かかるから野宿の用意もしておくように。今日の夕刻に村行きの馬車が出るからそれまでに準備しておいてね。準備を少しでも怠ると命に関わるから、それだけは忘れないように」
「はい!」
「それから携帯食はうちにもあるけど、たぶん足りないだろうから市場に行くといいよ。その他何か必要ならギルドと提携しているお店に行くといい。いくつかあるからあとで教えるよ。ギルドメンバーの証明書を見せれば少しは安くしてもらえるからね」
冒険者の先輩であるオズさんのアドバイス。特にこれが初仕事なのだからしっかり聞いておかないと。
「ありがとうございます。数日にわたる仕事は想定していなかったので、後で買い物に行ってきます」
「おやおや? うちに来る依頼は基本的に一日じゃ終わらないよ? 僕はアマネに頼んで直接運んでもらってるから一日で済ませてるけど、普通はそうはいかないから」
「え、ずるくないですか?」
「ははは、僕はここの経営もあるからね。仕方のないことだよ」
いつも依頼だーって出かけてその日のうちに帰ってきてたけど、まさかそんなカラクリだったとは……。ずるいとは思うが、理由あってのこと。それに楽してばかりだといつか罰が当たるかもしれない。何より移動中に何かあるかもしれない。それを逃すわけにもいかないから時間がかかってでも地道に行こう。
それから朝食を食べながらオズさんにいろいろと必要なことを聞いた。
「うん。先輩の言う事は聞いておいた方が為になるからね。他にわからないことがあったらいつでも聞いておくれ」
「わかりました!」
朝食の後、私たちは早速準備に取り掛かった。朝にも言われた通り、初仕事は一日で終わる程度のものじゃない。そのため念入りに準備をしないといけない。それに初めてだから買ってもわからないし。
食料に着替えに野宿に備えたテントなんかも……。野宿に関しては学校で経験したことがあるから心得だけはある。要る物も大体わかるからあとは買い揃えるだけだった。
シーラは依頼人のいる村の辺りの地形を知るために図書館に地図を見に行った。買い出しはアレンがすると言って行ってしまった。残った私とカガリで荷物をまとめることにした。
そうして各自準備を済ませ、とうとう馬車が出る時間が近づいてきた。
「それじゃあ、頑張ってね。くれぐれも死んだりはしないように。無事に帰ってくるのを待ってるから」
「はい! 行ってきます」
「4人そろって帰ってきますから、安心してください」
オズさんに見送られ私たちは街の入り口に向かった。入り口にはいくつもの馬車があり、そのぞれぞれが違うところに向かうそうだ。
私たちはポトス村に行く馬車を探す。とはいってもそんなに時間をかけることなく馬車は見つかった。
「おお、君たちが依頼を受けてくれた冒険者か。もう出発するが大丈夫か?」
御者の男の人は私達に気づくまでは仏頂面をしていたが、気づくや否や笑みを浮べて親しげに話しかけてきた。
「はい、大丈夫です。これからよろしくお願いします」
「随分礼儀正しい子だ。よし、それじゃあ、荷台に乗ってくれ。多少揺れるがそれは我慢してくれよ」
そう言われ、荷台に乗った。そこそこ広い荷台の上で足を広げ、出発を待つ。そうして御者の人は鞭を打ち、馬車を走らせ始めた。
「村までは途中に休みを挟んで丸一日はかかる。道中は安全だから寝ていても構わないよ。ただ、勝手に降りたりはしないでくれよ」
「わかりました! 馬車に乗るの初めてだからワクワクするなー!」
「男一人の移動は寂しいからな。君たちのような元気のいい子たちが一緒だと退屈しないで済みそうだよ」
「ははは、迷惑にならないようにはしますね」
「おお! すごいすごい!」
揺れる馬車に慣れないけど、初めての感動に浸りながら私はゆっくりと進む馬車からの景色を眺める。
アルサーンは城壁に囲まれているからわからなかったけど、街の外は視界いっぱいに大草原が広がっていた。そして空は沈みゆく夕日で赤く染まっていた。赤に映える緑の草原はすごくきれいだ。こんなものを見ていると故郷の街でよく見る景色を思い出す。
「いい景色だねー」
「そうだな。たまにはこんなのも悪くない」
「うん。そうだ! 今度みんなでピクニックでもしようよ」
「へー。面白そうじゃん。いいんじゃねえのか?」
「久しぶりにそうやって過ごすのも悪くなさそうだな。だが、今はとりあえず依頼を優先だ。気を抜くなよ」
「はーい」
馬車に揺られながら私たちは行程を進んでいく。すでに日は沈み、代わって月明かりだけが私たちを照らしていた。けれども、ここまで全くトラブルが起きなかった。用心棒も兼ねていると思っていただけに拍子抜けだ。曰く、今進んでいるような舗装された道は国が管理しているため、山賊や魔族がでることはめったにないらしい私としては面白みに欠けるけど、あの時みたいに我満を言うわけにもいかないので大人しく乗っていた。
「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺はクーガ。こうやって村と都市間の荷物を運ぶ運び屋だ」
御者の男、クーガさんは「今更ですまんな」と笑いながら名前を名乗ってきた。
「あ、私はティアナって言います! 今はギルド『思い出の家』で冒険者やってます! よろしくお願いします」
私に続いてアレン達も自己紹介をした。
「ところで君たちは随分と若いが、冒険者になってまだ日が浅いのかい?」
「はい。今回が初仕事です」
それを聞くとクーガさんは驚いた声を上げた。
「今回が初めてだって!? それで大丈夫なのか……」
何やら心配そうにしている。
「あの……今回の依頼は魔物の討伐ですよね? オズ、ギルドマスターも少し言い淀んでいたのですが、何か特別なものなのでしょうか?」
アレンの質問にクーガさんは「マジか……」と心配そうに呟いた。
「そうだな……何から説明をしたらいいのやら……というか誰も説明してくれてなかったのか」
なんだか言いづらそう。
「私たちじゃ、依頼は達成できないってことですか?」
「あ、いや……あそこのギルドから派遣されたのならたぶん大丈夫だとは思う。ただ……『どこまでを依頼の範囲とする』かが人によって違ってな……」
「どういうこと?」
「まぁいいや。まだまだ時間もあるし、うちの村が抱えている問題も併せて話すとするか」




