戦いの後
毎週更新目指していたのに先週はノロでできませんでした。また今週から頑張ります……。
「終わった、みたいだね」
ディルムッドが2人の間に入り試合を止めた。そして彼女は倒れた。これで決したようだ。彼女の友人たちが彼女に駆け寄っている。
「そうだな。いろいろと言いたいことはあるが……」
ランドルフは神妙な面持ちで運ばれる少女を見ていた。そしてそれから大きくため息をついた。
「報告書、書かずに済んだよ」
安堵のため息だった。
「そうね。……でも、あんなに滅茶苦茶だったフィールドを治すなんて。一体どんな魔法を使ったのかしら」
アマネを自分の頭の中にある魔法の知識を探る。確かに物を修復する魔法は存在する。しかしそれは大きさなどが限定されており、治す限度がある。アマネでさえ、あんなにも崩れ落ちたフィールドを治すのは無理だ。せいぜい作業を効率化させることくらいしかできない。
「『空魔法』……。もっと調べてみる必要がありそうね」
「新たな研究テーマでも見つかったのか?」
「ええ。これで彼女たちもここでの生活には困らなくなるだろうから、私たちの手助けももういらなくなるでしょう。私はしばらく研究室に籠らせてもらうわ」
「籠っているのはいつものことだろうに」
ランドルフは苦笑する。そんな彼を無視してアマネは訓練場を後にした。
そんな彼女をランドルフは見送った。そしてそれからもう一度フィールドの方を見る。彼女はもう運ばれていた。そして何やら文句を言っているディルムッドとそれを笑って流しているオズワルドがこちらに来ていた。
「お前はもう少し後先を考えろ! 俺まで巻き込んでからよ……」
「いやいやディルならきっと何とかしてくれると思ってたからね。それにほら、崩れたフィールドもなんとかなったじゃん? 結果オーライってことで。ね!?」
どうやらオズワルドの暴れっぷりにディルムッドが起こっているようだ。無理もないだろうが。
「二人ともお疲れ」
「ああ、疲れたよ。こんだけ働いたんだから少しはくれたっていいんじゃないのか?」
「残念ながらこれはボランティアだ。一切何も出ないぞ?」
「マジかよ……」
ディルムッドが項垂れた。
「ははは、そう落ち込むなよ。今日はうちで飯食っていきな。おごってやるからさ」
「ちっ……。それで手打ちにしてやるよ」
「そもそも奢ってもらうって話だったが。……ところで、どうだったんだ? 彼女と戦ってみて」
このまま話が逸れそうだったのでランドルフはオズワルドに聞いた。言いだしっぺの手ごたえは如何ほどだったのか。
「んー、一言で言えば、彼女は『強い』ね」
「それだけか?」
「細かく言っていいのなら彼女は僕に近いね。元々備わっている才能に加えて、日々の努力のおかげでその才能にさらに磨きがかかっている。このままいけば『英雄』クラスにはなれるだろうね」
「俺も傍で見ててそう感じた。昔のお前を見てるみたいだったぞ」
「そうか……」
ランドルフは黙り込む。2年前、たまたま彼女たちの故郷に赴いた時に自分は彼女と戦った。その時からすでに彼は彼女が他とは違うということに気づいていた。共に旅をしている友とも一線を画していることにも。
「何か考え事かい?」
オズワルドが覗き込んできた。
「いや、なんでもない。それよりもオズは治療受けなくていいのか? 何度か痛いのもらっていただろう?」
「あ、それなんだけど聞いてよ。僕、ティアナちゃんにけっこう殴られたんだけどさ、傷が残ってないんだよ。痛みはあるけど、|まるで初めから傷がなかった(・・・・・・・・・・・・・)みたいなんだ」
「治った、ではなくか?」
オズワルドは腕をまくって2人に見せる。2人はそれを見るが、首を傾げるだけだった。
「僕ね、試合中にここ折れたんだよ。大したことなかったら普通に動けたけど、確かに折れていた。でも今は治ってる。痛みだけを残してね」
「……」
にわかには信じがたいことだった。傷跡すら残らずに治るのは高位の光魔法にしかない。しかし、彼女がそんな魔法を使えるはずもない。
「それ、治ったのいつだ?」
「最後の最後。フィールドが元の状態になった時だね」
「………まさか、な」
ランドルフは一つの結論にたどり着いた。確証はまだ得られないが、だとするととんでもないことだ。
「カラクリがわかったのかい?」
「なんとなくな。まあ、本人に聞けばわかることだから私が言うまでもないだろう。それよりもだ。もう大丈夫ならオズも片づけを手伝ってくれ。人手は大いに越したことはない」
「え!? やだよ。………あーなんか急に腕が痛くなってきたなー」
「嘘つくな阿呆。ランド、さっさと終わらせるから早く指示だせよ」
ディルムッドがオズワルドの首根っこを掴み引き摺っていく。オズワルドは抵抗しているが、きっとおとなしく手伝ってくれるだろう。
「…………」
残ったランドルフは一人思う。彼女たち4人はどことなく昔の自分たちに重なる。まるで昔の自分たちを見ているようだった。
そしてだからこそだろうか。拭いきれない不安が彼の中を渦巻いている。
願わくば、この不安が杞憂であるように。ランドルフは心の中でそう願い、彼も自分の仕事に取り掛かるのだった。
「ティアナ、大丈夫?」
「あはは、大丈夫だって言ってるじゃん。心配しすぎだよー」
私は気づいたらベッドの上で寝かされていた。傍にはカガリたちがいて、カガリは半泣きで私の心配をしてきた。怪我自体は《虚構世界》のおかげでなかったことにした。けれども疲労自体はまだ残っているようで少々気だるい。
「だって……無茶しすぎだよ!」
「おいカガリ。それくらいにしないか。こいつだって疲れてんだ。あんまり構うと休むにも休めないぞ」
「でもぉ……兄さん……」
カガリは嗚咽を漏らしながら泣いている。いつも私達の誰かが怪我をしたりするとこうやって泣きながら心配してくれる。大丈夫なのに。
「ほら、いい加減泣き止まないと。そんなに悲しい顔していたらいつまで経ってもティアナが良くならないよ」
アレンに諭されるもカガリはぐずってなかなか離れてくれない。実際私が倒れたのは魔力切れが原因で外傷なんかはもうないし、体の痛みなんかも大体引いている。いつでも動ける状態だ。
だから私はむくりと起き上り、ベッドから降りた。当然カガリは驚く。
「ティアナ! ダメだよ。安静にしとかないと……!」
「はいはい。カガリは心配しすぎなの。ほら見て。私はこの通り元気だから。そんなに泣かないで。怪我なんていつものことじゃん」
「…………ほんとに大丈夫?」
ほんとにカガリは……まあそれがカガリらしいんだけど。
「だーいじょーぶっ! なんなら今からカガリと戦ってもいいんだよ」
「…………」
疑いの目で見てくる。嘘は言ってないから大丈夫。うん。大丈夫。
「………もしまだ治ってなかったら、無理やりベッドに張り付けるから」
「あはははは……」
目が本気だ。たぶん絶対やってくる。
でも、ようやくカガリは泣き止んでくれた。私は彼女の頭を撫でてやると、大きくため息をついた。
「どうしたんだ急に?」
「もしかしてまだ体悪いん――」
「あー違う違う。いや、そういえば私負けたんだよなーって。思い出して悔しくなってね」
「……勝てると思ってたのか?」
「そりゃあね。勝てる気はしなかったけど、負けるつもりで戦うなんてありえないから。私はいつだって誰にだって勝つつもりだよ」
だから全力で戦った。でも勝てなかった。そして自分でもわかっていた。オズさんは最後まで手を抜いていた。たぶん私を傷つけないために。
それがわかるからこそ余計悔しかった。
「…………」
もっと強くならないと。夢のために。みんなを守るために。
「………よし、もうティアナも大丈夫みたいだから、俺たちも行こうか。ランドさんたちは片付けしているみたいだから俺たちも手伝わないと」
「そうだな。ほら、カガリも立て。行くぞ」
「うん……」
手伝おうと片づけをしているランドルフさんのところに向かったが、
「ああ、君たちはしなくて大丈夫だよ。それよりもオズが探していたからあいつのところに言ってきてくれないか?」
と言われて今度はオズさんのところへ行った。オズさんは荒れた地面を均していて、私たちに気づくと、作業の手を止めてこちらに来た。
「みんなお疲れ。今日はありがとう」
「いえいえ。こちらこそここまでたくさんよくしてもらって……」
「いいんだよ、僕らが好きでやってることだしね。それよりも、怪我とかは大丈夫かな? 後に残らないといいんだけど……」
「はい。ティアナももう大丈夫みたいです」
「それはよかった」
オズさんも特に大丈夫そうだ。まあ傷は《虚構世界》でなかったことにしたから残ってはないと思うけど。
「それで、俺たちを探していたときいたのですが?」
「ああ、そうなんだ。ティアナちゃんには言っていたけど、今日この後、うちで宴会するからさ、よかったら先に宿に戻って料理の下準備してくれないかな。君たち意外とそういうところも器用だしね。食材は倉庫に保管してるから好きに使ってくれていいよ。足りないものがあれば買って後で代金を請求してね」
そういえば言ってたなー。戦いに集中しててあんまり耳に入ってなかったけど。
「えっと……、宴会ですか?」
「そ、宴会。昔から僕のところに新しい子が来るとね、歓迎会をするんだよ。簡単に言えば君たちが主賓だね」
「主賓に準備をさせるんですか……」
「そこは皆平等に、だよ。……ってのは冗談で、本当は僕がするつもりだったけど、やりすぎた罰でね片づけをさせられてるんだ。だからお願いね」
準備をすること自体は嫌じゃないけど、その理由は聞きたくなかったな……。
「はあ……。わかりました」
「そういうことだからよろしくね」
「じゃーねー」とオズさんはまた自分の作業へと戻っていった。取り残された私たちは、
「……じゃあ、俺たちも戻ろうか」
「そうだね」
一足先に『思い出の家』に戻ることにした。
「よし、それじゃ、ティアナちゃんたちの歓迎を祝って……乾杯!」
「「「「乾杯!」」」」
オズさんの音頭を合図に私達の歓迎会が始まった。メンバーは私達4人にランドルフさん、アマネさん、オズさん、ディルさん、それからクラリーネさんも来ている。まだお酒が許されていない私達は水や果実水を飲んでオズさんが作った料理を食べた。
「しっかし、久しぶりのメンバーがまさかこんなに優秀とはな。オズもたまには運が回ってくるんだな」
お酒を片手にディルさんがオズさんに絡んでいる。適当なのか真面目なのかよくわからない人だけど、この様子を見るに自由な人なんだなと思う。
「もともと優秀な子は他のギルドに行っちゃうからね。余り者がここに来ちゃうんだよ。その余り者が大抵使い物にならないんだよ」
「まあな。お前んとこは毎日を生き抜くのに辛いからな。けど、これで少しは楽になったんじゃないのか?」
「だいぶ楽になりそうだね。戦い以外でもみんな優秀だし。この料理の下準備もあの子たちがしてくれたんだよ。お店に出してもいいレベルの腕前だよ」
オズさんもお酒を飲んでる。二人とも飲むペースが速くどんどん酒瓶を空けていく。
「ティアナ、食べないの?」
騒ぐ皆を見ているとカガリが隣に座ってきた。お皿に料理を載せて、私のお皿にもそれを分けてくれる。
「ありがとう。ちゃんと食べてるよ」
カガリが分けてくれた料理を食べながらまたみんなを眺める。ランドさんとアマネさん、クラリーネさんはあんまりお酒を飲まないみたいで、のんびり食べている。そこにアレンも加わり比較的落ち着いた会話をしていた。シーラはいつの間にかオズさんたちと一緒に騒いでいた。お酒を飲んでいないはずなのに酔っぱらいのようだ。
「……どうかしたの?」
そんなぼけっとした私を見てカガリは心配そうに聞いてきた。
「んー。なんだかね。ここ数日いろいろあって、話がトントン拍子で進んでいって、なんだかうまく行き過ぎなんじゃないかなーって。不安になるんだよ」
怖いくらいに話が進んでいる。もっと苦労するかなと思っていたのに、気づいたら目標のいくつかは達成できている。それがすごく不安になっている。
いいこと続きだったから次は何か悪いことが起こるんじゃないか。
そう思ってしまう。私は皆みたいに賢くないけど、だからこそ言い得ない感情に襲われてしまう。無知のための不安。答えが得られない恐怖。そういったモノが私にまとわりついてくる。
「……私らしくないけどね。ちょっとネガティブになっちゃうんだ」
「………ふふ」
「えっ?」
カガリは笑った。私の真剣な悩みに対してその反応はひどい。
「ほんとにティアナらしくないね。アレン君もいつも言ってるじゃん。『難しいことは俺たちに任せてお前は好きにやれ』ってさ。ティアナの取り柄はいつもの元気いっぱいなティアナなんだから。そんな悩みは私たちに任せてよ」
「私たちにって……なんだか私を除け者にしてるみたい」
「そんなことないよ。ティアナ一人で抱えないでって言ってるの」
なんか誤魔化されている気がして釈然としない。
「それよりもさ、今はせっかくみんなで騒いでるんだからティアナも混ざらないと。こういうのこそティアナの出番でしょ?」
「……人が真剣に悩んでるのに……。ま、今は大人しくカガリの言う事を聞きますよ」
たぶん、いや間違いなくまた私は悩むだろう。その時に私が一体どういう行動を取るのかはわからない。だけれど、たぶん大丈夫だろう。
「あ、シーラ! その料理、カガリが作ったのだから私に食べさせろ!」
「それは俺が狙ってたやつだ。お前なんかにやるかよ!」
「ははは、いいねえその食い意地。僕も取り合いに混ぜてもらおうかな!」
「なんだ喧嘩か? なら俺も混ぜてもらおうか」
料理の最後の一切れを巡って私たち4人が乱闘を始めた。
「ちょっとオズとディルは悪ノリしないの! ランドも止めてよ。あの二人が暴れたら店が壊れるわ」
「いいじゃないか。今日は無礼講なんだし。……アレン君は混ざらなくていいのかい?」
「僕は傍観者側なんで、遠慮します」
「あ、これおいしいですね……」
「もう何が何だか……」
シーラに締め技を決めながら私は笑う。
うん、やっぱり大丈夫。私は一人じゃないから…………。
これにて1章終了です。




