最強への挑戦②
またオズさんの姿が消えた。だけど、今度ははっきりとわかる。《解析眼》を頼りに相手の位置を把握し、斧が私に当たる直前に体をわずかに横にずらした。
「もう対応するんだ! さすがだね」
私はオズさんの動きを冷静に注視する。今までの戦いでわかったことがあった。この人は存在感があるくせに気配を絶つのがうまいのだ。最初の頃の不意打ちまがいの攻撃もオズさんからしたら普通に攻撃しているだけだろうが、攻撃する気配を絶っているせいでこっちは全く気づけない。
じゃあ、どうすればオズさんの気配を察知できるのか。《解析眼》を使うのが確実だけど、それ以外がおざなりになってしまう。
考えている間もオズさんの攻撃は続く。紙一重でしか躱せないこの状況では、《解析眼》は回避に回すしかない。
ひとまず今はこの受けに回っている状況を打破するのが先決だ。私はポケットからある物をとりだす。そしてそれをオズさんに向かって投げる。
「おっと?」
しかしそれはあえなく躱された。だけど問題ない。これは当てることが目的ではないからだ。
「石を投げるだなんて……でもそんなのじゃ、不意打ちにならないよ?」
オズさんの言葉に私は笑みで答えた。傷は深いがまだいける。……反撃が全くできないけど。それでも躱しに躱し、なんとか隙を見つけては石を投げつけた。端から見ると苦し紛れの抵抗にしか思えないだろうけど、ちゃんと意味があるのだ。
そしてどうやらオズさんもなんとなく察しているみたいだ。私が投げた石の行方を時々気にしている。
「これは何の準備をしているんだい?」
「……言ったら意味がないじゃ、ないですか?」
また石を投げる。これで全部だった。投げた石は全部で15個。これらすべてに私は事前に私の魔力を流し込んでいた。だからどの辺りにあるのかは《解析眼》でわかる。今、この近辺には3つ。充分な数だ。
オズさんは大きく斧を振るう。大振りなのに付け入る隙がない。だけど、ないなら作るまでよ!
「《位相転換》!」
私の魔力を持ったものと位置を変える魔法。当然その対象は傍にある石。斧が振り下ろされる瞬間、私の姿はオズさんの視界から消える。そして、私が移動した先はオズさんの背後。ベストな位置だ。
位置を変えたと同時に私は刀でオズさんに斬りかかる。完全に不意を突いた。
「ぐっ!?」
背中に刀の一撃を喰らわせた。模造刀なので斬れはしない。だから殴ったという言った方がいいかもしれない。オズさんが前のめりに倒れ掛かる。そこへ私はさらに刀を振るう。
「っ!」
だが、《解析眼》が危険を告げる。オズさんが倒れかかった状態からこちらを見ずに背後に斧を振るってきたのだ。
「ちっ……《位相転換》」
すぐに別の石と入れ替わる。あの体勢から反撃してくるとか意味がわからない。
「痛たたた……。なかなかいいのもらっちゃったよ。まさか転移魔法も使えるなんてね……。でも、僕も負けてられないな!」
オズさんが動く。私も対抗して動いた。受け身に回ってはだめだ。そしておそらく《位相転換》による不意打ちも二度は効かないだろう。まあでも不意打ちじゃなくても攻撃手段としては有用だろうから使うが。
私はオズさんの正面5mくらいを維持するように動く。このくらいの距離感覚を保つのは《解析眼》のおかげで余裕だ。そしてオズさんを私が投げた石のある付近まで誘導する。だが、すぐには使わない。すぐに使ったところでどうせ反応されるに決まっているからだ。
距離を保つのをやめ、逆にオズさんに接近する。刀を振るい、攻撃を仕掛ける。
対するオズさんは私の攻撃を止めようと斧で対抗する。斧で弾き飛ばす算段なのだろう。その動きを私は冷静に観察し、攻撃を始めようとしたその瞬間に叫んだ。
「《位相転換》」
入れ替わると同時にすぐに攻撃をする。いや、正確にはついさっきまでの攻撃動作の続きをそのまま行った。そして私の攻撃は見事オズさんに二度目のダメ―ジを負わせた。
「やるなぁ……」
オズさんは感嘆の言葉を漏らした。その表情に痛がる様子はなく、ただただ嬉しそうだった。
私はそんなオズさんを見てすぐに下がる。追撃を狙っても先ほどのように反応される。とにかくヒット&アウェイ。一つ一つを的確に当てることに専念する。
案の定、オズさんはすぐに私の方に向き直る。
「単に有利になれる魔法を使うのでなく、タイミングをしっかりと見計らう。『空魔法』も十分強力だが、君のその冷静な行動も素晴らしい。さて、もっと君の実力を見せてもらおうか」
突然、オズさんは斧を真上にかざした。
「君の行動から推測するに、君の投げた石、あれが君のその魔法と関係しているようだね」
もうばれた!? まだたった3回しか使ってないのに……?
「石を投げてからもうしばらく、僕が忘れるころに使えばまだわからなかっただろうけど、少し急ぎ過ぎたようだね」
単純に考えればそうとしか考えられない。私は心の中で舌打ちした。
「さて、あとでみんなに怒られるだろうけど仕方ない。ちょっと荒業だけど許してね」
そう言ってオズさんは斧を一気に地面に振り下ろした。まるで大きな何かを破壊したような轟音がする。それと同時に地面が揺れた。さらには斧を振り下ろした地点を起点に地面に亀裂が走っている。
まさか……。そう思った瞬間、それは起こった。亀裂が走った部分から地面が崩壊を始めたのだ。
「いけない! アマネ、防護結界を!」
「わかってる! 《|王の羽盾(アブソリュート=シールド)》!」
オズの攻撃の瞬間、これから起こることに気づいたランドルフはアマネに指示を出す。そしてアマネもまたランドルフの言わんとしていることを理解していた。
アマネはフィールドを取り囲むように防護結界を施す。それは上空、さらには地下にも及ぶ。いわば一つの閉鎖空間を生み出したのだ。これにより、崩落はフィールドだけに収まる。さすがに揺れを防ぐことはできなかったが、大被害は免れた。
「あのバカは……。熱くなりすぎだ。街を壊す気か」
「ランド、皆を避難させる?」
「いや、やめておこう。揺れには皆驚いていたようだが、アマネのおかげで安全だということがわかり、もう落ち着きを取り戻してきている。むしろ下手に刺激しない方がいいかもしれない」
「わかった」
アマネは言葉を切り、崩落し始めたフィールドで戦う二人を見る。
「ティアナちゃん……大丈夫かしら」
「わからない。だが、オズにここまでさせる実力がある。それだけで目を瞠るものだ」
「でも……オズがやりすぎるかも……」
「その時はディルが止めてくれるはずだ。私たちは周りに被害が出ないことだけを考えよう……」
そう言うランドルフの顔色は優れない。
「……報告書、書かないとね」
「なんて書けばいいのやら……」
手で顔を覆い、大きくため息を吐くのであった。
崩落を始めるフィールド、私が投げた石はもうとっくに落ちていった。この近辺には一つも確認できない。さらには足場が悪くなり、一か所に留まることすらできない。まだ安全な所に移動し、オズさんの行動を見る。
向こうも安全な所に一旦動いたようだ。今度はこんな中で戦うのか。
オズさんは《位相転換》対策でこういうことをしたのだろうか。確かにもう使えないが、……。だけど、この状況、私からすると決して不利になるものでもなかったりする。
「もとは空中戦を想定したものらしいけど……やってみるか」
私はしゃがみ、自分の足に魔力を集中させる。
「《固定》……っと」
見た目の変化は何もない。だけど、これでこの崩落を気にする必要もなくなった。
「さてどうしようかな」
このフィールドの崩落に関しては《虚構世界》を解除すれば元通りに戻ると思う。ただ今使うにはもったいない。今後今以上の深手を負った時のためにまだ取っておかないといけない。
今自分が使える『空魔法』の内、この状況で使えるものといったら《位相転移》くらいだろう。が、消費魔力量が激しいので多用はできない。
残された手は一つ。魔法に頼らない道しかない。
そうと決まれば動くのみ。私はオズさんに向かって駆けた。
《固定》は空間内の一部を固定化し、時間の概念から切り離す魔法。そのほかにも詳しいことがつらつらと書かれていたけど、覚えていない。要は見えない壁を作ることができるというものだ。持続時間と範囲が狭いが、その応用として自分の足に魔法を作用させることで空中に自由に足場を作ることができる。
傍から見ると私が空中を駆けているかのように見えるだろう。実際は一瞬だけ足場を作り、その上を走っているだけだ。
崩れたフィールドを突っ切り、オズさんに突っ込む。そして手前でぴたりと止まり、刀を振るう。オズさんはそれを跳んで躱した。そして跳んだまま斧を持ち、私に向けて大きく横振りをしてきた。対して私はしゃがんで躱した。斧が真上を風と共に過ぎ去ってゆく。それと同時に今度は下から斬りあげる。
「甘いよ!」
振りかぶった斧を器用に動かし、柄の部分で受け止めた。私は力負けするかと焦ったが、この部分は大丈夫のようだ。だが、安心するのはまだ早い。斧による攻撃は間に合わない。しかしオズさんはぶつかり合う刀と斧を軸に体をぐるんと一回転させた。そして落ちるまま私に蹴りを放とうとしてきた。
「やばっ!」
私は咄嗟に後ろにさがり、事なきを得た。オズさんの蹴りは地面にぶつかるだけだった。しかし、ひびの入った着地点を見る限り、あの斧同様喰らえばひとたまりもない。
一瞬怯みそうになったが、すぐに立ち直る。もう一度オズさんに攻撃を仕掛ける。今度は正面からではなく、回り込むように横から一撃を振る。これは斧の柄に止められた。だが、そのままもう一撃、私も先ほどのオズさんのように武器を使ってオズさんに蹴りを浴びせる。
「ふふっ! それは愚策だね」
オズさんは私の足を掴んだ。私は体勢を崩し、持たれるまま逆さ吊りの状態になろうとしていた。しかしこれも想定内。私は力がないからオズさんの攻撃を躱すしかできないけど、向こうは逆に受け止めることもこうして掴むこともできるはず。バランスは崩されたけど、これで片手は封じた。
オズさんは斧で私を攻撃しようとする。だけど、私はそれよりも先に動いた。刀の柄を両手で持ち、私の足を掴んでいる手に向かって刀を刺した。実際に刺さりはしないが、ダメージは与えられる。その通りにオズさんはまさか私がそんな攻撃をしてくるとは思っていなかったようで回避しきれずに手に刀を受けた。そして手を離した。
「よし!」
私は体が落ちる前に、刀を持ち直し、一太刀浴びせる。
「―まだまだ!」
しかしオズさんは振りかぶっていた斧をすぐに防御に回すことで私の攻撃を止めた。攻撃の勢いのままだったため、刀と斧がぶつかった時、私の手に鈍い衝撃が伝わった。
「痛っ……!」
手に伝わる痛みをこらえながら、私は身を翻し、《固定》で足場を作りながら、後退した。
私がはめている篭手は魔法の宿る武具を作る魔具師によって作られた防御力に優れた篭手なのだが……オズさんの力はそれすら無視するほど、私と差があるようだ。
「いやー参った参った。まさかフィールドを壊してもティアナちゃんには大して影響がないとはねえ。動きのキレも段々とよくなってきているし、まだまだ若いのにすごい」
刀を受けた手を痛そうにひらひらさせながらオズさんは笑っていた。
「自分でも気づいてない? 最初は僕に攻撃することすら困難だったのに、気づけばこうして自分から攻めてることに」
確かに、最初は無理だと思ってたけど、今はそんな気すら起きていない。むしろどう攻めてやろうかと考えてばかりだった。
「戦いの中で成長する。相手の動きを理解する。普通じゃできないことだけど、その『空魔法』と君の才能がそれを可能にしている。いやはや、将来どうなることやら。僕には想像つかないよ」
私の知らない私のことをオズさんは話す。なんだかむずがゆい。
「だけど、今日はもうこれで仕舞だ。少々遊びすぎたよ」
オズさんは再び斧を構える。そして私に向かってくる。
振りかぶってくる斧を私は躱し、反撃をする。しかし、オズさんはそれを紙一重で躱し、私の懐に潜りこんできた。私はすぐに離れようとする。
「《水刃波》!」
「魔法!?」
離れる私に向かってオズさんが仕向けたのは魔法だった。オズさんの周りに渦のようなものが発生し、そこから刃の形をした水が放たれた。
「くっ、捌けない……!」
全く予想だにしていない魔法による攻撃に私は腕で体をガードするしかできなかった。いくつもの水の刃は容赦なく私の体を斬りつける。
「ぐ、ううぅぅぅ……!」
腕や足を斬られ、血が流れ出る。とはいえ、それだけでは致命傷に程遠いものなのであり、私は後ろに下がり、刀で水を振り払う。
「やばっ!」
しかし、振り払った正面、先ほどまでいた場所にオズさんがいない。《解析眼》で確認するが、何の接近も示さない。魔力の流れを見ても水刃の魔力が邪魔をしてうまく把握できない。
「どこに……」
全周囲に警戒をする。《解析眼》に集中し、奇襲に備える。だが、その間にも水の刃が私に襲い掛かってくる。避けても追尾してくるため、あの大元の渦をどうにかしなければならない。絶対罠にしか見えないが。
防御と警戒を同時にしないといけない状況に私の体力と精神は削られていた。さらに《解析眼》の連続使用は私の目に負担をかけていた。数値こそ見えるが、視界が少しぼやけてきている。
少し無茶しすぎたなあ。だけど、ここで発動を切ったら間違いなくやられる。使ってるかどうかは気付かれないけど、たぶん私の動きで把握されるはず……。
目の負担を少しでも減らす。そのためにはあの水刃をなんとかしなければならない。でも、たぶんあれは罠……。
そうやって悩んでいる内に《解析眼》が危険を告げる。魔力の塊が接近しているのだ。この量は何度も見た。おそらくオズさんだ。私はそれの動きを追い、私の元へ来るのに合わせてこの場を離れた。
「えっ……?」
しかし、私が見たのは巨大な水の塊だった。魔力の量はオズさんと同等の。そして私の背後にもう一つ、全く同じ量の魔力が接近した。
「しまっ――!」
振り向く間もなく、私の背中に強い衝撃が走った。
「がっ……!」
私はその衝撃の勢いのまま地上に落下する。しかし、フィールドはすでに崩落しており、私はさらに地下へと落ちていった。
瓦礫が見える。さすがにあれにぶつかるのはまずい。そう察した私は寸でのところで《固定》によって足場を作り、地面への直撃を免れた。
私は上を見上げる。しかし、そこには何もない。
「こっちだよ」
横からオズさんの声。それと同時に私は刀をその方へ向ける。
「そんな柔な防御じゃ、意味がないよ」
刀越しに伝わる衝撃。私は横に吹っ飛ばされた。そして今度こそ瓦礫に衝突した。斧によって吹き飛ばされた衝撃と瓦礫にぶつかったダメージで私の意識はぐらつく。痛みが全身を回り、体がいうことを聞いてくれなくなる。
やばい。動けない。かろうじて刀を握っているも振るうことすら敵わない。衝撃で骨が折れたかもしれない。おまけに一瞬意識が飛んだせいで《解析眼》が解けた。ここまで来たら《虚構世界》でなかったことにしても何の意味もない。フィールドが元に戻り、傷が治っても痛みや消費した魔力は元に戻らないのだ。振り出しに戻しても逆転の手立ては微塵も見えない。
どこで失敗したのかな……。
たった二撃で私は詰まれた。おまけに頭から出血しているようで意識がまた遠のいてきた。薄らぐ視界の中、オズさんが止めを刺すべく私に近づいてきているのが見える。
「さて、これで終わりだね。軽く気絶させる程度で済ませるから。ちょっと痛いけど我慢してね」
そう言って斧を私に向けてきた。これで終わりだ。私はそう思った。だけど、やっぱりまだ終わりたくない。そんな気持ちもある。だから、霞む意識の中で呟いた。
「……《虚構世界・現》」
世界が変容する。景色が歪み、私の周りをぐるぐると回転する。それはオズさんも同じようで驚いて辺りを見回していた。
《虚構世界・現》。《虚構世界》を解除する言葉。そして世界は元に戻る。私がこの魔法を使った直前、オズさんとの試合が始まった直後へと。
崩落したフィールドは元に戻っており、私とオズさんの受けた傷はまるで始めから傷など追っていなかったのようにきれいさっぱりなくなっていた。出血もなく、折れてるだろう腕は動く。しかし痛みは引き続き残っており、折れてないはず腕があたかも骨折した時の痛みを感じている。
だけど、動くのなら問題ない。
私は最後の力を振り絞って立ち上がり、オズさんに向かって刀を振るった。
完全にオズさんの虚をついた。これでいける。私は確信した。
「……そこまでだ」
私の刀はオズさんに届くことはなかった。私の目の前にはオズさんでなくディルさんが立っていた。私の刀を素手で握り止めていた。そしてもう片方では剣を握っており、それはオズさんの斧を止めていた。オズさんは私の攻撃に反応していた……?
「悪いがこれ以上はダメだ。嬢ちゃん、あんたの負けだ」
「負け」。その言葉が深く心に響く。そして私はそのまま倒れた。それからすぐに意識を失ってしまった。
……悔しい
最後にそんな声が聞こえた気がした。