不器用なプライド
シーラはフィールドの真ん中まで歩くと自分の前に立つ敵を見た。あの聖王騎士団団長の妹、実力も戦い方も未知数だ。
(せいぜいここの一般の兵よりも強いってことかな?)
初めてここに来たとき10人抜きをしてたとかいっていた。
ということは普通の兵士以上ランドルフさん以下くらいの実力だろうか。とはいっても兵士の人たちの練度がわからないからなんの参考にもならない。
「最初に言っておきます」
突然目の前の相手が告げた。シーラの返答を待たずに続けた。
「私はまだ未熟故、うまく加減ができません。そのためあなたに怪我を負わせてしまうかもしれない。逆もまた然り。だからこの試合でどんな傷を負っても互いに怨恨は残さないようにしましょう」
「こりゃまた随分上からの言い方だな」
上から目線。シーラが嫌う人間の典型例だった。
「すみません。このような接し方しかできなくて。不器用な奴と思ってくれて構いません」
「お、おう」
ところが思ったよりいい奴だった。シーラは戸惑う。騎士ということを誇り、自分たちのような人間を見下すような奴だったら徹底的にやり返してやろうかと思ったが、そんなことはなかった。良くも悪くも表裏のない人間なようだ。
「……要は後腐れなく全力で戦おう、そう言いたいのか?」
「それです! 正々堂々、この試合に臨みましょう」
そうしてクラリーネは背中に背負っていた鞘から自らの得物を抜いた。
(ロングソードか……これまた旧世代な)
刀身の長い剣、ティアナが使うような刀とはまた違う剣だった。幅もあり、パワーとリーチが売りである。もっとも今の世ではめったに見ないが。
「正々堂々って言ってもな……俺とあんたじゃ、得物が違う。間違いなくあんたの言う正々堂々はできないぜ?」
「構いません。どんな戦い方でも叩き斬る。何の心配もいりません。全力で来てください。クラリーネ=マーレン、聖王騎士団の一人として全力でお相手します」
馬鹿真面目な奴だ。シーラは思った。だが、逆にそこが狙いどころかもしれない。
「………悪く思わないでくれよ?」
相手に聞こえないようにぼそりと呟く。そして腕を軽く振ると、クラリーネ同様に距離を取った。
「おい、さっさと始めるぞ」
ディルムッドが、暇そうに声をかける。
「準備はいいか?」
互いに無言で頷く。
「んじゃ、はじめっ!」
開始の合図と同時にシーラは下がった。とにかく相手の射程に入らない。そして自分の射程内に相手を入れる。銃使いの自分が近距離の相手と戦わざるを得なくなったときの戦い方だ。
(ティアナなんかは距離が関係ないから使えねえけどな)
相手がそうならその時は戦い方を変えるまで。今はセオリー通りに戦うことに徹する。
視界からクラリーネの姿を外さない。向こうは最初の位置から動いていない。しかし、向こうも自分を視界から外さない。
「慎重なやつだな……。アレンみたいな感じだな。それならっ」
シーラは小手調べに数発撃った。殺傷力はゼロだが、当たれば痛い。
(さてどう動くか)
様子を見守る。
「………」
すると、クラリーネは特に動じることなく。体を左右に揺らして弾を全て躱した。
自分に飛んでくる弾が見えているのだろうか。弾の動きと寸分の狂いもない動きだった。
「こいつは一筋縄にはいかないな……」
模造弾とはいえ、あんなにも綺麗に躱せるものなのか? なにかカラクリでもあるのだろうか。とにかく迂闊に攻撃できないことはわかった。
シーラはとにかく一定の距離を取ることに徹した。離れすぎず近すぎず……。一発を当てることすら相当難しいだろう。
(ティアナみたいに抜けた奴だったり、アレンみたいな当たるの前提の奴はいいんだけどな……)
相手はそのどちらにも当てはまる気がしない。攻めあぐねている今、まずは相手の出方を覗わなければ。と思っていたら、向こうも動いてくるようだ。
クラリーネは剣を構えた。お互い視線を外さない。そして一気に動き出した。
「っ!?」
想像以上に速い。が、対処できないわけではない。
(近づかせてたまるかっ……!)
シーラは逃げるようにまた距離をとっていく。
「逃がさない!」
クラリーネはさらに加速した。シーラの動きよりもさらに速く、その動きに残像が残るほどの速さで一気にシーラに詰め寄った。
「はああぁぁああ!」
大きく縦に振りかぶる。隙がありそうな動きだが、そもそも剣を振るスピードが速い。まるで小枝でも持っているかのように軽々と剣を振るう。加えて彼女の動きそのものが洗練されており、余計な隙が生まれない。
「やっべ……!」
シーラは寸でのところで躱した。
だが、すぐさま二撃目がくる。振り下ろされた剣はそのまま下から振り上げられた。斜めに、シーラめがけて剣が襲い掛かる。
「なんの!」
上体を反らし、そのままうしろに下がる。そして同時にクラリーネに向けて銃弾を撃つ。
しかし彼女は振り上げた剣をそのまま自分の体の前に戻し、銃弾を弾いた。カンッという音と共に銃弾は地面に転がる。
「この距離でも余裕で反応するのかよ……」
普通ならたとえ躱せても体勢を崩すなどするはずなのだが……。クラリーネにはその素振りが全く見られない。
さらに彼女は止まらない。シーラとの距離を詰めて次々と剣を振るっていく。シーラは逃げようにも相手がすぐに距離を詰めるため躱すことに専念するしかできなかった。
「随分騎士っぽくないな」
相手に聞こえるようにつぶやく。
「………変ですか?」
向こうは答えてくれた。しかし攻撃の手は止まらない。確実にシーラに当てようと、嵐の如く剣を振るう。
「別に馬鹿にしているわけじゃないけどな。騎士団にいる割には何かと自由だなって思ってよ」
「……型に縛られる。それが強さとは限らない。ですから私は自由に戦うのです」
顔を狙った突きを首を捻ることで躱す。突いた状態で今度は横に薙いできた。シーラは銃身で刀を受け流しもう片手に持っていた銃でクラリーネの足を狙う。
「……マジかよ」
しかし、銃弾はまたもやクラリーネの剣によって阻まれた。攻撃を防いだ一瞬で反撃をしたはずなのに、それすらも反応された。
驚くシーラに対し、クラリーネの攻撃はさらに続く。剣捌きはもちろん、反応速度が異常だ。目で動きを見てから、発砲音を耳で聞いてからといった動きではない。明らかに何かカラクリがあるはず。
(とはいっても、この状況をどうにかしねえと)
幸いにもまだ反応できる。紙一重だが、捌ききれる。だが、いつまでもこの状態が保てるわけでもない。少しでもタイミングを外せば、一発でアウトだ。
「あんま使いたくはないんだけどな……《影法師》」
苦肉の策。シーラは魔法を唱えた。
「……!」
そして同時にクラリーネは動きを止めた。いや、正確には動きを止められているといった方がいいだろう。
「これは……!」
よく見ると、クラリーネの体に黒い何かが纏わりついている。それは彼女の背後の地面、つまり影から伸びていた。
「話では『援護者』と聞いていたのですが……」
「ああ、専攻はそうだったぞ。だけど、別にそれ以外の勉強をしちゃだめだなんて聞いてないからな」
そう言って、シーラは無防備となったクラリーネからまた距離をとった。《影法師》は敵の動きを止める魔法だが、その効果が強力な分、消費魔力が激しい。魔力の量の少ないシーラには数秒を止めるのが限界だった。
とはいえ、その数秒でシーラは次の対策を取った。
「《風翔》、《獣眼》、《龍拳》……」
強化魔法を次々と自分にかけていく。拳銃がまともに通用しないというならば肉弾戦に頼らざるを得ない。銃の扱いには劣るが、武術の心得はそれなりにある。
「……《双武錬・収》。さて、行くぞ」
《影法師》の拘束も解けた。クラリーネはふっと息を吐くと先ほどと同じように一気に距離を詰めてきた。そのスピードは先ほどと変わらない。しかし、《獣眼》で強化した動体視力と反射神経のおかげでその動きをはっきりと追える。
相手の動きを先読みして、その動きに合わせて拳を放つ。クラリーネもそれに反応して剣で拳を受け止めた。普通ならば、模造刀とはいえ生身のシーラの手はダメージを負うだろう。しかし、《龍拳》のおかげで拳の威力、頑強さが上昇している。むしろ剣を弾き返さんばかりの力でぶつかった。
「っ!」
クラリーネは驚きの表情をする。が、すぐに剣を引き。体を回転させて頭上から剣を叩き込む。
シーラは相手の動きに合わせて体をずらし、躱した。そしてそのままの流れで拳銃を抜き、撃つ。が、もちろんクラリーネは即座に対応した。
「身体強化……それだけで私の動きに対応できるのですね」
「はぁ? どういうことだ」
クラリーネは答えることなく一度シーラから離れた。
「なんだ……?」
今まで休む間もなく攻め続けたクラリーネの初めての動き。シーラもまた動きを止めて、様子を覗う。
クラリーネは立ち止ると、剣を地面に突き刺し、何やらぶつぶつと唱え始めた。
「なんかヤバそうだなっ!」
直感的にそう悟り、シーラは撃つ。
クラリーネに向かった放たれた銃弾。しかし、それは彼女に近づくにつれて高度を落としていき、彼女の眼前で地面に落ちた。
「なっ!?」
その一連の様子を見て、シーラは全身に悪寒が走るのを感じた。何かやばい。即座にクラリーネの動きを止めるべく接近した。
しかしそれが間違いだった。
「こ、これは……!」
接近した瞬間、シーラの体に違和感が襲ってくる。
「体が……重い!?」
まるで上から押さえ付けられるような重圧。即座に身を退いた。幸い、地面に縫い付けられる程の力はなかったため、すぐに離れることはできた。
「はぁはぁ……。なんだ今の……?」
明らかに異質な空気だった。あのまま突っ込んでいたらただでは済まなかっただろう。普段の自分らしかぬ行動に反省した。
一方でクラリーネはぶつぶつと呟いたまま動かない。とはいえ今の彼女に近づく術がない。シーラはただただ相手の出方を待つしかなかった。
「……『星の加護よ、我を守りし盾となれ。宇宙の加護よ、敵を討つべき矛となれ!』……《輝墜星》!」
クラリーネは剣を抜く。そして彼女の周りの空気が明らかに変わった。それはシーラの目で見てもはっきりとわかるほど。
彼女の周りが歪んでいるのだ。
「何が起きてんだ……?」
見たこともない状況に戸惑うしかなかった。隙こそ見せはしないが、動揺は隠しきれない。
「行きますっ!」
クラリーネが駆けた。彼女が動くと歪みもまた動く。それが一体何の魔法なのかはわからない。わからない以上、近づけない。強化魔法をかけているとはいえ、明らかにあれはやばい。
《風翔》のおかげでいつも以上に速く動ける。捕まえられることはないが……。
「………」
ところが二人の距離は一向に開かない。それは決して彼女の動きが強化されたシーラ同等の速さだからというわけではない。
(なんでこいつは……!)
シーラは焦りを隠せない。それもそのはずだった。
「俺の動きを読んでるのか……?」
クラリーネの動きは常にシーラを先回りするものだった。彼が逃げる方向に彼女は先に動く。まるでこちらの動きを読んでいるかのようだ……。
これはもう覚悟を決めなければならないのか。シーラは策を巡らせる。あの感じではおそらく銃は通用しない。近づくのも危険だ。一体それが何のかわかるまでは逃げに徹するしかない。
「厄介な相手だぜ」
思わずため息をついてしまう。『炎竜』の時もそうだが、なかなかに自分は運が悪いようだ。しかし、
(アレンもカガリも負けたからなー。俺まで負けるのはさすがにいやなんだよな)
仇討ち故か負けず嫌い故かはわからない。だが、この戦いにはなんとしてでも勝ちたい。
「……うーむ」
確か相手は「《輝墜星》」と言った。星に関する魔法か……。カガリからも聞いたことがない。ティアナのような『古代魔法』の類なのだろうか。
「魔法は詳しくないんだよな……。魔力切れは……たぶん俺の方が先になる」
魔力がなくなり、強化が切れれば間違いなく捕まる。タイムリミットはそれまでだ。
「いつまで逃げているのですか?」
クラリーネが一気に距離を詰めてきた。シーラは速度を上げてさらに逃げる。だが、クラリーネは素直に彼を逃がさない。持っていた剣を振りかざすと、シーラに向かって思いっきり投げてきた。
「くそっ!」
彼女の投擲の精度は正確だった。剣はシーラの進行方向に確実に向かっており、シーラは慌てて体の向きを変えた。無理やり体を捻り、剣はうまくかわした。しかし、その隙にクラリーネが一気に詰めてきた。
「がっ……!? なんだ……重い……?」
彼女が近づくにつれてシーラは体に重みを感じた。まるで上から押し潰されるかのように。シーラは立つこともできず、地面にはいつくばった。
「ようやく捕まえました」
はいつくばるシーラの前にクラリーネが立っている。投げた剣はすでに回収していた。
「《輝墜星》を使った私からここまで長く逃げられたのは初めてです。……兄上たちはこれをものともしませんでしたから……」
最後に何か呟いていたが、今のシーラに聞き取る余裕はなかった。
「しかし得体のしれないものに警戒し、ここまで粘られるのはいい経験になりました。どう対処すべきかも実体験できましたし」
ですが、とクラリーネは続け、剣をシーラに向けた。
「これで終わらせます。これ以上放置しては何をされるかわかりません」
模造刀とはいえ、《輝墜星》下でのこの一撃は危険すぎる。クラリーネはそう思い、わずかに魔力を緩めた。
一方のシーラはこの状況を打破する術を考えていた。体にかかるこの重みのせいで満足に動けない。強化された体とはいえ、あの剣を喰らえばひとたまりもない。
(あれをやるしかないのか……)
一応保険にと、強化魔法を使った時に別の魔法も使っておいた。一度きりしか使えないが、おそらくそれがこの状況をなんとかできる唯一の方法だろう。
剣を構えるクラリーネ。シーラはタイミングを見計らっていた。
その時だった。ふと体にかかっていた重圧が軽くなった。
(今だ!)
今しかない! 直感でシーラは動いた。
「《双武錬・解》!」
叫ぶ。そして拳を地面に撃ちつける。そして爆発音とともに、シーラが撃ちつけた拳を起点に地面が弾け飛んだ。舞い上がった土塊で二人の間が遮られた。さらに
「えっ!?」
クラリーネは驚きの声を漏らしていた。
そして生まれた二重の隙をついてシーラは動き出した。しかし今までのように逃げるわけではない。土塊の中をかいくぐり、クラリーネの懐に潜りこんだ。
「しまっ――!」
「遅い!」
冷静さを取り戻したクラリーネだったが、シーラの方が速かった。彼女の腹に掌底を打つ。
「がはっ!」
クラリーネは苦悶の声をあげた。体の中の空気が一気に外に出てしまう感覚に襲われる。そして続けざまにシーラは足を振り上げクラリーネを蹴飛ばした。
吹き飛ぶクラリーネ、何とか体勢を整えようとするも、彼女の視線には追撃をすべくすでに接近していたシーラが映っていた。
「女相手でも容赦しねえからな」
シーラはクラリーネの顔を掴み、そのまま地面に押し倒した。背中を押し付けられてクラリーネは血を吐いた。
それでもシーラは攻撃の手を緩めない。倒れているクラリーネにさらに拳を叩き込む。……加減はしているが。
「ぐ、うぅぅ……」
彼女は地面に叩きつけられたときに一瞬意識が飛んでいたが、痛みと共にまた意識を引き戻された。だが、そのおかげで彼女は再び抵抗することができた。
「はぁはぁ……《観測》!」
そう叫び、次のシーラの攻撃を身を捻って躱した。さらにその体勢から無理やり体を引き起こす要領で彼に蹴りを放つ。
「っ! 悪あがきを!」
シーラは足を払う。だが、その流れでクラリーネは起き上がることができた。シーラから数歩離れる。先ほどの攻撃を受けた中で剣はシーラを挟んで反対側に転がっていた。手から離れたところをシーラに蹴飛ばされたのだった。今の自分は丸腰。対する相手は魔法で強化された状態で武器もまだ持っている。《輝墜星》は発動に時間を要するため今は使えない。《観測》を使ってもおそらく体がついてこない。残る手段は……。
「動くな」
クラリーネが動くその前にシーラが告げた。手には銃を持ち、銃口は彼女に向けられていた。
「さっきの動きでようやくわかったよ。あんたの魔法」
何かの魔法を使った瞬間、自分の動きがわかったかのようにきれいに躱された。あの状況ではまず無理だったのに。
「属性は……『星魔法』と言ったところか? そんでその力は先読みと重力操作だな」
「………」
当たりだった。クラリーネが使う魔法は彼の言った通り『星魔法』である。そしてその能力もまた間違いなかった。
「あの爆発……武器もまともに使えないのに、どうやったのですか?」
クラリーネもまた質問をした。
「あれか? 《双武錬》ってやつだよ。自分の体を武器に変えるってやつ。一回しか使えないから使い時を狙っていたが、まさかあんな使い方になるとは思わなかったぜ」
そんな魔法があったのか……。クラリーネは己の無知さを噛みしめる。
「ところで俺の推測は合ってたのか?」
「……はい。私の使う魔法は『星魔法』。あなたの言った通りです」
「なるほどな。これで全部納得がいったぜ。全く厄介だったぜ」
シーラはそう言って、改めて銃口をクラリーネに向けた。
「だが、お前が何か魔法なり動く前に俺は先に撃てる。先読みされようが、動けなきゃ無理だろ? 俺は殴り合いより銃の方が得意だからな。早撃ちなら自信あるぞ」
「……負けを認めろと、言っているのですか」
「ああ。これ以上の消耗は互いに無意味だろ? 俺はそんなに直撃をもらってないが、魔力もだいぶ消費してんだ。お前だってそうだろ?」
「ええ、そうですね」
同意する。しかし、彼女はシーラを強く睨みつけていた。
「しかし、私は認めませんよ」
「……それは単にあんたが負けず嫌いなだけだからか?」
「違います。私はクラリーネ=マーレン。あの英雄ランドルフ=マーレンの妹です。そして彼が団長を務める聖王騎士団の一人です。そんな私が負ければ私は兄上のお飾りにしかならない。そんなこと……許せるはずがない」
戦う前に言っていた言葉を思い出し、シーラはもう一度クラリーネを見直した。
(生きてた世界が違うんだな……)
彼には彼女が言っていたことがよくわからなかった。ランドルフさんはランドルフさん。彼女は彼女なのに……。
「面倒なプライドに縛られてんだな」
「プライド……? 違います。これは私の義務です。生きる在り方です」
一片の曇りのない言葉。そして澄んだ瞳。彼女の言葉一つ一つに嘘偽りがなかった。
「あんたのこと、知れば知るほど不器用な奴なんだなって思うようになったよ。もっと素直になればいいのにな」
そう言ってシーラは突きつけていた銃を下ろした。
「何を………?」
突然の行動にクラリーネは動揺した。なぜ、何のつもりで銃を下ろしたのだ?
「何って、もう銃を使う必要がないってことだよ。ついでにいえば、もうこの試合も終わりだよ」
何を言っているのだろうか。クラリーネは全く理解ができないでいる。私はまだ戦える。武器がなくとも、魔法が使えずとも……私に戦う意志がある限り、命ある限り、私は戦える。なのに、なぜ彼は勝負がついたと言うのだ?
負けられない。勝手に終わらせるな! クラリーネはシーラに怒りを抱く。そして彼につかみかかろうとした。
だが、彼女が前に進もうとしたとき
「えっ……?」
クラリーネは前に進むことなく地面に倒れた。
「体が……動かない?」
痛みはない。だが、体全体に疲労感が襲い掛かってきた。意識も少しずつ遠のいていきそうになっていた。一体なぜ? 彼が何かしたのか……?
「やっとか……。騎士だからと思っていたが、どちらかというと『魔剣士』寄りだったんだな」
シーラはほっと溜息をついた。体の力を抜き、銃はもうホルスターに提げていた。
「毒でも……盛ったのですか?」
「毒? あながち間違いじゃないな」
そう言ってシーラは自分の首の辺りをトントンと叩いた。彼女に触ってみろと言っているようだ。
クラリーネもなんとか体を動かして触ってみる。すると、何か針のようなものが刺さっていることに気づいた。
「これは……?」
「《吸収》……の応用だ。その針が刺されている間はどんどん魔力をそいつに奪われ、外に放出されてしまう。あんたは魔力切れになったんだよ」
「い、いつの間にこれを!?」
「いつって戦う前にあんたと話した後だよ。先に後ろ向いたろ? その時に投げたんだよ。その針自体は俺のお手製で無痛にしてるからな。たぶん刺されても気づかないはずだ」
戦う前に……?
「ひ……」
「卑怯だって言うつもりか?」
「っ!」
「言いたいならいくらでも言っていいぜ? でも俺言ったよな? 『あんたの言う正々堂々はできない』ってよ」
「………」
確かに言っていた。そして自分はそれに対して構わないとも言った。それに本当の戦いにはスタートの合図なんてない。いつ始まってもおかしくないのだから、いくら卑怯な行為とはいえ、彼の行動は決して責められるものでもない。
「あんたはさ、そのつもりじゃなくてもその不器用なプライドのために一人で戦ってんだよ」
クラリーネの意識は段々と遠のいてきた。その中で彼の言葉だけが聞こえる。
「けどな、俺は……いや俺たち四人は互いのために生きて、戦ってる。今回の試合も俺たちの今後がかかってる。悪いが、覚悟が違うんだよ」
ついにクラリーネは意識を手放し、倒れた。そんな中、彼女の頭には『覚悟』……、その言葉が強くはっきりと残っていたのだった。
「お疲れシーラ。さすがだねー」
私たちは戻ってきたシーラを労った。押しつ押されつの戦いだったが、シーラの方に軍配があがった。
「ありがとよ。でも結構ギリギリだったぜ。久しぶりに魔法を連発したからな、ほとんどスッカラカンだ」
シーラは椅子に座り、ぐてーと体を伸ばした。
「シーラは戦闘スタイルが自由だからねー。最初はみんな『あ、負けた』って言ってたぞ?」
「ひっでえな、ほんと」
「兄さん、クラリーネさんは大丈夫なの?」
「ああ、魔力切れで寝てるだけだ。しばらくは起きないと思うが、命に何の別状もない」
「そっか……兄さんのことだから何か毒でも使ったかと思ったよ」
「俺そんなに信用ないのか……?」
項垂れるシーラをみんなが笑う。私はシーラにカガリにも渡した飲み物を渡し、彼が吹き出す様を見て私たちはさらに笑った。
「お疲れ様。なかなかいい試合を見させてもらったよ」
ランドルフさんたちが来た。
「ああ、ありがとうございます。少しやりすぎた気もしましたが……」
「気にしなくていいよ。やりすぎたのはリーネも同じだ」
「『星魔法』は一つ一つが強力だから多少は仕方ないんだけどね。ただあれほど『輝墜星』は使うなって言ったんだけど……」
「それほどシーラ君が強かったってことだよ。うんうん、リーネが僕ら以外に負けるところを見るのは久々だったからなんだか新鮮だったよ」
三人とも身内の人が負けたというのになんだか満足気でいる。
「あの、アマネさん」
カガリが申し訳なさそうに手を挙げた。
「ん? 何かしら」
「『星魔法』って何でしょうか? 初めて聞いたのですが……」
「そうね、最近発見されたというかリーネちゃんが初めて使えたからね……。名前が広まってないのは仕方のないことかもしれないわ」
「最近発見された魔法……? 過去に例などはなかったのでしょうか」
「今のところ文献には残ってないわ。ウィーネが知らないって言うもの。間違いないわ」
新種の魔法かー。聞く限り『星魔法』は重力を操るのと少し先の未来が見える未来視ができるらしい。通りでシーラが銃を使えなかったわけだ。むしろ肉弾戦でよく攻めたなー。
「新種の魔法……そういったものもあるのですね……!」
カガリの目が輝いている。新種の魔法なんてそうそうお目にかかれないから仕方ないかもしれないな。
「……クラリーネさん、俺のことで何か言ってました?」
「……どうしてかい?」
シーラは真面目な顔つきでランドルフさんを見た。
「最後に彼女と少し話をしたんですけど……もしかしたら、と思いまして」
「ふむ……すごく悔しそうにしていたが、特に何も言っていなかったよ」
「……そうですか」
うーむ、シーラが何か考え込んでいる。シーラは口が達者だからな、きっと難しいことでも話していたのかもしれない。たぶん私には関係ないと思うけど。
「ふむふむ、シーラ君はリーネに対していい刺激になったんだね。思わぬ収穫だ。ねえ、ランド」
「ああ、そうだな。実践の経験以外に大切なもの、リーネが意識してくれるといいが……」
「そう心配するな。なんてったってあのリーネだ。君の不安なんかすぐに乗り越えてくれるよ」
「オズ、そろそろ行かなくていいの? ディルを待たせると寝るわよ?」
「あ、そうだね。ティアナちゃん、準備は大丈夫かな?」
「は、はい。いつでも行けますよ」
「うん、いい返事だ」
オズさんはそう言って笑うと、フィールドの方へ意気揚々と歩いていった。
「ティアナ、頑張ってね」
「折角俺が勝ったんだから、頑張り無駄にしないでくれよ?」
「わかってるって。このティアナさんを甘く見ないでよ」
皆の応援に笑って答える。すると、頭をポンと叩かれた。
「いつも通りのティアナでいけばいいんだよ。変に気負わなくてもいいから」
「アレン……」
親みたいなこと言ってくる。いつもそうだ。大事な時の前のアレンは父親みたいな励ましをする。ちょっと小っ恥ずかしいけど……。
「ありがとう。私の雄姿、ちゃんと見ててよね!」
皆のためにも頑張らないと、私はもう一度気を引き締めて、オズさんの所まで走っていった。




