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超銀河戦艦ブライヤー  作者: エンドウ
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第二話 樹海の惑星バツル(1/2)

「次はどこの星に行くのですか?」

 キースレムは星々を窓から覗きながら、独り言のように呟く。

 金属製の艦橋の中でリス型生命体キースレムは、小動物のような外見に見合わず落ち着いて、彼女用の椅子に座っている。

 艦橋内は、というよりもこの戦艦ブライヤーには彼女以外の有知性生命体や人はいない。アンドロイドも艦内にはいない。

「惑星バツル。ここらに自然豊かな森をもつ星があるんだそうだ。そこの調査を依頼されているんだ」

 声の主は戦艦ブライヤー。ブライヤーは知性を持つ超銀河航行が可能な宇宙戦艦だ。もっとも、戦艦として建造されたのは大昔のことで、現在は銀河連合の巡回査察官としてその航行能力を振るっている。

「森」

 キースレムの目の輝きが、一瞬変わる。

 キースレムはリス型生命体であり、リス型生命体はもともとは植物の多い星に住む種族だ。

「森ですか」

 キースレムは落ち着いた様子で窓の外に視界を移した。ブライヤーは彼女の機敏に動く瞳を見逃さない。おそらくは緑の惑星を探しているのだろう。ブライヤーは声には出さないが、小さく笑った。

「危険が多いらしいから、一緒に降りよう」

「そ!そうですね。そう、それはそうです。降りましょう」

 キースレムはリス型生命体だ。閉鎖され帰ることのできない故郷に思いをはせているのだろう。


 陰鬱な暗闇の中でも、人の形の三つの影ははっきりとわかる。

 ここは惑星ジーラ。完全に機械化された隠された星。彼らの根城だ。

 その金属と無機物に構成された星の中枢コンピュータを防護壁が覆い、さながら中世の城のような外観である。

 その一室には円卓とモニターと、何かを象徴するかのような無数の石像が配置されている。石像は、人、獣、ありとあらゆる生物が苦悶の表情を浮かべていた。

 円卓を取り囲んでいるのは三つの影のうちの一つ、全身が機械で覆われた巨人が、カメラアイをギラリと光らせた。

「惑星バツルでの植民地化計画の進行は?」

 その声は低い男の声だった。

 答えたのは赤い革製のローブを着込んだ人間型の女だった。だがその肌は緑色であり、両腕には茨が巻き付いている。女は、挑発的に赤い瞳と赤い唇に薄ら笑いを浮かべてた。

「リオクの担当でしょう?リオクはどうかしら?」

「クフフフ!」

 リオクと呼ばれた白衣の虫人は、まるで下手な操り人形のように関節をグリグリと動かしながら、悶えるように笑う。

 リオクは這いつくばったコオロギのような体勢で身を捩った。

「ヒハハハ!進行については!遅れ!懸念!すべてなぁーしー!何もつつがなく、つつがなぁーく!すすんでおるですょー!『ケットモル』のテストも終わり!あとはあの星の資源を奪えば」

「銀河連合の巡回査察官が近くを通るようだ。まだ奴らと事を構える時期ではないぞ」

 機械で覆われた巨人は、リオクの言葉を遮りながら感情を示さずに淡々と告げた。

「我と我が傑作たるグレンが指揮官におるのでぇー!グレンの判断に任せるべきぃー!」

 リオクが笑う。女も肩を竦めながら笑った。

「まあ、リオクが言うのであれば期待しましょう」

 機械の巨人は頷いた。巨人は苦悶の石像に目を向ける。

「全ては、我等がフェイトルストの為に。銀河連合に・・・・・・復讐を!」

 運命の錆(フェイトルスト)、それが彼らの名前だ。


 惑星バツルは半未開拓の星であり防疫等の入星管理は行っていないようだった。少数の入植者はいるが、国家として成り立ってはいない。

 外来の生命体がその星に入るとき、その星から出るときは寄生虫や微生物やウイルスの侵入は管理するのがルールだ。巡回査察官として給料を貰っているブライヤーがそういったことを怠れば、減俸は免れない。規定に則り、船内の洗浄と乗組員の除染を行う必要がある。

「ああ、もう終わりましたよ」

 キースレムは除染を済ませメタルスキンで身を覆っていた。メタルスキンはリス型のキースレムを人類のサイズに適応させる光子伝送技術を利用した金属製のパワードスーツだ。

「まだ半日あるけど」

 ブライヤーはため息をついた。すでに艦内にもオート洗浄装置のスイッチが入っていた。

「ム」

 ブライヤーの声に、キースレムはメタルスキンゴーグルが『怒』モードに変わる。

「そういって、悠長なことをしている旅ではないですよ。いいですか?私はあなたに感謝していますが、そういう短慮で事前準備を欠かす短絡的な。前の星でもありましたよね?ブライヤーが事前準備を欠かしたせいで滞在時間が」

「・・・・・・見えた」

「!!」

 キースレムが言葉を区切って、モニターに齧りつく。モニターには緑色の星が映っている。

「綺麗!これ肉眼ですよね!処理されてませんよね!」

「あー、拡大だけだ」

「うわー!綺麗!スゴイ!」

 緑色の星を見たキースレムがはしゃぐ。

 そのはしゃぎ様に、少しだけモニターの彩度を上げていることに罪悪感を覚えたが、ブライヤーは忘れて船を進めた。


「ハッチオープン」

「OK」

 弾むようなキースレムの声。メタルスキンゴーグルが『嬉』モードでゴーグルにハートマークが舞っているが、これはこの星にいる間は消えないだろう。

「行こうか」

「はーい!」

 ブライヤーから人のサイズへの光子伝送体が投影される。超宇宙の戦艦ブライヤーから投影された光子伝送体にはブライヤーの意志を転送されている。すなわち、光子伝送体が外的要因で消滅すればブライヤーの意志も消え、いわゆる死となる。

 その危険を冒しても、ブライヤーはこの星にキースレムと足をつける事に決めた。巡回査察官の任務でもあるし、ブライヤーが旅を楽しんでるからでもある。

 ブライヤーとキースレムはバツルのジャングルの合間の岩肌に降り立った。

 戦艦ブライヤーは、宇宙軌道上から光子伝送体ブライヤーとキースレムをサポートするために浮遊する。

「とりあえずは・・・・・・」

「探検ですね!」

 あたりを見回すブライヤーに、メタルスキン『嬉』モードのキースレムが乗り出す。


「チェックOK?」

 ブライヤーは左手を植物に添えた。その植物の遺伝子情報を読み取る。

 キースレムも同じようなしぐさで芋虫を撫でている。

「OK」

「随分と深いところまで来たな」

 ブライヤーは常に、エネルギー残量を気にしながら、危機を感じたら樹木に飛び移って戦艦からエネルギーを供給しながらこの樹海を歩いていた。

「大まかにみて、標準植物の巨大版ですね。酸素の濃度の関係でしょうか」

 キースレム(嬉)の声だ。

「こっちは、標準動物だ。サイズも標準範囲内だ」

 非知性型の蛇や小動物から手をそらしてブライヤーが頷く。

 こういった未開の星の遺伝子情報の採取も巡回査察官の仕事の一つであり、臨時ボーナスが見込める。

「ボーナスを見込めるような奇妙な生物はいないかな」

「そういった金銭的に短絡的な発想は好きに離れません」

 キースレムは不満げに(ただしゴーグルは『嬉』モードのまま)声を上げた。

 と、

「あれ?」

 キースレムは首を傾げた。ジャングルが壁で終わっている。そののっぺりとした壁は岩等の自然な構造物としては、あまりに滑らかだった。

「なんです、あれ?」

 答えるよりも早く、ブライヤーが走る。

「え!?」

 ジャングルの終わりにあった壁が、左右に分かれる。壁は――巨大な焦げ茶色の口だ。

 その巨大の口に比較すると、この星の巨大植物でさえハンバーガーの高さもない。

 キースレムが見上げた。ジャングルの木々の隙間からも茶色い何かが、いや、キースレムは理解した。

「生き物!?サイズがおかしいです!」

 巨大な眼がキースレムを捉えた。その眼の個々の目さえもメタルスキンを纏ったキースレムよりも大きい。そして、巨大な口の影がキースレムを、その一帯を覆う。

「え」

「キースレム!」

 ブライヤーがキースレムに飛びついた。巨大な茶色い地獄の門からキースレムを救い出す。キースレムのいた場所は、巨大な門によって閉鎖された。植物、動物、さらには地面までも巻き込んで。ゾリゾリという咀嚼の音すらも、耳に届く。

「何・・・・・・これは!?」

「キースレム!ここから離れろ!戦艦がすぐにキミの場所に来る!」

「ブライヤーは!?」

「遺伝情報を調べる!」

「そんな短絡的な!」

 キースレムは抗弁しながら、メタルスキンを飛び上がらせる。

 ブライヤーは走り出すと、ジャングルの終焉、巨大生物が貪った跡に回り込む。

 視界が開け、巨大な生物の姿が明らかになった。

 その生物は、螻蛄(ケラ)を思わせる茶色く長いフォルムをもっていた。強靭な前腕は巨大なビル群程度なら薙ぎ払えるサイズだ。

「あれは?」

 頭部に埋め込まれているアンテナ状の金属部品が光を反射した。

「サイボーグ生物?なんでこの星に!?」

 巨大螻蛄(ケラ)は両の眼をブライヤーに向けた。

「うわ!?」

 巨大螻蛄(ケラ)の前足がブライヤーを払う。ブライヤーの等身よりもはるかに大きい。

 ブライヤーは跳ね飛ばされて宙を舞った。体が軋む。ダメージを受け続け、仮に戦艦に戻ることができなければ、ブライヤーの思考はダメージで消滅する。死ぬということだ。

 だが、ブライヤーはこの正体を突き止めることに決めた。リスクは放っておいて、この生物の正体を暴く必要が、ある。巡回査察官だからだ。

 左手のマニュピレータと、ぼんやりと輝く手の平のスキャナーセンサーの感触を確かめて、走り出す。

 螻蛄(ケラ)の眼はブライヤーを捉えている。だが、今のブライヤーは光子伝送で作られたボディだ。光速、とまではいかないが、エネルギーをコストに極短時間であれば目にもとまらぬ速さといえる速度までは達することができる。

 ブライヤーは樹木を飛び越えて、螻蛄(ケラ)の頭部に飛びついた。

「遺伝情報は!?」

『Error 金属性の板です』

 センサーの答えは無常だった。いや、違う。明確に螻蛄(ケラ)がサイボーグ生物であることは明らかになったのだ。

 ブライヤーの思考は、一瞬止まる。では、何故このサイボーグは

 その瞬間、ブライヤーの周辺が暗くなった。

「しまった!」

 ブライヤーと戦艦ブライヤーのエネルギーの経路を螻蛄(ケラ)の右腕が塞いだのだ。

 ブライヤーのエネルギーが一気に減る。先ほどの亜光速移動が裏目に出た形だ。

 ブライヤーは全身の脱力感と自身の思考情報の麻痺を感じた。あっさりと、螻蛄(ケラ)の頭から滑り落ちる。

「短絡的ってヤツか・・・・・・!?」

 死を意識する。

 その時、響いたのは、つんざくような声だ。槍のように鋭い、それでいて美しい声が、ブライヤーの聴覚を捉える。

「短絡的過ぎです!」

 キースレムの声。

 同時に螻蛄(ケラ)の右腕が吹っ飛んだ。

 ブライヤーもまた宙を舞ったが、今ブライヤーは、戦艦とのエネルギー供給線上だ。

 ブライヤーの体にエネルギーが漲る。思考が冴える。

 逆に、螻蛄(ケラ)は叫び声をあげて地面に頭を突っ込み始めた。

 ブライヤーは地面にぶつかる前に、光子伝送ボディを解除して、戦艦に意識を戻した。

「短絡過ぎです。ブライヤー」

 艦橋でビームガンのトリガーを握ったままのキースレムの声が、ブライヤーの中に響く。

 とりあえず、ブライヤーは目の前のキースレムの説教を覚悟し、苦笑した。

「ハハハ・・・・・・」


「ようこそ、巡回査察官殿」

 村の代表は獣人だった。

 ブライヤーとキースレムは彼ら、この村の人々に頭を下げた。

「初めまして。巡回査察官ブライヤーと、助手のキースレムです」

「初めまして」

 ブライヤーとキースレムは、あの螻蛄(ケラ)の怪物を追ったが、地中深くに潜ってしまったために追跡は不可と判断した。

 そして、あの生物の情報とこの星の現状を調査するべく、手頃な村に足を向けた。

 それがここだ。

 この村の人種は、多岐に富んでいた。人類型人類、獣人型人類、虫型人類。そして質素な身なりではあるが合成樹脂で体を覆っている。他星からの入植者か、その子孫であろう。

 こういった人々は、銀河連合の干渉を極度に嫌がる傾向にある。現に、この町の代表の犬獣人の老人以外は不信感と警戒色を抱いた瞳を、アンドロイドのような外見のブライヤーとキースレムに向けている。

 村は動物の皮で作られた小柄なテントが六張ほど設営されているだけの小さな森の空き地であった。その中心でそびえる、むき出しのパイプが輝く金属製の通信タワーが異彩を放っている。このまるで、精霊信仰の象徴、トーテムポールのような通信タワーは、緊急時に銀河連合への連絡手段となっている。

 キースレムはそのハイテク製のトーテムポールを見上げた。

「あなた方をどうする、というつもりはありません。権限もありません」

 キースレムの柔らかい声に、老人の一人が頷いた。

「そうですか。それは安心しました。我々はこの星の生活が好きなのです」

 ブライヤーは感心するように頷いた。

 ブライヤーはこういった生活には不便を先に感じてしまう。だから、困ったことがあればすぐに対処するつもりだったが、彼らはそう言ったことを好まない、と言っているのだ。

「・・・・・・巡回査察官として、この星の生物環境を調査いたしました。銀河連合にはその報告についてはさせていただきますね?」

 生物の遺伝データはそのまま薬学や工学、時には芸術まで、あらゆる価値がある。未発見の遺伝情報を銀河連合に提出するのは査察官の重要な仕事の一つだ。

「お願いいたします。いざというときに銀河連合に頼る我らのできる数少ない貢献です」

 老人が頷いた。

 遺伝情報が銀河連合に届くことで、疫病等の対処のできない事由へのサポートを依頼できる。交換条件である。

「ところで」

 キースレムはそこまで言いかけて、ブライヤーにアイコンタクトをする。

 ブライヤーは頷いた。

「ああ、ところで、化け物を見ませんでしたか」

「化け物?」

 老人が目を丸くする。

 キースレムは、メタルスキンのゴーグルに『短絡的。もっと詳しく』と表示された。

 ブライヤーはハンドサインで『これから話す』とジェスチャーする。

螻蛄(ケラ)のような、虫のような。森で遭遇したのですが」

 老人は、周りの村民と目配せをした。村民の瞳が左右に揺れて騒めく。

「・・・・・・知っているのですか?」

「アレを、見つけてしまいましたか。あの『ケットモル』を」

 老人はため息をついた。

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