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超銀河戦艦ブライヤー  作者: エンドウ
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亡霊の星 アルザッド(下)

 クリス・アールは目を丸くして驚いた。(彼女の頭部ディスプレイには感情を示すドットグラフィックが表示されている)

「貴方、誰?」

「俺?・・・・・・俺に聞いてるの?」

 目の前のアンドロイドは非難でもするような声を出した。だが、同時に明るい声だ。

 ここは金属の部屋の一室。横には意識を失ったハンヌが倒れている。目の前のアンドロイドは、メタリックな銀色と緑色のセンサーアイというデザインからして、かなりの旧式であることは見て取れる。

「それよりも!虫が!」

「大丈夫。この高度までは来れないさ」

 アンドロイドは笑う。

 クリスは手近な窓を覗いた。この部屋は浮いている。クリスは今、巨大な飛行物体の中にいるのだ。

「快適な空の旅にようこそ。運転が雑だって死んだ奥さんによく怒られていたっけ」

 アルザッドには今、雲一つなく、はっきりと地表が見える。彼女は無意識に、目を走らせた。

「集中してくれよ、クリス」

 その声はクリスの背中越しに聞こえた。振り返ると獣人のハンヌが肩を竦めていた。

「ハンヌさん?無事で・・・・・・!」

「ああ。彼に助けられた。幸い救出代金は請求されないそうだ」

「くれるなら貰うけど?」

「死亡手当は貰えなそうだからな」

 ハンヌは肩を竦めた後、クリスに目を向けた。

「君は今、無意識にサインを送っていた。地上の君の仲間・・・・・・君を利用している虫の主に」

 その声にクリスは無意識に自身のアイ・ディスプレイを押さえる。

「いや、そのままでいい。あとはこちらの戦いだ。君を利用した奴は俺たちを、俺を逃がしはしないだろう。そして、俺も逃がしはしない。大昔この星には世話になったから」

 アンドロイドはそう言うと、忽然と、消えた。

 ハンヌはどっかりと座り込む。

「ああ、救世主殿。自己紹介したらどうだい?彼女、君のファンなんだそうだぜ?」

 クリスも膝をついた。部屋に、先ほどまでのアンドロイドの声が響く。

「俺の名は、ブライヤー。超銀河戦艦さ」


 アルザッド気象コンピュータ『RoHS-09』には自我がある。彼には、他者の概念はないが、ものを破壊する愉悦はある。それと退屈と飢え。彼は、退屈を凌ぐには、獲物を誘い、苦しめて破壊することが素晴らしいと考えていた。『RoHS-09』に善悪はないが、彼は紛れもない悪である。

 最近の狩りは数百年前に仕込んだオペレーティングシステムを基軸に使用しているアンドロイドを餌として、位置をつかみ、誘い、そして嬲り殺しにしてエネルギーを奪う。だが、それも、飽きてきた。

「・・・・・・!」

 発声システムがあるわけではないが、恐らくは、彼は驚いたのだろう。見たこともない大型戦艦に高濃度のエネルギー。舌も涎もあるわけではないが・・・・・・彼は舌なめずりをして涎を垂らした。

 大型戦艦には、『RoHS-09』の疑似餌がいる。それが、サインを放った。

 『RoHS-09』に表情はないが、恐らくは、笑っただろう。


 甲虫が群れる。それが弾丸のように超銀河戦艦ブライヤーにぶつかる。

 ブライヤーは揺れた。

「お!おい!ブライヤー!」

 ハンヌは慌てて叫ぶ。クリスもだ。

「ああ、揺れるか?」

「直撃を受けてるの!?墜落するの?」

「短絡過ぎるって、笑われる。そんなに慌ててたら」

 ブライヤーの声は落ち着いている。

 ブライヤーの重装甲は小さな甲虫程度では、文字通り虫に刺された程度にしか感じない。

「だが、不快だから」

 装甲版がせり上がり、二門のパルスレーザーカノンがその姿を現した。

 甲虫が、そのエネルギーの餌を食らおうとするも、全てが火にくべられたかのように霧散する。

「でも!数が多い!」

「親玉を叩く!」

 ブライヤーが即答する。

「そのために、こうやって空を飛んでおびき寄せている。あとは何日でも待つさ」

「おいおい」

 ハンヌが頭を掻いた。

「地道が過ぎる。俺は・・・・・・」

 ハンヌは言いかけて口をつぐんだ。

「何さ?」

「・・・・・・叩き出される覚悟でいうが、俺は、一緒に脱出してきた残りの三人が助かればいいと思っている。少しでも早く倒せれば、その確率も上がるとな」

「・・・・・・」

 ブライヤーは沈黙した。ハンヌは、ポタリと汗を垂らした。ハンヌにしてみれば、ブライヤーの機嫌を損ねて船をたたき出されれば、地面に叩きつけられて死ぬか甲虫に食われる。

「クリス。君は?君はどう考える?」

「私は」

 クリスは、一瞬迷った。これが自分を操る虫の主に言わされているのではないか、自分たちの強引で危険な道を主は望んでいるのではないか。だが、その心の声を彼女の中で嚥下した。

(いいや、これが私だ。)

 力強く頷いた。

「私もそう」

「オッケー」

 クリスの心の問題にしないかのように、そして答えを知っているかのようにブライヤーの声に笑みがこもる。

「だったら、強引に行く。ハッチを開放するから、クリス、君は親玉の場所を感じてくれ」

「でも甲虫が入ってくる!」

「光子伝送で作られたものは、光を供給されない場所で活動することはできない」

「嘘だな。俺たちの旅客宇宙船は真っ暗な船内を食い荒らされたぜ」

「中継機を光子伝送したのさ。ハンヌ、君はそいつが伝送次第破壊してくれ」

「・・・・・・信じよう。失敗すれば墜落だが、幾ら出す?」

「宇宙ステーションまでの運賃。五人分タダでいいぜ」

「OK」

 クリスとハンヌは頷く。

「ハッチを開ける!」

「はい!」

 クリスは開いたハッチに乗り出して、眼前の砂漠を見る。高高度の視線、礫のような風。新品の画用紙のようになにもない砂だけの平原。

 そして、ジワリと湧き上がる蝶のような虫。ハンヌはそれが中継機だと判断し、引き金を引いた。

「よし!」

 だが、さらに無数の蝶。

「全部叩き落してくれ!」

「やっている!」

 ハンヌが叫びながら銃のカートリッジを取り換える。

 その一瞬にハンヌの目の前に甲虫が現れ、エネルギーとみなした銃に牙をむく。

 が、ハンヌは左腕でそれを阻んだ。血がダラダラと迸る。無視して、蝶に弾丸を叩き込んだ。

「ハンヌさん!」

「お前は集中しろ!いつまでもは持たんぞ!」

 ハンヌはカートリッジを銃に仕込んだ。


 『RoHS-09』には思考力はない。思考という概念はない。大型戦艦がハッチを開けた時に笑っただろう。大型戦艦のハッチに甲虫を送り込む。疑似餌の周りにまず中継機を設置し、そこから甲虫を送り込み、大型戦艦は墜落するだろう。今まで行ってきたことと同じだ。

 大型戦艦は煙を吐いた。ところどころスパークが発生する。

 大型戦艦は見る見る高度を落とす。疑似餌は悲鳴を上げているが、特に『RoHS-09』は興味がない。自我に発声機能があればこう言っていただろう。「ああ、ご馳走だ」。大型戦艦は砂煙を上げて砂漠の中に墜落した。高く、砂が上がる。『RoHS-09』のカメラは上空に舞う砂をとらえていた。「ああ、ご馳走だ」。『RoHS-09』は、甲虫を自らの体に集めて200mを超える巨大な大樹のような姿を形作った。

 大型戦艦は『RoHS-09』が自ら捕食するつもりなのだ。ずりずりと、根のように張り巡らせた脚部をたどってゆっくりと移動する、その枝のような触手は、一本一本が狙いを探す蛇のように蠢く。

 『RoHS-09』はゆっくりと大型戦艦を砂煙の中に探した。

 ・・・・・・『RoHS-09』に言葉を聞き分ける機能はない。だから、彼の言う、『疑似餌』が彼の言う『墜落』の瞬間に何を叫んでいるか理解していなかった。

 クリス・アールはこう叫んでいたのだ。

「あれだ!あそこです!ブライヤー!」

 『RoHS-09』のすべての触手は、粉微塵になって弾けた。


 砂煙の中から、現れたのは銀色の巨人だった。その眼光に鋭い緑色が光る。

「ブライヤー!バトルモード!起動完了!」

 一歩、巨人ブライヤーは足を進めた。砂煙が舞う。

 巨人ブライヤーの身長は約60m。200mの『RoHS-09』と比べれば、三分の一に満たない。

 だが、『RoHS-09』の無数の触手が一瞬の逡巡を見せた。『RoHS-09』の過去データにこの状況はない。ブライヤーは、さらに一歩、踏み出す。

 ブライヤーを拳を振りかぶる。『RoHS-09』の触手が、察知したかのようにブライヤーの体に絡まる。だがそれで拳を止めるブライヤーではない。拳はまっすぐに『RoHS-09』の幹を捉えた。ミシリ、という音。ピシッという音。その音とともに、振り抜ける。『RoHS-09』が体が揺れ、後ずさる。

 『RoHS-09』は想定外、経験外のダメージに計算回路、チェック回路、補修回路を全動員する。

 だが、ブライヤーは、さらに一歩、踏み出していた。ブライヤーが再び振りかぶる。

 『RoHS-09』は阻止すべく、触手を束ねてブライヤーを殴りつけた。ブライヤーの体がひび割れ、スパークする。その瞬間を見逃さず、『RoHS-09』は触手でブライヤーの体を封じるように、絡みつく。だが、それで、拳を止めるブライヤーではない。すでに、ブライヤーの右足は地面をけっていた。ブライヤーは地面を右足を蹴り膝を伸ばし、腰を回転させ脇を支え、肘のから拳へとすべての力を伝える。『RoHS-09』の幹の中心部に拳が当たる。

 幹は抉れ、ひび割れ、大樹から無数の液体のように甲虫があふれ出した。

 甲虫は、光子伝送によって生み出された物体であるため、揮発するように消えていく。

 『RoHS-09』はあふれ出す甲虫が揮発する前に自らの触手で食らいながら、さらに後ずさる。

「逃がすのか!ブライヤー」

「いいや、逃がさないし、許さない」

 ブライヤーの前進速度は、『RoHS-09』よりも速い。

「盾を・・・・・・」

 クリスが呟いた。

「盾を探しています!上から、来ます!」

 クリスの声にブライヤーは一歩下がる。ブライヤーがいた場所に、巨大な円盤のような物体が刺さる。

「おい、嘘だろ?あそこには、彼らが・・・・・・クソ!」

 ハンヌが震えた声で呟く。円盤は、甲虫で満たされていたバザールのシェルターだ。

「生存は厳しいか?」

「いいえ、生きている。・・・・・・生かされている!どこにいるかはわからないけど!」

 クリスの力強い声だ。

 ブライヤーは、ゆっくりと拳を振り上げた。『RoHS-09』はシェルターを盾に動かない。

「信じるぞ!ブライヤー!マイクはあるか!?呼びかける!」

「呼びかけて答える確証はあるのか!?感傷で生きているだけって信じたいだけじゃないのか!?感情的で短絡的な手は・・・・・・」

 ブライヤーの脳裏に浮かんだのは、一人のリス型生命体だ。彼女はブライヤーに回想されるとき、常に笑顔だ。

「短絡的な手は、大好きだ」

 ブライヤーは自身のマイクにハンヌの声をつなげた。

「ネイリー!ネイリー君!」


「う・・・・・・」

 ネイリーは甲虫にとらわれて押しつぶされそうになりながらその声を聴いた。

『貸しただろう!自殺用に!手榴弾を!』

「・・・・・・」

 ネイリーの右腕に握られている四角いボックスのことだ。それに指をかける。

『それを使え!今!』

 ネイリーは小さくうなずくと、スイッチを押した。


「あそこだ!」

 クリスには分かった。

「オーライ!」

 ブライヤーはブースターを噴かせ、そのシェルターの一部に手をかけた。ミシミシという音とともに、引きちぎる。内臓のように、水死体を食らう腐肉食生物のように、甲虫がドボドボと漏れ出し、霧散した。そして、シェルターを地面に置く。

「よし」

 ブライヤーはシェルターの中に三つの生命反応を確認した。

「おい!逃がすぞ!」

「逃がさない!」

 その間に『RoHS-09』は、シェルターを・・・・・・敵対者にいとも簡単に引きちぎられる程度の盾を背にして地面に体をうずめようとしていた。

「行くぞ!フォトン・ブルー・ブレイド」

 ブライヤーの拳に青色のカタールが煌く。光子伝送ではない。光そのものが刃と化してブライヤーの右腕に集まっている。

 ブライヤーは踏み込む。シェルターは一撃で二つに分けられ、へし折れた。さらに踏み込む。無数の触手がブライヤーを襲うが、それを無視した横薙ぎが、『RoHS-09』の幹を引き裂いた。

 引き裂かれた『RoHS-09』は同じ形を成し、別方向に逃げる。

「あっちです!」

 『RoHS-09』を守るために、別方向に逃げた『RoHS-09』をの分体がブライヤーに、津波のように覆いかぶさる。

 だが、遅い。

 すでにブライヤーは宙を舞っている。フォトン・ブルー・ブレードが高く空を指した。音声コードで最後の承認を与える。

「ブライヤァァァー!レッドラストォ!」

 上段からの斬撃は『RoHS-09』の装甲を、制御装置を、記憶装置を、全て切り裂いた。

 『RoHS-09』には死という概念はなかった。思考すらなかった。

 だが、ここで『RoHS-09』は思考を得た。恐怖という思考を。


「あ、あの・・・・・・サ、サインを」

 現金なネイリーががっつくように、ブライヤーに本を渡した。『英雄戦艦譚シリーズ3 ブライヤー』。

「お、おお」

 ネイリーのキラキラとした視線にブライヤーは頭を掻いた。

 ここはブライヤーの中、そしてアルザッドの外だ。

「ほほ。英雄にサインを強請るなら、わしらもネイリー君に貰わなければならんのう」

「ですね。アナタ」

 ネイリーは鼻白んで顔を赤くする。その様から、彼が英雄的評価に慣れていないのが分かる。

「僕は、ハンヌさんに言われたまでですから・・・・・・」

「よせよ。俺は君たちをおいて逃げようとした男だぜ」

 ハンヌが皮肉気に笑う。クリスがその様に笑顔を表す。

「あれだけ必死に助けようとしたのにね」

「査定に関わるんだ。保険屋のリスク調査員なんだぜ?一応」

 彼らはこれから、第三世代政府管轄の宇宙ステーションに送られて、各々の目的地に旅立つ。その前のひと時だ。

 ブライヤーにしてみれば久しぶりの客人である。

「当艦はまもなく、宇宙ステーションに寄港します。ご利用の方は用意のほうをお済ませください。ってね」

 客人の一人、クリスがブライヤーの前に立った。

「ありがとう、でも、どうして私たちを助けてくれたんですか?まさか宇宙中にセンサーを張ってるわけではないんでしょう?」

 ブライヤーは少し口をつぐんだ後、頭をかいた。

「大昔にどこかの誰かと約束したからって言ったら、君は笑うだろ?」

 クリスは、きょとんとそのアイセンサーを見つめた。そして、

「ふふ。そうですね」

「やっぱり笑ったか」

 ブライヤーとクリスはアイセンサーの視線を合わせて、笑った。

一応、これでスペースオペラ的になったでしょうか?

いや、なったに違いない。

まだ続きますー。




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