亡霊の星 アルザッド(上)
宇宙ユニオン政府が崩壊し、第三世代政府が誕生して久しい。その動乱の中で、アルザッドという星は滅びた。
旅客宇宙船モールエイトのガラス張りの展望台から見えるその星、アルザッドは、青白い幽霊船を連想させる。
クリス・アールは大学生だ。考古学の留学で第三銀河へ向かっていた。
その長旅に飽きて、彼女は宇宙船内の展望台にいる。
アルザッドに、クリス・アールは郷愁がある。それは、彼女のルーツがその星に有るという話は聞いたことがあるからだ。
「行ってみたいわね」
無論不可能だ。アルザッドは何百年も前に滅びて閉鎖されている。
彼女はため息をついた後、頭を押さえて自身の記憶を検索した。
「まだ、二時間もある」
ため息をついて、階段を降りる。
その時だ。その時、彼女の視界にノイズのようなものが走った。
「え?蝶?」
蝶である。羽ばたきもしない蝶が無数にクリスの周りを漂っている。
その現実感のない光景の先には、
「え・・・・・・」
旅客宇宙船の操縦室は立ち入り禁止だ。だが、今、その扉がズタズタに引き裂かれている。
「スペースジャック!?」
だが、妙だ。スペースジャックならば、そしてこの場所を制圧したのであれば、脅すための荒々しい声が聞こえていいはずだ。だが、扉の奥から実際に知覚できるのは・・・・・・。
「え、何?」
不快な羽音と闇の奥の無数の光。それがクリスが近くした気配だ。
彼女はライトでその先を照らす。
「ッ!」
そのライトが、高速の弾丸のようなものに弾き飛ばされた。
虫だ。
甲虫のようなものが、ライトにガリガリとかじりついている。
「!?」
次の瞬間、ドォン!という音とともに旅客宇宙船が揺れた。
その爆発光の中で一瞬、彼女は見た。アンドロイドの船長や制御機械に噛り付く無数の甲虫。
旅客宇宙船モールエイトは、こうしてアルザッドに墜落した。
降り立ったアルザッドは、雪のような白さの砂漠の星だった。
「まったく。近頃の脱出ポッドは高性能ですね。困ったものです」
クリスは自分たちの幸運さに悪態をついた。そうでもしなければ、恐怖と不安で意識がブラックアウトしそうになる。
脱出ポッドで生き延びたクリスと他数人の生存者は、砂や風を防げぐために洞窟の中に隠れている。洞窟はセラミックで覆わた人工物だ。
「幸いですね。二世代前の時代、銀河連合の中期の遺跡でしょう」
クリスの考古学の知識はここで役に立った。その遺跡はかつて『バザール』と呼ばれていたものだ。
「こんな古い遺跡で、大丈夫でしょうか?」
生き残りの一人、マーリは恐る恐る、といった風に声を上げた。
「心配はありませんよ。古いものですが、今まで形を維持していたのだから、強固さは折り紙付きです」
クリスは明るく答えた。そして、声を小さくする。
「トゴドさんは・・・・・・大丈夫ですか?」
マーリは目を反らした。トゴドは彼女の夫であり、避難時に誰よりも勇敢に皆を救助していたが、その時の救助で怪我を負っている。特に右腕は根元から失われていた。失った右腕自身はサイボーグパーツであったため、技師に見せれば問題はないと本人は笑っていた。
「すまないね」
クリスに謝った、奥のベッドで寝ているのが彼だ。
「いえ。そんな。私たちが今生きているのは貴方のおかげですよ」
部屋には古風の炎式のランプが一つ、これは旅客宇宙船から持ち出せたものだ。
あとは、資料や本。これらはこの遺跡のに残っていたものだ。
ランプの周りには、不安げな顔をしたマーリと横たわって体を休めているトゴドがいる。部屋の奥にはキョロキョロと目を光らせているジャージ姿の恐竜型生命体の少年、ネイリーがいる。奥では物珍し気に壁を触っている黒いジャケットを着た犬型獣人のハンヌ。乗客全員は助かったが、船長やスタッフは、あの事故で死んだ。 クリスは、深く、深呼吸をした。「大丈夫です。すぐに助けが来ますから、少し特殊なキャンプだと思って、気楽にいきましょう」 クリスの嘘に、マーリは表情を和らげた。
「そうですね。救援なんてすぐきますからね」
不安をあおるだけの沈黙と退屈を破ったのは、ネイリーだった。
ネイリーが、恐竜型の指で器用に挟んでクリスに本を渡してきた。ズイズイと顔を近づけてくる。
「ひ、暇なら、ドーゾ。なっ、何もしてないと、頭が変になる」
部屋にあった本だろう。クリスは受け取って頭を下げる。暗室であり、生命も存在しないこの星であったため、ところどころかけてはいたが、本は判別が可能であった。
『星の歴史』『よくわかる記憶術』『品質管理入門』『英雄戦艦譚シリーズ3』『受験勉強セット』など。他愛もない本だろうが、気休めにはなるか。ネイリーは本を見つめた。
「むっ昔、彼のアニメ、みっ見てた」
「私も見てました。でも、彼は実在した英雄ですよ。流石に星々を旅して悪を倒したなんてのはフィクションですが」
考古学を愛する彼女の、ロマンだ。だが、今は、それを考えるべきではない。そんな雑談をしながら、クリスはネイリーの本から適当に一冊を抜き取る。
「失礼」
ハンヌが、横から『星の歴史』に手をかけて、内容をパラパラとめくり、戻した。
「歴史に、何か気になる事でもおありですか?」
「いや、この星の歴史は大体、頭に入っている。一冊くすねて、生存した後に売ればそれなりの金になる。それよりはこっちのほうが状態が綺麗で高く売れそうだ」
ハンヌは、『品質管理入門』を手に取った。
「この星の歴史にお詳しいのですか?」
「興味あるかね?」
「ぼ、僕は興味は!」
ネイリーが声を上げる。
「英雄戦艦のほうが」
ネイリーは頭を下げると、余った本をもってトゴドとマーリのいる場所に向かう。
「君は?」
「『受験勉強セット』よりは、興味ありますね。私のルーツはこの星にあると、聞いたこともあります」
ハンヌは手元の『受験勉強セット』を閉じて床に置いた。
「仕事柄得た知識のなので金貨の一枚も貰いたいがまあ、他にすることもない。退屈しのぎに話してやろう。アルザッド、この星の終焉は、一つのコンピュータの暴走から始まった」
アルザッドの終焉は、一つのコンピュータの暴走から始まった。
もともとアルザッドは荒野の星だったが徐々に情報産業において、頭角を現すようになった。この星はすべての知性や記録を一つのコンピュータに集約することで最適化を図ったのだ。コンピュータの暴走があれば全ての産業が停止する。しかし、彼らにはそれ以外に生活を維持する方法はなかった。
そして、この星の中央コンピュータ『RoHS-09』がある日突然に暴走を始めた。
この星は、すべての機械が停止した。、そして、『RoHS-09』が望むかのように、人類を襲う兵器が製造された。『RoHS-09』とこの星の住民の戦争は50年をかかり、住民の敗走で終了し、時の宇宙ユニオン政府はこの星の放棄を決めた。
結果として、この星は砂漠と化したのだ。
「200mを超える樹木状の怪獣が星中を闊歩したとか、虫の大群が人々を襲ったなんて話も記録には残っているそうだ」
「・・・・・・」
一瞬、どこからともなく現れた甲虫の群れが思考をよぎる。
「どうしたかな?」
「ああ、いいえ、何でもないです」
そういうと、甲虫の群れの話はクリスの思考からデリートされた。
「探索に出る。誰か、俺と一緒に来てほしい」
ハンヌが言った。
「これから、救援要請に使える機械を探しに脱出ポッドに向かいたい。物を運ぶのにはパワーが必要だ。クリス。俺は君が適切だと思う」
ハンヌの声にクリスは頷く。
「そ、外には危険が」
ネイリーは震えながら反論した。ハンヌは少しだけ笑みを作る。
「ここにいる危険もある。探索に出れば対価もある。使用可能な脱出艇があった場合は俺たち二人が優先だ。ついでに金目の物があれば、それも対価だ」
「まあ、誰か必要ならば。わかりました」
ハンヌの上段にクリスは頷いた。
30分ほどたった後、二人は出口ハッチの前にいた。
「必ず帰るとは、言えません。ご無事で」
クリスはネイリーとトゴドとマーリに頭を下げた。
ハンヌは消しゴム程度のサイズの四角い箱をネイリーに握らせる。
「こっちの方は、上手くやってくれ」
「・・・・・・手榴弾」
「俺たちと連絡が取れず、食料も尽きてどうにもならん時に使え。高いんだぜ」
ネイリーは弱弱しく、頷いた。
ハッチが開き、ハンヌとクリスはハッチをくぐった。その先には真っ白く吹き荒れる砂塵と灼熱の太陽の世界が広がっている。ハッチが閉まるのを確認し、その中に二人は足を進めた。
「方角はわかるか?」
「大丈夫です」
クリスの記録を頼りに、二人は相も変わらない砂嵐の中を進んだ。
「見ろ!あったぞ」
ハンヌの指をさした方向には脱出ポッドの残骸があった。
だが、
「なに、あれ」
クリスが呟く。
脱出ポッドの外壁が黒いシミに覆われている。
黒いシミはギラリと光った。クリスにはそれが、甲虫の眼光であるわかる。甲虫の眼光は、クリスとハンヌを値踏みするように貫いた。
「さて、ここからは答え合わせと行こう」
ハンヌは、犬歯をきしませて笑った。
ハンヌとクリスが旅立った直後、ハッチに何かをたたきつける音をネイリーは聞いた。
ネイリーは立ち上がり、扉に駆け寄る。
「か、帰ってきた?」
「開けるな!何か、おかしい!」
マーリがおびえながらトゴドに縋りつく。
このハッチは強化セラミック製だ。たとえ、ネイリーであってもクリスであっても叩き壊すことなどできないし、それを試みる必要もない。
強化セラミックは変形し、湾曲した。
「なんだ!?」
マーリは悲鳴を上げた。
扉をガンガンと殴る音。
(『こっちの方は、上手くやってくれ』)
「しっ下に、逃げます」
元来、恐竜型生命体は生命体種の中でも類まれな筋力を持つ。
トゴドとマーリを抱えて、風のように駆け降りる。
三人が駆け降りた直後に、黒い甲虫の群れが三人の今までいた場所を飲み込んだ。
「う、上手くやります!まだ、やれます」
ネイリーは胸の手榴弾を握った。思考の中には、ハンヌがネイリーを見つめる目があった。申し訳なさそうなそれでいて頼るものがない、まるで普段ネイリーがする目だ。
(あの目を見たら、優しくしよう)
それが、ネイリーの唯一のプライドだ。
「答え、あわせ?」
「君はスパイだ。俺たちを破滅に追いやるための」
ハンヌが向けたのはエネルギーチャージ型の銃だ。クリスは後ずさった。
「何を、言っているの?」
エネルギーチャージ型の銃は唸り声をあげる。弾丸発射の予備動作だ。
だが、無数の甲虫がハンヌの銃に集まる。
ハンヌは銃のバッテリーを取り外して、投げ捨てた。全ての甲虫が、渦潮のようにバッテリーに食らいつく。
「トゴド氏の右腕も、宇宙船も、俺の銃も食われたな!」
クリスは、頷いた。それらに共通するのは、
「エネルギーを持っている?」
ハンヌは視線をクリスから反らさない。その沈黙は、是だと、クリスは認識した。
「でも、だったらなんで私がスパイなのよ!」
ハンヌは顎で、脱出ポッドの外壁を示す。溶けた外壁は鈍いながらも古びた鏡のような歪な光沢を放っていた。
そこには、強化セラミックで形作られたマシンがいた。
「私は・・・・・・アンドロイド」
クリス・アールはアンドロイドだ。その絶対に忘れるわけのない情報が、今まで、まるでシャットアウトされたかのように意識の外に追いやられていた。
「なるほど、自覚なく皆をこの星に食わせるために、誘導させられたか」
肩を竦めて、ボロボロになった脱出ポッドの残骸を見る。
「種明かしをしたのは嫌がらせで八つ当たりだ。通信機も無理そうだ。外に救援要請も、報告する手段もない。無念だな。俺たちは詰んだ」
ハンヌはそう言うと、地面にどっかりと座り込んだ。
「無念だ」
その言葉を残した後、ハンヌは甲虫の群れに飲まれた。
「あ、ああ」
彼女は膝を折った。
生命体ででもあれば涙をこぼしていただろう。
甲虫は、もはや無用となった餌のクリスをも食らい尽くそうと蠢いている。
「た・・・・・・」
この亡者の星の中で、クリス・アールは疑似餌のように親しくなった人たちをこの星に献上した後、自らもこの星に食われて死ぬのだ。
「た・・・・・・助けて・・・・・・」
だが、誰に?
彼女は利発であったが、この場を助けてくれる人間など思いつかない。それこそ、小さいころに見たアニメヒーローくらいだ。
「助けて・・・・・・『ブライヤー』ァァァ!」
この砂漠の星の砂嵐は、その一瞬から止まった。
スペースオペラって、こんな感じですよね?ね?