荒野星アルザッド(下)
帽子の男は、ゆっくりとチャシャとキースレムを降ろした。
「俺は、ブライヤー!フォトンモード・ブライヤーだ!」
リザコードは窓を見上げた。窓は割れていないことを確認した。ならばどうやって?
リザコードはそれを意識の片隅に追いやった。彼の思考は単純である。
(俺を舐めてる奴は殺す)
「殺せ!もういい!殺せ」
アンドロイドが頷いて、スタンガンを構えた。
だが、ブライヤーは速い。アンドロイドがスタンガンはブライヤーの体にかすりもしない。
一体目のアンドロイドの首を掴み地面に叩き付ける。
二体目のアンドロイドのスタンガンはブライヤーが半身をずらしたことで空を切った。そして、腹部に拳を受けて吹き飛ぶ。
三体目、四体目のアンドロイドは左右からの連携攻撃だ。だが、ブライヤーは天井にとんだ。そして天井を蹴り落下する。落下からの蹴りで一体が吹き飛び、裏拳でもう一体も飛ぶ。
五体目の最後のアンドロイドは違法改造され腕部隠し銃を持つ。隠し銃はブライヤーを狙う。だがその装甲を貫くことはできない。
「オオ!」
ブライヤーは跳躍し、体を捻った。体をひねっての蹴り、アンドロイドは体をひしゃげさせて壁にたたきつけられる。
だが、最後の一体のアンドロイドを倒した時、ブライヤーは態勢を崩した。
リザコードはスタンガンを振り上げた。どんな闖入者であっても、スタンガンには相手を死亡させる威力がある。
「死ねェ!・・・・・・!?」
振り上げた目の前に、既にブライヤーがいる。一瞬で間合いを詰められリザコードは体に衝撃を受け吹き飛ばされた。
リザコードの体は500キロに達する。それが殴り飛ばされたのだ。
バイオ装甲で覆われた腹部が無残にえぐり取られている。
リザコードは顔を上げた。そこにブライヤーの蹴りだ。
下顎が抉り飛ばされた。
「ウオオオオー!」
リザコードの両腕には無数の重火器が仕込まれていた。その火力は一個小隊に匹敵する。錯乱したリザコードは両腕の仕込み火器を全てブライヤーに向けた。
ブライヤーは後ろを見た。キースレムを抱きかかえたチャシャが震えながら見上げている。
「銀河連合の法律に自己防衛権利はある。悪いが」
ブライヤーが両手を上げた。
「光子伝送!リボルキャノン、リボルマシンガン」
光子が集まり、ブライヤーの両肩にキャノンとマシンガンが現れる。
「死ね!」
リザコードは両腕に発射命令を出した。
同時に、ブライヤーも引き金を引く。
爆発し、煙の中から現れたのは、両腕をもがれたリザコードだ。
「え・・・・・・あ・・・・・・」
リザコードは後ずさりする。
そして、ドアに向かって駆け出した。
ブライヤーは一瞥する。ドアの向こうはブライヤーには追えない場所だ。
「キースレム!無事か」
チャシャに振り向いたブライヤーは、まるで、先ほどの戦いが嘘のように狼狽えていた。
キースレムは少しだけ眉を上げた。視線の先には、先ほどメタルスキンを脱ぎ去った場所だ。そこに一つ紙袋が置いてある。ブライヤーは頷いた。
「病院に!」
チャシャが叫ぶ。
「いや、戦艦に運んだほうが早い。悪いが、緊急事態だ」
リボルマシンガンを天井に向けて放つ。ガラスの破片、セラミックの破片。
その先には、巨大な戦艦が現れていた。
ブライヤーとキースレムは戦艦からの捕捉光線に導かれ、緩やかに上昇した。
我が子リザコードの報告に、カーソンは特に興味を示さなかった。
不肖の息子が怪我を負うことなど、彼にはどうでもいいことだ。
だが、その顔色は一瞬で変わった。
「ブライヤー!?そう名乗ったのか!」
「あ、ああ。父さん。知っているの!?」
リザコードが頷く。カーソンは頭を振った。
「超銀河戦艦ブライヤーは、巡回査察官の権利を持っている。奴が、連合に今日のこと、この街のことを報告したら、儂らは終わりだぞ!?」
「どうしよう、父さん!」
「幸い、電磁遮断機は、二重になっておる。この星から銀河連合に報告するには大気圏外に出る必要がある。つまり」
「つまり?」
「殺せ!この星から生かして返すな!βランギルを使って、奴を殺せ!」
「キースレム、死ぬなよ?」
治療室で治療を受けているであろう、キースレムに祈った。
戦艦の乗組員は、キースレムしかいない。
ブライヤーは拳を握り締めた。
ブライヤーの視界に、『Alert』の文字が出たのは次の瞬間だ。
「!」
戦艦の周りにバリアを展開する。
「ぐ!」
だが安定しない。
キースレムに買ってきてもらったパーツはバリアシステムのバランサーだ。マニュピレータに命じた。
(修理を急ぐ!)
『Alert』の主を、ブライヤーは睨み見た。
βランギルだ。そのシルエットは巨大な四足歩行の有翼竜を思わせる。全高は45m、全長で120m、無数のミサイルに翼型のヒートソード、さらに接近用の龍頭型ショックバイト。銀河連合の最新戦闘ロボット。
その背にある砲搭から無数のミサイルが飛ぶ。
「うわ!」
戦艦は身をよじらせて、躱した。
明らかにミサイルにはシェルターを守る意思はない。
「ハハハハ!ざまあみたか査察官殿!ここれスクラップになって貰う!」
「リザコード!」
戦艦の航行に問題はない。この荒野で、なるべくシェルターから離れた場所に移動するべきだ。
「読めているに決まっている!」
リザコードの笑い声が響いて、爆発で視界がホワイトアウトした。衝撃で戦艦全体が揺れる。
戦艦のバリアシステムが『Alert』を鳴らす。
「修理だ!」
バリアバランサーが無事であれば、この事態は打開できる。
「死ね!死ね!死ね!」
ミサイルが、増えた。それはもはや直撃は免れない。
「修理はまだか!」
爆発――
――煙の中に、戦艦の姿はなかった。
「あ」
リザコードが呻く。
「お前は・・・・・・」
煙から現れたのは、一体の人型の巨人。その外観は、まるでブライヤーそのものだ。そして、真実は逆だ。
人型の巨人が月の光を浴びて輝く。メタリックな銀色。知性を感じさせる緑色の鋭いセンサー・アイ。
戦艦の名前は超銀河戦艦「ブライヤー」、そしてその真の姿は超銀河戦闘巨人「ブライヤー」。「人型の彼」は記憶を共有したレプリカだ。
「ブライヤー!バトルモード!起動完了!」
センサーアイに輝きが灯る。
「銀河連合軍所属、カーソン大佐ならびにその部下たち!貴様たちの無法は超銀河戦艦ブライヤーが見届けた!銀河連合からの正式な査察が来るだろう!」
「ほざけ!お前がここで死ねば全部闇の中よー!」
βランギルはミサイルを乱射しながら突き進む。
爆炎がブライヤーの足元に上がる。だが、この程度であれば動じない。ブライヤーのバリアシステムは100%の稼働をしている。
ブライヤーも足を進めた。
βランギルは射撃戦は無意味として、金属製の翼を構える。翼は赤熱化しており、直接斬られればブライヤーも無事ではすむまい。
ブライヤーは拳を構えた。
βランギルの翼が、ブライヤーの胸を捕らえた。火花が散り、ブライヤーがよろめく。
だが、翼の一部を握り締めた。
拳が、翼の根元に振り落とされる。βランギルの左翼が吹き飛んだ。
βランギルは体を回して、遠心力を利用して、竜尾をたたきつける。
ブライヤーの体を衝撃を襲う。
「く!」
さらに、ブライヤーをミサイルの近距離爆発が襲う。ミサイルのすべての衝撃はバリアシステムでは防ぎきれない。
ブライヤーは、βランギルの性能の高さに舌を巻いた。
「俺はオーバーテクノロジーだと思ってたんだけどな」
その自信には、少しだけヒビが入った。だが、打開策はある。
(短絡なことを考えてますね!)
幻聴を聞いた。
(いいですか?急いでいない事項であれば、なるべく慎重に動くことです。そんな短絡な思考では困ります)
「急いでいるのさ」
ブライヤーの内部、医務室の奥で、マニュピレータがキースレムの頬を撫でた。
いくら耐ショックバリアや耐ショッククッションがあっても、衝撃を0にはできない。キースレムをなるべく早く安静にしてやりたい。
ブライヤーは、小さく笑った。
「怒られるな・・・・・・」
ブライヤーは、バリアシステムのエネルギー供給を切った。
「諦めたか!」
βランギルからリザコードの嘲笑が聞こえた。
目の前には無数のミサイルだ。
バリアシステムのエネルギーは光子化エネルギーに回す。他のほとんどのシステムもだ。
思考回路すら削る。全ての弾道予測を無効にした。後は全てブライヤーの直感に頼ることになる。
ブライヤーは拳を胸元で合わせた。
「行くぞ!フォトン・ブレイド」
ブライヤーの右こぶしにカタール状の光の刃が現れる。
「来い!βランギル!来い!リザコード!」
目の前にはβランギルの無数のミサイル。
しかし、ブライヤーはすでにその場にはいない。
這うように地面を滑空している。
βランギルの足にすれ違いざまにフォトン・ブレイドを当てる。
ブライヤーの両足から右手首までのモーターが軋みを上げた。ランギルの足が吹き飛ぶ。
さらに、体をひねる。βランギルの翼はあっさりと切り取られた。
βランギルの口元が、ブライヤーの肩に食らいつく。
バリアシステムが作動していないブライヤーの体が軋みを上げた。だが、フォトンブレードがその頭さえ斬り飛ばした。
ブライヤーはよろめいた。右前足と翼、そして頭部を失ったβランギルは、それでも再度ミサイルを乱発しながら突進してくる。
「今だ!」
ブライヤーは宙を舞った。フォトンブレードを上段に構え振りかぶる。一撃必殺の構えだ。音声コードで最後の承認を与える。
「ブライヤーラストォ!」
βランギルは体を引き裂かれ、爆発した。
「あの役立たずめ」
カーソンは悪態をつきながら、一人乗りの高速艇を操る。
ブライヤーとβランギルの戦いをよそに彼は逆方向のハッチから飛び出した。
「だが俺には、金がある!まだ終わらんぞ」
βランギルの爆発の光が、そのカーソンの狂気に満ちた表情をコクピットハッチのガラスに写す。
だが、
「カーソン大佐。貴方にも伺いたい容疑がある。申し訳ないが拘束させてもらう」
声は、目の前の男から発された。
「お前、ブライヤー!?いつの間に」
カーソンは懐から愛用のレーザーガン『ユースエイト』を取り出す。
「今さ。たった今」
引き金を引くよりも、ブライヤーの鉄拳のほうが、速い。
荒野。バザールの真上でチェシャとブライヤーは向かい合っていた。
「怪我は、もういいんですね!」
チャシャの声には安どの色が見えた。
「ほどほど、ですね」
ブライヤーの懐から包帯も痛々しいキースレムが笑う。
あの事件から一日経った時には銀河連合は査察団を派遣してきた。
そしてカーソン大佐含む大がかりな調査が行われ、ほとんどすべての軍人が逮捕された。
そして約一週間。ブライヤーの大修理も終わり、今日でブライヤーとキースレムはこの星を去る。
「あの、私のせいでそんな怪我を、させてしまって」
チャシャは頭を下げた。キースレムは目を細めた。
「ご家族は?」
「私の家族は無事でした。軍隊に監禁されて怪我はしてましたけど、なんとか」
「そう、なら」
キースレムが笑った。だが、口を出したのはブライヤーだ。
「なら、ベストじゃないか」
キースレムはブライヤーに一回頭突きをして抗弁する。
「短絡すぎます。ベターですベター。私も痛い思いをしているんですからね!」
チャシャがクスクスと笑った。キースレムも、ブライヤーもだ。
「これで、このバザールも良くなるでしょうか?」
チャシャは不安げにつぶやいた。軍の功罪か、横暴な軍人が居なくなったが、それは人が減ったということでもあるのだろう。
だが、先ほど少しだけキースレムが見回ったバザールは、まるで今までの活気など仮初だったと言わんばかりに更なる活気をばらまいていた。キースレムにはそう見えた。
「わかりません。でも、このバザールは好きでしたよ」
「ありがとう」
チャシャは頭を下げた。ブライヤーは時計を見た。もう少しいてもいいのかもしれないが、この居やすい星はこれ以上いれば去るのが辛くなる。
「じゃ、出航するよ」
「あの!」
チャシャはこぶしを握り締めて、ブライヤーを見つめた。
「また、いつか助けが必要な時に、月に叫んだら来てくれますか?」
「多分遠くにいるから、難しいな」
ブライヤーは肩を竦めた。
「でも、聞こえたら絶対に助けに来るよ」
チャシャは嬉しそうに笑った。
好きなんですよ。
外連味とか大見得とか。
というわけで、もう少し続きますー。