Star-1
――《Star Light Online》
SLOと略されるそれは、プレイヤーの行動によって開放される技能と呼ばれるものをプレイヤーが自由に取得し、その組み合わせにより千差万別のプレイを楽しめるという、今話題のVRMMORPGだ。
俺、長谷川優利の妹である長谷川優香は、そのβテスターだったりするんだ。
「お兄~、あ~そ~ぼ~」
まぁ、普段はこんな感じで俺でベタベタとくっついてくるわけだが、ゲームの時だけ人格が若干変わる。
ブラコン?なところは変わらないんだけどな・・・
「お兄~、ほら!私が昨日の20時から並んで買ってきてあげたSLO!
VRギアはお兄も持ってるしさ、一緒にやろうよ~」
というわけで、今日の朝からずっとこんな感じだ。
中学生が夜の8時から店の前でテント張るとか、普通は考えれないだろ?
でも一緒に遊びたいってだけでそれを実行するのがこの妹だ。
「あー、はいはい。一緒にやってやるからソフト貸し」
「はいっ!今が14時だから、開放まで後1時間かぁ・・・」
妹からパッとSLOのソフトを取り上げ、テーブルの上に用意されていた自分のVRギアにインストールさせる。
一方で、妹はβテスト時に独自に取っていたメモを見ながら、何か悩んでいる様子。
まぁ俺は面倒くさい事には関らない主義だからな、当然無視だ。
どうせゲームを始めてからの動きを頭の中でシミュレーションしているのだろう。
どうせ妹が一緒にやろうと言い出すだろうと、事前にネットで調べているのでこっちに問題は無い。
βテスト勢がネットに色々と情報を出してくれていたおかげで、どう行動すればいいかは分かっているつもりだ。
それにしても、見た感じSLOの技能システムはかなり面倒そうだった。
最初から取得できる技能は無し、『戦士』っていう戦闘の基本技能でさえも近接武器で敵を10体以上倒さないと開放されないらしい。
「妹の願いとはいえ、面倒だよなぁ・・・」
ふいにこぼしたこの言葉は、真剣にメモを見て悩んでいる妹には聞こえなかったらしい。
聞こえていたら絶対に色々文句言ってくるからなぁ・・・よかったよかった。
やがてインストールは終わり、今だ悩む妹を見つめながら炭酸水を飲んでいると、気づけば後5分になっていた。
「よしっ!それじゃああっちに行ったら最初の町の西門で集合ね!」
急に立ち上がったと思ったらそれだけ言い放って部屋に戻っていった。
相変わらずゲームの事になると人格が変わるんだよなぁ・・・
「とりあえず俺も準備するか」
VRギアを装着してリビングのソファに横になる。
俺は部屋に行かないのかって?移動するのが面倒なんだよ、俺の部屋って2階だし。
まぁ、そんなわけでゲームの中にいるんだけど・・・
「中々凄い光景だな」
普段なら真っ白だったり真っ青な距離感の掴めない謎空間に半透明のウィンドウやらパネルが出てくるものなんだけど・・・
今俺の眼下にはこのゲームの最初の町と思われる町が広がっている。
さらに目の前にはメイド服を着た銀髪のNPCが居たりして・・・とにかく、普通じゃない。
「《Star Light Online》にようこそ!
今貴方の眼下に広がっているのがこのゲームの最初の町、ヴェルライトです。
どうです?中々に広いでしょう?早く遊びたいですよね?
ということで、ササッとキャラ作成を済ませてしまいましょう!」
なんかNPCがめっちゃ元気だ。
そしていつもどおりの半透明の青いウィンドウが出てきたんだが・・・その横に長いスクロールバーががが
さっきNPCがササッと済ませてとか言ってたけど、ササッと済ませる気絶対無いよな・・・
「とりあえず名前はいつもどおり『ルルーク』でいいだろ。
年齢と誕生月日も設定するのか、これはまぁ適当でいいだろ。21歳12月の21日っと。
で、見た目のせいでこんなスクロールバーがあると・・・」
慣れた手つきでウィンドウをタッチして情報を入力していくと、大体10分くらいかけてキャラデータは完成した。
昔ネトゲでやっていたキャラに似せて身長165cm程度の黒髪ストレートのキャラにしてみた。
ネカマじゃねえか?違うな、性別はちゃんと男にした。つまりは男の娘だ。
最初見た目が女だと思って近づいくる奴の心の内、半分が多分ネカマだろうなーと思いながら近づいてきている(当社調べ)
そしてキャラステを見て男だと分かると、一瞬、やっぱり男じゃないか。と思うわけだが・・・すぐに気づく。
あれ?これはあくまでもキャラステだよね?ってことは・・・ネカマじゃなくて男の娘じゃないか!!
そうして、どうせネカマだろ?などと思われずに、かつ周りのプレイヤーが優しくしてくれる状況が作れるのだ。
この方法を使って今までどれ程のネトゲでアイテムを譲ってもらったことか・・・
っと、なんでこんなこと言ってんだ?まぁいいや。
とりあえず一番下にあるこの赤い登録ボタンを押せばキャラ作成は終了だ。
「はい、無事に登録終了です!
これから貴方はヴェルライトの中央にある噴水広場に転移されます。
あ、噴水の上に転移したりはしないのでご安心くださいね。
それではまた会える事を祈って!アリベデルチ~!」
NPCが元気に手を振ってくれているが・・・なんでイタリア語なんだ・・・
それにまた会える事を祈ってって、イベントとかの司会NPCやったりするのか?
とか思っている間にさっきまで下にあった町に来たわけなんだが・・・西ってどっちだ?
妹と別れる前に西門で集合って言ってたけど、まず方角が分からない。
見た感じ周りは転移ラッシュで初心者プレイヤーばっかり、聞いても無駄だろう・・・あ、また1人転移してきた。
「多分βテスター達は即行でキャラ作成終わらせて、もう町を出てたりするんだろうなー」
そんな独り言をこぼしながら、店のNPC求めて適当な路地に歩いてく。
方角聞くだけってのもあれだし、何か買ってから聞いた方がいいだろう。
ならとりあえずは武具屋かな・・・ネトゲの店は分かりやすい看板が多いから安心する。
そして歩く事約3分、お目当ての武器屋発見。向かいに防具やもあるな。
とりあえずここまでで分かった事は一つ、町が全体的に中世のイタリアっぽい。
だからキャラ作成の時のNPCも最後イタリア語だったのだろう。
まぁとりあえずはアレを購入しよう、多分売っているはずだ。
「おじゃましまーす」
店に入る時にこの一言を言いながらそっと扉を開ければ、まず不快な客だとは思わなくなる。
「やぁ、いらっしゃい。」
予想より少し小さめの店内には、他のプレイヤーが3人と店主の爺さんが1人。
武器屋の店主で爺さんってのは珍しいんじゃないのか?まぁいいだろう。
とりあえず店内を物色。
剣に斧、槍や槌、まぁRPGっぽい武器はそれなりにあるようだけど・・・お目当ての物が無いな。
「すいません、ここって『レッドショット』置いてありますか?」
「あぁ、あれなら奥にしまってあるよ。
今取ってくるから、ちょっと待っててね」
爺さんのいるカウンターまで行って聞いてみると、店内のプレイヤー全員が俺に目を向ける。
『レッドショット』とは最初の町で手に入る3つの銃の内中間に位置する銃なんだが・・・
このゲームの情報を調べていたところ、銃がかなりの不評なのを知った。
銃単体では使えなく、弾丸は使い捨てで1発50Gするらしい。
威力もブレが激しかったらしいし・・・妥当な評価だろう。
ちなみにこのゲーム、初期所持金額が2000Gだ。弾丸40発買ったら尽きる。
店内のプレイヤー達も事前にこの事を調べていたんだろう。
武器名まで指定している事から、こっちがちゃんと調べた上で買おうと思っていることに気づいたのか、それとも所詮は他人だし別にいいと思ったのか、内2人がまた武器の物色に戻ったんだが爺さんが銃を取りに行ってくれてる間に1人がこっちに近づいてきやがった。
「あの君、このゲームの銃の評価って知ってる?」
あらお優しい、初心者の私に金を無駄にさせてはいけないと銃を買わないように説得しに来てくれたらしい。
まったく、銃の評価知らないで名前指定して買う奴なんて居るわけ無いだろっての。
ほら、逆境に立たされるほど燃えてきたりするだろ?そういうことだよ。
俺はRPGだとあえてレベル上げしないでボスとの死闘を繰り広げたい派の人間だからさ。
「威力のブレが大きく1発50Gもする弾丸を使う銃は効率悪いし、最初の内なんて破産するだけだ・・・でしょ?」
「そうだよ!知ってるならなんで銃なんて・・・」
「本当にそんな事思ってるのか?
おせっかい茶髪プレイヤーさんよ、今の言葉は聞き捨てならねえよなぁ?」
ついつい素が出て睨んでしまうと、ヒッと軽く言って黙り込んでしまった。まぁいい。
「ゲームに出てくるアイテム、武具、敵モンスターや町のNPCなんかは全て製作スタッフ様が必死に考え、幾つもある候補の中から選び抜かれたものだ。
勿論、そこにはそれを考案したスタッフ様の熱い思いが篭っているだろう。
俺の買う『レッドショット』だって、まずその分類である銃という武器カテゴリだってそうだ。
それを、銃なんてってのは聞き捨てならねぇよなぁ?」
「す、すいませんでした」
「声が小さくて聞こえないなぁ?」
「銃なんてって言ってすいませんでした!」
まったく、ゲーム始めて早々に素に戻らせるんじゃないっての。
見てみろ、他の2人が若干引いてやがる。
「ほい、これが『レッドショット』だよ。
試し撃ちもできるけど、どうするかい?」
周りの空気も読まずに出てくる爺さん、流石っす。
にしても予想より赤くないな・・・
形状はよくあるハンドガンで、銃口の方から赤い炎の模様が入っている程度だ。他は普通に真っ黒。
「試し撃ちはいいです、値段は1280Gですよね。
あ、弾薬の10発のセットも1つお願いします。これで1780Gっと」
「あいよ、それじゃあ頑張ってきてね」
そして即行でキャラに戻る俺、やっぱり愛想よくしないとね!
「あ、そうだお爺さん、ボク実は妹に西門で集合って言われたんですけど、まだこの世界に詳しくなくて・・・
西ってどの方向か教えてもらえませんか?」
一人称、ボク。これはもう安定だ。
だってその方が男の娘的に似合ってるしかわいいだろう?
「西ならこの店を出て右の方向だね。
西門までは真っ直ぐじゃないけど、大きな門だからすぐ分かるはずだよ」
「ありがとうございます」
いつもどおり、満面の笑顔でお礼を言う。
挨拶とお礼はしっかりと言える子供に育てられたからな。
銃を一緒に貰ったホルダーに入れて、腰に装着。
一方で弾薬はあくまでもアイテムなのでスッと青い光になって消えてしまう。
外に出る準備は出来たし、向かう方向も分かった。
この店に来て正解だったな・・・一回素に戻ったけど。