お近づきになりたい(奏太目線)
『何の事ですか?』
消しゴムを拾ってくれたのは前の日のことなのに、
留羽ちゃんは何も覚えてなかった。
『―――そうでしたか?』
留羽ちゃんのあの素っ気ない表情…。
媚びてない、素の表情…。
たまらなく、可愛かったな…ーーー。
きっと留羽ちゃんの中ではなんてことない、些細すぎる日常だったんだ。
あまりに善人だから、
きっと落ちた消しゴムを拾うのは、息をするのと同じくらい自然なことだったに違いない。
留羽ちゃんの顔を思い出すだけで、胸が熱くなり自然と頬が緩む。
ちょっと話し掛けるだけのつもりが、
結果として、ますます興味を持ってしまった。
「奏太、何思い出し笑いしてんの?」
同じクラスの中谷譲、
通称ジョーがいつのまにか俺の目の前で頬杖しながらマジマジと見つめていた。
気が付くと、もう昼休みになっていた。
「べ、別に…ーーー」
俺が弁当箱を出しながら答えると、ジョーは、購買で買ってきたらしく、ビニールの袋からメロンパンを出す。
「あ、そういや昨日言ってた“るうちゃん”には会えたのか?」
ジョーがメロンパンにかぶりつこうと口を大きく開けた瞬間、
俺の心を見透かしたのか、
思い出したかのようにその話をふってくる。
気安く名前でよぶんじゃねぇよ…!
って、そう言えば俺も昨日…気安く“留羽ちゃん”と口にしていたような…ーーーーー。
ヤバい、もしかしてあの時の怪訝な顔は…そういうこと?
今になって気付き、冷や汗がぶわっと出てくる。
「おーい、大丈夫か?奏太」
ジョーが心配そうに俺の顔の前で手をヒラヒラとさせる。
大丈夫か?―――いや、大丈夫じゃないだろ…。
「彼女、名字は何だっけ?」
俺は、小さい声で尋ねる。
「七瀬野、留羽だろ?」
ジョーが、今さら何言ってるんだよ?と言う顔で答える。
「お前、俺らが一年ときに生徒会長だった七瀬野然知らねーのか?あの伝説の模範生徒」
「1年の時の…ーーーあぁ!」
あの、やたら格好良かった生徒会長さんか!?
こないだは夜で辺りも暗かったし…―――、
てか茶髪で、なんか雰囲気チャラくなってて気付かなかった…。
「然先輩の妹、有名だろ」
「有名?」
少なくとも、俺は彼女のことを何も知らない。
「あの伝説の然先輩の妹とは思えないぐらい地味だからな、あいつ」
ジョーがバカにしたように笑う。
「地味?」
バカだな、ジョー。
あの可愛さに気付けないとは…ーーーーー
いや、気付かなくて良い、ライバルを増やす必要はないからな。
とりあえず、折角の彼女との接点は無くしたくないからな。
後でlineのアドレスをゲットしに行こう。




