誤解しないで(楓目線)
「さっきの、然先輩だよな?」
何かを察知して猛ダッシュしていった背中を見つめながら、
立ち尽くしていると、声をかけられた。
「あ…」
―――たしか、鳥羽くんと仲良い…。
「俺、ジョー。」
私が微妙な表情をしていたのか、彼は笑顔で自己紹介してくれた。
「あぁ、中谷くんだ!」
私は彼の名前を思い出した。
中谷 譲。鳥羽奏太の友達だ。
「柏木さん…だったよね?留羽ちゃんと仲良い」
中谷くんが、私に笑顔で近づいてくる。
「うん」
「あいつら、上手くいって良かったなー」
「そだね」
そんな他愛ない会話をしていると、
「楓!!」
然くんが、すごい勢いで戻ってきた。
「―――…誰?」
そしてギロリと、中谷くんを睨み付けて私に尋ねる。
―――…なんか、あったのかな?留羽がらみで。
苦笑しながら、私は答える。
「中谷ジョーくん。鳥羽くんの友達で…」
「どうも、はじめまして!俺、七瀬野然先輩にはずっと前から憧れてて…ーーー」
どうやら中谷くんは、然くんのファンだったらしい。
私が言い終わらないうちに、自分から早口で話し掛けていた。
「あ、鳥羽奏太の友達の、中谷くん。どうも、七瀬野然です」
然くんは、中谷くんの言葉を流すように口を開く。
しかも、恐ろしいほどの営業スマイルで。
――――…その笑顔が怖いよ…然くん。
「因みに、楓は、俺の彼女だから」
私の腰を抱き寄せるようにして、然くんが言う。
―――うわ、なに…!?何が起こってるのー!!
とりあえず、然くん落ち着いてー!!!
「あ、はい!知って…ーー」
青ざめながらも、中谷くんがそう言おうとした時、
「知ってるなら、気安く話しかけるんじゃねーよ」
然くんがすかさず言う。
――――…だから…然くん、怖いよその笑顔。
というか、この腰に回してる手ーーーっ!!!
「す、すみませんでしたぁー」
中谷くんが走り去ると、腰に回していた手が私を解放した。
―――ホッとしたような、残念のような…。
なぜか、そんな二つの気持ちが混ざり合う。
「…――また留羽に何か言われたんですか?」
――――分かりやすいなー、然くんは。
拗ねたような横顔に、可愛いなと思いながら私は苦笑してしまう。
「―――…」
然くんが、無言のまま余計に拗ねたような表情になるから、
つい調子にのって、私は続ける。
「もういい加減、留羽と鳥羽くんの邪魔はしない方が…ーーー」
良いですよって言ってるはずの唇を、封じられているのに気が付いたのは三秒後。
「そうだな。俺には楓がいるからな」
そういって唇を舐める然くんに、私は開いた口が塞がらない。
――――ちょ…なんなんですか、それ。
不意討ちやめてくださいって!!
私心臓が止まっちゃいますから!!
「だから、他の男と楽しそうに喋るなよ?」
「え!!」
――――――――…然くん、…もしかして…。
拗ねてたのは…留羽がらみじゃなくてーーーー。
そう思い返して、私は一気に顔が赤く染まる。
「そこは、“はい”でお願いしたいんだけど?」
然くんが、そんな私を楽しそうに見つめて、言う。
「はい、喜んで!!」
――――あ、なんかどこぞの居酒屋みたいになってしまった。




