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放課後ロルプライズ!  作者: 場違い
4章・完全平等の電脳世界
72/73

うらドラ!

「……文化祭、なんかしねぇか?」


 再来週の頭にテストを控えた、7月3日金曜日。

 昼休み、斗月は突然そんなことを言い出した。


「なんかしねぇか、って言われても。具体的には何したいん?」

「…………バンド、とか?」

「パス。モカちゃんのいないバンドに俺の居場所とかないから」

「パン食いながらバン〇リやるな」

「あぁん! 俺のチョココロネェ!!」


 夏矢ちゃんにスマホを取り上げられ、俺は渋々斗月の話に付き合うことにした。


「なんだよ急に、今さらエンジェ〇ビーツでも見たのか? 聞こえた気がしたの? 感じた気がしたの?」

「待ってる気がしても呼んでる気がしてもねぇよ」

「じゃあ何なんだよ」

「……来年は3年で、受験期で忙しくなるじゃん? なんかパーッとやるなら、今しかないんじゃねーかなって思ってさ」

「へぇ。希霧くんにしてはええこと言うやん」

「にしてもバンドは無理があるんじゃない? 楽器とか、私ピアノがちょっとできる程度よ」

「そこはホラ、夏合宿だよ! 夏休み、どうせ多少はヒマあるだろ?」


 妙に熱のある斗月に説得され、俺たち『リトルバスター誅伐隊』は、夏休みの間にバンド合宿を敢行することが決まった。

 ちなみに、以前はこのネトゲグループは、『コンスティチューションの誅罰隊』というカッコいいようなダサいような名前だったのだが、今回晴れてグループ入りした春飛によって、勝手にグループ名を変えられた。

 当の春飛曰く、「最近k〇y系ゲームの熱が再燃してるんですよね」とのこと。まぁコンスティチューチョンとかいうクッソ言いにくい名前よりは数段マシだ。代打バース。

 全員のヒマな予定を確認して、斗月は合宿の日取りを決めたらしかった。


「そんなワケで! 宿とか資金はこっちで持つから、8月3日からの5日間、予定開けといてくれよな!」

「おお」

「太っ腹やな」

「ここ最近、バイトしてばっかで全然カネ使ってなかったしな。春飛との生活費も、まだまだ余裕あるしさ」

「……不思議ね。なんか斗月が言うと、悪いフラグにしか聞こえない」

「自分で言ってて思ったよ畜生!」


 そんなこんなで昼休みが終わった。ライブブースト、使い切れなかったなぁ……。


「いつまでバ〇ドリしてんねん」

「モカちゃんの次にリサ姉が好きです」



 翌日の朝、急きょ全校集会が開かれた。

 壇に立った学園長から、直接伝えられた内容は、以下の3つ。


 昨日、英語の川西教諭に関する『全て』が終わったこと。

 また、川西の代わりとして臨時で2年の英語を教えて担任も引き継いでいた吉田先生にボーナスと休暇を与えること。


 そして、今日非正式の形ではあるが、新任の教師を川西の代役に置くこと。


 そこそこにざわついた生徒たちの様子を見て、何故か満足げにうんうんと頷いた学園長は、激務が続いていた吉田先生を舞台に上げて労いの言葉をかけ、彼自身にも数戸と喋らせた。


「正直キツかったけれど、まぁ、僕以上にキツい思いをした人もいましたから。僕はこれからしばらく有給もらえて幸せですけれど、その人たちには、僕以上に幸せになってもらいたいですね」


 ……体育館の隅っこで、新橋先生と境田先生は、しきりに顔を赤くしたりちょっとニヤケたりしていた。

 2人とも幸せな家庭を築いて豊かな幸せに満ちた生活を送りたくさんの家族に囲まれながら幸せに死んでほしい。



「万策尽きたぁぁぁぁ!!」


 チー子が頭を抱えて叫び、ポン子と津森さんが迷惑そうに耳を塞ぐ。普段からつるんでる奴らがうるさくて耐性が付いているらしい俺は、ただ溜め息を吐くのみだ。

 本日、麻雀部は久々に部室を開けて活動に勤しんでいたのだが、半荘1回やったぐらいで、チー子が「そろぼち会計処理やるわ」などと彼女に似合わない真面目なことを言って抜けたため、残りの俺、津森さん、ポン子で3人打ちをしていた最中のことであった。

 津森さんがうんざり顔で尋ねる。


「……チー子、うるさい。どうしたん?」

「原画アップ遅れてるとか? 唐揚げばっか食ってる監督が絵コンテ上げてくれないとか?」

「キャラデザを原作者が何度も突き返してくるとか? 原作者の担当編集がめっちゃいい加減な奴とか?」

「変な話ィ、部費使用が止められちゃってるみたいなんですよ!」


 変な話ではなーーい!!

 ……と、の〇め先生よろしく突っ込んでしまいそうになる。

 実際、冗談めかして言っているチー子は笑顔が引きつっているし、ポン子はムンクの叫びみたいになってるし、津森さんに至ってはもう、真顔を通り越した真顔である。


「…………は?」

「……か、活動報告書……2ヶ月連続で出すの忘れてたから、ペナルティで……」

「えっ、チーちゃん? ほんとに!?」

「……1ヶ月間、部費の使用を禁止しますとの、通達書が……届いております」


 全てを聞いた上で、津森さんはもう1度、絶対零度の音域で、


「は?」


「ひぃぃぃぃごめんなさいいいい!!」


 俯いた津森さんの顔に前髪がぱさりと落ちて、表情が読めなくなる。引き続き、津森さんは室内温度を氷点下にする超スーパー霧〇峰ボイスで。


「ごめんで済んだら警察は要らないよ……チー子、今月部費使えなかったらどうなるか分かってないわけじゃないよね?」

「……夏の高校麻雀大会の参加費が払えません」

「はぁぁ!?」


 ……普段、津森さんたちが部費を使っているところを見たことがないから、別に1ヶ月間部費を使えなかったところで、活動に差し支えないと思っていたのだが……。

 けっこう致命的じゃん。ヤバみが深み。

 この空気をどうにかしなければ、とポン子の方を見るが、顔面蒼白でおろおろと俺に助けを求めるばかり。仕方ないから、俺が助け舟を出すことにする。


「津森さん。その金って、俺らの自腹から出したら問題なのか?」

「……たしかに、あくまで高校生大会の参加費やから、私らの自腹で出されへん額ではないけど」

「それならチー子、バイトしろバイト! 日雇いでも何でも行って参加費稼げ!」

「日雇いって、意外と面倒だってこと知らないの? 派遣バイトの登録会とか行かなくちゃいけないんだけど。支払い日まであと5日だよ? 間に合う?」


 もはや関西弁の仮面を付けることすらやめている津森さんが、苛立たしげに俺の案を批判する。


「……チー子。いや、チー子じゃなくてもいい。この中で、参加費をポンと払えるやついるか? もしくは日雇い派遣バイトに登録してるやつ」

「……両方ない」

「わ、私も……ありません」

「ない。門衛くんは?」


 無言で首を振り、縮こまる。ホントに万策尽きたな。部外者に借りようにも……。

 斗月は今のところ金に困ってないみたいだけど、春飛を引き取った直後にいらない負担をかけたくない。夏矢ちゃんは……ダメだ、あいつの家は金持ちだけど、小遣いは中学生の時の俺と同じくらいしか貰ってないはず。春飛は何やらネットで稼いでいるらしく妙に金持ちだけど、あいつから金を借りると斗月が怖そうだ。

 サジも今月は金欠とか言ってたし……瀬戸さんは学生の金の貸し借り言語道断みたいなスタンスだし。日々……もダメだ。近々大きい買い物をするとか言って幸せそうにしてたし、俺が金を借りたせいでその予定が狂ったりしたら、もはや下げる頭もない。盟音から借りるとか一番ありえない。


 結局、全員借金のアテもなく、途方に暮れるのみとなった。


「……っていうか、さ」


 申し訳なさそうに声を震わせていたチー子が、一転、嘲笑したように話を切り出す。


「もし部費止められてなくても、残りの額じゃ、大会の参加費は払えなかったんだけど」

「は!?」

「…………!」


 津森さんが、はっと口を抑える。


「部長さぁ。今年度の初めに、『滑りが悪い』とかいう理由で新しい雀牌セット買い直したよね」

「……そ、それは……」

「私とポンっちは、古くなったけどまだ使えるし、買い直す必要ない……って言ったのにさ。弱小部で、そんなに部費も多くないのに!」

「チーちゃん、ちょっと……」


 いつの間にか、今度は津森さんをチー子が責め立てるという構図になっていた。津森さんも、さっきまでの不機嫌そうな顔を、怯えたように歪ませている。


「……あの買い物のせいで参加費がちょっと足りないことには気付いてたけど、部長が責任感じちゃうと思って、少額だし残りは私が出せば丸く収まると思ってたけど」

「でも……いまのこの状況を生み出したのは、間違いなくチー子のミスでしょ!」

「雀牌を買い直す時に、参加費が足りるかとか全く考えてなかったヤツに言われたくないって言ってんの!」

「…………っ!」

「そもそも、会計以外の仕事も私に任せきりのくせに……! ちょっとミスしたらあんな陰湿に追い詰めて……」


 まずい。

 空気が険悪すぎる。まだまだ関係性の浅い俺には割って入る余地もないし、二人と親しいポン子は、涙目であたふたしてるだけだし……。

 チー子は、1枚書類を持ち上げてくしゃくしゃに丸め、ヒステリックに床に叩きつけると、涙の溜まった瞳で津森さんの方をキッと睨みつけた。


「……もういい。私、大会出ないから」


 そう吐き捨てて、部室を飛び出して行ってしまった。

 部室内は痛すぎる沈黙で満たされ、誰もその場を一歩も動こうとしない。もちろん俺もその例に漏れず、何をどう発言してこの状況を取り繕えばいいのか、図りかねていた。


「………………」

「……とりあえず、今日は解散にしましょうか」

「そうだな。……ポン子、大会参加費の振込日まで、まだ時間はあるんだろ?」

「まぁ、あると言ってもちょうど一週間……7月10日まで、ですけれど」

「けっこうキツいけど……どっちにしろ、こんな状況で何か考えられるわけないし。今日は帰ろうぜ」


「…………」


 それでもその場を動こうとしない津森さんを無理やり部室から引っ張り出して、俺たちはその日、逃げるようにまっすぐ帰った。



 私、世葉夏矢の家は、世葉国際病院から歩いて10分ほどの、高層タワーマンションの最上階だ。

 『タワマン住み』というのは一種のステータスらしく、世の中の大人はそれを使って、俺が上だ私の方が良い生活してる、とマウントを取り合っているらしいけれど、普通の高校生でありたい私にとってそれはとてもとても邪魔な肩書きだ。

 私がワガママを言えばブランドバッグは手に入る。私がワガママを言えばお洒落なスイーツを食べ歩きまくれるお小遣いなんて簡単に貰える。けれど私がそれをしないのは、小学生の時に父親に初めて言ったワガママがあるからだ。


 『ふつうの女の子として生きたい』。


 ……お母さんの病気も、莫大な資産も、何にも関係ない、ごく普通の一般的女の子として生きたい。だから、私に過剰にいい服を着せないでほしいし、過剰にお願いを聞いてあげないでほしい。

 小学生の私は、宗教でも開けそうなレベルの聖人だったらしい。つーかいらんこと言うなや。フツーにブランドバッグとか買ってほしいわ。


「ただいま」

「おかえりなさいませ。お夕食はできておりますよ」


 普通の女の子で言うところの母親がわり、使用人の梶さんが出迎えてくれる。父親は今日も病院かどこかで研究か何かをしているらしい。

 父親のしていることをいちいち詳しく知りたいとは思わないし、私に理解できるとも思えない。怜斗あたりなら一晩かければ理解できてしまうのかもしれないけれど。


 一人にも慣れた。

 高校生の身分で使用人を使うことにも慣れた。

 ありがと、と梶さんにカバンを預けて、ひとりのダイニングに向かう。梶さんはこれから掃除と調度品の手入れがある。

 ダイニングルームでは鳥の剥製に出迎えられ、馬鹿みたいに長い机に沿って歩き、部屋の奥に飾られたダリの絵画のレプリカを背に座る。食器を持ち上げると、カチャ、と微かな金属音が私以外誰もいない部屋に染みるように響く。


「………………」


 毎年、お母さんの命日からたっぷり1ヶ月はこんなテンションが続くんだ。

 お母さんが元気だった頃は……お母さんはもちろん、お父さんも、食事に参加していた。もうほとんど、おぼろげな記憶だけれど……楽しい食事だった。


「……いただきます」


 私は、味のしないステーキをかじった。

 味のしない肉汁が滴り、味のしない脂身が舌でとろけて、味がひとつもしないまま、喉元を通り過ぎていく。


 ……斗月の家でみんなと食べたチャーハン、おいしかったなぁ。


 食事の最後に、口元についた味のしないソースを、紙ナプキンできれいに拭き取った。


「ごちそうさま」

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