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放課後ロルプライズ!  作者: 場違い
4章・完全平等の電脳世界
71/73

芦野春飛失踪事件・真解決

「あんたは、今日から『希霧斗月けきり とづき』よ」


 母親が、寂しそうに俺の頭を撫でる。ポンポンと、優しく叩くように。

 なんでオカンと同じ苗字じゃダメなんだよ。そう聞きたい気持ちもあったけれど、ただでさえ泣き出しそうなオカンに、そんなことは聞けなかった。

 黙って、首を縦に振る。


「…………いま、私たち、霧の中にいる」

「………………」

「だけどね。うずくまってないで、常に周りを見渡せば、希望の光はそこらじゅうにあって、きっとあんたを導いてくれる。霧で周りが真っ暗でも、進むべき道を希望が照らす。だから『希霧』」


 最初はキラキラネームみたいで嫌だと思ったけど、そんな説明されて、好きになれないわけがない。誇りに思えないわけがない。

 泣きそうな顔を、出来る限り『いつも通り』にして、俺はオカンに手を振る。


「会えなくても……私はあんたのこと、どこでも信じて、祈ってるから」


 別れを告げて、都会の街を歩き始める。

 雨が降り出して、俺の足元に水たまりを作った。その水たまりに、いつか見て見ぬフリをした、永未の泣き顔が映る。


「……なんで私のことを信じてくれなかったの」


 怖い。

 ……どんな顔を永未に向ければいいのか分からない。

 だけど……俺は、もう、目を逸らすわけにはいかない。


「ごめん」


 永未は驚いた顔をした。


「あのときの本当の気持ち、ずっと言えなかったけどさ……今なら、やっと永未と向き合えそうなんだ」

「……じゃあ、それまで待ってるね」

「……待たせてばっかりで、ごめん」


 雨が、上がった。

 水たまりが消えて、それに映っていた彼女の像も消える。

 最後の一瞬に微笑んだ彼女に、もうそこにいない彼女に向けて、俺はぎこちなく、だけど精一杯の笑顔を返した。



 いい夢を見た。


「…………はは」


 久しぶりに、疲労ひとつない、すっきりとした目覚めだった。悪夢にうなされることもなく、だけどどんな夢を見てたか覚えてるわけでもなく。

 病院かな、ここ。周りが全部白くて、ベッドが分厚くて、脇のサイドテーブルには、小さな花瓶に、大きな青い花と小さな白い花が刺されている。どちらも名前は知らない。

 ええと……ああ、そうだ。春飛を助けて、すぐに俺、倒れたんだっけ。ゲームの中で意識を失ったのに、俺、どうやって現実に戻ってきたんだろう。


「ま……結果オーライってことで」


 起こしかけた体を、またベッドに落とす。高級であろうそれに、体がぽふっと包まれる。

 連続学校サボった記録、久々に更新できそうだ。しばらくは誰か来ても寝たふりしとくか。

 と、ニヤケ面で寝返りを打ったところで、病室に入ってきた春飛と目があった。


「斗月さん!? 起きた、起きてる!」

「……は、春飛」


 やれやれ、もっとサボりたかったのにバレちまったか……なんてぼやく間もなく、俺は走りこんできた春飛に、飛び込むように抱きつかれてしまった。

 小さい背を、精いっぱい伸ばして、ベッドに乗っかっている俺に、布団の上からのしかかる。

 苦笑いして、ぽんぽんといつもの撫で方をしてやると、春飛は顔を上げる。綺麗な泣き顔だ。


「倒れたときすごいグッタリしてたし……1週間以上目を覚まさないし……寝顔キモかったし……もう二度と会えないと思いました……!」

「感動のシーンで寝顔キモいとか言わないでくれる!?」

「えへへ、いつも通り無駄に元気なツッコミですね」

「……無駄にが余計だ」


 それ、こうしてやる。


「うわ、うわぁ」


 髪をくしゃくしゃにかき混ぜるように撫で方を変えると、春飛は目を閉じて小さく悲鳴をあげながら、だけど心底楽しそうに笑った。

 その笑顔を見て、俺は今更ながらに、自分がこの芦野春飛という女の子を助けられたのだということを実感した。



「……以上だ。色々話を聞いたけど、まぁ俺たちも一部始終は見てたし、もう芦野春飛もお前も、疑ってはいない……悪かったな」

「ホントごめんね。全く手がかりがなかったとはいえ、女子小学生を疑って家に押し入ったりして……」


 春飛の次に病室を訪れたのは、二垣さんと三好さんの刑事コンビだった。今回の事件について、だいたいの証言や証拠が取れたので、シメに俺の証言を取りに来たらしい。

 覚えている全てを話すと、2人は、怜斗たちから聞いた話と一致していて問題ないと判断し、にこやかに頷いた。


「いや、俺たちだって、犯人がどんなヤツか全く分かんねーし……疑心暗鬼になんのも、しゃーねーっすよ」


 嘘である。

 俺は怜斗から、犯人が誰か教えてもらっている。


「証言を聞いたあと、春飛ちゃんに許可をもらってね。彼女が入れられたパソコンを調べさせてもらったんだけれど……どうやらあの子は、あるメールのリンクをクリックして、ゲームの世界に飛んだみたいだ」

「メール……そういえば、一瞬それっぽいのが見えたような」

「コイツだ」


\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\

from:0000000000000000000000000000000000000000000000


 新しい世界への最適化が完了しました。

 以下のリンクよりバージョン移行が可能です。


https://62343y5u46i7fvpbiuvp0cx5d7oufyghehilarps8ghbe0arcb0aw79penycgqenaodzt/uhyyshgefitwefy8q9w89fehg8r8oyhu9ju9htrdese5drtyrahdzbneaxb68qn7w00sivblhksjagvs/@000000000000000000001/bxsncve748yfacbvasifeqw7eidfwofigrodvfabnsdscalsiufkhjwkbdsacnbhvoyerisuefdsalxcnvbwpiaefwr7498qw0diocsajdvbjwhkjvnd hcpg8oqfeuyfbiuw/reserve.world


 どれだけの人間があなたを騙し、見下しても、ゲームはあなたの味方です。


 このメールは削除することができません。大切に保管なさってください。


 あなたの新たな世界での第一歩が良きものであるよう、お祈りしております。

\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\


「……くそ、こんなもん見たら……!」

「そう。芦野がゲーム世界で語った内面に刺さるよう、狙って書かれた文章だ」

「僕たちに精神的に追い詰められて、彼女は救いを求めるように、このメールの指示に従った。……僕たちのせいだ、本当に申し訳ないことをした」

「いいですって、俺にそんなこと言わねぇで。春飛にはもう謝ったんでしょ」


 外部に漏らすなよと強く釘を刺されながら、『春飛に届いたメール』を写メに撮らせてもらった。

 さて、他に聞いとくことは……。


◎『メールの送信者』

「えっと、これ……『春飛に届いたメール』のことですけど。送り主とかって、もう分かったんスか?」

「……まぁ、ご想像通り」


 また逃げられた……ってところか。まぁ、怜斗の言っている通りなら、警察の技術でどうにかできるワケないんだけど。

 ペンを握った右手をわなわなと震わせて、二垣さんが悔し気に言う。


「送信元を辿る道を封じられてるだけならまだしも……送信元を辿って行ったら、あろうことか、警察の公用PCに辿り着いた。挑発まで徹底してやがる……」

「案の定、そのPCには、メールの中継に使われたと思しきクラッキングの痕跡が見つかったんだけど。そこから全く送信先を辿れなくて、送信元の操作は打ち止め」

「……プログラムとかって、よく分かんねぇんスけど。警察関係者じゃなくても、警察のPCをメールの中継で利用したりなんてできるんスか? 遠隔で?」

「うん。現にそのPC、いろいろ犯人好みに設定変更されてたしね。専門的なことはサイバー担当の人らに任せてんだけど、『犯人はバケモノです』とか何とか言ってたね」


 メールの中継に使われたのは警察の公用PCで、犯人はそれを遠隔操作することで、メールの中継以外にもイロイロやってた、と。

 ……『犯人のハッキングテク』について、一応覚えとくか。

 聞いておくことは、これぐらいかな。


「あざっす、こっちも色々聞かせてもらって。捜査頑張ってください!」

「ああ。芦野たちからの証言から、ほんの僅かだが手がかりが掴めた。今度こそ失踪被害者を出さないよう、全力で探し回ってやる」

「津森さんのときは、結局手口は分からずじまいだったが……今回、いやに手口がハッキリしてる。犯人側にも何か焦りとか、あるんじゃないかな……。

 ま、とにかくありがとね。頑張ってみるよ」


 言うべきことは全て言ったと、席を立った二垣さんと三好さんだったが、半開きになった病室のドアを見て何か思い出したように振り向いた。


「あー、そうだ。お前が気を失ってた間に、お前と春飛の正式な同居手続き、済ませといたからな」

「え……」

「まぁ、独り暮らしの高校生と女子小学生の同居なんて、ホントは絶対認められないんだけどさ。保護者として、1週間に1回ガッキーが様子を見に来るって条件で了承されたらしいよ」

「ったく、なんで俺が……ていうか、なんでこんなアッサリ通ったんだ? 役所の審査とか……」

「さあね。どっかから圧力でもかかったのかな……」


 正直、事件が解決したら春飛は元の家に帰らなくてはならないものだと思っていたが……そんなにアッサリ、しかも当事者である俺が関わることなく手続きが完了してしまうなんて。上手くいきすぎていて、正直気味が悪い。

 だけど、これからも春飛を1人にさせないで済むと思うと、その嬉しさが勝って小さな疑念は吹き飛んで行った。


「その話、ホントですか!?」

「あれ……はは、春飛ちゃんずっと外で聞いてたんだ」

「あーあ、なんか余計な仕事増やしちまったなぁ……7日に1回、ガキ2人のお守りかよ」

「いいじゃん、ガッキーこのごろ外食かコンビニ弁当ばっかなんだからさ。1週間に1回くらい、斗月くんにメシ作ってもらいなよ」


 どうやら、病室の外でずっと聞き耳を立てていたらしい春飛が、ぱぁっと顔を輝かせてこちらに走ってくる。


「よーし春飛! 俺の胸に飛び込んで来い! ……えっ、いくらなんでもお前それちょっと勢い強すぎないヤバイヤバイ」

「どーーーーーん!!」

「ぶっふぁ!!」


 俺の鼻の頭に春飛の頭頂部がクリティカルヒットする。

 溢れ出す鼻血をなんとかティッシュでせき止めつつ、春飛と2人、同居の許可が出された喜びを分かち合う。


「えへへ、これで斗月さんのチャーハン食べ放題ですね!」

「お、そんなに気に入ってくれたのか? 前のアレ」

「はい! 今度は私も何か作りますね!」

「……うん。お前は、世葉たちみたいにならないように、今のうちから正しい料理の仕方を覚えておこうな」


 麻婆豆腐の悪夢が……上級即死ゼリーの悪夢が…………。

 俺がメシマズ女どもの劇物料理を思い出して吐きそうになっていると、件のメシマズJK2人と怜斗が、学生カバンに制服姿で、それぞれなにやらビニール袋を提げて入ってきた。


「お見舞いきたでー」

「目を覚ましたって、春飛にラインで聞いて来たぜ。……にしても、意識戻って早々春飛に乗っかられて鼻血出してるとは、上も下も元気になったらしいな」

「うっわぁ……エロメガネ……」

「ちっげぇよ! 衝突事故だ!」

「なにそれ」


 俺たちのやり取りを遠目で見て、微笑みながら病室を出て行く刑事2人に手を振る。

 怜斗たちは、俺が寝てる間に学校であったことをわちゃわちゃ話してくれた。俺からも、俺と春飛が同居することについて法的に認められたことを話す。


「スパッと認められたのがなんか不気味だけど……ま、素直に喜んでいいんじゃね? おめでと」

「素直に喜んでいいワケないでしょ!? 春飛ちゃん、このエロメガネ先生になんかされたらすぐ言うのよ!」

「エロ◯ンガ先生みてーに言うな! どっちかって言うと立場逆だし!」

「斗月さん!? 私がエロい絵描いてるみたいな言い方しないでもらえます!?」

「ううっ……なんで……なんで私の家には可愛い妹も幼女もいないのよぉ……!」

「夏矢ちゃん、帰りに保健所寄ろか」

「論子ちゃん!? 保健所で何すんの!?」

「……おーい、ここ病院ですよー……?」


 怜斗にやんわりと窘められて全員黙る。

 椅子に座りなおした世葉の、手に持っているビニール袋が揺れてカサッと音を立てる。


「で、ずっと気になってたんだけど……それ何?」

「ああ、これ? まぁお見舞いってことで、俺はコンビニで消化良さそうなフルーツゼリーを買って来たんだけど」

「お、サンキュー。世葉と津森も?」


 この時点で……正確には、俺の言葉を聞いた2人が嬉しそうにニッコリ笑った時点で、俺の体の震えが始まった。

 なんだこの嫌な予感! 突然命の危険を感じるんですけど!!


「せっかくのお見舞いなのに、コンビニで買ったゼリーなんて味気ないじゃない?」

「家庭科室借りてな、お粥作って来てん!」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ベッドの上で身をよじらせる。

 俺の上に乗ったままの春飛が、「うわぁ……」って顔で俺を見て、十字を切る。


「あ、そういえば春飛ちゃんも、現実世界に戻ってきてからちょっと調子悪そうにしてたわよね」

「そんなわけで春飛ちゃんのぶんもあるで!」

「ひょえええええええええええ!?」


 再び春飛に抱きしめられる。2人、右頬と左頬を合わせて、メシマズ悪魔の笑顔に怯えて縮こまる。


「アッ、そういえば俺、おうちに帰って期末テストの勉強したりしなかったりしないとなぁ」

「怜斗さぁぁぁん!! 見捨てないで!!」

「何逃げようとしてんだテメェェェェ!! お前普段テスト勉強とか全くしねぇだろーが!!」

「いやぁ残念残念、俺もカワイコちゃん2人のお粥食べてみたかったなぁ!!」

「1ミリも思ってねーだろこのクズ!」

「お願い怜斗さん、ゼリーあと100個くらい買って来て!! 1個だけじゃ即死粥を洗い流せませんって!!」

「サラダバー!! 斗月、春飛、骨は拾ってやるからな!!」

『帰るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』


 怜斗さんが退出しました。

 2人がビニール袋からタッパを取り出し、それぞれ自分の作ったお粥を披露する。


「タッパに入れてきたから、ちょっと見た目は悪いかもしれないけど……」

「見た目が悪いのは確実にタッパのせいじゃありませんよね!? なんですかこのドブみたいな色!! 白米炊くだけで何したらこんなんなるんですか!?」

「チンアナゴを一緒に炊いてみたの」

『チンアナゴ!?』

「時間かけたほうが強いお粥ができるかと思って、昼休みから4時間ぐらいずっと強火で炊いて……」

「強いお粥って何だよ!! 戦うの!? 4時間炊いてできた金剛型のお粥で艦隊を組んで戦うの!? 粥隊かゆたいコレクション!?」


「大丈夫やでー、私のはちゃんと1時間しか炊いてないし……」

「くっっっっっっっっさ!! オゥエッ、お前なんだこのニオイ!?」

「虹色のお粥ってもう科学的におかしくないですか!? エキゾチック物質って言われたほうが納得できますよ!?」

「はやく元気になってほしいから、とりあえず、ユ◯ケルとモ◯スターエナジーとレッド◯ルと赤◯むしとア◯ナミンDとヘパ◯ーゼを混ぜた液に、バ◯ァリンとパブ◯ンとベン◯ブロック全色を砕いて溶かして、その液体でお米を炊いたんやけどー……」

「闇ポーションじゃねぇかァァァァ!!」

「最後に『おいしくなぁれ♡』のおまじないをかけたら、なんかお粥の底から勇者が出てきて……」

「ちょっと待ってくださいそれ異世界召喚してません!?」

「どんな所でなろう小説に媚びてんだ!!」


 お粥をサイドテーブルに置いて、スプーンで一口すくって「あーん♡」してくるメシマズ2人に、俺たちは絶望する。


「し……死ぬ、死にますよ斗月さん!! 前回はどうにかなりましたけど今度こそ!!」

「あ、安心しろ春飛ぃぃ!! お前は俺が守ってやるからなぁぁぁぁぁ!!」


 そうやって怯えている間にも、核廃棄物粥を乗せたスプーンは徐々に俺たちの口に迫ってくる。

 あっヤバイ無理だこれ。5000兆%死ぬ。

 今のうちに異世界転生の準備した方がいいかもしれない。スマートフォンと一緒に転生できたらいいなぁ。もし豚公爵とかに転生したら今度は君に好きと言いたい。リ〇ロは辛すぎるから勘弁。

 悲壮な決意を抱いた


『召し上がれ♡』


『あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!』


 その粥は口の中に入れた途端に殺ああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁああああぁぁあぃぃいいいいぃぃぃいいぃいぃぃぃいぃぃいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいゃあああああああああああああああああああああああああああ!!


 たった小さじ1杯の粥によって、春飛と俺は意識を失った。

 ……まぶたの裏に、神話的生物を見た気がする。



 某所。

 2人の人間は、実験で得たデータを参照しながら会議をしている。


「……芦野春飛。これほどまでにあちらの世界に適合した人間もいないでしょうけど、どう思ってるんすか?」


「どう、とは?」


「惚けないでくださいよ。門衛怜斗が例の行動に出るまで、約13日間の間、彼女は自らの『影』と共存していた。……津森論子のときは、『影』が完全に津森を乗っ取って、ビンの中に閉じ込めたりやりたい放題されていたっていうのに」


「そうだね。ゲームの世界に入って14日が経てば、肉体のデータ化が定着して、現実世界に戻れなくなる。……彼女は、あと一歩だった」


「……そんな客観的な事実じゃなく、どう思ってるか聞きたいんすけど」


「ははは、悪いね。私としては、そうだな、今回の結果は素直に嬉しいさ。私たちの最終目的には反するかもしれないが……なにもあの年で、現実世界に絶望を抱くことはないだろう?」


「そう……ですね」


「それに、データも取れた。

 ゲーム世界に入る際に読み込んだデータから、深層心理の欲望を抽出して『影』を作成するわけだが……どうやら、それらは自我を持ち、そして分裂するようだね」


「ええ。今回、希霧斗月の説得によって、芦野の『影』は芦野自身へと還っていきましたが……『影』がなくなった途端、ガメオベーラが復活しましたね」


「本来、自分の欲望……すなわち『影』を受け入れた者には、もう同じ『影』は生まれないはずなのだが。『影』自身が、データのコピーを自発的に行っているとすれば」


「まずいことになる前に、プログラムを書き換えておけって言うつもりでしょ?」


「そんな嫌な顔するなよ、報酬は出すじゃないか」


「はぁ……安い仕事だと思わないでくださいよ。ホントは倍もらってもいいレベルなんですからね」



 未元物質ダークマター粥によって入院期間の延長が懸念されたが、まぁ特に問題なく翌朝の検査を終えて、院長である世葉の親父さんから「君が望むなら、明日にでも退院できるように話を進めておくよ」と言われるくらいには回復した。

 俺としてはもう少し学校をオヤスミしたいのだが……ある事情から、そんなこと口に出すわけにもいかず。俺は謹んで、その厚意を受け取ることにした。


 明日に退院を控えた、6月30日の夜。

 俺と春飛は、病院のバルコニーで涼んでいた。


「……学校、行く気になったって……本当か?」

「はい」


 これが、その『事情』。

 俺から何かを言うこともなく、春飛は自分で、学校に行きたいと打ち明けてきた。ほんの1週間ほど前までは、頑なに『ゲーム以外の人間関係になんて興味ない』と言っていた彼女が、わざわざ俺をこうして星の下に連れ出して宣言した。

 思わずオウム返しで聞き返す。

 都会の万津市でも見える、僅かな明るい星を見つめる彼女の横顔は、これまでのまっさらキレイなものではなくて、どこか暗さを帯びていた。それでも、これまでよりも美しいと思えた。


「ゲームばっかりして、世捨て人みたいに暮らしてましたけど。頭のどこかでは、このままでいいのかな、ってずっと思ってたんで。斗月さんたちに助けてもらったし、いい機会かな……って」

「そうか。嬉しいよ」

「その割には、表情が優れませんけど?」

「……心配って方が勝ってるからかな。はは」

「もう。子供じゃないんですから」

「………………そうだな」


 そうだ。子供じゃない。

 春飛は小学校高学年なんだ。幼稚園生を相手にするかのように、小学校に行って大丈夫か、なんて心配するのは、子供扱いが過ぎる。

 ましてや、春飛にとって俺なんか……会って1か月も経たない、大きな世話ばかり焼く高校生ってだけだろうし。いっちょ前の親のように、実の子のように扱われるのには抵抗があるだろうな。


「無理してるなら、別に俺は、行かなくたっていいと思う……けど……」

「……もう! しっかりしてください、私またゲームの世界戻っちゃいますよ!?」

「うっ……そ、そう言われても……」


 弱気になる俺の病人服の袖が、ぎゅっと握られた。

 春飛が、まるで睨むように、恨めしくこちらを見上げてきている。


「私の……この現実世界で、最初に叶えたい夢。ゲームの世界じゃ叶えられない夢」


 と思えば、春飛の大きな眼に、涙が溜まっていく。

 俺は驚いて、身を屈める。眼の高さを春飛より低くしてやると、今度は春飛は俯いて、前髪で表情を隠した。けれど震える口元と、零れ落ちる大粒の涙だけは、幼い彼女の小さい手だけでは、隠しきれなくて。


「…………授業参観です」

「……うん」


 こくりと頷いて、春飛の頭を、胸の中へ抱き留める。

 何度も、ゆっくりと背中を優しく叩いて、後頭部のさらさらの髪を梳くように撫でる。胸の中で、小さな体が不規則に揺れる。

 落ち着いてから話せばいいものを、春飛は、俺の胸元の布を皺になるほど握りしめながら言葉を継ぐ。自分の中の汚いものとして封じ続けてきた、欲望を、希望を、死ねない理由を、生きたい理由を。


「斗月さんとっ……一緒に、ゲーム、買いに行った日……帰りに、参観の帰りの子、見かけてっ……。それを思い出す、たびに……自分には、親がいない時点で、生きる意味ないんじゃないかっ、て……!」

「……大丈夫だ」

「ゲームの世界にいる間もっ……何度か、戻ろうかと思ったけど……! それを思い出すたびに、最低の気持ちになって! ……死にたくなって」

「大丈夫。春飛……大丈夫だ」

「だからっ……! 斗月さんが言ってた、みたいに……私がっ、生きるのを始めるためには……!」


 俺の胸から急に顔を離して、春飛は、驚く俺の目を見た。

 涙に濡れた彼女の眼には……この都会の真っ暗な空ではあり得ない、満点の星空が映っていた。


「…………わたしの、お父さんに……なってください」



 ……俺は今まで、死ななければならないと思っていた。


 何人もの人を殺した父親の血が流れている、人殺しのDNAが入っている俺は、いつか同じように誰かを殺してしまうかもしれないから。


 ゲームの世界で春飛に言ったことは……半分、ウソだった。

 俺はたしかに、自分を可哀想な人間だなんて思ったことはない。たしかに、みんなに可哀想と言われるのが嫌だった。たしかに、そのために田舎を抜けてきた。

 だけど俺は、春飛に『生きろ』と説教できるようなヤツにはなれていなかった。


 俺は、いつか自殺しようと思っていた。


 ナイフを手首に突き立てたことだって一度じゃない。

 洗剤を口に入れてすんでのところで吐いたことだって二度や三度じゃない。

 首吊りの用意だけ作って、直前になって怖くてゲロを吐き散らかして、結局やめたことなんて、数えきれない。


 死ねない理由はなかった。

 生きたい理由はなかった。


 死ななければならない理由だけが、あった。



「父兄参観に来て……私の、頑張ってるとこ、見てください。それで、よくがんばったねって褒めて、私の……私の好きなもの、晩御飯に出してください!」

「うん」

「絶対ですよ! 絶対!」

「………………ありがとう」


 だけど、今……死ねない理由も生きたい理由もできた。

 死ななければならない理由は、砕けて散った。


「そこはありがとうじゃないですよね!」

「……ごめん、でもないけどな」

「斗月さん? うわっ」


 もう一度、胸の中へ春飛を抱き留める。


「……斗月さん、苦しいです」

「バカ。今くらいお父さんって呼べ」


 もうしばらく、このまま離したくない。

 だって。


「お父さんも…………声、震えてますね」


「……うるせぇっ」


 ……娘に、泣いてる顔なんか見せられねーからな。


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