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放課後ロルプライズ!  作者: 場違い
4章・完全平等の電脳世界
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芦野春飛失踪事件 その5

 天空城ポルトヴェネレの3階は、おそろしくシンプル……というか雑ながらも、一番恐怖を駆り立てるものだった。

 長い長い、狭い狭い、怪しい怪しい一本道。

 その一本道に溢れんばかりの雑魚敵が、うじゃうじゃと群れを成している。昼休みの高校の廊下とか思い出してほしい。あれの二倍くらいの人口密度で、血眼滾らせたキモいモンスターが、うろちょろしているのだ。

 階段を上ったところにあった背の高い観葉植物に身を隠し、俺はちょっとした絶望に身をよじらせた。


 ……クリアさせる気あんのか?


「いやいや……これはさすがにチート入ってるよ、怜斗。トゥエスタの運営もそこまで頭おかしくはないから」

「フーロ」「了解、ドストエフスキー召喚って感じ」

「また潜伏か!? いつまでコソコソやらなくちゃいけねぇんだよ!?」

「待って斗月。この観葉植物以外、廊下の先に隠れられそうな場所がないわ」

「逆にこれ全部無双すんのか!?」


 見たところ、中ボスクラスの敵もちらほら混じっている。

 弱点属性を狙って上手く戦うか……いや、それでもジリ貧は避けられないだろう。なんせこの敵の量、4人だけで捌き切れるとも思えない。

 というか、もし逆にこちらがクリティカル攻撃を受けるなどして体勢を崩されてしまった場合には……目も当てられない、数十という敵にボッコボコにリンチされてゲームオーバーだ。戦闘するのは危険すぎる。

 だからといって避けて通れるわけでもないし……。


「おいどうすんだよ怜斗……行くのか?」

「い、今考えてるんだよ……!」

「そんな悠長にしてられる!? 気付かれたら袋叩きよ、さっさと行動しなきゃ!」

「気付かれたら袋叩きなのになんで大声出してんだこのクソアマ!」

「ちょ……んな言い争ってる場合じゃ……」

「ハァ? クソ雑魚ナメクジのチキン野郎に言われる筋合いはないんですけど!」

「はーーーー? 何様? やんのか?」

「お? おこ? おこなの?」

「はーーーーーーー? 俺が夏矢ちゃんごときにキレるわけなくない?」

「だからさ、今は喧嘩とかしてる暇なくて……」

「私……あなたとならっても、いいよ♡」

「上等だアバズレ、今ここで決着付けるかァ!?」

「一回格の違いってのを見せつけないとねェ!?」


「あーもうっ、だから話聞けって言ってん……」

「発射」


 ズキュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウン!!

 高熱が頬を掠める。


『………………』


 ビームが通り抜けたあとの廊下には、あんなにひしめき合っていたモンスターたちの、焼け焦げた死体の一片すら落ちてはいない。

 俺たちが喧嘩していた間に津森さんがサポートコンボを発動していたのだ……そう気付いたのは、殺戮ビームの放射が終わって数秒経ってからのことだった。

 ぎこちなく発射源へ振り向くと、ニッコリ笑顔の津森さんがそこにいた。


「さぁ、先進もか希霧くん」

「あ、ああ……」

「……門衛くん。夏矢ちゃん?」

『ハイィィ!!』

「いまは何をするときか、ちゃんと考えてな?」

『申し訳ありませんでしたァァ!!』



 某所。

 やはり2人の人間が、ゲームの画面を眺めている。片方はひたすらに無表情、もう片方は口元に微笑みを浮かべてはいるが、付随する感情は皆無である。


「……漫才でも見せてるんですか、この子らは」


「まぁ、ゲームですからね。あんまり真面目にやられてもつまらないでしょう?」


「人の命がかかっているのはゲームとは言いませんよ」


「…………正確には、『人の命がかかっていると思っている』ですね。それに、約1名ほど、《《知っている》》者もいる」


「……本当にチートコードなんか渡してもよかったんすか」


「実験に油断ならなくなったのは事実ですが……そのために、君もいることです」


「どんどん報酬金釣り上げちゃいますよー」


「ははは」



 敵数ゼロの廊下を駆け抜けると、今までのものよりもひと際豪華な階段が目の前に現れた。

 それを睨みつけて、斗月が小さく舌打ちする。


「この、いかにもな感じの階段……いよいよこの先が、ってことか」

「春飛を連れ帰るまでは帰れない。長い戦いになるかもしれない……HPとSPは万全だよな?」

「うん!」

「ああ」

「オッケーよ。……じゃ、行きましょう」


 階段を上る。

 上を見上げるが、階段の先は見えない。最果ては、強烈な虹色の光。

 あの光に触れれば、ワープするという仕組みだろうか。


 ……階段を上る途中、春飛のことを考えずにはいられなかった。

 『可哀想だと思われたくない』。春飛の心の中にある、トラウマとも呼べるものを指し示す、1つのキーワードだ。

 その言葉に、俺は内心とてつもなく動揺した。

 夏矢ちゃんの信頼を失ってから、ずっと考えて、頭の中を巡っていた言葉だった。強烈なショックを受けて、中学生というある程度人格が定まった時期にも関わらず、俺の人格形成に少なからぬ影響を与えた言葉。

 それは全ての善意を偽善に変える。あまり過ぎれば、自分自身を孤独に追い込むモットーであるとも言える。


 俺は……春飛を説得できるのだろうか?


 不意に、後ろから肩を軽く殴られた。

 振り向くと、歯を見せて斗月が笑っている。


「リーダーがそんな顔してんじゃねーよ」

「……ああ。悪い」


 そう、いつも言われていることだ。

 俺は、余計なことまで考えすぎなんだって。



 階段を上っていると、いつの間にか景色が変わり始めた。


「…………」

「天空城……って、こういうこと」


 薄暗い城の壁は、いつの間にか見えなくなった。

 透明のガラスの向こう側に見えるのは、まるで飛行機に乗っているかのような、一面の空色。雲が速く流れていく。気付けば、あの虹色の光は階段の下の方にある。いつの間にか光を通り過ぎた……ってことなのか。

 階段の上を仰ぎ見ると、今度こそ出口がちゃんと見えた。何年もかけて染められたような、重みのある黒色の扉。駆け上り、前に立って取っ手を握る。

 後ろから仲間がついてくるのを待って、迷いを断ち切るように告げる。


「……どんなヤツが相手でも、必ず倒して、春飛を連れ帰る」


 何度も唱えた呪文を、勇気の賛歌として呟く。

 俺は、取っ手を前に押した。



「……よくきた、とづきよ。わしがおうのなかのおう、はるひだ」


 ふざけてみせる春飛には、モンスターが化けているような感じはしない。声にノイズもかかっていない。


 天空城ポルトヴェネレの屋上には、広大な空が満足に見渡せる、長方形にガラス張りされた高い壁……そして、焼け焦げた鉄塊のたくさん積まれた山だけが目立っていた。

 ……あの鉄塊が、津森さんで言う、蝿的な位置付けのモンスターなのだろうか? いちおう、常に視界にとらえて警戒しておく。

 険しい顔つきの俺たちの前で、春飛はなおも笑顔を崩さない。

 俺よりも一歩前に進み出た斗月に、一層深く笑って続きを言う。


「もし、わしのみかたになれば、せかいのはんぶんを、とづきにやろう…………どうじゃ? わしのみかたになるか?」

「闇の世界も悪くない。……だけど、お前と一緒に生きていた現実世界こそ、一番楽しい世界だった」


 春飛の顔から笑みが消えて、斗月を強く敵視する。


「…………やっぱり、嫌いです」

「嫌われたか……仕方ないな」


 こちらからは、斗月の顔が見えない。


「どうせ嘘なんでしょう。斗月さんも、生まれからして最底辺の私を見下して、善意を向けるフリをして、見下しているんでしょう……安心してるんでしょう」

「違うって言っても……聞いてくれないだろう?」

「聞く意味がありませんから」

「……なんで」

「みんな、嘘を吐いてるに決まってるから」


 春飛の目が……黒みを帯びだす。


「見えるんです、仮面が。みんな、友達付き合いしてるフリをして、家族ごっこしてるフリをして、相手を見下してる」

「………………」

「『賢いね』って褒めながら、『つまらないガリ勉女だ』って見下してる。

 『行ってきます』って言いながら、『俺の収入がないとこいつらは生きていけないんだ』って見下してる。……見下してた!

 『行ってらっしゃい』って言いながら、『私が浮気していることも知らずに頑張っているんだ』って見下してた!!」

「春飛……」

「ひどいよ、みんなひどいよぉ…………。ひどいひどい、ひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどい……」

「…………」

「あなたたちにも、見えますよ。仮面が」


 黒色に支配された瞳は、俺たちにひどい憎しみを向けてくる。

 ごうごうと風が吹き付け、ガラス張りの壁を揺らす。鉄塊が一片、風に煽られて飛んで行って、春飛の姿を隠した一瞬の間に、春飛の顔に仮面が張り付いた。

 真っ黒い、真ん中に不気味な目だけが描かれた仮面。


「私も仮面をつけていました。現実世界では、少しでも弱みを見せたら、可哀想がられて見下されますから。過去にふたをして、ただの引きこもりとして生きました」

「それが嫌になったから……こんなことをしたって言うの?」

「夏矢さんも、立派な仮面をつけています。……それを非難はしません、だけど私はもう、辛いんです」

「辛いことばっかりだよ」

「……うるさい。もう放っておいてください、私は仮面なんか必要ない世界で生きていきます。ゲームのデータは、プログラムは……私を平等に迎え入れてくれます」

「違う! そんな生き方は……間違ってる!」

「ゲームの世界で、親の事情なんか関係ありません。……もうこんな仮面は、私には必要ないんです」


 春飛は、仮面を顎から外して、真上に放り投げた。


「私は――」《私は――》


 仮面は霧状になって、巨大な怪物の輪郭を形作る。

 春飛の真上に現れたのは……巨大な、《《黒い赤ん坊》》だった。

 黒い赤ん坊は、笑う春飛を一口で飲み込んで、さらに巨大化する。……どうやら、こいつが春飛のボスモンスターらしい。


《オギャァァアアアァァアアアッ!!》

《私のトモダチ、『ガメオベーラ』ちゃんです。諦めて死んでください》

「諦めねぇよ! データに支配された生き方なんて間違ってる! 春飛、ぜってぇ連れて帰るからな!!」


 真っ黒な顔を無邪気な笑顔に歪める、赤ん坊。

 勇猛果敢に立ち向かおうとする斗月を、夏矢ちゃんは後ろから静止する。


「ちょっと待って! ……中に春飛ちゃんがいるのよ!?」

「……今はデータの存在だ、気にしなくていい」

「なんであんたがそんなこと言えるのよ?」

「門衛くん、今日、なんかおかしいで……?」

「………………」


 俺は拳を握りしめ、歯噛みした。

 言えない。けれど、このままじゃ、リーダーとして信頼を得ることができない。

 黒幕しか知り得ないような事実を、そして、あれだけ不可能だ無理だと言われていたチートを使った俺は……現時点で、春飛なんかよりも、限りなく怪しい。

 人々をゲームの世界に放り込んでいるのが俺でないと、この状況で、どうして弁明できるだろうか。


「怜斗のことは……時期が来たら、いずれこいつ自身から言うからさ」

「!」


 斗月……。

 そうだ、迷ってる場合じゃないだろ……。今は、春飛の救出が最優先なんだ。


「ああ。悪いけど……いずれ説明する。今は戦闘に集中してほしい」

「…………」

「……分かった、門衛くんを信じるで」

「裏切ったら許さないから」

「……悪いな」


 心置きなく……というわけにはいかないが、多少は胸のつっかえが取れたところで、巨大な黒い赤ん坊、春飛曰く『ガメオベーラ』に向き直る。

 ガメオベーラは、その赤ちゃんのような見た目におよそ似合わないリアルな動きで、やれやれと肩を竦めて見せた。


《イベントシーンでわざわざ待ってあげるのも、ゲーム世界の住人のサガですかね》

「ゲームは1日1時間。24時間年中無休でゲーム世界なんて、論外だぜ」


 斗月を先頭として、全員で黒い赤ん坊へ接近。


「背後を取られるな、囲め!」

「了解!」

「俺以外全員、各々遠距離攻撃で様子見!」


 夏矢ちゃんが銃を撃ち、斗月がボイルリングを連発し、津森さんが魔法攻撃。いつものテンプレートな運び出しだ。

 固いが、いちおうダメージは通っている。

 だが、ガメオベーラはニヤリと不気味な笑みを浮かべ、未発達の声で笑い始めた。


《キャハハ! ダァブ、ダァババ!!》

《舐めないでください。どれだけこのゲームやり込んだと思ってるんですか?》


 銃弾が、裏拳で弾かれ消滅。

 ボイルリングが、冷魔法の弾丸で撃ち落とされ相殺。

 魔法攻撃も、タイミング良くシールドを出現させてダメージ軽減。

 所謂パリングというやつだろう、格闘ゲームなどでよく見る技術だが……ここまで反応できるなんて。

 このままどれだけ連打しても、雀の涙ほどのダメージ量だ。


「ちっ……怜斗! どうする!?」

「焦んな。パリングできない攻撃で攻めればいい」

「それがどんな攻撃かって聞いてんのよ!」

「だから焦んなって! 津森さん、地属性ばっかりじゃなく、もっと色んな魔法を撃ってくれ!」

「分かった!」


 熱属性……シールド防御でダメージ量が格段に落ちている。

 地属性も、無属性も……影属性も。


「アイシズ!」

《グバブゥゥッ……!》


 ただひとつ、冷属性だけは、防御してもなかなか大きいダメージが通る。

 これだ……!


「夏矢ちゃん、冷属性魔法使えたな!?」

「ええ! アイシズリッドぉぉ!」


 氷塊と冷気が、ガメオベーラを襲う。


《アァアアン!! バァァブゥゥウウゥ!!》

《くっ……!》


 アイシズリッドを受けて大きく仰け反ったガメオベラは、斗月のボイルリングをパリングできなかった。

 氷属性の攻撃、なおかつある程度高威力の攻撃を受けると、少しの間操作不能状態に陥るようだ。これなら、《《時間を稼げる》》。


「津森さんと夏矢ちゃんは、絶え間なく氷属性の攻撃を続けろ! 斗月は、SP切れにならないようにボイルリングを適当にやめて、物理攻撃に回れ!」

「あいよ!」


 俺は、斗月に現場指揮を譲って、ガメオベラを包囲する円から後ずさった。

 究極の1手は、すぐそばまで迫っている。


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