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放課後ロルプライズ!  作者: 場違い
4章・完全平等の電脳世界
66/73

芦野春飛失踪事件 その4

 怜斗たちの意識が現実世界に帰還してきた。

 二垣たちも含めて、今後どのような作戦をとるか、どのように行動するか、誰が何をすべきかなどを確認して、怜斗たち4人はそれぞれ斗月の家を後にした。

 コンビニへ課金アイテムのためのカードを買いに行く夏矢と論子に持ち金を渡したあと、刑事2人はするべきこともなく、かといって休むわけにもいかず、中途半端な緊張感の中で話し始めた。


「このお金って経費で落とせないよねぇ……ま、春飛ちゃん帰ってくるんなら7万くらいのはした金、どーってことないけどさ」

「……俺のはほぼほぼ、生活費を除いて渡せるカネ全部だ」

「あらら」

「だが、そんなことはどうだっていい。被害者を救える手段が俺たちのもとにない以上、手段を持つ人間に協力は惜しまない」

「見上げた正義感だね。でも、春飛嬢はひょっとするとひょっとして、犯人さんなのかもしれないんだよ?」

「………………」


 三好の意地悪な問いかけに、二垣は目を瞑って腕を組むのみだった。

 その反応に特に興味を示すでもなく、三好は続ける。


「不気味すぎるよね。高校生たちがゲームの世界に行ったり入れられたりして、女子小学生まで疑わなくちゃいけない」

「魔法とか超常現象とか……とにかく俺たちの常識は通用しない。どんなことでも馬鹿げてると切り捨てずに、検討するべきだ。そう言ったのはお前だ」

「…………諦めないよね?」

「馬鹿にしてんのか」


 目を開けもせず、二垣は吐き捨てるように答えた。三好はその反応に大変満足したようで、くくく、と、のどの奥で転がすような笑い声を出す。

 ふと二垣の手が懐に延びそうになったのを、三好が半ば呆れながら静止する。三好の指さしたのは、フローリングの床。ここはひとさまの家なのだから。

 チッ、と舌打ちして、代わりに二垣はガムを取り出した。やめる気がないのに一応持っている、ミントの風味が妙に強い禁煙用ガムだ。


「誰もが目を背けたくなるような悲惨な事件に対して、最後まであの人は諦めなかった。俺たちはその意思を受け継いでいかなくちゃならない」

「『捜査という行為自体がそもそも、疑うことから始まっている』。何度でも言うし何度でも刻む」

「……いつ聞いてもクサイな。汗クサイ」


 二垣はまた溜息を零して、三好の冗談に付き合うのをやめた。あるいは冗談ではなかったのかもしれないが、どちらにせよ、三好もほとんど聞かせるために言っているわけではなかった。

 二人が失った偉大な先輩刑事は、こんな時でも二人を支えていた。

 その後しばらくして怜斗たちが帰ってくるまで、斗月の家には、ガムの咀嚼音と三好の独り語りだけが聞こえていた。



 充実したアイテム欄を確認して、ひとまずこんなものかと一人頷く。

 入手した輝石を両手に持ちながら、俺は4人パーティの先頭に立ち、ようやく辿り着いた新たなステージの周囲を見回す。

 俺たちの前にそびえ立つヨーロッパあたりの歴史的建造物のようなゲート、その向こう側に辺り一帯を覆うように広がって見える結界のような虹色の幕、さらにその向こう側に見える天空城ポルトヴェネレ。

 ……ようやくここまで来たか。


「準備いいな?」


 首肯だけが返ってくる。

 両手に持った大きな輝石を、差し出すように門に掲げる。

 途端に、輝石が大きな光を放って消え、どこからかシステムボイスが流れてくる。


《おめでとうございます! あなたのパーティには、イベントダンジョン『天空城ポルトヴェネレ』に挑戦する資格が与えられます!

 天空城ポルトヴェネレへの入場資格でありイベント限定の特別武器、『ジェロジーアランシア』をお受け取りください!》


 するするっと目の前に降りてきた、槍のような武器……これのことか。

 ジェイペグがひょいっと出てきた。


「突いた相手の属性を一定時間地属性に変えるっていう、すごく珍しいパッシブスキルを持ってる武器だよ。自分より強い敵に対して与えるダメージがわずかに上がるとか、ユニークな特性を持った武器だ。火力も悪くない」

「……斗月の熱属性スキルと合わせれば、使いようはあるな。上手くやれば高レベルモンスターとも上手く戦えるかもしれないな」


 ま、あくまでサブ武器として。

 ふと前の景色を見ると、城を包んでいた結界がいつの間にか消えていた。ジェロジーアランシアを手にしたおかげだろうか、ともあれこれでやっと突入できる。


「行くぞ。目的は春飛奪還、それだけだ」


 俺たちは、地を天空に据えて、なおどこまでも高くそびえ立つ、武骨な古城を見上げ……その中へと、足を踏み入れていった。

 準備は万全。あとは、やるしかない。



「……なんだこれ」


 古城1階は、奇妙なまでに広かった。


 ……そりゃそうだ。廊下もなければ部屋の仕切りもない、床が白と黒の市松模様に塗りつぶされていて、こちらも白黒に色分けされた馬に乗った騎士だとか象に乗った教皇だとか、やたらとオシャレなモンスターが散見される……のみ。

 ………………のみ?


「あれ、階段は?」

「……ないみたいやけど。敵倒したら上がれるんかな」

「そのパターンだろうな。そしてあの敵の見た目……」

「そんなら、とりあえず敵を全部ぶっ倒せば済むんだな! 行くぞオラァァ……」

「待て」

「ギグエェッ!!」


 突っ走ろうとした斗月の首根っこを掴んで引き戻す。轢き潰されたカエルが断末魔を上げるとしたら多分こんな感じだと思う。


「何しやがる! 春飛んとこ行くまでに殺すつもりか!?」

「……チェスだ」

「あ?」

「ああ、チェスね!」


 夏矢ちゃんがパンっと手を合わせた。

 斗月と津森さんはいまだによく分かっていないようで首を傾げている。いつものように勿体つけている場合でもない、俺は手短に説明することにした。


「この白黒に塗られた床、チェス盤に似てるだろ?」

「ああ、ほんまや」

「そんで、あの王冠被ってるのがキング、あっちの馬に乗ってるのがナイト、見るからに雑魚そうなヒョロヒョロの兵士がポーン……。初期配置でこそないが、全部チェスの駒だ」

「……なるほど、ようは敵のキングをぶっ倒せば上に上がれるってことか?」

「多分な。見たところ、盤上に白のキングはいない。あの奥の、黒のキングを倒せばこのフロアはクリアできそうだ。

 そして多分、白のモンスターは攻撃してこない」

「え、なんで?」

「黒が敵なら白は味方だろ。白のキングがいないのは……こういうことじゃないか」


 俺は足元に落ちていた、白磁に光るそれを拾い上げた。

 《『白王の資格』を手に入れた!》……ようだ。

 少々の恥ずかしさを感じながら俺がそれを頭に乗せると、盤上の白の駒が突然光り出した。目覚めた、ということだろう。


「俺たち自身が白のキング、そして白の駒は自由に動かせる。これを上手く利用すれば、消耗0でこのフロアを突破できるかもしれない」

「そういうことなら……」

「あんたの出番よね?」

「ああ、任せろ」


 チェスは得意だ。「チェスには必勝法がある!」などと宣う某マーベリックゲーマーズたちには劣るが、そんじょそこらの相手、ましてやオンラインRPGのオマケ要素的なチェスゲームで負けるとは思えない。

 ただ……俯瞰ではなく、キングの位置からしか盤上を把握できないので、それだけが懸念要素か。まぁ、時間制限がなければどうとでもなる話だ。

 20×20の大きすぎるチェス盤、そして初期状態から荒れに荒れた戦場……まずは、右斜め4マス先のナイトを鍵にして進めていくか。


「白のナイト、黒のポーンを取れ」


 俺がナイトを指差して宣言すると、ナイトの駒が大きく飛び上がり、右斜め前へ桂馬飛びした先に突っ立っていたポーンを踏みつぶして破壊した。

 白のターンが終われば、次は黒。

 黒のクイーンが1マスだけ動き、次のターンで俺たちを仕留められるラインへ移動させてきた。ライン上に駒はなく、このまま何もしなければお陀仏。

 いわゆる『チェック』というやつだ。まだ『チェックメイト(詰み)』ではない。

 それにしても、積極的にチェックをかけてくるなんて。意外や意外といった感じである、これは気を引き締めなければ、うかうかしてると瞬殺されてしまうぞ。

 俺はよく盤上を眺め、次に何をすべきか、この手を打つと相手はどう返してくるだろうかと、綿密に策を練った。これが非常時じゃなければ、『最初に王を動かさねば兵はついてこない』という某ギアス使い気分ができたのに……。


 今求められているのは、最短のチェックメイト。

 使える駒は……。



「よっし、チェックメイト!」


 右に動けばナイトの射程範囲、左には壁、前に動けばルークの射程ライン、後ろには壁、動かさなければクイーンの射程ライン。黒の他の駒は、1ターンでは救援に向かえないビショップとナイト、役立たずのポーン6体だけ。

 完璧な布陣、完璧な詰み。

 苦し紛れに右に動いた黒のキングを、俺は、白のナイトは逃がさない。


「王を討ち取れ!!」


 少し気取りすぎか?

 白のナイトが黒のキングを破壊すると、残っていた黒の駒たちも同時に破壊され、盤上には白の駒と俺たちだけが残った。

 同時に床の黒の面が全て白に塗りつぶされ、白の駒たちはそれぞれ彫像となって部屋に残った。黒の駒の破片が集まって、俺たちの目の前に階段を形作る。


「よっし、これで……!」

「待って、何かアイテムがあるみたい」


 意気込む斗月の勢いを削ぐような形になって申し訳なさそうな夏矢ちゃんが指で指し示すのは、意味ありげに置かれた宝箱。

 しかもやたらと大きい。目算だが横幅1メートル、縦幅0.6メートルくらい。


「なんだよ。アイテムなら、さっき大量購入したのがあるだろ?」

「でも……なんか、意味深だし。箱も変にでかいし」

「攻略に必要なキーアイテムかもしれない。確認しとこう」


 宝箱を開けると、そこには黒いカード4枚が入っていた。

 すかさずジェイペグの解説が入る。


「これは『アルセーヌ・カード』だ。特定のダンジョン・特定のフロアでだけ効果が発揮されて、普段ではできないアクションが可能になる。次の階ではそのアクションが必須だということだろうね」


 なるほど、ってことはこれを持って行かないとほぼクリア不可能なんだろうな。夏矢ちゃんのお手柄だ。

 俺たちはそれぞれにカードを持つ。


「これを以てフロア1、クリアだな」

「次、急ぐぞ!」

「待ってて、春飛ちゃん……!」


 労せずして1階をやり過ごした俺たちは、再び武器を構えながら、2階へ続く階段を上っていくのだった。



 2階へ上がって、なるほどと思った。

 すぐさま、手近にあった木箱の陰に隠れる。そっと向こう側を見てみると、警備員のような恰好をした、でかい歯車が武骨な印象を与えるロボット。物騒にもトゲ付きの警棒なんかを持っていることから、万に一つも味方だということはあり得まい。

 珍しく解説に出張ってきたフーロが言うには、こいつは『警備兵ドラグーン』。

 観察していると、手前の曲がり角からまた一体、同種のロボットが出てきた。おそらくこのフロアには、この手のロボット型敵モンスターがうじゃうじゃいることだろう。


「木箱やら何やらを駆使して、監視の目を掻い潜れ……ってことね」

「チクショー、なんでよりにもよって、こんなチマチマ進まないといけないような仕掛けなんだよ!」

「お、大声出さんといて! 見つかるで!」


 ペル○ナ5をこんなところでやる羽目になるとは……。どうやらこのイベントの趣向は、普段の通常ゲームプレイとは違った、様々な『アトラクション』をクリアせよというものらしい。

 こちらからしてみればはた迷惑な話だが、普通にゲームを遊んでいるプレイヤーからしてみれば、それはそれは楽しいことだろう……。


「文句たれてても仕方がない。できる限り敵に見つからないよう、突破していくぞ」

「……メニュー画面に、アルセーヌ・カード専用のアクション操作が出てきたわ。半径4メートル程度なら、障害物と障害物の間を敵に見つからずに一瞬で移動できるとか……」


 俺もメニュー画面を開く。

 マニュアルの項目に『!』マークが点灯しており、『このフロアにおいての特殊ギミック』、『現在使用可能な特殊アクション』の項目が追加されている。

 いちおうそれを斜め読みしておくことにした。



◎このフロアにおいての特殊ギミック

 このフロアでは、真っ向からの戦闘を極力避け、別項にて解説の『カバー』『暗殺』などといった隠密アクションを駆使して、敵をやり過ごすプレイングが推奨されています。

 敵に見つかると警笛を鳴らされ、四方八方から敵を呼び寄せられますのでご注意ください。

 また、音を立てる、トラップに引っ掛かるなど、目立つ行動をしてしまうと、敵がその場所に寄って来てしまいます。不用意な行動が重なると警備が厳重になってしまうこともありますので、行動の際は十分にご注意ください。


◎現在使用可能な特殊アクション

・『カバー』

 半径3メートル程度にある木箱などの障害物に、敵に見つかるリスクなく一瞬で隠れることができます。同様の操作で、障害物から障害物へ渡ることも可能です。

 障害物に隠れている間は敵の視界に関係なく絶対に見つかりませんが、隠れているあいだ他の操作はできません。


・『暗殺』

 敵の背後から通常攻撃をヒットさせると、敵を即死させることができます。

 敵を即死させたあと3秒間は、敵に見つからない『不可視状態』になります。この隙に隠れなおし体勢を整えるもよし、次の敵を暗殺して不可視状態を繋げていくもよし。このシステムを存分にご活用ください。

 一度見つかった敵に対しては、その敵を一度撒くまで、見つかったプレイヤーは暗殺を実行できません。普通に敵に見つかって戦闘が始まった場合は、通常戦闘になります。


・『スネークボックスの使用・変装』

 通常プレイでも使用可能なアイテム『スネークボックス』の効果が、このフロアでは強化されます。

 スネークボックスの半径1.5メートル近くにまで来た敵に対しては、背後などの向きに関係なく暗殺を実行することが可能です。ただしこの場合、不可視状態は発生しません。

 また、スネークボックスに隠れている間に顔を撫でると、自分の姿を警備兵のロボットたちと同じものに変える『変装』ができます。変装中は攻撃しない限り敵にバレないほか、敵に話しかけて気を引くことも可能です。

 変装は1人しかできません。変装プレイヤーとその他のプレイヤーで連携を図りましょう。



 『暗殺』に『変装』……なるほど、これは意外と、チェスよりもサクサクいけるかもしれない。

 この作戦でカギになるのは、まず間違いなく斗月と夏矢ちゃんだ。


「斗月と夏矢ちゃんは、先行して敵を排除。

 斗月はスネークボックスを活用して敵の気を引け。夏矢ちゃんは敵が背中を見せたところを狙って銃撃。これが一番リスクが低い」

「私も門衛くんも、素早さには自信ないから……後ろの方でサポートするから、頑張ってな!」

「うん、ありがと!」

「っし、かくれんぼもスパイごっこも大得意だぜ」


 下の階で必要だったのが『知力』ならば、この階で必要なのは『敏捷性』、『器用さ』といったところだろう。次あたりで津森さんの担当分野である『魔力』を必要とする試練が登場するのだろうか。

 ちょっぴり目を潤ませる彼女を見ると、今は春飛を助けるのが最優先事項だと分かっていても、彼女の見せ場を願わずにはいられない。


「では攻略開始。手始めに、あの警備兵を暗殺してくれ」

「了解っ!」


 夏矢ちゃんと斗月は、軽やかに『カバー』アクションを使いこなして前の木箱へと進んで行く。バッ、バッ、と小気味いい効果音で、二人の体が瞬間移動でもするように素早く動く。

 そろそろいい距離だというところで、斗月がスネークボックスの中に入る。数秒経ってもう一度スネークボックスが開けられた時、そこに立っていたのは警備兵に変装しきった斗月だった。

 夏矢ちゃんに目配せすると、斗月は恐れもせずホンモノの警備兵に近づいていった。


「よう、そっちはどうだ?」

「ム……ああ、今のところ侵入者はいない」


 わりかししっかりと会話できるらしいな。


「オマエ、顔を見ないが……新入りか?」

「あー、そうそう。ついさっき、ここらへんに配属されたんだ」

「ナルホド、そいつは助かる。何せ、入り口エリアは《《オレとあともう一人だけ》》で警備してたからな」

「そいつは大変だな……」


 斗月はチラッと俺の方を見てきた。よしよし、これは嬉しい情報だ。変装で話をすると、こういう新情報を得ることもできるのか。

 ……しかし斗月のやつ、そんな向きから話しかけて、どうやって狙撃担当の夏矢ちゃんの方へ背中を向けさせる気だ? カバーアクションがあるとはいえ、夏矢ちゃんが移動するのにはリスクがあるので、できれば斗月が誘導を行ってほしいのだが。

 そう考えていると、不意に斗月が声を上げた。


「あーーーーっ!!」

「ど、ドウシタ!?」

「あんなところにUFOが!」

「な、なにっ!」


 ……こ、古典的な。


「えいっ」

「グァァァァァァーーーーッ!!」


 ともあれ、馬鹿なことにその誘いにつられて向こうへ振り向いてしまった警備兵の背中を夏矢ちゃんが撃ち、暗殺成功。


「今だ、向こう側にいる敵も殺せ!」

「言われなくてもね」


 カバーで高速移動を繰り返し、不可視状態の3秒の間にまた次の敵を殺す。

 まだ先へ進もうとする斗月と夏矢ちゃんに、俺はストップ指示を飛ばした。


「待て! 最初の警備兵の話によれば、『入口エリアは2体だけ』らしい。もっと先に進まないと敵はいないだろう、ここは一旦止まれ!」

「そ、そうね」

「ここからはカバーもしくはスネークボックスを活用して、慎重に進んでいこう。潜伏プレイ推奨な以上、囲まれれば即死ってぐらいのパワーバランスだろうし」

「課金アイテムでどうにかならへん?」

「……うーん。どうだ斗月、バシバシ先に進めそうなアイテムとかあるか?」

「無理。雑魚敵を一発で殺せるビームを撃てる『バサラ砲』とかあるんだけど……戦闘用のアイテムは一律全部、『このフロアでは使用できません』って表示されてるから、クソ厳しい」

「回復アイテムゴリ押しでも時間かかるし、無理して戦闘突破は諦めた方がよさそうよね」

「やっぱり、潜伏で進んでいくしかないんかぁ……」

「敵を瞬殺できるだけマシだ、とりあえず進もう」


 ……何か、ラクに突破できる方法でもあればな。いちおう考えておこう。


 中盤はほぼ作業ゲーで、最初から背中を向いていれば夏矢ちゃんが狙撃、背中を見せていない相手には斗月が接触して背中を向かせ狙撃。特殊アクションの効果は絶大であり、当初の予想よりもサクサク進んで、次のエリアに進む階段ホールの前までやってきた。

 警備兵はまともに戦うと、俺らのレベルだとジリ貧で負けるぐらいの実力差があるようで、そんな敵を暗殺で殺すたびに今までとは桁違いの経験値が貰えて、どんどんレベルが上がっていった。現在レベルは俺が49、斗月夏矢ちゃん50、津森さん52。


 俺が獲得した新スキル1つめ、『影の大殺界』は、基本的に影の結界と同じように、影を踏んだ相手の動きを一定時間止めるというもの。影の結界と違うところは、相手を影で包んで、周りがほとんど見えない状態にすることだ。うまく使えば監視を破る一手となりうるかもしれない。

 もうひとつは『デュアルオンブラ』。影属性の中威力攻撃魔法らしい。手から巨大な斧状の影を伸ばして攻撃するので、攻撃可能範囲が大きいのが助かる。


 ほかにも各々、いくつかスキルを獲得した。戦力は格段に上がったと言っていいだろう。

 たしかに理論上、今なら『警備兵ドラグーン』と互角以上の戦いができるだろう。

 だが……。


「これは……ひどいな」

「クッソめんどくせぇ死ねばいいのに運営」

「斗月、落ち着いて落ち着いて」

「誰かエクスプロージョン使える人おらんの?」

「使えるとしたら津森さんしかいねーよ」


 階段ホールの前に置かれた彫像に隠れ、顔だけ出して中の様子を確認する。

 そこまで面積の広くない円形の階段ホール。中央1点を照らすように、内側に向かって光を飛ばすライトが壁に付けられている。

 中央から階段が伸びていて、その周りを取り囲むように、赤いメカメカしい鎧を身にまとった警備兵が……8体。壁側から内側に向かって照らされて、奇妙な形に影を伸ばしていた。


「『警備兵ナイトメア』。赤くはないけどドラグーンの3倍の性能を持ってるって感じ。まぁ言わなくても分かると思うけど、このエリアじゃ《《死神》》扱いだから、戦闘に入って勝てることはまずないって感じ」

「こ、ここにきて『F.O.E(世界樹の〇宮とかペル〇ナQとかに出てくる、戦闘せずにスルーすることが前提の敵。ボスより強い場合がある)』かよぉぉ……」

「そんなヤツが8体なんて……明らかおかしいでしょ!?」


《ええ、その通りですよ》


「その声っ……」

「春飛!」

「しっ……声デカい、見つかるわよ!」


 ……ギリギリ、警備兵たちには気付かれていないようだ。声が辛うじて聞こえたのだろうか、あたりをきょろきょろ見回しているヤツが1体いるが、動いて音の出所を探そうとはしない。

 また、辺りを見回して春飛の姿を探すが、どこにも見当たらない。

 さっきの声にもノイズがかかっていたし、春飛であって春飛でない……言葉遊びをする気はないが、要するに、津森さんの蝿と同様のモンスターの声とも考えられる。

 意思を持ったプログラム。ゲームの世界に落とされた人間の心の奥に潜む、歪んだ欲望を読み取ってコピーする化物。

 やはりそうだ。この声は春飛のものじゃない。


《私が直々にチートコードを打ったカバラの龍王を、どうやって倒したのかは知りませんが……また顔を合わせてお説教されるのは面倒ですからね。ここらでお引き取り願うことにしたんです》

「春飛ちゃん……。やっぱり、本気で言ってるの?」

《…………『嘘』ですね》

「嘘?」

《あなたたちは、私のことを心配なんかしていない。……偉そうに、上から、可哀想だという感想を押し付けているだけです》


 ……ズキリと鋭く、胸が痛んだ。

 『人は誰しも、可哀想な目で見られたくない』……。いつか俺が斗月に言った、その言葉のその意味だ。

 俺には、その気持ちが分かる。同情なんかじゃない、その気持ちは、ずっと前に深く胸に刻まれて、今でもこうして、俺を戒める。


「何回も言ってるやん、私たち、そんなこと思ってない!」

《……人の心を読むことができれば、嘘も簡単に証明できるんですけどね。どこかにそんなチート入ってないでしょうか》

「……なあ春飛、そんなに……そんなに現実って辛いものだったか?」

「斗月?」

《何を聞いているんですか……辛いなんてものじゃありません。自分以外味方のいない世界なんて、地獄か、それ以下です》

「………………」

《……また何か嘘で言い返してくるかと思ったら、今度はダンマリですか》


 ……そのとき俺は、暗い表情で俯く斗月の横顔に、うっすらと、憂いある苦笑いを見た気がした。


《ま、いいです。……ここでゲームオーバーになって、大人しく現実世界に帰ってください》

「……必ず辿り着いて見せる」

《…………ふん》


 ぷつん、と途切れるように、声の気配は消え失せた。


「くそ……やっぱり聞いてくれねぇのかよ……!」

「斗月……」

「くよくよしてる暇はない。ここを突破する作戦を考えた」

「……そうだな、とっとと上まで登って、決着つけねーと……」

「春飛ちゃんにガツンと言ってあげないと、な!」


 全員で頷きあう。

 俺は、いっそう声を潜めて、全員に作戦を告げた……。



「……相変わらず無茶なコト考えるわね」

「馬鹿だな。結局これが一番難易度が低いんだよ」

「よし、準備はできてる」

「門衛くんの好きなタイミングで行っちゃって」


 そんなら、行っちゃうとしますか。


「侵入者が通りまーーーーーーっす!!」


 俺は挑発の掛け声と共に木箱の中から飛び出し、一直線に階段の手前……全部の警備兵から狙われる、中心位置まで走った。


「賊ダ、逃がスナ!」

「馬鹿メ、独りで突破を試みるトハ!」

「囲め!!」


 8体の警備兵はすぐさま俺を取り囲むと、それぞれ魔法発動のために腕を構えたり武器を構えたり……ようするに、俺を殺す姿勢に入った。

 しかし俺はその殺意の中央に立ってなお、ニヤリと笑みを零す。


 あえて言おう。俺を囲むというその判断こそが、「馬鹿め」だと。


「俺を護れ、『影の大殺界』!」


 外側から中心に向かって照らしつけるライトは、まるで俺にこのスキルを使えと言っているかのような、おあつらえ向きな設備だった。

 当然、敵の影は中心に立つ俺に向かって伸びて、重なっている。

 そいつを踏んでスキル発動を宣言すれば、あっという間に『動けない・周りが見えない』という致命的バッドステータスの完成というわけだ。


「周りが見えないなら、当然他のプレイヤーを『発見』できない!」

「暗殺開始ッ!!」


 俺以外の3人が、それぞれ敵の背中を殴り、次々に動けない敵を暗殺していく。

 ……作戦もここまで上手くいくと、ちょっと気味が悪いな。


『グアアアアアアアアァァァァッ!!』


 チートまで使って召喚された死神8体が、いともたやすく死に絶え、断末魔の悲鳴を上げる。それを尻目に、俺たちは階段を上って次の階へと向かうのだった。


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