芦野春飛失踪事件 その3
「カバラの堕落龍……アップデート。呼称を『カバラの龍王』に変更」
雑魚だとナメていた中ボスが、チートを使われたせいで、一気に裏ボス級の強敵モンスターにアップデートされてしまった。
冗談っぽく言わなきゃやってられない。
エレミヤの木龍にさえ4人でも苦戦したのに……。怜斗というリーダーがいない今のこの状況で、勝ち目はあるのか……?
……いや、弱音は吐いていられない。
春飛のためにも、やるしかないんだ……!
「ナウド、どうにかしてチートに対抗できないか!?」
「いちおう解析はやっておくが……おそらく、前回のようなマネはできない」
「くそっ……。分かった、こうなったらやるしかねぇ!!」
この後に『ポルトヴェネレのダンジョン攻略』と『春飛を助ける上で立ち塞がるだろうボス』との戦闘を控えているというのに……こいつ単体を倒すだけでも、絶望的な状況だ。
……怜斗ならどうするか。
俺たち全員が認めるリーダーであり、凄腕ゲーマーであるあいつなら、この状況をいかにして潜り抜けるだろうか。
たぶん…………。
「速攻だ!! 世葉、津森、サポートコンボいくぞ!!」
『了解っ!』
幸い、カバラの龍王はまだ待機姿勢のままだ。
すぐに回避行動ができるくらいに距離を取りながら、できるだけカバラの龍王に近付く。遠距離攻撃に向いている津森と世葉には遥か後方に位置取りしてもらい、サポートコンボを発動。
サポートコンボ3つ同時発動……サポートトリオ。
「頼む、ナウド!」
「助けて、キーピー!」
「支援してあげて、フーロ!」
3匹のパートナーが、それぞれの使い魔を召喚する。
俺のヨーヨーが4つに増え、世葉の背後に現れた砲台が大量の矢を発射し、津森のフーロが召喚したアフロディーテが、俺と世葉に加護を与える。
「いっけぇぇぇぇぇぇ!!」
「くたばれぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」
俺のヨーヨーと、世葉の弓矢が、同時にカバラの堕落龍にヒットした瞬間。
その倍のパワーで、攻撃がそのまま跳ね返された。
世葉の方に向かって一直線に、大量の弓矢が飛んでいく。そして、俺がヨーヨーで殴った力を増幅させて、衝撃波が、俺の方に返ってきた。
「ぬぁあぁぁぁぁあああぁぁッ!?」
腹の部分に直でクリーンヒットして、俺の体が吹き飛ばされる。
飛び石の上に背中をぶつけ、さらにその先まで飛んで、滝壺の水の中に着水する。不幸中の幸いと言うべきか、水底にさらに背中を強打しただけで済んだ。このまま沈んでしまって一発で戦闘不能とはならなくてよかった。
「斗月!!」
「夏矢ちゃん、危ない!」
「えっ? ……な、なんでぇぇぇっ!?」
自分が発射したはずの弓矢が、威力をさらに増して自分の方へと返ってくる。現実の物理法則ではあり得ないエネルギー変換に、世葉は困惑して、足を動かすことができなかった。
矢が世葉に直撃し……壮絶な爆風が水を巻き上げる。
「ご……ごめん……こんなのムリ……!!」
爆風が収まって、しばらく歯を食いしばってその場に立っていた世葉だったが、すぐに膝から崩れ落ちた。
速攻で仕留めるつもりが……攻撃を跳ね返されて、一撃。
「ルルルル!! ルルォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォオオオ!!」
「ま、まだ来る……!」
俺はもう満身創痍、世葉は戦闘不能。
ならば、次に削るべきは……。龍王が狙いを定めるように見つめていたのは、パニックしたように、おろおろと世葉に駆け寄る津森だった。
「津森ッ、そこから逃げろ!!」
「で、でも夏矢ちゃんが……!」
さっきのノロさとは比べ物にならない、攻撃モーションに入ってからの速さで、龍王は翼をはためかせ、滑空するように津森を襲う。
数瞬前まで龍王に背を向けていた津森がそれを回避できるわけもなく、爬虫類のような龍王のツメによって、一発で沈められた。
津森の乗っていた飛び石ごと破壊される。
……格が違う。人間の子供と折り紙おもちゃが戦っているような、自分自身に感じる無力感と絶望。
「津森っ! 生きてるか!?」
「くふっ……む、虫の息……やな」
「どうにか守っとく、その間に自分と世葉を回復しろ!」
どうにか、指示をするが……もう、無駄なんじゃないかと思い始めた。
こんなチート級ボス、勝てるわけない。素早さも攻撃力も段違いに高くなっているうえに、防御に関しては、そもそも攻撃を反射するようだし。
怜斗がいても無理だ、こんな敵……!
「ルォッ!!」
「は!? まだ向こうの攻撃ターン続くのかよ!?」
鳴き声を発してからほぼノータイムで、氷の塊が発射される。
なんとか避けながら、世葉を魔法で回復している津森の前まで辿り着く。ここをまた攻撃されたら、今度こそ負け確だ。
降り注ぐ塊をなんとか弾き飛ばして、2人を守る。
「津森、世葉、いけそうか!?」
「なんとか……とりあえず、復活はできたわ」
「私はまだSPも足りへんから、ちょっと時間かかりそうやけど……」
「分かった。世葉は敵の反射の攻略法がわかるまで待機、津森は回復や支援に徹してくれ」
「了解」
「希霧くん、これ使って」
津森が投げて寄越してきたのは、エールミよりも多くHPを回復してくれる『ハイエールミA』の瓶だった。
礼を言って、瓶の中身を一気に飲み干す。半分くらい減っていた体力が一気に全回復した。
「津森、半月の十字架ってまだストックあったか?」
「……こないだ買ったやつも含めて、全部なくなった」
「そうか…………」
「…………こんなん、ほとんど無理やん……!」
「ほとんど無理なのに、それでもやらなきゃいけないなんて……シンドすぎるぜ」
これっきりにしようと弱音を吐いて、龍の目を見上げる。
何を言ったって、何にもならない。俺はこの龍を倒して、春飛のいる場所へ向かわなければならないのだから。
挫けそうになる気持ちを精一杯奮い立たせ、無謀な攻撃に挑む。
しかし、龍の懐に入った瞬間、視界が真っ暗闇に包まれた。
「ルルルルルルルルルォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」
「くそッ……なんかのスキルか!? ナウド!」
「なんのスキルかも分かんねぇよ! とにかくその場から離れやがれ!」
言われなくても、過去最大級にヤバイ咆哮。これで警戒とか回避しない奴のがおかしいだろって感じだ。すかさず後ろへバックステップする。
何も見えない真っ暗闇……森林エリアで戦ったあのキモイ敵が、こんな技を使ってきていたような気がする。
……嫌な予感がする。
このまま闇雲に動くのは、すでに向こうに読まれている行動パターンなんじゃないか……?
「津森! 俺の防御力を上げろ!」
「了解、『メゾガード』!」
この直感はバカにならない。とっさに腰を落として身を固め、どんな攻撃が来ても多少は耐えられるよう防御姿勢を取る。
暗闇が解け、視界が一気に明るくなると。
カバラの龍王の顔が、目の前にあった。
冷汗が噴き出る。
「うぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
「ルルルォォォォォォッ!!」
龍の口から、水色に輝く光線が放たれる。
「冷凍ビームだ! 避けろッ!!」
「無理っ……がぁぁああああああああぁぁああッ!!」
直撃。
液体窒素の何十倍も痛い冷気が体を包み込んで、命を凍り付かせた。
……畜生、こんなところで終われないってのに……。
「あかん、希霧くん……!」
「斗月! 春飛ちゃん助けるんでしょ……立ちなさいよぉぉっ!!」
#
「よく持ちこたえてくれた、斗月」
画面の中にいる斗月たちに向かって……不細工なガラケーの受話器から、声を飛ばした。
ガラケーのメニューから『チート・サポート』を選択する。
死にかけだった斗月を含める全員のHPが回復する。
《怜斗!? あんた、どこから……!》
「現実世界からメリー電話を使ってる。細かい話は後だ、こっちからチートで支援するから、とっととカバラの龍王をぶっ倒せ!」
《んあ……え、戦闘不能になったんじゃ……怜斗?》
「寝ぼけてんじゃねーぞ斗月。お前が現場指揮するんだから、しっかりしろ」
《あ、ああ……。怜斗、奴の反射効果はどうやって破ればいいんだ?》
「こっちからコード入力してやる、その間はどうにか耐えてろ!」
《あっ、おい!?》
「さっき回復した時、ステータスを全部上げといた。それでどうにか持ちこたえてくれ。反撃のチャンスを待て!」
ゲーム画面と受話器から手を離し、ある人物から入手した特殊なプログラミングソフトを見ながら、チートコードの入力を進める。
このコードの名は、『チートブレイカー』。
長いコードを、コピペを使わずに、1文字も間違えずにいちいち手動で打ち込みしなければならないという、かなり面倒臭いものだ。
だが、カバラの龍王が使っている『全攻撃反射』などのチート効果を破壊できる上に一定時間無防備状態にできるという、いざという時の切り札にもなるコード。特に今回の場合などは、これを使わずして勝つ道はないだろう。
return(0)を最後に打ち込み、プログラム構成完了。
「斗月、今からチートを使う! 反撃ターンだ、死んでる場合じゃねーぞ!」
《どうにか生き延びてるぜ! どうすりゃいい!?》
「チートの効果時間は30秒程度。その間に倒し切るぐらいの気ででボッコボコにしろ」
《ほ、ほんまにあれを止めれるん?》
《しくじったりしたらただじゃおかないわよ……!》
「信じろアバズレ! さ、いくぞ!」
エンターキーを押し、コードを送信する。
さぁ、ここから先はお前のシゴトだぜ、斗月……。
#
怜斗の掛け声が聞こえた瞬間、世界が、黒い背景と真っ白い文字列に包まれる。なにかのCMで見たことがある……たしか、プログラムの動作を確認する、コマンドプロンプト……とかいうやつに似てる。
「ルルォッ………………!?」
小さな断末魔とともに、カバラの龍王が動作を停止する。
ゲーム内のメッセージウィンドウに、『ERROR!! ERROR!!』と表示される。
あれだけジェイペグたちが『チートはできない』って言ってたのに……怜斗の奴、ホントにチートを使ったってのか?
「え!? マジで!?」
「動きが止まった!」
《何チンタラやってんだ、いまのうちに畳め!》
「よく分からんけど行くぞ、速攻だ!!」
号令と共に、全員で敵に襲い掛かる。
今までさんざん苦戦してきたってのに、こんなので本当に勝負がつくのかと疑問に思うが、とにかくやってみなくちゃ始まらない。今は怜斗を信じて、とにかく殴り続けよう。
《チートブレイカー発動中は、すべてのチート効果が消される。つまり、ステータスも元の弱っちい状態に戻ってるってことだ》
「その上、津森のバフ効果も継続してる……ってことは!」
《ああ。倒し切る気で行け、なんて言ったが、実際十分撃破を狙える。そのまま連打し続けろ、SP消費を厭うな!》
「了解、お前らも攻撃続行!!」
カバラの龍王には、熱属性のボイルリングは効果が薄い。それならば俺に残された攻撃手段は、せいぜい回避中に溜まっていたゲージを消費してサポートコンボを使い、ひたすらにヨーヨーを打ち込むのみ。
今回こそ頭のいい戦い方ができるかもと思ったんだが……やっぱり俺は、基本攻撃のみの脳筋ポジションで安定らしい。まあ、今更自分の脳みそにこれっぽっちも期待なんかしてないんだが。
世葉たちも、それぞれの魔法スキルや銃弾などで追撃を行ってくれる。
《夏矢ちゃんと津森さんは龍王の後ろ側に回り込め、そのポイントで冷属性の魔法を同時発射して相乗効果を狙え。斗月はそのまま、ひたすら正面からヨーヨーを叩き込み続けろ!》
戦闘に参加していなくても、やはり怜斗の指揮は的確だ。次々とダメージ表示の数字が増え、カバラの龍王のHPがゴリゴリと削られていく。
しかし、意外にも30秒とはすぐに過ぎてしまうもので、早くもカバラの木龍はそのチートの力を取り戻さんとしていた。体が黄金色に光り始めている……。
《チィッ、30秒では間に合わないか……!》
「いーや、まだだ!」
《斗月……そうか、頼むぞ!》
サポートコンボは使ってしまっても、まだアレが残っている……。
「十二の星座の七番目、神話の導きにより『ライブラ』の真の力を発せよ! 『揺動の大天秤』!!」
2つの皿を揺らしながら出現した巨大な天秤が、カバラの龍王の上に落ち、圧倒的な威力を以て突き刺さる。
ダメージ量は振るわないが、15秒間一切の動きを封じられるという超ご都合主義的なスタージョーカーだ。当然、カバラの龍王がチート化するのを止めることだって可能だろう。
ああ、俺ってこの時のために天秤座に生まれてきたんじゃねーかな。
《グレートですよこいつァ!》
「あとは殺すだけだ、血祭りにしちまえ野郎ども!!」
『野郎じゃねーし!』
#
「悪いな、遅くなって」
カバラの龍王との戦闘を終え、覇者の輝石を回収した斗月たちと、俺はようやくゲームの中で合流できた。
助かったよ、と笑う斗月たちだが、やはりどこか含みがある。……まあ、ピンチになってた時に、いきなりメリー電話を使いこなしてオマケにチートまで使ったというのだから、少々訝しく思われても仕方がないか。
「チートのこととか……聞きたいことは山ほどあるけど、それはとりあえず後だ」
「…………」
夏矢ちゃんは、訝しがるというか……何か、不安そうにこちらを見ている。
あえてそれを無視して、斗月に返答。
「ああ、ややこしい話だからそうしてくれると助かる」
「あとでちゃぁぁーんと説明してや?」
「わ、分かってるよ。んで、現状はどうだ? このまま、春飛とボスのいるボスポルトヴェネレに向かって大丈夫そうか?」
「大丈夫そうかって…………」
「大丈夫だ」
苦々しげにメニュー画面を開いて手持ちアイテムの残数をチェックする津森さんに代わって、斗月が答えた。その目は、言い知れぬ熱を帯びている。
俺もメニューを見てみるが……回復用アイテムはほぼほぼ空き瓶、復活用の十字架も1つだけ、あとはそこそこ使えそうな戦闘用アイテムや工作用アイテムが入っているようだが……。これは……。
「無理だろう。さっきの龍王で消費した量を考えるに、この備蓄は……どう見積もっても心もとなさすぎる」
「だとしても、やるしかねぇだろうが!」
「落ち着け」
「はぁ!? ナメてんのか!? これが落ち着いてられるかよ!!」
「斗月っ!」
激昂した斗月は、じりじりと俺に歩み寄ってくると、胸倉を掴んできた。悲鳴を上げて静止する夏矢ちゃんを、手で御する。
斗月……春飛が危ないとなって、やっぱり焦りすぎてるな。俺も盟音が同じ目に遭ったら、このぐらい怒り狂ってしまうんだろうけど。
「何も、諦めろって言ってるんじゃない。いまは出直すべきだって言ってんだ」
「出直してる時間なんかない……ゲームじゃねェんだぞ! 春飛の命がかかってるんだよ、分かってんだろ!?」
このままでは、あまりよく話に耳を傾けてはもらえないかもしれない。
だが……この話は言いたくない。できることなら、全員で現実世界に戻った後、俺だけ単独でやりたいと思っていたことなのだが……。この状態の斗月に妙な隠し事をすることはできないと考えるべきだろう。
俺は、横ではらはらと見守る女子2人には聞こえないように……小さく、斗月に聞こえるだけの声で言う。
「……《《チートを使うための準備をする》》と言ったら?」
「…………!」
斗月の目が大きく見開かれ、胸倉を掴まれた状態から解放される。
……夏矢ちゃんたちには聞こえていないようだ。念のため、遠ざけておくか。
「2人とも、このボスエリアからちょっと戻ったところに、取り逃した宝箱があるはずだから、見てきてくれないか」
「今はそんな場合じゃ……」
「wikiを見た限り、十字架が入ってるはずなんだ。ボス戦までに少しでも回復手段を整えておきたい、悪いけど頼めるか?」
「……うん、そういうことなら」
「………………」
「夏矢ちゃん、行こう?」
なにかすっきりしない表情のままに、夏矢ちゃんは津森さんに連れられて、茂みの奥へと歩いて行った。
……話に戻る。いまだに怖い顔で睨んでくる斗月の方へと顔を戻す。
「これは秘密にしてくれ。……チートをどうやって使うか、夏矢ちゃんに見られるわけにはいかない」
「怜斗……こないだの話と言い、やっぱりお前、事件を……」
「後だ。とにかく必要なことだけ説明する」
口惜しそうに目を薄開きにして、斗月は渋々うなずいた。
「……分かった。俺はどうすればいい?」
「2人が戻ってきたあと、《《課金アイテムを購入する》》という名目で、いったん現実世界に帰ろう」
「課金アイテム……か」
「ああ。2人には、実際にコンビニまでカードを買いに行かせる。正直、この残りアイテムでは、チートを使ったとしても勝てない可能性があるからな。
2人がコンビニに行っている間に俺とお前とで、チートを使うための場所へ行く」
「その場所ってのは?」
……随分と簡単に尋ねてくれるものだ。俺は自分が苦り切った表情になるのを自覚すると共に、拳を強く握りしめた。
斗月に言ってしまってもいいものだろうか。
それは、そうだ。春飛を助けるためには、俺が味方みんなを騙しながらチートを使って戦うよりも、斗月に協力してもらった方がいいに決まっている。
だけど…………。
「……悪いけど、まだ細かいことは教えられない」
「言ってる場合かよ! 春飛は……!」
「危険なんかじゃない」
「え?」
思わず口を突いて出た大きな声に、俺は舌打ちした。
口が軽いとか、そういうわけではないが、俺は隠し事が苦手だ。それは後ろめたさとか……とにかくそういうのを感じるのが嫌なんだと思う。
まとまらない思考が判断を下した。
……この程度なら、言っても問題はない。
「言ってしまえば……春飛を助ける期限は、2週間後なんだ」
「……何言ってんだ?」
「分からないか。……津森さん以外の失踪被害者は、現実世界に戻ってきてから、精神の不調を訴えただろう。2週間。その期限を過ぎると、春飛はその状態になって帰ってくる」
「なんでお前がそんなこと言えるんだっつってんだよ!!」
「それも含めて……向こうで全部を話す」
「………………」
「春飛はその間死なないし、怪我もしない。《《宇宙で一番安全な場所》》に捕らえられているような状態だ」
また斗月が口を大きく開こうとしたが、シッ、と人差し指を立ててそれを止める。
女子組が帰ってきたようだ。
「あったで、満月の十字架!」
「途中で敵を倒して、エールミ2個とウォッキ1個もゲットしたわ」
「ありがとう。じゃあ、これからの流れを説明する」
俺は、夏矢ちゃんと津森さんも加えて、もう一度説明を行った。当然、今まで話していた、事件の根本に関わるような重大な話は一切話さず。
一旦現実世界に戻ると言った途端、それこそさっきの斗月ぐらいの剣幕で猛反対した2人だったが、課金アイテムは強力だからそれを使えれば攻略スピードは格段に上がる、とちゃんと説明すれば分かってくれた。
「じゃあそういう方向で。戻ったら全員で渡せるだけ金を渡し、二垣さん三好さんからも援助してもらって、夏矢ちゃんと津森さんがその資金を持ってコンビニへ。このゲームの課金に使えるのは『カラットギフトカード』だからな、間違えんなよ」
「了解」
「その間、俺と斗月はチート使用のため、機材の調達に向かう。適当なパソコンとソフトさえあれば、チート使用にかかる時間を大幅に短縮できるはずだ」
「…………ああ、結局それが一番早いんだよな」
「そう。それに、津森さんの蝿のようなボスが出てくるとして、そいつとの戦闘に負けることだけは避けたいから」
もちろん、ほとんど方便だ。チート使用が目的だというのに偽りはないが、実際は機材など、メリー電話と普通のパソコンだけで十分なのだから。
「よし……そんなら、行くぞ。これが最短ルートだ」
『了解』
4人睨みあうようにして、頭に鍵を突き刺した。