芦野春飛失踪事件 その1
春飛がいなくなってすぐ。
俺は無力感に苛まれ、ただ呆然と立ちつくし……終いには立つこともままならなくなって、膝から崩れ落ちた。
地面に手をついて、じっと床を見つめて、考えた。
そういえば、怜斗は言っていた。
トゥエルブスターオンラインのランキング1位プレイヤーにはハッキングの疑いがあって、そのプレイヤーである女子小学生から何らかの事情を聞き出すべく、二垣さんたちが調査を進めていると……。
女子小学生でトゥエルブスターオンラインのプレイヤーだというのを聞いて、春飛と同じだななんて考えていた……。
呑気すぎた。
女子小学生を疑うなんて馬鹿げてるって、そう言うべきだった。調査が進む前に、俺の方からなにかのアクションを起こすべきだった……!
自分の周りから何かが消えて初めて気付くんだ……いかに俺が、自分と無関係なものに対して無関心であるか、思い知らされる。事実の全てが、お前は冷たい人間だと愚痴を言う。
「希霧……芦野春飛は……」
「うぅぅうあああああああああああああああッ!!」
「ぐっ……!?」
「ガッキー!」
思わずカッとなって、慰めようとしてくれた二垣さんの胸ぐらを掴んでしまった。
八つ当たりな感情だと頭では分かっているのに、制御できない。暴走する体を俯瞰で見ているような感覚。自分の体が自分で動かせない。
だけど……問い詰めないわけにはいかなかった。
「答えろ!! なんで春飛を疑った!?」
「落ち着け……! 門衛からも伝えたはずだ……!」
「理屈じゃ分かってても納得できねぇんだよ! たったあんだけの理由で、なんで小学生の春飛が疑われなくちゃいけなかったんだ!?」
「疑わなくちゃいけないんだよ……!」
「……ッ!!」
「全部疑って、話を聞かないと……こんな超常現象的な事件、解決するわけないだろうが……! もう犠牲者を出すわけにはいかないんだよ……!!」
掴みかかっていた手を放すと、足元がおぼつかなくなった。
その場で足踏みするようにふらつき……春飛のパソコン台に手をつく。
「犠牲者って……今度は春飛が入れられちまってんだろうが……!」
「それは……」
二垣さんが目を伏せて、拳を握り締める。
だが……三好さんは、睨む俺の目を、睨み返してきた。
「……目ぇ逸らしてんじゃねぇよ」
「なにがだ!?」
「『入れられた』じゃねぇ、今のは完全に、自分から『入っていった』だろ?」
「……!」
「認めたくないけど、彼女は……君たちとはまた違う、『ゲームの世界に行く手段』を持っていたことになるよね」
「違う……そんなワケねぇ!!」
「じゃあなんで、あんなにすぐに消えることができた?まるで、僕たち警察みたいな人間が押し入ってきても、常に、すぐにゲームの世界へ逃げられるようセッティングしていたかのように……」
「黙れ!! 春飛がそんな人間なワケねぇ!!」
根拠なんかない。
強いて言うのなら、春飛という人間そのものと、春飛と一緒に過ごした数日間のひとつひとつが根拠。
叫び散らして否定する俺に、三好さんはイラついたように頭を掻いて押し黙った。
……疑う、疑わないで揉めていても、何も始まらない。
ポケットからスマホを取り出す。
「怜斗たちを呼んで……津森の時みたいに、向こうの世界で春飛を探す! そんで、春飛はただの被害者なんだって、証明してやる!」
「……結局、それが一番手っ取り早いのかもね」
「俺たちには……何もできねぇのか……!」
鍵を持たない二垣さんが、悔しそうに肩を震わせる。
トークアプリを開いて、すぐにグループ通話をかける。まだ、一緒にネトゲ世界へ行こうと言っていた時刻にはだいぶ早いが、こうなってしまった以上、怜斗たちに頼るしかない。
情けないことに、俺一人では彼女を助けられる自信がなかったのだ。
最初に通話に出たのは世葉だった。
「もしもし……斗月?」
「急いで俺の家に来てくれ、頼む!」
「ど、どうしたのよ? 事情を説明してくれないと……」
「いいから来てくれ、お願いだ! 春飛が……春飛が、ネトゲ世界に入れられた!」
「……! わかった、すぐ行く!」
#
世葉を呼んで、世葉が電話を切ったあともグループ電話をかけたまま、怜斗と津森に繋がるのを待ってみたが、一向に繋がらない。
ついには、世葉だけが家に到着してしまい、10分ほどかけて細かい事情を説明したあとも、怜斗たちが電話に出ることも、家に来ることもなかった。
「……どうする? 春飛ちゃんの居場所も突き止められてないけど、私たちだけでも助けに行く?」
「あ、ああ……そうだな。メッセージだけ入れておこう」
『春飛がネトゲの世界に入れられた。俺と世葉は先にネトゲの中に入って調べておくから、怜斗と津森もあとで俺の家に来てくれ』
『春飛の居場所についてもまだ突き止められてないし、色々と説明したいこともあるから、このメッセージを読んだら、直接ゲーム世界に来るんじゃなくて一度俺の家まで来てくれ』
この2件のメッセージを送り、俺たちは津森のときの例に倣い、春飛が飲み込まれていったディスプレイを観察した。
不気味に砂嵐が走っていて、鍵を近づけると浮いた。
「前と同じね」
「前と同じなら、鍵をもっと近づけると、春飛の姿が映るはずだよな?」
「そうね……やってみるわよ!」
意気込んだ世葉が自分の持っている鍵をディスプレイの前に差し出すと、やはり、鍵はその場に浮き上がった。
そこで、俺の鍵と世葉の鍵を、手で持ったままさらに近づけると、砂嵐が徐々に治まってくる。なにかの建物の輪郭が薄ぼんやりと見えるのだが……詳細に映像を判別できるほど鮮明ではない。
二垣さんが観察して呟く。
「津森の時は……たしか、門衛のも入れて、3本の鍵を近づけたらよく見えるようになったよな」
「知り合いなら人影の正体が津森だって分かるぐらいには、クリアだったはずだ」
だけど、これじゃあ……。
人影と言われればそう見えるような、ただ少し影になっているだけだと言われればそう見えるような、そんな曖昧な輪郭のなにかは見えるんだけど……これを何の先入観もなしに春飛だと分かるか問われれば、答えはNOだ。
くそ、なんとかしてもう少し視界を明るくすることができればいいんだが……。
そんな時。
開けたままにしておいた玄関ドアが乱暴に開かれたかと思ったら、パタパタと廊下を走って、津森が駆けつけてきてくれた。
「遅れてゴメン!」
「津森! 助かった……!」
俺は津森に軽く状況を説明した。
津森の持つ鍵を近づければ、さらに映像の鮮明さは増すはずだ。
「えっと、持って近づければいいん?」
「うん。私たちのと一緒にね」
指示された通り、津森が3本の鍵をディスプレイに近づけると、ディスプレイはより一層クリアな映像を届けてきた。
「やった……!」
「どこだ!? なにか位置が特定できるようなものは……!」
「あ! こ、これって!」
世葉に言われるまでもない。
ディスプレイに映し出されていたのは、空中に浮かぶ荘厳な古城……。
天空城ポルトヴェネレ……!
「行き先変更はなしってわけか……!」
「どうするん?私らだけで行く?」
「ああ、怜斗も遅かれ早かれあとから来てくれるはずだ。俺たちの方で、ポルトヴェネレまでの道を拓いておこう」
「そっか。ポルトヴェネレに挑戦するには、2つイベントエリアをクリアしなきゃいけないんだったわね」
「前回のログインでエレミヤの木龍を倒したから……あと1体倒せばいいんやな」
絶対に、いち早く春飛を助け出すんだ。
俺たちは、覚悟を決めて、こめかみに鍵を突き刺した。
#
ゲームの世界に入ってすぐ、俺たちはエレミヤの木龍を倒した森林エリアから最寄りの滝エリアへと向かう。
ナウドたちに事情を説明し、すぐさまボスのいる場所までの最短ルートを導き出してもらう。敵の出現率も低く、なおかつ道のりも短い、最良のコースだ。
草むらと木、そして川が流れゆく自然の中を、3人と3匹が走る。
「よし、一気に突っ走るぞ!」
「春飛ちゃん、今行くからね……!」
時たま現れる魚人のような敵の弱点は、地属性魔法。
「ジュピト!」
全属性の魔法を一通り扱える津森を先頭に置き、出会い頭に弱点をついて、スキができた瞬間に撒くという戦法で、どんどん先へ進む。
雑魚には用がない。とっととボスを倒して、城に入る資格を勝ち取るのみだ。
また出てきた魚人に、津森が両手を構えて魔法を撃つ。
「ジュピト!……って、うわああ!!」
撃った地属性の弾は、魚人の持っていた緑色の盾に反射されて、撃った時とは段違いの速度とパワーで、津森へと跳ね返ってきた。
反射されてきた魔法をモロに喰らって、大きく後方へ吹っ飛ばされて尻餅をつく津森。頭上には、ピヨピヨとひよこが飛び回るエフェクトが浮かんでいる。
「チッ……!気をつけろ、あの緑色の盾は地属性の魔法を反射するらしい!」
「やはりイベントエリア、雑魚もちょっとヒネりがあるようじゃな……」
「反射されてきた魔法を喰らったらピヨるから、気を付けろって感じ」
「呑気に解説してる場合じゃないでしょ!?論子ちゃん大丈夫!?」
「回復はあとだ!1体だけみたいだし、とっととこの雑魚シメんぞ!」
「わ、分かった!」
魚人は、盾以外にも鋭く尖った長槍を装備しているようだ。
怜斗風に分析するなら……中距離タイプってところか。近距離戦に持ち込めれば負ける要素はない。距離を詰められないように気を付けさえすれば、世葉の銃撃による遠距離攻撃も有効だろう。
つまり要するにどうすべきかと言うと。
「ボッコボコに殴れば済むんだろォォーッ!!」
「怜斗よりずっと分かりやすい指示で助かるわ!撃ちまくればいいのよね!」
「そういうことだ、ボッコボコにしちまえ!!」
突き出されてくる槍をヨーヨーで弾き、懐に潜り込んで、ひたすらに殴りつける。戦略もへったくれもない筋肉戦法だが、俺みたいなバカにはこれがお似合いだ。
世葉の放つ弾丸が時たま背中に当たって痛いが……チームキル判定はないらしいので気にしない。
ヨーヨーをひたすら振り回していると、運良く盾にクリーンヒットし、盾を破壊することができた。
「ナイス、希霧くん!」
魔法を反射してくる盾が破壊されるなり、津森はジュピトを唱えて、弱ったモンスターを倒した。
「行くぞ! いつまでもここで足止め喰らってられない!」
「ボス部屋はもうすぐだ、ルート右!」
ナウドの力強い誘導に従って、俺たちはボスのいる場所……滝壺へと向かう。
#
轟々と絶え間なく大量の水が流れ落ちては、俺たちの頬に飛沫を飛ばす。
飛び石が円形に並ぶ広大な池……この滝エリアの最終ゾーン、『永劫呼ぶ滝壺』。
森林エリアと同じく、到着してすぐではボスの姿は現れない。
「くそ……演出なんかいらねぇ、早くしやがれ!」
「希霧くん、落ち着いて。焦ってミスしたらどうしようもないやろ」
「……分かってる、さ」
イラつきすぎだ……。今は一番冷静にならなくちゃいけないってのに。
しばらくすると、滝壺の水面がせり上がって、一つの大きな水柱を形作り始めた。
ヨーヨーを構える。十中八九、ボスが水面から上がってきているのだろう。
冷静に、なおかつ速く仕留める。神経を研ぎ澄ませて、ボスの姿が現れるまでの数瞬を、ひどくもどかしい気持ちで待つ。
数秒後、俺たちの目の前に現れたのは、紫色の巨大な龍。エレミヤの木龍のカラーバリエーションを変えただけみたいなルックス。
『カバラの堕落龍』が、俺たちをまっすぐに見据えていた。