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放課後ロルプライズ!  作者: 場違い
4章・完全平等の電脳世界
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その豪雨が憎らしかったようだった

 雨が降ったり降らなかったり、傘を持っていった日に限って寸止めしたかのように降らなかったり、自分が外に出た途端に降り出してきたり、ちょっと太陽が覗いたと思ったらまた雲が覆い隠したり。

 梅雨という季節は俺のような直情型の人間にとって最もイラつく時期だ。

 天気に文句を言っても仕方ないし、ましてやアマ〇ツや蓬〇さんに文句を言うなんてお門違いも甚だしいのだろうが、それでもテレビをつけて「雨雲が北上して本州一体が梅雨本番の大雨に……」なんて言ってるのを聞くと、思わず舌打ちしてしまうんだ。


 俺は何故こんなに梅雨が嫌いなのか、それは自分で分かっているようだった。

 俺は梅雨ではなく雨そのものが嫌いなのだと分かっているようだった。

 俺は結局過去を愛しんだり過去を憎んだりしていたようだった。


 その豪雨が憎らしかったようだった。


 制服からラフな私服に着替える途中で、誰が見ているわけでもないけど、自嘲気味に笑ってみた。

 派手な色の伊達眼鏡を外して、じっと見た。

 いつになったら俺は、俺に納得できるんだろうか。

 望んでいた生活を手に入れたはずなのに……いつになったら、俺は……。


「ああああああああああーーーッ、クソだ!クソクソクソ!!」


 イライラするとモノに当たる奴がいるように、俺はイライラすると、ヘッドホンを装着してガンガンに音楽をかける。

 社会人になってストレスが倍以上に増えてもこの習慣を続けていたとしたら、多分間違いなく10年後、俺は耳が聞こえなくなってるだろう。

 ガンガンにかけるとはいっても、聴く音楽はロックとかじゃない。

 案外、静かで綺麗な曲のほうが、スッキリできたりするのだ。

 怜斗に教えてもらったアニメで一番好きな作品……その2つめのエンディングテーマを流す。信じられないほど高く綺麗な男性の声が、リズミカルな音程に乗って、意味を噛み締めるほどに涙が出そうになってくる歌詞を届ける。


「彩りを……気にして……」


 高校2年生にしてこんなことを思うのも身勝手な話だが、嘆かずにはいられない。『俺の人生、こんなはずじゃなかったのに』。

 ヘッドホンをつけたまま、ベッドに倒れ込んだ。

 悪夢を見るのが怖かったが……なんとなく、衝動的に、眠りたかった。


#


 可哀想の目から逃れて、俺はいつか、汚く濁った用水路の前で立ち尽くしていた。


 警報も発令されるくらいの暴風雨に晒されながら、茶色く濁った用水路の水の流れをぼうっと眺めては、表情を亡くしていた。

 このまま飛び込んだらどうなるだろうか。

 十中八九、苦しみもがいた末に死ぬだろう。汚い泥水の中、体の内側にまで泥水がなだれ込んできて、息ができなくなって、終いに死ぬだろう。


 親父に殺された人は、そんな苦しみを感じながら死んでいったのかな。


 死因こそ違えど、死の苦しみってのは、どうであろうと一緒なのかな。

 親と子は似るらしい。実際、俺も親父に似てクズだ。それを必死に覆い隠して、モラルある元気な少年を演じて、なんとか生きている。逃げ延びている。

 俺もいつか、人殺しになるのかな。

 親父と同じ道を辿って……人を、躊躇なく殺すのかな。


 そう思うと、耐え切れなかった。

 病気を持っている疑いのある家畜は容赦なく殺される。他の動物や人間に害を及ぼさないうちに、他人を巻き込んでしまわないうちに、自己完結的な理想的な死を望まれる。

 いつか人を殺すなら、俺は、ここで死んでおくべきなのかもしれない。

 もはや自分の体に、時間感覚も温度感覚も、なんの感覚も宿っていなかった。この頬が濡れているのは雨のせいか涙のせいか考えているうち、頬が濡れている感覚すら失った。

 色覚もない。目の前に流れているのは、ただ透明な川だ。


 これなら飛び込める気がした。


「斗月!!」


 後ろを振り返った。

 今の自分を一番見て欲しくないやつがそこにいた。苦しそうに、胸に手なんか当てて、そんなに頑張らなくていいのに走ってきていた。

 ……お前にだけは、そんな目で見られたくなかったのに。

 お前のことだけは、考えないようにしていたのに。


 永未は、これまで俺が見たこともないような悲痛な面持ちで、いつの間にか俺の手首を乱暴に掴んでいた。


「……なんか用か」

「なんか用かじゃない!何やってるんだよ、こんな時に、外に出て、しかもこんなに荒れてる用水路の近くに……!」

「お前には関係ない」

「関係ある!あるに決まってるだろ!?」

「………………」


 ウザい。

 本気で心配してくれているのが、めちゃくちゃウザい。どれだけ歯を食いしばってもイライラが抑えられず、流れてくる涙が止まらない。


「関係ねぇっつってんだよ!殺すぞ!!」

「斗月に……斗月なんかに人を殺せるワケない!嘘つくな!」


 3人殺した殺人鬼、その息子が脅しても、バカ女は、怯むこともなく、それどころか俺の手首を握る力を強めた。

 苛立ってくる。なんで俺なんかに構うんだ……。


「ただでさえ町の奴らから嫌われてんのに、殺人鬼の息子なんかに構ってんじゃねぇよ!バカじゃねぇのか!?」

「あたしはバカじゃない……斗月も、殺人鬼の息子なんかじゃない!」

「…………くそッ、イラつく……!」

「帰ろう、斗月……こんなときに外出てたら危ないよ……」


 泣きそうな顔で、だけど微笑んで、永未は、手を差し出してくれる。

 だけど、俺は……。


「呼んでねぇんだよ!!」


 ……その手を、払い除けてしまった。


 永未と俺の手についていた水滴が弾けて、飛び散った。

 恋人が一生懸命編んでくれたマフラーとか、子供が頑張って描いた似顔絵とか……なにか、そういう壊してはいけないものを、引きちぎってしまった気がした。

 もう戻せなくしてしまった気がした。

 目を大きく見開いて、信じられないといった様子で、呆然と立ちすくむ永未を見て、なんとなくそう思った。


 しかし、そんな喪失感は気のせいだと振り払って……俺は、あろうことか永未に向かって、苛立ちを爆発させてしまった。


「イラつくんだよ!みんなみんな、可哀想可哀想って……哀れむフリして見下してやがるんだ!!俺を可哀想がって、善人気取りして、その陰で、『自分はコイツより恵まれてる』って、安心のタネにしてるんだ!!」

「そんな……そんなんじゃない……」

「……もう分かってんだよ、全部終わりだ、俺の人生。人殺しの息子として、一生、のけ者にされたり、可哀想がられたりして生きるんだ。この町の人間以外も、みんなみんなみんなみんな……全世界から見下されるんだ」

「あたしは、斗月と……!!」


「お前だって……俺を見て、すぐ、《《そういう目》》をした」


「え………………」

「……無理すんなよ。もう、気にしないからさ」

「…………うっ……ちが……ちがう…………あたしは……!」


 嗚咽しながら必死に何かを伝えようとしてくるが、分からない。

 分からないし……もう、どうでもいい。


「……ごめん。さよなら」


 4文字×2つの言葉を言うのが、辛すぎて、心臓が潰れてしまいそうだった。



 ……追い打ちでもかけるかのような酷い悪夢だな。

 しかも、昔のことをほとんどリピート再生したかのような、追体験だった。


「永未……テレパシーでも使えんのか、お前」


 おどけられない気分でおどけてみたって、冷たい外気が乾いた風を送り込んでくるだけ。あまりのつまらなさに反吐が出る。

 このまま一人でいると気が狂って死にそうだ。

 そう思うが早いか、下に降りようと足をベッドから外すと、横着した当然の報いというか、グリンッと体が大回転して、床に大きな衝撃を与えて転げ落ちた。

 ……踏んだり蹴ったりだ。男は泣くなと言うが、もう泣いていいかな。こんなしょうもない理由だけど。


 いつもは2段飛ばしにするが今日はなんとなく不吉な予感がする。慎重に1段1段階段を下りて、なんとか1階に降りることができた。

 ここまで不幸続きだったので、それだけでもうすごい幸せだ。ありがとう神様。

 盟音の部屋を覗いてみると、珍しくゲームをしていなかった。何やらア〇ゾンで商品を注文したようだが……。


「なにやってんだ?」

「ぅわおッ!出たッ!」


 背後から声をかけた俺に驚いたのか、春飛は素っ頓狂な声をあげてタブを閉じてしまった。

 ますだお〇だかよ。


「なんでそんな驚くんだよ……まさかまた新しいゲーム買ったんじゃねーだろうな」

「ち、違いますよ!ていうか背後から変態が声をかけてきたら誰だってビックリします!」

「誰が変態だ!それより何買おうとしてたんだって、必要なら俺が買うのに」

「こ、これは……そういうのじゃなくて……」

「?」


 なんだ、いつになく歯切れが悪いな。やっぱりゲームでも買ったんじゃないか?


 問い詰めようとした矢先、ピンポーン、とチャイムが鳴った。

 誰だろう。わざわざチャイムを鳴らして俺の家に来る奴なんて、アマ〇ンの荷物を届けてくれる配達員か怜斗たちくらいなものだが……。

 怪しい奴ってことはないだろうけど、いちおう返事は返さず、ドアの前まで行き、外を覗き込んだ。


「……え?」


 ドアの向こう側に見えたのが意外な人物だったので、俺は思わず、そのまますぐにドアを開けてしまった。


「…………お前は……!」

「希霧くん?キミがどうしてこんなとこに……」


 俺たちと共に、連続失踪事件を追っている刑事……二垣巡査と三好刑事。

 2人がなんで俺の家に……?ていうか、家を教えたおぼえもないし……。それになんでか、2人も俺が出てきたことに驚いているようだ。


「このご時世に表札もつけてないのはどうかと思うよ〜?」

「はは、そうっすねー……じゃなくて!なんで2人が俺の家知ってんスか?」

「質問したいのはこっちだ……何故お前が芦野春飛と共にいる……!?」

「春飛……?ちょ、ちょっと待て。なんで春飛のことを知ってるんスか?ていうか、なんでそこで春飛が出てくるんスか!?」


 いよいよワケがわからない。

 春飛が何か警察の世話になるようなことしてるとは思えないし、だいたい、春飛を追って警察がここに来るというのもおかしい。

 春飛はまだ前の家に住んでいることになってて、俺の家に荷物を移したこととかは役所に届けたりしていないし……。周りの人たちに聞き込みでもしたのか?


「……とにかく、芦野春飛に会わせてくれ。話を聞かないといけない」

「なっ……!?春飛が事件に関わってるってことか!?」

「その可能性が少しでもある以上、話を聞かざるを得ないんだよ。小学生相手に気の毒だとは思うけど、調査のとっかかりすらもない状況を打破したいんだよね」

「三好、芦野の前では余計なことは言うなよ。……では入らせてもらう」

「あ、ちょっと、オイ……!?」


 春飛が……事件に関与している……?


 嘘だ、そんなわけない。

 あんな、一人で生きていたらいつか野垂れ死んでしまいそうな……あんな非力な女の子が、失踪事件に関わっているなんて、そんなわけがない。

 何より…………。


 親を恋しく思って、あんなに辛そうで、悲しそうな無表情を浮かべる女の子が……そんなわけがない。


 刑事2人の背中を追って、春飛の部屋に入る。

 暗い部屋の中、パソコンのブルーライトに照らされた春飛の顔は、見知らぬ男性2人の登場によって、不安げに写った。

 呼ぶ声に素直に従って、春飛は部屋の入り口まで来た。


「芦野春飛さん……だね?」

「…………だ、だれですか……」

「大丈夫、警察だ。少し話を聞くだけだ」

「……………………と、斗月さん」

「え?」


 いきなり入ってきた警察2人に、春飛はたじろぎながら、俺に助けを求めた。

 ……ここで無駄に取り調べを拒んでも、春飛への疑いが強くなるだけだろう。


「春飛、大丈夫。ちょっと話を聞きたいだけらしいから……春飛は何も悪いことしてないから、普通に話せばいいだけだ」

「………………で、でも…………」

「俺もそばにいるから、大丈夫。な?」

「……私、疑われてるんですか……?」

「そ、そういうことじゃ……ないんだと思う」


 ……分からない。なんで2人は春飛から話を聞かなくちゃいけないんだ?本当に疑われているのか?

 しかし、その曖昧な返答に、春飛は目を大きく見開いた。

 そして……いきなり、下唇を噛んで、ぼろぼろと泣き始めた。


「し、信じられない……」

「え?」

「信じてもらえないし……信じられない…………誰も……」

「春飛!大丈夫だ、俺は……」

「大人は嘘を吐くんです……可哀想だって、それで、笑顔で、安心させて、それで、それで……!」

「違う!話を聞いてくれ春飛、俺は!!」

「わたし……私、もう、いいですから!」


 春飛は、俺が差し伸べた手を振り払うように、部屋の奥へと逃げて、パソコンの前に座った。


「二垣さん三好さん、とりあえず一回出てってください!」

「……いいんです。出て行くのは、私の方です」

「え…………?」


 以前見たような、悲しすぎる無表情。

 そのまま、幾度かカチカチとパソコンを操作して……画面に、何やらメールの文面のようなものが表示された。


 ……以前、春飛が泣いているときに表示されていた、青いリンク付きのメールだ。


「……さよなら」


 そう言って春飛は、そのリンクをクリックした。


 ――なんで止めなかったんだ。

 危機感に駆られて足が動き出したのは、すでに春飛がマウスの左キーを押下し終えたときだった。

 すなわち、手遅れ。


「春飛!!」


 俺が手を伸ばそうとした瞬間――



《ようこそ、あなたが望むデジタルの世界へ……》



 忘れもしない。

 津森が言っていたあのコトバ……!


「うっ!?」

「な、なんだ!?」

「まぶしっ……!なにが起こってんだ!?」


 そのノイズがかった言葉と同時に、ディスプレイから青白い光が放たれ、春飛の体が包まれて、影だけがうっすらと残り続け……

 ついには、見えなくなった。


「う……ああっ……!」


 光が消えたとき。


 そこに、さっきまでいたはずの春飛の影は、一切存在しなかった。


「春飛ィィィィィィィィィィィィィィッ!!」


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