怜斗「オチという概念が存在しない退屈なギャグ回」
「参考人である女子小学生の家を訪ねたが誰もいなかった」
……………………。
6月9日火曜日の昼休み、みんなでワイワイ話しているときに警察から電話がかかってきたと思ったらこれだ。
せめて1、2個くらい修飾語を加えてほしい。それじゃただの変態じゃねーか。
電話口に耳を当てて乾いた笑いを絞り出す俺を、仲間たちが心配そうに見てくる。たぶん悪いニュースか何かだと思ってるんだろうけど……うわあ、今から事情を説明するのが憂鬱だなぁ。どうやって『警察が女子小学生に失踪事件の容疑をかけてる』なんて説明すればいいっていうんだよ。
とりあえず軽く返事だけして、電話を切った。向こうも止める様子はなかったし、本当にただそれだけの、報告の電話だったんだろうと思う。
「……二垣さんよね、その電話」
「なんて言ってたよ?」
「うん…………えーと、それを説明するには、今から話すことを受け入れてもらう必要があるんだけどさ」
俺はとりあえず、自分でも混乱してしまわないよう、一字一句噛みしめるように、昨日もらった二垣さんからの報告内容について話した。
……支離滅裂な事実を分かりやすく説明して、伝達力が上がった。
ゲーム内で、指示の伝達精度が上がった!
頭の中に響くゲームシステム的な天の声を無視し、「ランキング1位プレイヤーがな?」「ハッキング疑惑があってな?」「女子小学生でな?」と、言葉を紡ぐ。紡ぐたびに仲間たちの顔が歪んでいくことに焦りながら、また紡ぐ。
全部説明し終えたときには、みんなからも乾いた笑いがこぼれていた。
「こんなに誰も幸せじゃない話は久々に聞いた」
「二垣さんたち自身、『これは多分違うだろう』と思いながらも、藁にもすがる思いで手がかりを探し回ってるみたいだしな」
「女の子もとばっちりだし、二垣さんたちも幸せじゃないし、もうなんていうの、デフレスパイラルってこういうことなの?」
たぶん違うと思う。
「……まぁとりあえず、把握はしといてくれ。二垣さんたちと俺ら、連携取れなきゃ意味ねーしな」
「了解。……はー、なんか、手がかりを見つけるたびに、逆に犯人が遠くへ逃げちゃってるみたいじゃない?」
「そう言わんと。まだまだ始まったばっかりやん?」
「そうだぜ世葉、焦ったって何も変わらねーって」
「テスト前には全く焦らないくせにな、お前も斗月も」
「結局2人とも、2、3個赤点取ったらしいし。……期末では何か罰ゲーム受けてもらおか?」
「生○投票みてーに、社会的な死を与えるレベルで」
「やめろ!ていうかあれのスマホ広告クッソウゼぇんだよ!!」
サイ○ミとかめ○ゃコミックとか、だいたいウザいよな。画面下にスッと出てきて間違ってタップしちゃう系の広告はみんな滅びろ。滅びれろ。
珍しく弁当を作ってきたらしい斗月がそれを食い終わると、大きく伸びをして、ふぅ、と溜め息を吐いた。
「……なんかさ、昨日、春飛が泣いてたんだけど」
「泣いてた?そりゃまたなんで?」
「分かんねー。なんか、パソコンでメール見て泣いてたみたいだから、多分メールで悪口でも言われたんじゃね?」
「ゲーム一筋の春飛ちゃんが、それぐらいで泣くかな」
「いやいや、女子小学生よ?心が弱いんだからすぐ泣いちゃうって。見ず知らずの人から口汚く罵倒されたら……小学生の頃の私だったら、住所特定して殴りに行くわ」
「……仮定と具体例が一致してないぞ」
やれやれ、なんか梅雨のせいか、テンションも上がらないし、捜査状況とかも含めて色々芳しくないな……。
昼休み終了の予鈴が鳴り、生徒みんな、午後の授業に向けて自分の教室へ戻っていく。
俺たちもそれに習い、適当に椅子を片付けてそれぞれの教室へと戻ることにした。
#
7時限目は国語。最近やけに幸せそうな境田先生の授業である。
「……んー、古文って面白くないわよねぇ。でも今度の試験には出さなきゃだしなー……」
軽く出席を取って、いざ授業を始めようって言ったかと思ったら、突然そんな身も蓋も夢も希望もないことを言い出した。
教師やめちまえ、とヤジが飛んでも文句を言えないような発言だと思うが、それはそこ。7時限目までくるとみんなお疲れムードで、すでに睡魔に敗北を喫した者さえいる。
ようするに、みんな境田先生の意見に賛成だ。古文なんて意味分かんないことされると一分ともたず寝てしまう。
「……ま、いっか。今回の古文は、古文特有の表現を現代語に直す、って問題を出しますからね。今日はその練習として、現代語を古語訳してもらいます」
「先生、サジがもう寝てまーす」
「椅子に縄で縛り付けといて」
「了解っす」
サジが起きないよう、こっそりと、ヤツの体をロープで椅子に固定する。
「さて、そんなわけで。先生が言ったテキトーな現代語を、その場で古語に訳してもらいます。こういうのは考えてチャレンジするのが大事なんだから、『分かりません』はナシよー」
サジが椅子に縛り付けられたのを見て、今までうつらうつらと寝かけていたヤツらも、変に姿勢を正してシャキーンと起きている。
先生は手元の出席簿と、黒板の右端に書かれた日付を照らし合わせ、生徒を指名した。
「んじゃあ、9番の岡部くん。
『マジチョベリバなんですけど〜』を古語に訳してください」
「それはすでに古語だと思います」
「誰が時代遅れの年増だコラァァ!!」
20代半ばくらいのくせに、変に昔の流行とかを覚えているのが悪い。親や兄弟の影響なのだろうか。そんなトシを気にする年齢でもないだろうに。
「こほん、質問を変えます。
『メ○ウスの6ミリ買ってきて』を古語訳しなさい」
「『マイ○ドセブンの6ミリ買ってきて』」
「違う!確かに古くなってるけど違う!!」
先生からしてテキトーなので、みんなハナから真面目に答える気などなさそうだ。ていうかそもそも、質問が若干ふざけてるしな。
こりゃ大大喜利大会の予感。
「あーもう、じゃあ次、笠山さん!あなたは真面目に答えてね!私もちゃんと出題するから!
『汽車に乗って旅をしています』を古語訳しなさい」
「『スマイテシヲ旅テッ乗ニ車汽』」
「大正浪漫な感じにするんじゃなくて!古語訳して!……ていうかよくスラスラ逆から言えたね!?」
「『げに汽車に乗って旅いとおかし』」
「テキトーに思いついた古語入れないでくれる!?『マジ汽車に乗って旅するのめっちゃ趣あるわ』って意味になるからねそれ!」
『げに』は『マジ』って意味で、『いとおかし』は『めっちゃ趣ある』……。
ツイッ○ラーみたいなこと言い始めたぞこの教師。
「じゃあ次、門衛くん……は、絶対ふざけるだろうからパス」
「おいこら!堂々と生徒差別すんな!!」
「あーはいはい、分かったわよ。
『おっぺけぺー』を古語訳……」
「問題がもうテキトーすぎるんですけど!」
「ほらほら、分かりませんはナシって言ったでしょ?とりあえず答えなさい」
「ええ!?無茶ぶりすぎる!!」
……えーと。
「…………『ぶけばらばー』」
「……………………はい、じゃあ次、唐澤くん……」
「あんたのせいだチクショー!!責任取れ!!」
国語教師に辱めを受けました!
周りの生徒たちの、浮浪者でも見るような哀れみと軽蔑の視線に耐えられなくなり、顔を伏せる。
くそ、覚えてやがれ……!いつか見返してやる!なんかもっと大きい規模で恥かかせてやるぞこのクソアマ!!
「んー、でも、古語訳ばっかりテストに出すわけでもないし……じゃあ次は、大学英語の授業みたいに、古語だけで会話してみましょうか」
そういうと先生は、教室を見回す。
適当に席の近い2人を立たせて会話させるつもりだろう。
「じゃ、門衛くんと瀬戸さん。適当に古語で世間話して」
「また俺ですか!?イジメの気配すら感じるんですけど!」
「いいじゃないですか門衛くん。テスト勉強を教えてくれたときみたいに、それとなくマジメな会話すれば、恥ずかしくはないでしょう」
「そ、そういうもんか……?」
「はい、じゃスタート~」
また大事故の予感がするんだけど……なんか、いつも授業回のときは俺がアウェーになってるような気がする。
とはいえ、瀬戸さんも真面目なヤツだし、大丈夫だろう……たぶん。
そんなわけで、俺と瀬戸さんの古語トークが始まった。
「門衛くんって『はづかし』ですよね」
「いと悪意ある言葉選びだよなぁ!?」
『はづかし』とは『立派だ』とか『気が引ける』とか、そういった敬意を表す言葉なのであるが、現代語の中でそれを使われるとゼンゼン分からないだろう。
古語をよく知らない人間なら、みんな、『門衛くんって恥ずかしい人ですよね』って意味に捉える……それを狙ってこんなこと言ってるんだこの女!
「お前ホントさがなし!」
「つらし」
「つらしじゃねぇ!無表情でふざけやがって、はたお前俺のことを貶めようとしてんだろ!?」
「をこ」
「こっちが『おこ』だよ!」
「あくしろよ」
「突然なに!?我、黒塗りの高級車に追突した覚えはないんですけど!」
テスト前……ていうか、俺と関わり合いになるまでは、こんなに積極的にボケてくるキャラでもなかったはずなのに……もうね、なんかね。
「《《かなし》》いよ……」
「え?」
俺が『悲しいよ』と言った途端、急に呆けたような顔をして固まる瀬戸さん。
少し顔を赤くして、困ったように、返答を寄越す。
「え、えっと……私にはすでに彼氏ありけり……さること言われても……」
「は!?彼氏!?なぞそんな話になりける!?」
「しゅ、終了です!!」
なんで急に慌てだしたんだ、瀬戸さん。
先生が「はい、よくできました」と言って俺たちを座らせる。
「えー、門衛くんは無意識に使ってたようですが、実は『かなし』には『可愛い』とか『愛しい』という意味があります」
「だぁぁぁぁぁぁ!?もうほとんど揚げ足取りのレベルじゃねーか!」
「では次は、門衛くんと冬目さんに古語で会話してもらいましょうかー」
「待って!?なんでこの流れでまた俺を起用するの!?しかも女子と!」
「大丈夫だよ門衛くん、私、門衛くんから愛しいとか言われても1ミリも心ときめかないから!」
「黙って血吐いて寝てろ!」
とはいえ、この授業において、やる前から『できません』は許されない。
クラス中にはびこる俺への悪意に真っ向から対抗すべく、俺は再び立ち上がった。
「じゃあ俺から……えーと、水無月とはいえこんなに雨が降るなんてありがたしよな」
「かといって梅雨が終わっても、今度は台風がわたるから、将やもっとここらの雨が降るかもね」
「汝、今日は傘持て渡りたか?幾ら車で迎ふてくれるとはいえ、校舎から車道まで、七段はあるぞ」
「んー、傘はないけど、それぐらいの程《距離》の雨をしのぐたづきならあるよ」
「如何な?」
「救急車を呼ぶ」
「いやいやいや!たしかに救急車ならギリギリまで入ってきてくれるだろうけど!」
「血ならいつでもリバースできるから」
「そういう問題じゃねーし!」
「救急カーの運転手さんにはフェイス馴染みのパーソンもいるし」
「古語じゃなくてルー語になってるから!」
「…………門衛くん、是、オチどうする?」
「うっせぇ!今頑張って考えてるんだよ!!」
くそ、なにか、なにかないのか!?
関西人がみんなオチつけるの上手と思ったら大間違いだぞ!いや俺別に関西人じゃないけど!とにかく誰かオチをくれ、オチを!
チクショー、こんなことになるなら「ここらへんで一発ギャグ回を入れとこう」なんて安易な気持ちで書き始めなきゃよかった!そもそもそんなにギャグとして面白くなかったし!
……………………もういいか。
授業回だし、先生に丸投げしよう。
「というわけで堺田先生、そろそろチャイムも鳴るんで、なんか適当にオチつけてください」
「ネタふりが雑すぎない!?」
「話の流れを全部主人公が作ると思ったら大間違いなんですよ!そもそも先生が『古語を使って会話して』なんてクッソしょーもないテーマを提示するからこんなグダグダな話になったんですよ!?」
「テーマは悪くなかったじゃない、ちゃんと料理できなかったあんたらの責任よ!生○会の一存とかなら同じテーマでもっと面白くなったわ!」
「知るか!なんでもいいから、滑ってもいいからなんか適当に〆てください!」
「そんな無茶な!」
「この授業では『できません』は禁止でしょう!」
「先生にも適用されるのそれ!?うう、えーとえーと……」
堺田先生はこめかみを拳でぐりぐりと揉みながら唸りだした。
クラス全員が固唾を飲んで見守る。
今回の話が、ただの生存報告的なやっつけギャグ回になってしまうか否か。すべては先生に託された。
全ての人間を納得させるオチ。
なにかなかったか。
伏線だとこじつけられるような演出がここまでのどこかになかったか。
自身の中に眠るユーモアの神に問いかけるが、答えは返ってこない。
クラス全員が絶望する中、堺田先生は、戸惑いがちに目を開くと、バンッと机を叩いて。
このグダグダなギャグ回に終止符を打つべく、言った。
「えー……オチって言ったらアレですが」
ここまで言って、唇をキュッと結び、赤い顔を手で覆って。
「……私、結婚します」
…………………………………………。
クラス全体が痛いほどの静けさに包まれて、そして。
『えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?』
生徒たちの叫び声によって、7限終了のチャイムの音はかき消されたのだった。
……オチって呼べるのか、これ?