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放課後ロルプライズ!  作者: 場違い
4章・完全平等の電脳世界
55/73

映画館に行こう!

 翌朝。


 昨日はあんなに疲れていたからどうなることかと思ったが、俺は自分が思っているほど軟弱な男ではなかたようだ。風邪をひいてしまうんじゃないかと思ったのは完全に杞憂で、ピンピンしていた。


 ……さて。

 今日は重大な、失敗の許されない、非常にデリケートなミッションを完遂させねばならない。


 すなわち、従妹……盟音のご機嫌回復。


 昨日は盟音の身に危険が迫っていると勘違いしてしまい、風呂場で裸を見てしまうというハプニングに見舞われた。……あのあと結局なんやかんやで水は止まったが、どこかしらに異常がないとも言えないので、近いうちにク〇シアンにでも来てもらわないとな。

 まぁ、決定的だったのはアイツが楽しみにしていたプリンを食ってしまったことにあるのだが。それもモ〇ゾフの、見た目的にけっこうお高いやつなので、たかがプリンじゃねーか、と開き直ることもできない。

 中学2年生にもなってプリン食われて泣くというのもお兄ちゃんとしては心配だけれども。


「ふぁぁーっ……。……よし」


 控えめに伸びをして、ベッドから立ち上がって時計を確認すると、現在時刻は7時半。休みの日だというのにえらくクソ真面目な時間に起きてしまったものだ。

 さて、今日の作戦のプランはこうだ。

 まず、朝ごはんを作って盟音を待ち構える。この時、改めて謝っておく。

 そしてメシ中の会話のなかで、昨日のお詫びと暇つぶしを兼ねて映画でも見に行かないか、と誘ってみる。この前テレビを見ていて、盟音が見たいと言っていた映画が公開中のはずだ。

 映画鑑賞を終え、帰りしなに駅ビルに入っている〇ロゾフで『プリンの〇まご』を購入してやる。

 我ながら完璧な作戦展開だ。ネトゲで戦闘してる時より頭が冴えてるかもしれん。

 善は急げだ、さっそく行動に移るべし。

 一階に降りて、さっそく朝食の準備を……。


「………プリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリン………」


 高速に口を動かしながら、まるでシュレッダーに通すように菓子パンをカリカリ食べながら、虚ろな目でお経のように昨日の恨みを唱えてました。

 とっさに壁に身を隠し、しばらく様子を伺う。


「…………兄貴殺す兄貴殺す兄貴殺す兄貴殺す兄貴殺す兄貴殺す兄貴殺す兄貴殺す兄貴殺す兄貴殺す兄貴殺す兄貴殺す兄貴殺す兄貴殺す兄貴殺す兄貴殺す兄貴殺す兄貴殺す兄貴殺す兄貴殺す…………」


 ヒィィィィィィィィ!!


 こっ、殺される!!従妹にプリンの恨みで殺されてしまう!!

 こんなテンションの奴に映画見に行こうなんて誘えるのか!?というかそもそも、言葉を発することを許してもらえるのか!?

 ピクピクとぎこちなく震える頬をどうにか引き締めて、できるだけにこやかな顔を作り、できるだけ普通を装ってリビングに出る。


「お、おはよう!昨日はごめんな!」

「おはよう死ね!」

「ごふぁ」


 鳩尾に約92度の角度でフランスパンが叩き込まれた。良い子のみんなは食べ物を粗末に扱っちゃダメだぞ!

 四つん這いになって、腹に刺さったフランスパンを抜いて顔を上げると、盟音が恐ろしく冷たい目でこちらを見下ろしていた。養豚場のブタを見るような冷たい目!


「よく私の前に姿を現せたな…………その度胸は褒めてやるぞ……」

「プリン食われた怒りでめっちゃ殺意の波動出てる!盟音ちゃんが不良になっちまっただーーーッ!」

「うるさい黙れ」

「はい」


 ……なんだろう。寝間着姿の女子中学生なのに、一切勝てる気がしない。

 昨日に引き続き正座を命ぜられた。「正座グセがついてしまったらどうしよう」とかふざけたこと言っていたら、太ももの上に国語辞典5冊乗せられグァァァァァァキツイキツイキツイイィィィィィ!!


「やめて!ちょ、昨日脚痛めたから!マジで!マジであ"あ"あ"あ"あ"あ"!!」

「忠誠心の足りない捕虜だ……この程度で音を上げるとはな。貴様のドッグタグは飾り物か?」

「ドッグタグとかねーから!お前はいつから軍人になった!?」


 悪態をつきながらも、太ももから国語辞典を除けてくれた。

 ど……どうやらマジの激おこらしい、こいつが家に来て初めての最大級の機嫌の悪さだ。これをたった1日のお出かけの間に元に戻すことができるのか?というかそもそも、お出かけの誘いに応じてくれるかどうかも怪しい。

 嫌な汗をかいていたら、盟音は今度はキッチンからおたまを取り出してきて、それで俺の頬をペチペチやりだした。

 めちゃくちゃ地味な嫌がらせだ。冷たい。


「お前を…………お前を殺してもなぁッ!プリンは戻って来ねぇんだよッ!ちくしょうッ!!」

「なんで2時間ドラマの恋人殺されたヤツみたいになってんの!今日のお前のキャラはいつ定まるの!?」


 こ、このままじゃ埒が開かない。

 この状況で言い出すのはちょっと恐れ多いが、言うしかない……!


「め、盟音!今日暇だし、お前が見たいって言ってた映画、一緒に見に行かないか!?」

「映画?私の見たい映画って、『秀吉狂騒曲ヒデヨシカプリチオ』?」

「…………『傷○語』」

「違うし!この期に及んで自分の見たいモン押し付けてくるとか、やっぱり殺されたいんだな!?」

「じょ、冗談冗談!それ!ヒデヨシイマラ……ヒデヨシカプリチオ!見に行こう!」

「今なんて言おうとした!?思いっきり下ネタだよね、謝る気あんの!?」

「これに関してはお前だって下ネタ言いまくってるだろうが!こないだ〇ッド2見てた時もチ〇コ型吸引器でゲラゲラ笑ってただろうが!」

「はー!?女子中学生の前でチン〇とかホントありえない!くたばれ〇〇〇〇!!」

「〇〇〇〇!?〇〇〇〇って言ったのお前!?〇ンコよりありえねーよ!!この〇〇〇〇〇〇〇女!!」

「ちょ、それはもうアウトでしょ!?〇〇〇〇〇〇!!」

「〇〇〇〇!〇〇〇〇〇〇〇〇!!」

「〇〇、〇〇〇〇!!」

「〇〇〇〇〇、〇〇〇!〇〇!?」

「〇〇〇〇〇〇〇〇?〇〇〇〇?〇〇〇〇ーーーー!!」


 …………………………。


「……やめよう」

「そうだね。やめよう……」


 中学2年生の従妹と、こんな汚い(そのままの意味で)罵り合いをすることになるとは思わなかった。


「とにかく、映画見に行こう。そんで帰りにプリンのたまご、新しいの買ってやるから」

「…………」


 だが盟音は、そっぽ向いて唇を尖らせるばかりだ。

 超だんまり。


「な、なんだ?まだ不満か?」


「……………3つ」


「は?」

「3種類あるから、それ全部買って!」


 ピキッ。


 さ、3種類……全部…………。


 昨日ネットで調べたところによると、アレ、一個600円近くしたような……。

 買える。そりゃたしかに3つくらい簡単に買えるさ。

 だが、先月のテイ〇ズ最新作に引き続き、今月はオーディンス○ィアという注目タイトルが…………!アト〇ス謹製の良作保証作が……!

 頭を抱えた手に、暖かな手が触れる。盟音の手だ。


「……ね、いいでしょ?」

「当然だ!お兄ちゃんにまっかせなさい!」


 某こころぴょんぴょん漫画の主人公のポーズで2つ返事。

 イトコンという病に冒されてしまった俺には、やはり可愛い可愛い従妹の頼みを断ることなどできないのだ……赦せ……赦してくれア〇ラス……。また君のゲームを古〇市場で買うことを赦してくれ……。


「やったぁぁ!じゃ、ソッコーで支度してくるからね!40秒で支度しな!」


 らんらんとスキップしながら部屋に上がっていく盟音を見届けて、ふぅ、と息を吐く。

 発売当日にプレイするはずだった未来が潰えたことに心の中で悲哀の涙を流しつつ、俺も自分の部屋へと戻った。



 朝の10時半すぎ、駅までの道には等間隔に人が歩いていた。やっと街のみんなに出かける用事ができて、やっと街が目覚めたような、そんな怠惰な感覚。

 我が家から駅までの道のりは、徒歩で約13分くらい。

 その13分という時間が、『移動にかける時間にかける時間』という感じがしてなんか妙に煩わしくて、一人の用事のときはたいてい駅まで自転車を使ったりしているのだが、盟音といると、そんな煩わしさは全く感じなかった。

 というか感じる暇がない。ほっとくとこのまま一生俺に話題をふっかけてくるんじゃないかって感じの驚異のしゃべくり力だ。

 こいつの話題の引き出しはいくつあるんだ?脳とヤ〇ーニュースのネットワークが直通回線で繋がってるんじゃないか?


「こうして2人で出かけるの、なにげ初めてなんじゃない?」


 盟音は無邪気に笑って俺の手を引く。

 ああ、たしかに初めてのお出かけだ。だからはしゃぐ気持ちも分かるが、ちょっと歩くのが早いんじゃないか?

 繋いだ手を、変に力がかからない程度に引っ張って寄せる。流れるような自然な動作で自分の体を車道側へくるようにして、反対の手で繋ぎ直す。

「……………」


「そういえば初めてだな。……せっかくだし、プリン以外にも色々寄り道してみるか?」

「それには及ばないわ!」


 こんな街中で立ち止まってシャフ角するんじゃない。

 あとそれ、別にシャフ角するようなセリフでもないだろうに。


「今日にいっぱい寄り道するぐらいなら、もっといっぱいどっか連れてけ!暇なときでいいからもっと私と何回もお出かけしろ!」


 な、なんという可愛いお願いだ……!


 毎週日曜日をこの愛する従妹のために使ってやりたいぐらいだ。実際は失踪事件とかネットゲームとかどうこうで、結局かまってあげられないんだろうけど……。

 今月発売のゲームがなんだ、発売日即日プレイがなんだ。今日この日に盟音を喜ばせるためなら、俺は財布だろうが体だろうがいくらでも削ってやろう。

 シスコンの神にそう誓った。いや、イトコンか。


「あ、それとさ!この前見たテッ〇2のDVD、忘却の彼方にランデブーしちゃいそうだったから、昨日返しといたぜ」


 うおおおおお!

 やばい、俺の従妹すげぇいい嫁。すげぇ気遣いできるすげぇいい嫁。ランデブーの意味わかってない感半端ないけど。

 内心感涙の涙を流しつつ、話すのに夢中で電信柱に気づいていない盟音をゆるゆると俺の方に引き寄せて回避させる。


「ありがとな、ちょうど返すのメンドいなーと思ってたから助かるよ」

「……う、うん。……あっ!そうだ、まだこの服の感想聞いてないんだけど!このピ〇コもファッションチェックする前にファッションチェックされちゃうレベルの完璧コーディネート!」


 コーディネートを完璧にする前に話し言葉の文法をどうにかしてください。


 だがたしかに、これはなかなか素晴らしい。


 夏らしくて涼しげなノースリーブの薄手ワイシャツの上に、すこしサイズ小さめの、透け素材の薄黄色のブルゾンを羽織った上半身。ニーソックスと協力プレイで脚の魅力を、絶対領域の魅力を引き立たせるのは、赤いタータンチェックのミニスカート。

 キャップというよりは探偵の鹿撃ち帽のような茶色の帽子に、ワンポイントとして、こないだガチャガチャで当ててきたらしい缶バッジをつけている。左胸にもう2つほど同じようなものをつけているあたり、ハマってるのかもしれない。

 それはともかく俺としては、このファッションはたしかに完璧だった。いや、どんな服装でも装備者が我が従妹である時点で、完璧であるのは当然なのだが。


 と、せっかくの完璧なファッションだというのに、ブルゾンがズリ落ちかけているではないか。

 曲がり角を利用して反対側に回り、ブルゾンの肩口をしっかりと直して……。


「さっきから何なのそのすごい気遣い!?」


 いきなり盟音が突っ込んできた。しかもなんか顔が赤い。


「ナチュラルに車道側に回ったり電信柱に当たらないよう誘導したり服直してくれたり!なんなのその完璧なエスコート!?お兄ちゃん絶対モテてるでしょ!?」

「モテてる?そんなわけあるか、恋愛経験は中学の時に一回付き合っただけだ」

「……ホントに?」

「ホントに」


 実際、夏矢ちゃんと付き合うまで誰とも付き合ったことはないし、別れてから誰とも付き合っていない。恋愛感情を抱いたこともないし。


「……女の子と2人きりで出かけることは?」

「それはしょっちゅうあった」

「それだよ!それをモテてるって言うんだよ!」


 顔を赤くしていたかと思ったら、今度は何故かぷりぷり怒っている。

 中学の時も高1の時も、たまに女の子に2人で映画を見に行ったりだとか遊園地に行ったりだとかはあったが、たしかに、別段『2人きり』とか意識したことはなかったな……。


「2人きりで映画とか遊園地とか行ったの!?」


 あ、ヤベ、声に出てたか。


「……映画館に行った時観た映画は?」

「だいたいがラブストーリーだったな」

「……遊園地に行った時、観覧車に乗った?」

「ああ、なんで女子ってみんな夜になると観覧車乗りたがるんだろうな?」

「気付けよ!!」


 ついには肘をつねりながら怒鳴られた。


「映画館で一緒にラブストーリー見たり、遊園地で一緒に観覧車乗ったりはデートの定番じゃん!それは『2人でお出かけ』じゃなくて『デート』なんだよ!気付いてあげてよ可哀想だよ!」

「ま、待て。仮にその子たち全員が俺に好意を持っていたとして、誰も告白してこないってのはおかしいだろ?」

「されなかったの?」

「ああ。さっき言った、1人だけの付き合ってた子以外は、告白したこともされたこともない」


 よって俺はモテてなどいないし相手の好意に気付かない鈍感野郎でもない。

 証明完了、Q.E.D。ガバガバアナグラムを提示するまでもない。

 しかし盟音はなおも食い下がってきた。


「その子たち、デートの終わり際になんか言ってなかった?」

「……『私じゃ釣り合わないよね』っていうのを3回くらい言われたことがあるけど」

「諦めてるよ!その子、あんまりお兄ちゃんに気遣わせたりさせてるのが申し訳なくなって付き合うの諦めちゃってるよ!なんか他人なのにすごい可哀想だよ!!」


 ……言われてみれば、俺、すげぇ最低の鈍感男じゃないか?

 夏矢ちゃんと別れてから一時『俺なんかが誰かと付き合っていいわけがない、モテるわけがない』と自己嫌悪っぽくなっていたことはあるが、それ以前以降に関しては人並みに自信もあったわけだから、完全に俺のせいじゃないか。

 え、俺、知らないところでめちゃくちゃ人を泣かせてきてたんじゃないか……?

 …………。


「……誰にでもそういうことやってるんだね、無意識とはいえ」


 気づけば、盟音はスネたように頬を膨らませて、吐き捨てるようにそう言った。

 な、なんだそれは。ヒモか?天然のヒモだとでも言いたいのか?

 ……まだ電車に乗ってすらいないというのに、なんだこの気の滅入りようは……。


「……盟音、俺って、もしかしなくても鈍感……?」

「知らねーよバーカ!道頓堀でカー〇ル人形と一緒に沈んでろ!」


 そこから電車に乗って降りるまでは、プクーっと頬を膨らませて、全く口を利いてくれなかった。



 万津市にも映画館はあるが、駅のモロ〇フに帰りに寄っていくためには、ちょっと遠出が必要だった。隣町のその隣町、ビル群の一角に無機質なロゴと無機質な壁色とともにそこに構える映画館。その名も東片ひがしかたシネマズ。


 信号が変わるたびに、交差点は人、もしくは車の濁流に飲まれる。


 倦怠期っぽいカップル、何かを急ぐサラリーマン、忙しなく歩きスマホしながら連絡を確認している学生、喪服姿の老婆と娘と思しき中年女性。


 こういう都会都会した人ごみの中を歩くたびに、なるほど、『人間観察』を趣味とする人間がいるのはこういうことか、なんて薄ら寒いエセ哲学的なことを考える。

 交差点を歩いていた人間の20分の1ぐらいが、団体客のような帯を作って映画館の中へと吸い込まれていく。

 もちろん、俺と盟音もその中の2人。

 館内に入り、エレベーターに乗る。どうやら巡りあわせが悪かったらしく、6階にある映画館の受付階に着くまでに、計4回も止まってはその度に並々ならぬ人の出入りに巻き込まれる。

 盟音を抱きとめるようにかばいながらじっと堪えていると、エレベーターはようやく6階で止まって俺たちを吐き出してくれた。

 まさしく劇場、暗くトーンを落とした照明と、バルコニー部分の出入り口から受付へと一直線に敷かれたレッドカーペットが、高級感と大人っぽさを演出している。

 受付前の行列を見てちょっと嫌な顔をしながらも、最後尾に並ぶ。

 列に並んでいる間にこれを見て決めておけということだろう、料金表と割引効果が一覧で表記されたボードが立っていた。盟音は手のひらに筆算をしながら、うーんと考え込む。


「学割のほうが安くなるかな?」

「んー……。なんならカップル割使うか?」

「…………女の子とデートしてた時も、天然でサラッとそういう冗談言って意識させてたんだね」

「……そんな記憶がございます」


 図星である。どんだけ罪を重ねてきたんだ昔の俺は……。

 せっかく機嫌が戻ったのにまた唇を尖らせてしまった盟音の視線から逃げるように視線を彷徨わせると、ちょうど売店にピントが合った。

 そういえばここまでに歩いてくる途中盟音が、『妖怪〇ォッチのコラボポップコーン売ってるらしいし、せっかくだから買おうかな』とか言っていたな。それどれ、値段は……。


 ………………!?


 ごっ、500円……!ドリンクも合わせて買ったら余裕で札が吹っ飛ぶ!今バイトしてないしこれはキツい!!

 野口英世が財布から大空へ向けて飛翔していくビジョンが見えて、気が遠くなる。


「どうかした?」

「いや……別に……」


 ……これは、新作ゲームがどうのこうのとか言ってる場合じゃないな……。シンプルに、ガチで、残る金がめちゃくちゃ少なくなりそうだ。今月を生き抜けるかどうか……。

 買ってやらないという選択肢はまず無いわけだが……それにしたって、今月カネを使えないというのはだいぶ痛手だろう。短期バイト探そうかな……。

 胃を痛めていると、前には4組のみ。もうすぐで受付だった。



「いやぁ、やっぱり映画館のポップコーンはキャラメル味に限りますなぁ!」

「………ソウダネ」


 ポップコーン1つ(当然ながら盟音の分だ)とドリンク2つを購入すると、映画館特有のバカ高い価格設定のせいもあり、俺の財布から2枚の野口がわずかな小銭に転生した。

 もうここまでくると、今月の小遣いがどうのこうのなんていうことはどうでもよくなってくる。

 中央列の前から5段目の席を陣取って上映を待っている間、盟音がポップコーンを頬張って嬉しそうに笑顔を向けてくれる。もうそれだけで野口様が浮かばれるというものだ。

 シアター3の客の入りは、満員御礼とはいかないまでも上場という様子だった。今、この室内に何人の人間がいるか具体的に言うことはできないが、その総数がおそらく偶数になるだろうことは予想できる。

 見渡す限りカップルだらけで、このシアターに入ってからというもの、1人で動いている人間をまだ見ていない。

 みんな腕を絡ませたり手を繋いだりしながら歩いている。現在非リア充の真っ只中にいる俺には、いちいちそれが見せつけられているようで腹立たしい。というかもしかすると、このカップルだらけの場の空気のせいで俺と盟音もカップルに見られているのかもしれない。


「なぁ、結局今から見る……ええと…………『信長〇奏曲』だっけ?どんな映画なんだ、それ?」

「『秀吉狂騒曲』だよ。ていうかパクリ元の名前出さないでくださいますかお兄様」


 いつまで経ってもタイトルを覚えない俺にやれやれと溜息を吐きながら、盟音はパンフを出して広げてくれた。


「北方仁っていう科学者が遠心分離機の誤作動によって戦国時代にタイムスリップしちゃうんだけど、そこで豊臣秀吉と勘違いされて戦に連れて行かれちゃうの。そのあとも現代科学の力を駆使して参謀にのし上がって、上司の織田信長と一緒に次々に敵軍を蹴散らしていく。でも、そこで本能寺の変が起こって、信長が殺されてしまう。仁は、1582年6月21日に信長が死ぬ未来を改変するためにタイムリープを繰り返して、いつしかみんなから『狂気の魔駑哉炎帝洲兜まっどさいえんていすと』と呼ばれるようになるわけ。果たして仁は信長を救うための『β世界線』に到達することができるのか!?」

「…………なんだその色んな作品をいいとこ取りでパクったようなシナリオは」


 ……ん?というか、待てよ?

 語ってもらったあらすじの内容と、今この劇場にいる客層との間に、違和感を感じる。


「ていうか、その話のどこにカップルが好き好む要素があるんだ?」

「えー、お兄ちゃんそれも知らないの?……あのね、この『秀吉狂騒曲』では、織田信長は女性として描かれてるんだよ」

「どう見ても織田〇奈の野望です本当にありがとうございました」

「いーの!今どき女体化擬人化美少女化ブームでそんなのばっかりでしょ!D〇Mのエロゲでも戦国武将の女の子をチョメチョメするゲームとかいっぱいあるじゃん!」

「なんてこと言うんだ!下ネタ的な意味でも企業ネタ的な意味でもなんてこと言うんだ!」


 ……織田信長云々はともかくとして、ストーリー的には非常に俺好みのものだ。

 カップル連れが多いのでスイーツ(笑)な感じの女子がわけもわからず感動するようなものなのかと思ったが、普通に名作な可能性だってある。盟音が真剣に見てる横で寝るなんてできないしな。


「東京都心の映画館ではね、何人かのキャストが舞台挨拶で出てきたらしいんだ。その中にはあの『そたぽん』も、主題歌歌手として登場したらしいのだぜ?」

「最近けっこう出てきてるよな、そのアイドル」


 こないだ家で勉強会した時もテレビから流れていたのだが、なんでか斗月が落ち着かなそうにソワソワしてたっけ。ああいうヤツだし、ひょっとするとドルオタの気があるのかもしれないな。

 しばらく盟音と喋っていると、やがて劇場の照明が落とされ、予告編が放映され始めた。



「ぐすっ…………がんどう……じだね…………」

「ああ……いい映画だった……」


 盟音の前だから泣くことができないのが残念だ、一人で見ていたら絶対に3回くらい泣いてしまうような本当にいい映画だった。

 上映終了後、エンドロールまで律儀に最後まで見て、帰っていく客たちの波がある程度過ぎ去ってからやっと席を立った。『ポップコーンとドリンクを入れて椅子に固定できるアレ』を自分の分と盟音の分、両手で持つ。


「じゃ、行こうか」

「…………」


 盟音は何かムッとしたような顔で、泣きはらした目で俺を見上げてきた。

 な、何かまた悪いことしたか俺?

 顔を引きつらせて内心ビクビクしていると、不意に、左手に持っていた『ポップコーンとドリンクを入れて椅子に固定できるアレ』を、ひょいっと取り上げられた。

 そして手持ち無沙汰になった左手を、ギュッと握られて。


「行こう!」


 …………………。


 映画でも十分感動したけど、今、この瞬間が一番泣きそうです。

 最高に可愛くて愛しい従妹、略して愛妹いとこを持つことができて、俺は幸せ者だ。お義父さん、俺はきっとこの娘を幸せにしてみせます。

 幸せを噛み締めるように手を握りながらシアターを出て、映画館のグッズ売店を見に行った。秀吉狂騒曲に登場した扇子を欲しがっていたので買ってやろうとしたのだが、「プリン買ってもらうお金が無くなったらダメだろうがッ!変な見栄を張るんじゃあないッ!」とジョ○ョ風に一喝された。結局盟音の自腹で買ったようだ。


 映画館をあとにして、駅へと歩く。


 映画を観た帰り道の街の風景というのは、何もかもが違って見える。

 倦怠期っぽいカップルにも、何かを急ぐサラリーマンにも、忙しなく歩きスマホしながら連絡を確認している学生にも、喪服姿の老婆と娘と思しき中年女性にも。みんなみんなに、映画のような物語があるのかもしれない。

 ガラにもなく、そんなロマンチックなことを思ってしまうような不思議な景色が、映画館の暗さに慣れた目に眩しく映る。


 創作物に触れた時に、いつも思う。


 俺はこんな選択ができるのか、とか、俺はこんな必死になれるのか、とか。


 意識の鍵なんていう現実離れしたものを使いこなしていながら今さら何が欲しくて創作物を羨ましがるんだ、と言われそうだが、そういう話ではない。魔法を使えたらな、だとか銃で格好良く戦えたらな、とかそういう希望ではない。


 映画や漫画、アニメを見ていつも思う。


 俺は性格が悪いな、って。


 俺が同じ立場だったとして、自らの危険を顧みずヒロインを助けられるか?

 俺が同じ立場だったとして、自分に起きた不幸を内側に秘めて、他の人のために動けるか?

 俺が同じ立場に、立つことができるのか?


 どうしてこんなに自分の人格に対して否定的になってしまったのかは、うすうす分かっている。思い出そうとするといつも、夏矢ちゃんの、あのどうしようもない泣き顔が目に浮かんで、胸が締め付けられる。


 自己嫌悪が始まるのは、いつも唐突だ。


 この街を、この交差点を通る人たちはみんな、『主人公』なんだろうか?

 俺は『主人公』として生きれているんだろうか?

 夏矢ちゃんとの関係を最悪の形で終わらせてしまった俺は、あの時何も言えなかった俺は、自分の人生を『主人公』面して歩んでもいいのだろうか?


 俺は――


 ギュッと手を握られて、ハッとなった。

 隣を振り向いて目線を下げると、盟音が心配そうな顔で見上げていた。


「……大丈夫?」

「大丈夫だよ」


 盟音の頭をポンポンと叩いた。


 大丈夫。ちょっとだけ幸せだ。



 駅ビルでお目当てのプリンを買ってやってから、遅めの昼ごはんを同ビルの和食屋で済ませて、さらに色々と服とか家電とかを見て回ったら、帰ってくるのは夕方になった。

 駅から家までの道のりを、また歩く。

 夕暮れの万津市。

 ビルとビルとの谷間に夕日が沈んでいく様は、都会的なようなノスタルジックなような。2つの要素がどうにもミスマッチで、絶景というよりはちょっと滑稽だった。

 行きは『やっと街が目覚めたような』と形容したこの通りは、行きの時に見た人の数とそう変わらないはずなのに、今度は、もう街が眠りにつくようだという真逆の感想が浮かんだ。


「今日はおデートみたいだったですわねぇ」


 プリ〇のたまご3種が入った紙袋をカサカサいわせながら、上機嫌そうに盟音が言った。

 おデートか。苦笑する。

 盟音が『妹』だったなら冗談で返してやれたのだろうが、実は日本の法律では従妹との結婚は認められているので、ちょっと今のは冗談になっていない。俺の考え過ぎかもしれないけどな、すでに田舎にそういう相手はいるっぽいし。


「次は、いつ一緒におでかけしてくれるかな?かな?」

「ちょっと不安になるような語尾はやめなさい。……うーん、お財布事情的に考えて、来月だろうな」

「別にお金出してもらう必要ないアルよ?一緒に公園で虫取りするとかでもいいし!」

「家でいつでもゴキブリ取ってくれていいぞ」

「ファッキン!」


 中指じゃなくて親指を立てられた。それはただのサムズアップじゃないだろうか。

 ていうか、虫取りって本気で言っているのだろうか?くそ、またギャグで言ってるのか本気で言ってるのかの線引きが難しいところを……。


「本当は、お兄ちゃんと一緒ならどこでもいいんだ。それこそ、家でも」


 今日一番強く、手を握られた。


「父さんとどこかへ行った記憶も、母さんと家で屈託なく喋った記憶も、おぼろげにしかなくって。本当にずっと、何年も前に、構ってくれなくなって。構ってくれてた時の記憶がほとんど消えてしまっているぐらいの時間が経ってて……て!?」


 ちょっと痛すぎるほどに手を握り返してやった。


「…………どこへだって連れていくし、付いていくし、いつだって話す。だからそんな顔するな」

「……うん」


 繋いだ手をブンブンと上下に振りながら、家への道を歩いた。盟音は、今日見た映画の主題歌を口ずさんでいた。

 そう、どこへだって付いていってやるさ。


 ……お前の家にだってな。



 家に帰った俺は、久しぶりに母親にメールを送った。

 夏休みに盟音の家に帰省したいから旅費をくれないか、という内容で。


 盟音から優しさをもらったことで、スキル『治癒呼吸・小』を習得した。

 毒状態時のダメージに耐性がついた。


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