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放課後ロルプライズ!  作者: 場違い
4章・完全平等の電脳世界
53/73

ドラゴンのなく頃に その2

 目を開けることを許されたのは、目の前の光景に恐怖するため。

 喉を震わすことを許されたのは、その恐怖に悲鳴をあげるため。


 それ以外の体の部位は、一切動かすこともかなわない。冷えた床に頬を当て、俺を見下すように佇むエレミヤの木龍を、恨めしげに睨むだけ。


 そして他の仲間は、まだ眠ったまま。


 まさに絶望的な状況。


 木龍が、ゆっくりとこちらに近づいてきて、やがて俺の視界に映るのは木龍の脚だけとなった。

 まぶたが麻痺していて目を瞑ることができないのが、最も苦しい。いつこの巨大な龍が俺を殺すのか、ただただ怯えながら待つのが苦しい。


 考えろ。


 口しかまともに動かせないこの状況で、何かできることはあるか?

 まず第一に思いついたのは、『ナウドを呼ぶことによるサポートコンボの発動』だったが、天秤座のサポートコンボは武器強化。手足を動かせないこの状況でヨーヨーを2個増やしたところで、全くもって無駄、無意味だ。


 考え始めて4秒で、『できることなどない』という結論に到達した。

 龍が、床に頭突きでもするように長い首を振り、俺の体を吹っ飛ばす。


「ふぐぉあっ!!」


 何度か床にバウンドしながら転がり、中心部からはだいぶ離れた神殿の淵、床と天井とを繋いでいる柱にぶつかって、やっと止まった。

 チクショー、なんで痛覚は麻痺してねーんだよ!滅茶苦茶痛ぇ!

 ていうか……体力の2分の1が減らされてる。

 いかにも通常攻撃って感じのあの攻撃で、半分死亡。火を吹かれたりしたら、おそらく1発でひとたまりもなく殺される。


 この上追い打ちをかけるつもりなのか、不気味に沈黙したまま、全速力で木龍が迫ってくる。


 12秒後、死ぬ。


 当然ゲームの中でのことで、これまでも何度も死んできたが、それとは比べ物にならない恐怖。

 眠ったままの仲間を、凶暴なドラゴンの前に残して、死ぬ。

 体が麻痺して、何の抵抗もできないまま、むざむざと殺される。

 もうこんなに近づいてきてる。9秒後、死ぬ。

 くっそ、ふざけんな!こんなん今晩夢に見ちまうだろーが!?確実に一人じゃ怖くて寝れなくなるヤツだし!……ハッ、これはまさか、春飛と一緒に寝ろという神からの啓示…………!!


 グシャア!!


 高速移動中のドラゴンの爪が床に引っかかって床が抉れ、その欠片が頬に当たる。


 ……こ、怖ああああああああああああ!!ふざけたこと考えてる場合じゃねええええええ!!


 か、考えろ!考えろ希霧斗月!!

 これまで、約1ヶ月のトゥエルブスターオンラインプレイ期間の中で培ってきた少ない経験を、フルに活かせ!なんでもいいから記憶を掘り返して参考にしろ!!

 命の危機を感じて頭をフルに使っているからだろうか。一瞬で膨大な量の記憶が流れ込んできて、目眩さえしてきた。

 記憶の奔流の中で、2つ、なにか光るものがあった。

 巨大な敵との戦い……その時に怜斗が必死の思いで繋いだ、『切り札』。


 ………それと、蝿。巨大な、蝿。


「………うおおおああああああああああああああああああ!!」


 怜斗の言葉が。


 ――『スタージョーカー』……!これは……来たんじゃないか……!?――


 あの先制攻撃作戦が。


 記憶を掘り起こす感覚ではない、記憶が『蘇る』感覚。

 口だけを使って発動できる、ただひとつの対抗策。

 そうだ、あと何秒かで死ぬのなら、時間を止めてしまえばいい。


 それを、叫ぶ。


「『揺動の大天秤(バランサーオブクェイク)』ッ!!止まれぇぇぇぇぇぇ!!」


 固定300ダメージ、プラス、10秒間行動不能。

 神にでもなったつもりか、偉そうな威厳を放つ大天秤が、バラエティ番組のタライの如く、ドラゴンに向かって落ちる。


「…………!!」


 エレミヤの木龍というこのボスキャラにとって、300ダメージなんて痛くも痒くもないのだろう。

 だが、10秒間動くことができないというのは、最高に鬱陶しいことこの上ないだろう。初撃でもっと強烈なダメージを与えていれば、近づくのがあと数秒早ければ、喰らうことのなかった小ペナルティ。


「麻痺効果で完全に動きを止めた相手から、逆に同じ縛りを与えられる……どんな気分だ、皮肉を言われたような気分か!?へっへへへへへ!!参ったか!!」

「………………………」


 煽っても反応はない。

 まぁ普通、NPC以下のただのモンスターに何言っても反応なんかしねーよな。津森の時の蝿はモンスターじゃなくて、どっかのハッカーが作った偽プログラムだし。

 10秒このドラゴンの動きを止めたのは、本当にただの悪あがきでしかない。

 このドラゴンが全く動けない10秒の間に、アイツら3人の睡眠状態か、俺の麻痺状態のどちらかが、『一定時間経過』によって治れば、回避及び反撃ができるようになる。

 どうにか、場を繋ぐんだ。

 3人が目を覚ますまで、負けるわけにはいかねぇ……!

 8秒。9秒。

 無慈悲にも、価値ある1秒が消費されていく。

 回復してきているのかまぶたは動かせるようになったが、体はまだ動いてくれない。


 10秒、経過。


 ドラゴンが、また動き出す。

 叫び声こそあげないが、今度こそ俺を殺すという殺気と怒気が、血走った眼球に込められていた。


「……あーあ、やっぱり、俺じゃ無理だったか」


 それは諦めの独り言ではなく、自分への、確認としての言葉だった。カッコつけた主人公面なんて慣れないことはするもんじゃねーぞ、という、自惚れた自分に対しての教訓的なものだった。


 あとはサクっと、ドラゴンに殺されるだけだ。


 心の中で他の3人に謝りつつ、俺は目を閉じて、殺戮を待った。



「そうだな、お前じゃ無理だった。……お前『だけ』じゃ、な」


 世界が終わる夢でも見ていたかのように、斗月が目を開く。

 斗月の必死の時間稼ぎのおかげで、なんとか間に合った。自分の足元を見ると、履きなれたいつものくたびれ革靴が、エレミヤの木龍の影を踏んでいる。


 スキル、『影の結界』。影を踏んだ相手の動きを少しの間だけ止めることが可能だ。

 斗月が足止めしてくれたから、俺が足止めすることができた。そしてまた俺が止めた足を、夏矢ちゃんと津森さんが止めてくれる。


「今よ、キーピー!」

「フリードリヒ!全砲門、開くんじゃ!」


 鶏の後ろに地鳴りと共に現れた巨大戦艦が開いた砲門から、夥しい数の矢が一斉放出される。

 それぞれ違う軌道を描いて、動きの止まっているエレミヤの木龍に全弾命中。


「えっと……体力回復が『ルメルン』、状態異常回復が『フォードオール』…………っと」


 弓矢の弾幕がドラゴンを襲う爆撃の最中、津森さんがつかつかと斗月の隣まで歩いてきて、らくらくとケアを行う。

 斗月の麻痺状態が回復し、ゆっくりと立ち上がる。


「希霧くんだけで全部どうにかできるわけないやろ?門衛くんだって、希霧くんや夏矢ちゃんあってこそのリーダーやねんから」


 津森さんは元気にそう言って、かけてもいない眼鏡をクイっと上げるような動作をした。そして、手を前に構えて、バカみたいに呪文を連発する。


「アイシズリッド!ジュピト!オルアース!ボイレージ!ジュピト!ボイレージ!」


 氷のエフェクトと土のエフェクトと炎のエフェクトとがドラゴンの上に滅茶苦茶に出て、視覚的にもダメージ量的にも、そしてSPの消費量的にもワケの分からんことになっていた。

 もし津森さんのせいでウォッキが尽きたら、課金してでも補充してもらおう。そう決意を固めた。


「……そうだな。助かったぜ」


 起き上がった斗月が、ヨーヨーを拾い上げて俺の隣に並ぶ。

 さて、最後の仕上げだ。ここで決めないと、またガスやら音やら回避不能な小道具を使われたら面倒だからな。


「やるぜ、ナウド!!」

「声でけぇ、うるせぇ。……ハインライン召喚」


 チャラ男と猫の凸凹コンビが、サポートコンボを発動させる。斗月のヨーヨーが4つに増え、攻撃力2倍のチャンスタイム突入だ。

 この波に乗らない選択肢はない。


「『星の12人兄弟トゥエルブスタージェミニ』!!」


 武器が増えた斗月が、弱ってきているドラゴンに向かってヨーヨーを乱暴に振り回す。斗月を隊長として、俺の分身11人が援護する。

 モン〇ンの4人リンチでも心が痛む優しい人格者な俺なのだが、まぁ、コイツ……エレミヤの木龍には、けっこう痛い目に遭わされたしな。


「決めるぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」


 斗月と11人の俺が、ぞろぞろと周りに群がって、少しずつ息の根を止めていく。

 ……もし自分が対人戦か何かでこんな目に遭ったらと思うと、すこし背筋に寒気を感じた。

 ドラマーが扱うバチのように、4本のヨーヨーの紐は斗月の類まれなる器用さによって、たゆむことなく直線的にドラゴンに向かって打ち出される。ドゴンドゴンと棍棒で滅多打ちにするかのような超低音が襲う中、ガツッガツッと、木刀で殴る低音が11人分、たっぷりと鳴る。

 高音などは存在しない、これから沈んでいくだけのドラゴンのために奏でられる鎮魂歌。

 傍観しているだけというのもなんだし。本体である俺も、ラストショットを決めるべく走り込む。

 どうせなら上から頭を狙って木刀を突き刺してやろう。大きくジャンプすると、ちょうど斗月と肩がぶつかった。

 お互いに顔を見合わせて、ニヤリと笑う。


『俺たちの勝ちだ!!』


 声を揃えて、ドラゴンに向かって急降下。

 エレミヤの木龍の不気味なギョロ目に……左目に、俺の木刀が。右目に、斗月のヨーヨーが。グサリと、芸術的なほどグロテスクに、悪趣味なほど美しく、突き刺さった。



 エレミヤの木龍が灰塵となって風化し、消滅すると、そこに突然ポンっと、輝く延べ棒のような塊が出現した。どうやら、これが『覇者の輝石』らしい。

 近づいてそれを手にした途端、肩からどっと力が抜けた。


「はぁー…………つ、疲れたな……」


 誰に同意を求めるでもなく、膝に手をつきながら斗月が呻くように言った。

 全面的に同意だ。

 今回の戦闘では、聞いてしまったら麻痺になってしまう音だとか、吸ってしまったら眠ってしまうガスだとか、不意打ちや予測不能な攻撃をされすぎた。

 あれだけ隙を晒しておいて、一度も戦闘不能にすらならずに勝てているというのが奇跡である。場を繋いでくれた斗月に感謝だな。

 なんだか久々に、緊張しっぱなし状態だった。


「……あともう1エリアをクリアしないといけないわけだが」

「もう今日は無理」

「無理やな……」


 全員の意見が一致したようだ。神殿の床にへたり込む。

 見上げた天井には、さっきまで戦っていたエレミヤの木龍の壁画みたいなのが描かれていた。来た時には気がつかなかったが、さすが芸が細かいな。

 目を覚ましたら風邪でもひいていそうなくらいに気怠い。なんだか現実世界に戻るのすら億劫になって、ごろりと寝転んでみた。


「…………ん?」


 寝転んだ時、ズボンのポケット辺りに違和感を感じる。


 ……おかしい、重すぎる。


 現実世界なら何かしら入っていてもおかしくないのだろうが、ここはゲーム世界。ポケットの中になど何も入れていないはずなのに……この感触、重さ。なにか入ってるのか?

 ポケットをまさぐってみると、出てきたのは携帯電話だった。ってか、俺のスマホじゃねーか。


「……なんでこっちに俺のスマホがあるんだよ?」


 困惑した声を出すと、何事かと、3人がこちらに集まってきた。


「あんたのスマホじゃない……え、なんで?なんで持ち込めてるの?」

「分かんねーよ、今、急に出てきた……お前らも、ポケットの中調べてみてくれ」

「ポケットって……」


 ズボンのポケット、スカートのポケットを調べたが、首を横に振る。3人は何も持っていないようだが、何故俺だけ?

 余計に分からないことが増えて顎に手を当てていると、電話の呼び出しがかかった。


 ……違和感。


 というより、ちょっとした恐怖。


「門衛くん、これって……?」

「……………」


 なんなんだ、これは。

 ゲームの世界に……それも俺のポケットの中に突然現れた、現実世界で俺が使っているスマートフォン。そして、タイミングを見計らったかのようにかかってきた、一本の電話。


 出るべきなのか?


 脳裏に有名な怪談話が再生される。


 もしもし、私メリーさん。今、現実世界のあなたの家の前にいるの。

 もしもし、私メリーさん。今、現実世界のあなたの部屋にいるの。

 もしもし、私メリーさん。今、ゲームの世界のログイン画面にいるの。

 もしもし、私メリーさん。

 今。


       あ な た の う し ろ に い る の 。


 背筋が凍った。


「な、ないない、ないないないないない……!んなわきゃねぇ……!」


 念仏を唱えるようにボソボソと連呼する。

 あるわけない、あるわけないだろそんな話。メリーさんもさすがにここまでのデジタル化にはついていけてねーって、たしかに数年前にチェーンメールの一種の定形みたいな感じでメリーさん出てきたけど、さすがに現実世界とゲームの世界の垣根までは超えてこねーって……。

 自分に言い聞かせるように、心の中で饒舌に笑ってみる。


「なによ、ビビってんの?」

「……夏矢ちゃん。俺がビビってるかどうかはともかくとして、津森さんの背中の後ろに隠れてガタガタ震えてるお前にだけは言われたくない」

「フッ!怜斗、私はビビってるわ!もうお化け屋敷で意地張って気絶するような歳じゃないのよ!」

「せめて怖がってないフリくらいしろよ!」


 目をグルグル巻にして真っ青な顔で何か言ってる子は無視。

 深呼吸を2回して、祈るように、通話ボタンを押した。

 ……大丈夫だよな?タイムリープマシンによって未来の俺の記憶が流れ込んできて世界線が機関の陰謀でどうのこうの、とか、そんなんはないだろうな?


「…………何だ」


 この場合、『もしもし』とかはいらないだろう。俺は押し殺したような低い声で、電話の向こうにいる相手を威嚇することにした。


『………………………………』


 …………?


 なんなんだ?ここまでしておいて無言電話か?白けるな。

 心の右側ではそう強がってみたが、左側の自分は、相手が何も喋らない時間が増えていくほどに、どんどん不安になっていった。


「れ、怜斗……怖い人…………?」

「こんなゲームの中にまで電話かけてくる時点で怖いだろーが、あと世葉、キャラでもなく可愛い声を出すな」


 不安は、やがて焦りと苛立ちを生む。


「おい!誰なんだ、なんでここまで電話を――!」

『データ現実化実験』


 ………………………………………は?


 明らかにボイスチェンジャーか何かで加工されたような声。そして、『データ現実化』という、なんとなく最近の出来事に当てはまるフレーズ。

 ジェイペグは言っていた。俺たちが今、このトゥエルブスターオンラインをリアル体験したつもりでいるのは、あの『鍵』を使う事によって、頭の中に丸ごとゲーム機をぶち込んだような状態になっているからなんだ、と。

 そして、津森さんがパソコンから出てきた時……パソコンのディスプレイから放出された光が1つ1つ細胞を構築していったようだった。


 そして……『人喰いディスプレイ』という言葉。


 データ現実化実験というワードが、俺の中で蠢いていた様々の疑問点を、ゆるくやんわりと、ほとんど引っ掛けるだけのようにして結んでいく。


 もしかして。


 いや。


 おそらく、この電話相手は……。


「待て、説明しろ!データ現実化実験って何のことだ!?」

『もうひとつ』

「なっ……待……」


『君たちの使っている『鍵』、『意識の鍵』――』


 あの鍵を作った人物で。


 ――連続失踪事件の、犯人…………!


 それを認識した途端に、欲張りとも呼べる焦燥が頭を沸騰させる。こいつと。犯人と繋がっているうちに、何かを聞き出せないか。


「お前は誰だ!犯人なのか!?待て、待ちやがれ!!」

『………』


 切られた。


 当然だった。犯人がみすみす『対抗勢力』である俺たちに情報を与えてくれるようには思えない。

 小さく舌打ちして、通話の切れたスマートフォンの画面を確認すると、ホーム画面にはアプリが1つ、『通話履歴』しか入っていない。電話やメール、メッセージ、ツイッ〇ーも〇インも、デレ〇テもディ〇インゲートも乖離性ミリ〇ンアーサーもフェ○トGOも入っていない。


 なんだこれは。


 ふと、恐ろしい可能性に気付いて身震いする。

 ……このスマホ、外観も手触りも、現実世界の俺のスマホと全く同じだが……まさか、これが現実世界のそれだとしたら。


「………お、俺のソシャゲのデータは!?嘘だろ、嘘だと言ってくれ!!杏ちゃんのSSRは1万課金してやっと手に入ったんだぞ!?売れっ子プロデューサーとしての俺は消えちまったってのか!?おのれ犯人めぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

「落ち着け」


 拳銃で至近距離から後頭部を撃たれて、我に帰る。このクソアマだけはいつか殺す。

 夏矢ちゃんが俺からスマホをひったくると、所有者であるハズの俺をのけ者にして、3人でジロジロと鑑賞会に入ってしまった。


「なんなん、この変なカバー……。エ〇ァ初号機ってこんなんやったっけ?」

「初号機は紫とか緑とかだろうが!これはアニメ『Reversible#Anxiety(通称リバエン)』のヒロイン山辺三好、通称べーちゃんが使う、人の心の中にメールを送ることができる特殊機器、『ベクターハック』のバージョン2、『黄金色の沈殿(ヘブンリーアンノウン)』をモチーフにしたものであってだな……!」

「はいはいワロスワロス」


 ヨーヨーで殴られて、我に帰る。おのれ、クソアマに留まらずダメガネまでも。

 比較的俺との付き合いが長いクソアマとダメガネ、もとい夏矢ちゃんと斗月が全方向からスマホを凝視するが、やがて諦めたように溜息を吐いた。


「たしかに怜斗のスマホね……」

「でも、現実世界にあるものと、中身は違うんやんな?」

「考えられるのは……津森がゲームの中に入れられたのと同じ原理で、このスマホも、現実世界からゲームの中に犯人が入れたんじゃないか?」

「……それ、だいぶヤバいわね。犯人が、怜斗の家や居場所を特定してることになる。しかもスマホを入手してるってことは、すでに怜斗の部屋への侵入もできてる……?」

「それどころか……これが現実世界から持ってきたモンやって考えたら、ロックがかかってる部分も突破して、設定やアプリをいじってることにもなるやんな……?」

「な…………ッ!?」


 背筋が凍った。

 俺の家を特定してる?俺の部屋への侵入もできてる?


 …………盟音は?


 俺の最愛の従妹。居候中で、今も部屋で熟睡してるか自堕落に夜更かししているかだろう。そうであってほしい、そうであってもらわないと困る。


 ――犯人が盟音と接触したのではないか?


 嫌な汗が吹き出る。


 咄嗟にスマートフォンを取り出して電話アイコンを呼び出そうとするが、見た目こそ今まで使ってきたそれと同じだが、このスマホには『通話履歴』以外のアプリがないのだと気付く。


「くそっ、盟音……アイツが危ない!」


 乱暴に頭を掻きむしった。

 俺たちが事件について嗅ぎまわっていることに気付いた犯人が、口止めや脅迫のために、盟音を人質に取ったり、あるいは――。


 最悪の想像に吐き気がした。


 そんなことにはさせない。なってからでは、遅すぎる。


 後悔。


 そんなものは意味がない。


 反省。


 2度目の機会がない反省に意味はない。

 今すぐ、今すぐ行動を起こせ。


「怜斗!急にどうしたんだよ、落ち着けって……!」

「斗月お前もだ!俺の家が特定されてたとして、お前らの家が特定されてないって保証がどこにある!?春飛が危険に晒されてないってなんで言える!?」

「なっ……、春飛……が………!?」

「今すぐ現実世界に帰れ!斗月だけじゃねぇ、夏矢ちゃんも、津森さんもだ!」


 静止の声や疑問の声、ジェイペグたちパートナーの声が、苛立ちと恐怖の壁の前に、泡となって消え果てていった。

 メニューから『ゲームを終わる』を選ぶと、体が光に包まれた。ログアウトするときのいつもの演出も、今日この日この時間ばかりは自重してほしかった。


 そんな演出いらねぇんだよ!

 早く戻れ!


「盟音……無事だよな………!?」


 いくつものゲームのバッドエンドが脳裏に浮かぶ。こんな時にまで下らないゲームのことなんかを考えている自分が嫌になった。

 視界がひび割れ。


 俺の意識は、ゲームの世界から別れを告げた。


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