ドラゴンのなく頃に その1
「神………殿……ねぇ…………」
エリアボスは神殿にいると聞いていたが、たしかにそれは神殿だった。
神殿すぎた。
折れたり砕けたりと損傷が激しいのに、それでもなお1本に数億の価値すら感じられる、荘厳な文様が刻まれた7本の大きい柱。左右にそびえ立つそれらに睨まれながら階段を登ると、徐々に見えてくるのは、背中から生えた翼を目一杯伸ばして全てを包み込むように腕を広げる、美しい女体の像。
階段を上りきって女体の像とすれ違う。全ての善を許し全ての力を許さない、どこか裁判所のような、処刑場のような建造物の上に降り立った。
巨大な円盤から下に向かって伸びているような石の柱、それが突き刺さる広い円形の床。下を覗き込めば断崖絶壁。
どんな観光名所に行ってもそんなに感動しないけど、これが現実世界にあったとしたら、発見次第即刻世界遺産に登録レベルの造形だ。頭の悪い表現ではあるが。
「ここがボスと戦う闘技場、ってことなんかな?」
「逆にここでボスが出てこなかったら、他にこのエリア内に、ここ以上に神殿神殿したトコなんかねーだろ」
「静かに。……何か聞こえない?」
夏矢ちゃんが左手で口に人差し指を当て、右手で津森さんと斗月の会話を遮る。
沈黙した中で耳を澄ます。
………………。
「何も聞こえてなくないか?」
「私の空耳だったのかしら……うっ!……体が……!?」
何でもない顔で喋っていた夏矢ちゃんが、突然苦しそうにして、その場に倒れこむ。
「夏矢ちゃん!?……おい、何が起きてる!」
「どうやら麻痺状態みたいじゃの……そしておそらく原因は……」
麻痺状態?
どうやって攻撃されたかはおろか、敵の姿すらまだ見えていないのに?
俺たちはまだ受けていなくて、夏矢ちゃんだけが麻痺状態になる『目に見えない』攻撃として、考えられるのは……。
「お前ら!耳を塞げ!!」
「!」
「えっ?」
反応が早かったのは津森さん。だが、斗月は夏矢ちゃんの麻痺状態をアイテムで回復しているので、よく聞こえなかったらしい。
俺たちが耳を塞いですぐ。
「…………っぐぁ……!?た、立って……られねー……!」
斗月が、指をビリビリと痙攣させながら倒れた。
それを見て目を丸くしながらも、津森さんに至近距離まで近づき、耳を塞いだ状態でも聞こえるように声を張り上げて喋る。
「間違いねぇ!!モンスターの声か呪文か分からないけど、『それ』を聞いたヤツは麻痺状態にさせられるんだ!!津森さん、耳栓か何か持ってないか!?」
「そそ、そんなボールペン感覚で言われても持ってるわけないやろ!?」
「これはゲームなんだ!!少々無理矢理でも、耳栓に加工できそうなモノ!!」
言いながら、自分でもメニュー画面のアイテム欄を探す。
エールミ……は違うだろ、酒を耳に突っ込んでどうする。えっと、緑願符も無理だ、まず札だし、紙だし。えっとそれから……満月の十字架?…………やめとこう、これけっこう貴重だし。
なんかないかなんかないか。気分は劇場版のドラ〇もん。
「あっ、火山の『アカオニオーク』からドロップした角!7つぐらいあるし、これならどうかな!」
「でかした!」
アイテムの『素材』欄から『オークの小角』を見つけ、テキパキとそれを耳栓に加工する。1つの小角から2つ作れたので、全員分足りるだろう。
できるだけ耳から手を遠ざけないように津森さんに向かって3セット投げ、自分も装着する。
やはり『耳栓』というアイテムだからだろう、手で耳を覆うのとはまったく違う、絶大な防音効果を発揮してくれている。
津森さんが耳栓を装着し、耳を押さえる必要がなくなった手で、倒れている2人の耳にも栓をしてやっている。
……さて。
俺自身は『その音』がどんなものかまだ知らないが、それが声だったにせよ効果音だったにせよ、ここまで声や音が届くってことは、けっこう敵は近くまで接近してきているのだろう。
周りを見渡せるように、円形になった神殿の中央部まで走る。こうして半径を走るだけでもけっこうな距離だ、現実世界での距離感に換算して100メートルはあるんじゃないだろうか。
「おい、お前らもできるだけ真ん中に集まれ!全員でそれぞれ違う方向を見張って攻撃に備えろ!」
あいつらの方を向いて叫ぶ。
斗月も夏矢ちゃんももう起き上がっているが、3人とも、俺が何を言っているのか分からないという風に首を傾げている。
……耳栓効果のデメリットか。
麻痺効果のある正体不明の『音』をおそれて耳栓をしている限り、この戦闘では仲間との意思疎通が取れない。戦闘中にいちいちメールを送るわけにもいかないだろうし。
すなわち、今回『作戦勝ち』はほぼほぼ不可能。
作戦を使って戦うにしても、かなり至近距離で声を張り上げないと会話できない、意思疎通が困難な現状では、一人で実行できるような罠とかにしなくてはいけないし、その罠に仲間が引っかかってしまう可能性も考慮しなければいけない。
「――――いッ!!」
「!?」
耳栓のせいでほとんど聞き取れなかったが、津森さんのその声は切羽詰まっていた。彼女の声が聞こえたと思った瞬間、背後から来た何かに突き飛ばされ、前へ大きくダイブする。
うまく地面に着地し損ねて、体をよじらせてしまって地面に腰を打った。
ぐるぐると回転する視界の中で捉えたのは、とうに体勢を取り直して戦闘態勢に入っている津森さんと、さっきまで俺が立っていた場所に、身長40メートルはある巨大な苔色の龍。
……津森さんはいま、『危ない』と言ったのだろう。こいつはマジに危なすぎた。
この神殿を2分割に仕切るように大きく開かれた翼。
ひとつひとつが意思を持っているように、龍の呼吸に合わせて、リアルタイムで色が微妙に変色する鱗。
常に瞳孔が開いた、ギョロリとした眼。
筋肉。
脚。
牙。
間違いない。……こいつが、このエリアのボス。
そして、さっきまで姿を現さずに、どこかに隠れて『音』を出していたものの正体。
おそらく、こいつの戦法はこうだ。
俺たちから見えないところに隠れて、麻痺効果がある『音』を出し、それを聞いた俺たちが動けなくなった頃を見計らって、今のような不意打ちの体当たり攻撃を仕掛けてくる。俺のように、麻痺になっていなくても耳栓をしているせいで接近に気付かない場合もあるし、それも狙いの1つかもしれない。
やれやれ顔で立ち上がる。運営もメンドくさいAIを組みやがったものだ。
とはいえ、さっきまで隠れていて今やっと姿を現したのだから、普通に考えて今は攻撃チャンス。
「龍討伐だ!作戦『ガンガン行こうぜ』ー!!」
……呼びかけてもみんな耳栓してるから聞こえないのか。まぁ俺が先導を切れば、みんなもあとに続いて攻撃してくれるだろう。夏矢ちゃんと斗月の麻痺が回復したかどうかは知らんが。
だが、さっき俺を助けてくれたばかりで近くに立っていた津森さんには、辛うじて伝わったらしく。
「サポートコンボ叩き込めッ、ジェイペグ!」「よ、よく分からんけど、お願いフーロ!」
俺のサポートコンボに合わせて、津森さんもサポートコンボを発動させてくれる。協力奥義、サポートデュエットの発動だ。
「来て、ラヴクラフト!」「アフロディーテ召喚って感じ!」
「アフロディーテ?前は『ドストエフスキー』を召喚してたような……」
「乙女座のサポートコンボは、デュエットで発動させると変わるんじゃよ。
単発で発動する場合は魔法攻撃のドストエフスキー、
デュエットやトリオで発動する場合は支援型のアフロディーテじゃな」
不気味で恐ろしくて今にも取り殺されそうで、でもどこか頼れてカッコイイ。そんな都合いい見た目の怪物ラヴクラフトの隣に、その美しい聖母は降臨した。
愛と美と性を司るギリシャ神話の女神、アフロディーテ。このゲームで表現されたその姿は、大きな泡に全身を包まれた美しいシスター。
アフロディーテが空に祈りを捧げると、その瞬間、漫画みたいに空の上からラヴクラフトの頭上に、白い光が降りてくる。
「アフロディーテのサポートコンボは、味方全員の攻撃力・防御力・運命力を一定時間の間2倍に上げるという能力を持つ、って感じ。……サポートデュエットとして使えば、味方のサポートコンボの効力を3倍に跳ね上げる、まさに最強のサポート!……って感じ!」
ラヴクラフトの体から、水色と金色のストライプ模様のオーラがふつふつと湧き出ている。
すぐにオーラごと見えなくなった。同時に、ドラゴンの姿も消える。
「はっ!?何が起こったんだ!?」
「言ったっしょ?効力を3倍にする、つまり、『回避・防御のされにくさ』も3倍、速攻能力も3倍になるって感じ!」
回避のされにくさ、って……。いやいや、無理だろ!?ほとんどテレポートみたいに一瞬だったぞ、見えなかったぞ!?避けれるわけねーだろ!
全てにおいて通常の3倍とは……。赤い角を付けてないのが悔やまれる。
床に映った影が、肉食動物の捕食映像のように、激しく躍動する。普段のサポートコンボからしてなかなか激しい演出だというのに、やはりこれも攻撃力3倍の影響だろうか、シルエットでも分かるほどに、グッチャグチャのギッタギタにドラゴンが叩きのめされている。
影の世界で踏みにじられたドラゴンが、凄惨な傷を負った状態で、床に映る影から現実世界へと打ち上げられる。当然、強力な攻撃を受けて間もないので無防備だ。
「(このタイミングで決める……!)」
追撃をかけて、完全に倒しきってやる。
走りながら、右手に木刀を抜き、魔法スキルを撃つために左手を開く。
今こそドラゴンの影を踏もうかというその一瞬、未だ打ち上げられたまま空中にいたドラゴンの目が、鋭い光を取り戻した。
真下にいる俺に向かってその尾を振るう。圧倒的な加速度で繰り出された暴力は、神殿の床を深く抉りながらも、回避に専念した俺を捉えることはなかった。
……ゲーム世界のリアル体験をするようになって1ヶ月ほどになるが、未だにこれをゲームだと割り切れていないので、こういう攻撃で身を危険に晒されると……心臓に良くない。
床に一瞬だけその身を落ち着かせて、ドラゴンはその場から飛び立った。離陸するまでの助走などは一切なく、初動時に飛行速度が遅くなるというようなこともない……隙のない逃走。
影を踏んで動きを止めようかと大股を踏み出すも、踏んだ床は残念、明るかった。
何度か旋回しながら飛行し、ドラゴンは神殿から出ていってしまった。
「―――!!」
このパーティで唯一遠距離武器を扱う夏矢ちゃんが何か叫びながら、邪魔だといわんばかりに俺を押しのけて走り、神殿の床の淵ギリギリに立って、引き金を引きまくる。
2回のリロードを経てでたらめに発射された数十発の銃弾は、何発かはドラゴンにヒットし、飛行中の不意打ち、さらに2発翼に命中して、ドラゴンの飛行能力を下げることに成功していた。
ドラゴンが現れる前と変わったのは、ドラゴンの尻尾によってつけられた中央付近の傷跡のみ。
今は、たとえ耳栓をしていなくても何も聞こえないだろう。神殿に、再びの静寂が戻った。
「……あのドラゴンは『エレミヤの木龍』だ!!……イベント限定ボスなんで、詳細はアナライズできなくなっている!!」
耳栓をつけた俺らのために、ナウドが声を張り上げて報告する。
……つまり、あの『音』の正体だとか、この他に覚えているスキルなどをナビしてもらうことは不可能ということだろう。報告できない旨を報告したってところか。
でかい声を張り上げて指示を出すでもなく、みんな自然に中央の穴を取り囲み、神殿の外のどの方向からドラゴンが襲ってきてもいいように、それぞれ別の方向を見張る。
「行動パターンが一定なら、ここで『音』を出すとかして俺たちを状態異常にしてから突っ込んでくるつもりなハズだ!!スキルが麻痺の『音』だけとは限らない、注意しろよ!!」
「言われなくたって!!」
「怜斗!!索敵、使ったほうがいいか!?」
「動けない時間のリスクが高い!!却下!!」
「門衛くん、SP回復ってどのアイテムやったっけ!?」
「ウォッキだ!!お前はいい加減ゲームシステム覚えろ!!」
……つ、疲れる……。
なんでネトゲの中で会話するだけでいちいちこんなに肺活量を使わなくてはならんのだ。このスカ〇プとかカカ〇トークとかラ〇ンとか出会い厨とかの時代に、なんで会話手段として『大声』を使わなくてはならんのだ!原始時代か!
「気をつけてって感じ!!音以外にも、何か特殊なスキルを使ってくるかもしれない感じ!!」
フーロの警告によって、削がれていた集中力が戻された。
音以外に、瞬時に感知しにくい攻撃といえば……?
目に見える攻撃が来たとすれば、それは当然目視によって捉えることができる。しかし、音を事前に感知するとなれば、少なくとも何の機器や特殊スキルも持たない俺たちには難しいだろう。『もうすこしで音が聞こえてくるから耳栓をしよう』なんてこともできないだろうし。
となると、事前に感知しにくい感覚として挙げられるものは……聴覚と……。
…………嗅覚?
汗が吹き出る。
今まで吸っていたこの空気は……何か、おかしくはなかったか?変な匂いがしなかったか?
考えれば考えるほど嫌な予感に感覚が支配されていく。実際に毒ガスを吸ったような気さえしてくる。プラシーボ効果ってヤツか……俺の考えすぎなのか……?
「嗅覚だ!!音と一緒で、ガスなどはそれを吸うまで有害だと気づけない!!注意しろ!!」
俺の横や後ろを守る3人が、ビクリと反応した。
「注意しろって……息すんなってこと!?無理やで!?」
「それについては大丈夫だ!!何故なら!!」
「『これはゲームだから呼吸しなくても大丈夫』とか言う気じゃないだろうね!!呼吸を止めるコマンドはあるけど、2分以上止めてたら戦闘不能になるからね!?」
「そういうことだ!!つまり俺たちはオシマイだ!!」
「策が一個潰れたぐらいで諦めてんじゃねぇぇぇぇぇ!!」
いや、さすがにこれは無理じゃね?
ゲームを俯瞰で観測できている正規プレイヤーならまだしも、俺たちはこのゲームを実際に『プレイアブルキャラクターの視点で』プレイしているのだ。したがって、ゲーム画面上に何らかの警告やら前触れやらが表示されていたとしても、何も分からない。
当然、カラット運営が、イレギュラーである俺たちのためにプログラムを組んでいるとは思えない。よって俺たちへの救済措置などはなし。したがって死ぬがよい。
……てか、マジで怖くなってきた。RPGでの毒状態とかって、プレイヤーにとってはあんまり痛くなかったりするけど(ア〇ラスのゲームを除く)……実際に体験するとなると、無茶苦茶痛かったりするんだろうか。
既に全く気付かず毒ガスを吸っているのだとしたら……と、半ば無限ループのネガティブ思考を打ち切り、アイテム一覧をじっくりと見て、ガスマスク的なものを工作できないか探ってみる。
………………………………あれ。
視界がぼやける。メニュー画面が見えない。
なんでだ………?こんな状況なんだぞ、いつあのドラゴンが……エレミヤの木龍が突撃を仕掛けてきてもおかしくないような、予断を許さない状況なんだぞ……?
なんでこんな危機的状況で、まどろんでいられるんだよ……?
……………………遅かったんだ……。
唐突に来たこの眠気に、全く働かない頭が、唯一、申し訳程度の解を導き出す。
……やはり、杞憂などでは済まなかった。俺は既に、『ガス』を吸ってしまっていたんだ………。
百億回のまばたき。
目を閉じるとそこに待つのは、暗闇と光のお出迎え。
……………情けない…………………………………………。
何か強大な引力に押しつぶされるような、捻じ曲げられるような、不可逆的なまどろみの中に、その言葉は消えていった。
#
背中に何かが寄りかかってきて、なにやら甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「(………!?)」
振り返って確認してみると、それは、藤子不〇雄漫画みたいにだらしない顔で鼻ちょうちん出して眠ってしまっている津森だった。
正気かこいつ!?なんでこんな緊急事態に居眠りしてんだ!
隣を見ると、津森と同じように眠ってしまった怜斗の頬を、世葉が思いっきりビンタして叩き起こそうとしていた。
さっきまで注意喚起していた張本人である怜斗まで……!?
まさか……『ガス』?
そう感づいた時にはもう遅かった。
怜斗を起こそうと、さっきまで喧しく喚いていた世葉の声が聞こえなくなっている。代わりに、ぐったりと怜斗に寄りかかるような体勢で、眠りに落ちている姿があった。
「嘘だろ……!?俺だけ…?ちょ、おい、しっかりしろーッ!!」
耳栓を外して、3人の鼓膜を破くような大音声で呼びかける。しかし、寝苦しそうな素振りさえ見せず、いずれも間抜けに鼻ちょうちんをぶら下げているだけだ。
「……どうやら、エレミヤの木龍が発する音の麻痺効果やガスの催眠効果は、聞いたり吸ったりした者にランダムで効果が現れたり現れなかったりするらしいな。そして……おそらく、一定時間経過する以外に、これを解く方法はない」
「アイテムでも無理だってのか!?」
「……幸か不幸か、お前には催眠効果は発動しなかったらしい。次にエレミヤの木龍が突撃してきた時に、無防備なコイツらを守ってやることは、お前にしかできない……」
ぎりぎりと歯ぎしりする。
あんなクソでっかいドラゴンから、自分で動くことすらできない状態のコイツらをどうにかして守ってやれってのか?スピードもパワーも尋常じゃない、あのバケモノから?
冗ォォーーーー談ンンじゃねぇぇぇぇぇぇぇ!!
俺が最もキライなものは、『ハナから人のことを見下しているヤツ』と、『自分ひとりに成功がかかっている責任重大な状況』なんだぜ!?こんな状況でヘマかまして全滅させてみろ、今度は俺が永遠の眠りにつかされるわ!
くそ、どこから来る!?さっきの感じを見てると、突然こっちに向かって飛んできて体当たりをかますって感じだったが……。
索敵を使えば…………いや、怜斗のアドバイスしてくれた通り、行動不能な時間のリスクが大きすぎる。
円形の神殿の出入り口は360°全角度全方向だ。北ばかりを見張っていたら南から殺されるかもしれないし、その場でくるくる回っていたらそれこそ無防備だろう。だいたい間抜けすぎんだろ。
くそ、どうしたら……!
……待てよ。『回る』?
手に握っている2本の紐を見る。当たったら痛そうなトゲトゲのついた、武器ヨーヨー。
ふと頭に浮かんだのは、お菓子工場とかによくある、高速回転するカッター。
指を器用に使って、ヨーヨーを体の周りで高速回転させる。
右回り、左回り、上から軌道を変えて右脇を通過させて下へ、俺を中心にして、ヨーヨーによって球体のバリアーを構築する。
どこからあのドラゴンが来ても、良くてカウンター攻撃、最低でもダメージ軽減はできるだろう。
名づけて、『神蛋防護壁』……!!
ミズガルズが何かは知らんけど!!
「どっからでも来いッ、チクショォォォォォ!!」
どこからあのドラゴンが来ても、良くてカウンター攻撃、最低でもダメージ軽減はできるんだ。改めて自分に言い聞かせる。
これがうまくいくという自信は30%くらいだった。『うまくいってくれたらラッキー』ってレベルだ。いつも自信満々で作戦を展開する怜斗ってすげぇんだな、つくづく思う。
歩くという動作を、えっとまずは右足を出して、次に左足を出して……なんて考えながらやるヤツはあまりいないと思うが、それと同じように、指でのヨーヨー操作はほとんど無意識でやっている。ビュンビュンとものすごい速さで目の前をヨーヨーの球が交錯していく。自分の目を回してしまいそうだ。
……いける。
俺にだって、頭を使って解決法を見つけることぐらい、できるんだ。
ドラゴンの姿が見えた。幸運にも、真正面から突っ込んできやがった。
「(今だ…………!)」
狂ったF1カーばりの速さで飛来するドラゴンの軌道を読んで、横に飛びのき、ヨーヨーを構え直す。さっきまでの防御用ではなく、ガツガツと連弾を叩き込む攻撃用の構え。
ドラゴンが俺とすれ違い、尾を床に叩きつける。当然、攻撃は外れた。
「ざまぁみやがれッ!オラァァァッ――」
着地したエレミヤの木龍に飛びかかって、ヨーヨーを振り上げる。
飛んだ瞬間作っていた攻撃のイメージを、体で再現しようとする。
腕を、曲げた。
「ヴォヴォヴォヴォヴォヴォオヴォヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオヴォヴォヴォヴォヴォヴォオヴォヴォオオオオオオオオオオオオオオヴォヴォヴォヴォヴォヴォオヴォヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオヴォヴォオヴォオオオオオヴォヴォヴォオオヴォヴォヴォヴォヴォォォォォォオォォォヴヴヴヴヴォヴォヴォ」
聞き覚えがあった声。
むしろ、早くもトラウマになりつつあった声。
『音』と読んでいた声。
腕を、曲げた。
そのまま曲げることも、伸ばすこともできなくなった。
信じたくない現実が、襲う。
周りに寝転んでいる仲間たちが、まばたきをすることもできなくなった視界に映る。
信じたくない現実を、信じざるを得なくなる。
ヨーヨーが、固まった指の隙間を器用に滑って落ちた。
それより一足早く、石のように固まった自分の体が、空中でヨーヨーを構えた姿勢のまま、床にぶち当たる。
3人が睡眠状態になり、ひとり残された俺は、麻痺状態になってしまった。
今、この神殿で。
エレミヤの木龍と戦えるものは、なくなった。