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放課後ロルプライズ!  作者: 場違い
4章・完全平等の電脳世界
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霧の中の光景

 緑色の濃霧が視界を覆い尽くし、目の前も足元も、そして当然、敵の姿も見えなくなる。


「お主ら、気を付けるんじゃ!」

「これはイベント限定の新規実装スキルだ!僕たちの分析にも引っかからないようにプログラムされてる、たぶんすごく強力だよ!」


 右側から聞こえてきてる……口調的にキーピーとジェイペグか。


「これ、いつ消えるのよ!?」


 相手が見えないからか、さっきまでと距離は変わらないのにいつもよりでかい声で、夏矢ちゃんがパートナーたちに呼びかける。


「性質的に……このスキルの発動源であるモンスターを倒すか、戦闘不能状態にしない限りは消えてくれねぇだろうな……」


 こんな何も見えない中で敵を倒せっていうのか…!?

 どうにか、どこか、何か手がかり程度でもいいから目印になるようなものが見えないか。一周くるりとターンして前後左右の視界状況を確認してみるも、霧の裂け目どころか、薄くなって向こうが透けて見えるような箇所すらない。一切の視界が封じられている。

 前髪が揺れる。


「きゃあぁぁっ!?」


 膨らんだ種がはじけ飛ぶような破裂音に重なって、夏矢ちゃんの悲鳴が上がった。


「夏矢ちゃん!?……くっそ、どこから聞こえたんだよ今の……!?」


 声を張って呼びかけるも、返事はない。

 まさか、一撃でやられたってのか……?

 回復などの補助に回ろうと足を浮かせるが、そもそも夏矢ちゃんの位置が全く補足できない。


「夏矢ちゃんどこにおるん、大丈夫!?」

「チクショー、どうにかして霧を晴らせねーのかよ!」


 どうにか事態を打開するために思考を巡らせようとするも、何も見えないことには作戦を立てるもクソもあったもんじゃない。

 刹那、背中に強撃。


「うぐっ!?」


 途方に暮れる暇もなかった。

 何かに殴られた、というよりは突き飛ばされたような水平方向の攻撃に、前に倒される。


「門衛くんっ!」

「怜斗まで……!?」


 そして、地面に顔をうずめて初めて気付く。

 見えないところから攻撃の手が伸びてくる恐怖に。

 このモンスターに勝つどころか、まともに戦うことしかできないという現状に。


「……ジェイペグ。俺らの姿って、モンスター側からは見えてるのか?」

「詳しくアナライズできないから分からない。だけど……ゲームバランス的に考えて、それはないはずだよ」

「………分かった」


 まずは、相手と同じ土俵に立つところからだ。

 夏矢ちゃんはもう気付いて、それを実践しているようだが、この手の『不可視の敵』パターンの攻略法といえば…………。


「お前ら、黙って、5歩ぐらい前の方に歩いてくれ。俺の声がする方は『後ろ』だ」


 意外に近くにいたのだろう、仲間の誰かが俺の意味不明な命令に困惑しながらも、ゆっくりと忍び足で前に前進する気配が感じられた。

 さて……コレでうまくいってくれるといいが。

 森まで来る途中で拾ったアイテム、『オトマイク』に、いつの間にやら覚えていたスキル『製作』でちょっとした細工を加えて、自分よりすこし離れた右側に投げる。


 地面に落ちたオトマイクはその場で、何の楽譜も見ていない素人ががむしゃらにドラムを叩くような、やかましい音楽をかき鳴らす。


 思わず耳を塞ぎたくなるレベルの、ドンチャカドンチャカと騒がしいBGMが終わり、意識が霧の視界と環境音の静寂に支配される。


「ゲゲゼゼゼェェッ!!」


 後ろ髪が揺れた。

 汚い咆哮が霧と沈黙のカーテンを突き破り、俺と、たぶん夏矢ちゃんも襲っただろうその激突技が、今度はオトマイクに向かって降りかかる。


 ……ま、ただのオトマイクじゃないんだけどな。


 現実世界の例に例えるならば、硬いスコップか何かが地面に振り下ろされるような効果音。その次に俺が聞くことになったのは、さっきの威勢のよさとは程遠い、カエルの悲鳴だった。


「ゲゴォォォォッ!?」


 悲鳴とともに、霧が晴れる。

 オトマイクを設置した方に目をやると、スライムの姿になった輪廻蟇口が、急に四足を無くしてバタバタともがいているザマを拝めた。


「そっちね!」


 俺の作戦を聞いた時からあらかじめ準備していたのだろう、夏矢ちゃんは素早い動作で銃を構え直し、HP3の哀れなカエルに向かって引き金を引く。

 回避率アップなんてものともせず、見事ヒットした玩具の弾丸は、スライムと化したカエルの死骸と共に灰になって消え去った。


「向こうもこっちが見えないってことは、残された感覚は聴覚。『でかい声を上げた奴から攻撃していく』って行動パターンだったみたいね」

黒化学者マッドサイエンティストのジョブスキル、スライム化効果がある液体をオトマイクにつけておいたのさ。音が鳴ったところを叩いた瞬間、そいつはスライム化するって寸法だ」


 はい、解説ご苦労様でした俺。


「うおおおおおお双頭断層!オルバーン!ボイルリング!」

「ボイレージ、アイシズリッド!ジュピト!」


 2人も解説とか聞かずに、霧が晴れてるうちにって感じでスキル大放出してるし。……あ、シロトドラゴン=トキノコが特に何の見せ場もないまま倒された。

 一気に肩から力が抜ける。

 脱力したままの勢いで膝をつくと、他の3人も、まるで俺と感覚を共有しているかのように、大きい溜息とともにその場に座り込んだ。


「やれやれ……。油断してたかもな」

「……最近のザコ敵って、別に何の苦戦もせずに淡々と倒せてたからなぁ……」

「なんせイベントダンジョンじゃからな。始めて1、2ヶ月程度のお主らにそう簡単にクリアされては、運営もたまったもんじゃないじゃろ」


 さらにあのモンスターたちは毒攻撃も持っていたらしい。

 さっきの戦闘では使ってこなかったが、もしあの濃霧と毒を同時に使われたら。今度は、苦戦とかじゃ済まなかったかもしれない。

 あの霧に包まれていたのはほんの数分のことなのに、辺りに鬱蒼と生い茂る木々の緑がひどく懐かしく感じられた。


「とにかく、気を引き締めていきましょう」

「あぁ。……ここからはできるだけ戦闘を避けて、最短でエリアボスを倒すことを考えよう」

「異議なーし。……とっとと戻って、春飛が夜更かししてねーか見に行かないとだしな」

「……なんか、たった2日3日なのに、どんどん春飛ちゃんの保護者化していってるなぁ」


 春飛か……。あれだけちゃん付けで呼びたくない小学生も見たことないが。

 そういえば、春飛も多分このトゥエスタをやっている、みたいなことを言ってたな。

 かなりゲームをやり込むタイプらしいし、やはりレア装備や課金アイテム入手目的で、このイベントにも参加してたりするんだろうか。


「でさー、ゲームは一日一時間って何度も言ってんのに、なかなか守ってくれねーんだよ……どうすりゃいいと思うよ?」

「………………」


 この親子について無駄に考えるのはやめておこう。



 少し進む度に立ち止まって、斗月にスキル『索敵』を使わせる。何度も使ったおかげか、途中でスキルレベルが2に上がり、無防備になる時間が短縮された。


「右斜め前50メートルくらいの位置にヤバそうな群れと、左の茂みの奥に2体。んで、後ろの方から俺たちの方に向かって1体歩いてきてる。全部俺たちには気付いてない」

「けっこうマズいか?」

「いや、そんなこともねーかな。群れは大分キツイけど他のはレベル低いみたいだ。左の道を迂回するように進むのが今のところでは安全パイ」


 道というような道はないのだが、強いて言うなら土の色が見えている部分が道だ。

 斗月の言ってる道がそういうものを指しているなら、人間0.8人分くらいのこの細い道ぐらいしか、迂回するように進める道なんてないわけだが……。獣道ってレベルじゃねーぞ。


「仕方ないわ、またあんなキモイのと戦うよりは断然マシよ」

「そうやな、早く行って次のエリアに進も?」


 なんせ少し前までヒキコモリ体質だったもので、こんな、歩いてるだけで木の枝が肌を引っ掻いて痛いような道はすごく精神的に疲れるのだが……やむを得まい。

 ス〇ークさんはこんな森にいるときどうやって音を立てずに移動していたんだろうか。

 4人の体が葉や枝を揺らす乾いた音と、たまにどこかから聞こえてくる湧水の音。ゲームをやっているという感覚が薄れてくるほどに面白みのない移動時間が、緩やかに流れる。


「ボスは神殿っぽいところにいるから、それを目印にしろって感じ」


 目印も何も、こんな一面森の中で急に神殿が出てきたらイヤでもボスの居場所って気付くだろ。

 そうツッコむべく後ろを振り向こうとした途端。


 ゴスッ!


「ぎにゃッ!?」


 ……もとい、よそ見をした途端。そこそこ太くて垂れている木の枝が、思い切り額に直撃する。


「キャハハハハハハ!どんくさ!どんくっさ!!」


 あぁ、こんなことやらかしたらあの頭パープリン女におちょくられるんだろうなぁ。そう思ったコンマ3秒後にはこの煽り。さすが俺が認めたクズ。

 やめておけ、と制止する自分を振り切って、俺は喧嘩腰に言い返す。


「うるせーぞクソアマ!さっきの戦闘で一番最初に殴られてたくせに!」

「はぁ!?そんなこと関係ないでしょうが!」

「殴られた後に息潜めてただけで自分から動こうとしなかったチキンにどんくさいなんて言われる筋合いはないって言ってんだ、このチャガスパロスト野郎!」

「何よチャガスパロストって!?」

「はーん、そんなのも知らねーんだ!学なさすぎ!デジャガルペルタールすぎて草生えるわ!」

「これ以上草生やされたらたまったもんじゃないっての!」


 俺たちが口喧嘩する横で、2人と4匹分の溜息が漏れる。




 怜斗と世葉が口喧嘩していて周りの声が聞こえていないのを見て、何かとても気になって聞かずにはいられない、といった様子で、津森が肩を突っついてくる。


「……なぁ、希霧くん」

「なんだ?バカップルのゴールインならまだだぜ」

「いや、そんな芸能リポーターみたいな質問じゃなくて。……前に、2人がめっちゃひどい別れ方したってゆーてたけど……ホンマなん?こんな元気に、まさに『仲良く喧嘩』してるのに……」

「………………」


 俺はたしかにあの時、色々相談に乗った。

 2人の仲がここまで回復したのは俺の活躍なくしてはあり得なかったと、胸を張って言える。


 だが…………当事者ではない。


 あくまで、『深いところまで突っ込んだ第三者』にすぎないのだ。

 下手に答えて、津森が下手に気を遣って……それで何かが壊れるようなことはあってはならないし、そんなことにはさせない。


「あ、ごめん……別に、深い意味があって聞いたんじゃないで。忘れて、な?」


 随分と険しい顔つきをしていたらしい。答えを聞く前に気を遣われちまった、か。


「……ま、勇気があったら2人に直接聞いてみればいいよ」

「……何回ひとりでカラオケに行ったり保健室の先生からヘンな薬もらったりしないとアカンのかな、その勇気出すには……」


 ふと、まだ前でいがみ合いながら歩いている2人を見る。

 この状態が……冗談で喧嘩できる今の状態が、いつまでも続くといい。怜斗の願うとおり、過去のわだかまりが無くなって2人が元の関係に戻れば、もっといい。

 それには、できるだけ波風を立てないように。

 ……でも、4人いるパーティの中で、津森だけ何も事情を知らねーってのも、可哀想だな。


「…………仕方なかった、らしい」

「え?」


 ヒント、という言い方は不謹慎か。

 何も教えないことで返って色々勘ぐって、誤解を招くことのないように、少しだけ教えとこう。


「2人は、恋人同士じゃいられなくなった。……それだけだよ」


 意味がわからないって顔をした津森に、曖昧に微笑んで、俺は前の2人の喧嘩を止めに行った。



「女子小学生ぃ?」


 柄に合わず、二垣が間の抜けた声を出す。

 タバコで灰皿の淵を叩いて灰を落としながら、もう片方の手で手帳のページを送る。


「まだ詳しいことは全然調べられてないんだけどね、紛れもなく、このチート容疑者・『魔法少女おぶじ☆遠藤』は、少なくとも登録されたプロフィールには女子小学生と書かれているんだ」

「…………………」


 長く調べ物をしたせいで頭が痛いのか、タバコの吸い過ぎで頭が痛いのか、あんまりにも突飛な報告過ぎて頭が痛いのか。それぞれ30%、10%、60%くらいだろう。二垣は辟易して、またシワの増えた眉間を揉んだ。


「三好。……その、なんだ。さすがにそりゃないだろ……。まだ本人を見つけてはないんだろ?」

「その反応はごもっともだけど……」

「第一、だ。そんな狡猾なハッカーなら、自分の身の上くらい偽って当然だろ?」

「狡猾なハッカーだからこそ、身分を小学生と偽るわけがないんだ。……ガッキーはあんまりゲームしないから知らないかもしれないけど、こういう課金要素のあるゲームって、未成年として登録するか成人として登録するかでは全く違うんだ。

 月ごとの課金額を制限されたり、モノによってはチャット禁止とか、一部のモードが全くプレイさせてもらえないことすらある。ハッカーが年齢を偽るんだとしても、こんなにデメリットが多いのに、小学生として登録するとは思えない」


「………………」

「………………」


 無言。


 何かそこから推論を導き出すでもなく、2人は自然に重い重い溜息を吐いた。


「……今日はヤメだ。飯でも食って帰ろう」

「そうだね……。ていうか、もう、なんか……飲もう」


 大人とは卑怯なもので、法律に引っかかるようなクスリを使ったりしなくても、酒さえ飲めば嫌なことを忘れることができる。


 会話するエネルギーもない。

 それを嘆くエネルギーなんてもっとない。

 2人のヤニ臭い大人が、警察署から逃げるように帰っていった。


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